第15話
時間を調整して、美玖の入院している病院に向かう。迷宮を脱出してから家に戻らずだから、不格好になっているが致し方ない。
持ち歩いていたらヤバいセラミックソードやハンドガンは予定していたトランクルームに入れておいた。【遺物】である治療薬は、小さなアタッシュケースモドキに入れてリュックの中。
コートの下に衝撃吸収のローブを着こんでいるのでじっくり見られると不思議な格好だが、ベンチコートなので幸いにして視線を集めることは無かった。
なにせ非合法の探索者だ。いつデバイスを売ってる非合法組織が、上りの上前を撥ねようと襲撃して来ても不思議じゃない。警戒のための施策は必要だった。
別々の組織から合わせて3つのマーカータグを入手する、なんて面倒な事をした甲斐があって、襲撃は勿論、道中付けられている事も無かった。まぁ、入った自宅とは別に設置した出口から出て、その後はずっと人通りの多い場所に居座っている。これで捕まるようなら、つるむ組織を間違えたと思って強硬手段に出るしかない。
「……美玖、入るぞ」
病室の扉をノックしてしばらく待つ。少しして、どうぞと声がかかった。
「おかえり、お兄ちゃん」
「……ああ、ただいま」
6日前と変わらず、美玖はベッドの上に身体を起こしていた。看護師さんから起きていると聞いていたが、体調は悪化してい無い様だ。
ドアを閉めて、いつものようにベッドの隣の椅子に腰を下ろす。
「よかった。無事に戻ってこれて」
「様子見だって言ったろ?……まぁ、様子見じゃなくなっちまったけどな」
階層主への挑戦は予定通りだったが、爆破で禄に倒れなかった時点で8割諦めのつもりだった。11階層に落とし穴で落ちる、なんてクソムーブをされなければ諦めていただろう。それを撃破して得られたのが、状態異常防御の代わりにレベルも上がらなくなる微妙な腕輪だとういのだから、運がいいのか悪いのか。
「悠長に時間をかけると、何処の誰が嗅ぎつけて来るか分からん。手に入れた。飲め」
そう言って美玖に上級治療薬を渡す。
この薬でも彼女の病気を完全に治すことは出来ない。それでも飲めば1年以上は症状の改善、発作と進行の抑制が可能だとされている。俺がこれを持ってくることは伝えてある。そして了解も得てある。
「上級……無茶したでしょ」
「結果的に。だが五体満足で帰ってこれた。右往左往したが、トータルで見れば運が良かったよ。……いや、本当に運が良ければ、万能治療薬や、母さんたちを拾ってくるか」
「……宝くじより低いよ」
「わかってるさ」
だが、引くつもりは全くない。
「……いただきます」
そう言って美玖はその紅の液体を一気に飲み干した。
「何か、不思議なことが起こるわけじゃないんだね」
ふぅ、と一息ついて、空になったビンを眺めながらそう呟いた。
「魔法の視覚的効果は、地上だと薄いらしいからな」
「ふーん、ちょっと残念。……あ、でも、少し体が軽いかも」
「すぐに効果が出るらしいが、本当かはわからん。しばらくは安静にな」
「はーい」
経過観察は必要だが、これで美玖の方は大丈夫だろう。
「……運が良い事に、治療薬は複製出来た。症状の抑制期間を考えて、これは仮退院の交渉に使う」
美玖の症状が悪化した時の保険にしても良いが、俺が多少無理をすれば治療薬なら手に入るだろう。一年の猶予があるなら、その間は退院出来た方が都合がいい。
「……うん。大丈夫だよ。それで確実に命が助かる人もいる。なら、私の保険にする必要は無いよ。やるべきことも、理解してる」
「すまん、頼んだ」
すでに一度デバイスをロストしていることになっている俺に対して、組合の監視の目は厳しい。不審な点があれば即、詳細調査に入るだろう。日常的な買い物でさえ、監査の対象になっている。ここから先の探索には、必ず自由に動けるサポーターが必要だ。
何より、これは妹の望みでもある。
「……お父さんとお母さんを迷宮から取り戻すまで」
「そしてお前の病気を完治させるまで」
「俺達は」「私たちは」
「「決して迷宮に屈さない。必ずすべてを取り戻す」」
それは誓いだ。そして宣戦布告でもある。
まだ、スタートラインから一歩踏み出したに過ぎない。けれど確実に前に進んだ。
俺達兄妹は今ここから、反攻の狼煙を上げたのだった。
………………。
…………。
……。
□都内某所□
「……お前はここが好きだな。いつも指定する」
物憂げな表情の彼女に、背後から同じスーツ姿の男が声をかけた。体格が良く、とてもサラリーマンには見えない20代後半くらいで、口元をマスクで隠している。
「ええ、だってよく見えるじゃない。スカイツリーも東京タワーも呑まれてしまって、自由に入れる展望デッキなんてもう数少ないんだもの」
「仕事でも無いのにアレを眺めるなんて俺は御免だがな。陰鬱な気分になる」
「あら、意外と繊細ね。あたしは寧ろ好きよ。あの黒はあたしを燃やす燃料になる」
「……まあいい。それで、状況は」
「観測対象に大きな動きなし……と言いたい所だけど、どうも拠点を移すようね。引っ越しの準備を進めてるみたい。行先は確認済みよ」
「そうか。こっちも色々と情報が上がってきた」
「
「ああ、おそらくは。接触ログの確認は出来なかったが、迷宮へのログイン日程、
「関係があるの?」
「断絶症だ。それも病院で調べた噂ではステージⅣ。普通であれば仮退院できる状態じゃない」
断絶症。それは美玖が患っている病の俗称。まるでこの世から断絶していくように、発作の度に全ての身体機能が原因不明の低下をしていく奇病であった。
「
「ああ。仮退院あつかいだから、治療薬か何かだろう。無理な話ではない」
「ありそうね」
「端末の改造履歴が残ってる居るから、接触ログが抜ければ話が早いんだがな。このところ、センターはどうにもセキュリティが厳しい。そっちのリスクは取るべきじゃない」
「どうする?接触してみるの?脈はありそうなんでしょう?」
「該当人物が沢渡久遠なら、違法探索者でありながら探索の過程で天道 総一郎を、それに11階層でも二人の探索者を救助している。天道がうっかり漏らした情報だと、自分のスクロールを使って脱出させたようだし、素質はある」
「その上、11階層で極品も入手しているかもしれないのよね」
「成金どもの話を信じるならな。もともと素行が良くて訳アリだ。当該人物でなくても、コネは作っておきたい。事は慎重に進める」
「おっけー。じゃ、彼が引っ越した後でどう動くか、引き続き調査をしておくわ。連絡は以上?」
「十日後にはいまだしている調査が完了する。そのタイミングで地上に居れば接触せよとのお達しだ」
「なんだ。勿体ぶらなくても初めから決まってるんじゃない」
「こういうのは周りくどい方が雰囲気が出るだろう」
「……あたしら別に悪の秘密結社じゃないのよ」
「だが、類似品ではある」
男がそう返すと、女は『まあ、そうね』と肩をすくめた。パンフレットを閉じて、女は踵を返し、男はそれに続く。彼らの口から話されているのは、すでに仕事がらみの他愛もない上司の愚痴や噂話であり、それまでの剣呑な空気はきれいに消え去っていたのだった。
………………。
…………。
……。
□探索者組合・窓口□
「はい、手続きは完了です。こちらが沢渡さまの新しい
かつては銀行の類であっただろう居抜き物件のカウンターに座って、俺はデバイス再発行の手続きを受けていた。
「もう一度注意をしておきますと、今度無くされた場合、ライセンスは永久に取り消しです。場合によっては刑事罰の対象になる可能性もありますし、これに関して時効はありません。くれぐれも、無くさないようにしてくださいね」
「はい、お手数おかけしました」
「それでは、デバイスの引き渡しです。パーソナルデータの確認をお願いしますね」
「はい……んん?……あ、いえ、大丈夫です」
「どうかしましたか?」
「いや、プライベートな写真とかまで復旧するんだなって」
「ああ、システム記録時に全データをバックアップしてありますからね。でも、中身は空っぽですから、必要な物資は揃えてくださいね」
「はい。ありがとうございました」
俺は荷物をまとめると、新しく手に入れたデバイスを持って探索者組合を後にする。そろそろ美玖の退院と、引っ越しの準備をしなけりゃならないがそれよりも……。
ちょっと小走りに人気のない路地を進み、ちょうどいい公園を見つけた。デバイスの中身を確認する。
「……どうなってんだ?これ」
名前:沢渡 久遠
レベル:10
HP:23/23
SP:23/23
力:23
丈夫さ:23
俊敏:23
状態:健康
そこには、ありえないはずのステータスが刻まれて居たのだった。
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これにて1章完結となります。
不思議のダンジョンのギミックをベースに物語を書くことを思いついたため、息抜きを兼ねてカクヨムコンに向けに執筆していた作品になりますが、体調を崩して掲載予定が約一週間ずれました。何事もうまく行かないですね。
今後2章を書いていくかは、読者の皆様の応援しだいです。まだ連作中の別作品で書きたい事もありますしね。
下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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