第8話
□川越迷宮7階層・黄昏の樹海□
七階層から始まるのは、常に空が茜色に染まった熱帯樹林、黄昏の樹海。生い茂る木々が行手を阻み、細い獣道と小さな広場からなる樹林領域である。
「熱烈な歓迎ありがとさん死ねっ!」
降り立ってすぐ気づいたのは、こちらに向けて走って来る猪。単にボアとも呼ばれるそれは、推定体重80キロ、体長80センチ。日本に生息するものとは若干異なる風貌だが、ただ純粋なるイノシシである。
それだけに危険な相手だ。
そもそも人間が同サイズの野生動物とまともに殴り合って勝つのは困難。足の速さも当然負ける。まともに力比べなどしようものなら吹き飛ばされるのがオチだ。
パンッと乾いた音が連続で鳴って放った銃弾が命中するが、ボアの足は止まらない。バイタルゾーンが小さくて仕留めきれないのだ。
「ゲギャーーーッ!」
ついでとばかりにゴブリンも襲いかかって来る始末。熱烈な歓迎、嬉しくない!
この階層のゴブリンは装備がしょぼく鳴って上より弱い。先に倒すべきは猪である。
走り込んで来るタイミングを見計らってジャンプ! 突き上げる様に振るわれた牙は空を切り、真後ろへと降り立った。レベル5の身体能力は伊達ではない。
更に数発を続け様に撃ち込むと、ボアの動きが鈍る。
ゴブリンは……振りかぶってる!?
予想していなかった投石だったが、これはライオット・シールドが役に立った。上手く弾いてその隙に更に引き金を引き続ける。トータル十発は打ち込んだだろうか、ボアが完全に膝をついた。
即座に銃をホルスターにしまい、セラミックソードを抜刀。飛びかかって来るゴブリンを切り付け、盾で殴打。更なる追撃でこちらも無力化する。
倒れ伏したゴブリンの心臓目掛けて剣を突き刺して止めをさし、ボアに向き直る。動きは鈍っているが、まだ生きている。迷宮の魔物はHPがあり、HPがある間は傷が自然回復するらしいから、このまま死ぬのを待ってはいられない。
さっさとタオルで拭った剣を納刀、再度銃を構え、膝をついて狙いを付けて発砲。二発目が眼球を捉え、四発目がのたうち回る猪の顎から頭部にかけて貫通した。そしてボアも動かなくなる。
「……ふぅ、手荒い歓迎だった……」
魔物がいなくなった事を確認するため辺りを見回すと、開けた広場の片隅に不自然に立つ3メートル程の木。
「………………」
銃口を向けて引き金を弾くと、球が当たった瞬間、木が大きく波打った。
……樹人かよ。
トレントとも呼ばれる3メートルほどの木の魔物であり、近づく者に対して枝による打撃や絡みつきで攻撃してくる。
移動速度は極めて遅いのだが、HPが高いのか、それともダメージになる箇所が少ないのか分からないが、とにかく硬くてしぶとい。自衛隊や警察の小隊には、こいつに対処するために火炎放射器とチェインソーを装備した隊員が居るくらいで、ハンドガン程度で倒すのは不可能だ。
「あれの周りにアイテムが落ちていませんように」
どの階層でもやることは変わらない。罠に注意しながら、後はドロップを集めるだけだ。
この階層での罠は、トラバサミ、しなる枝、黒煙、木の矢、魔物落下の5種類。トラバサミは名前の通り。しなる枝は勢いよく枝が飛び上がってきてダメージを受けたり武器を落としたり。黒煙はフロア一体に黒煙が立ち込める。木の矢は殺意が高い。魔物落下は、上から魔物が落ちて来る。トレントで事故るとピンチ。
ぶっちゃけどれを踏んでも危険なのに変わりはない。よく見れば分かるのわ変わらない。トラップは武器などで叩いても発動しないという不思議仕様なので、注意して進めば何とかなる。
魔物からドロップ品として魔石と
「って、また近接武器か。食料品はともかく、どうするかな」
ありがたいのだけれど、並の武器だとセラミックソードの下位互換になりかねない。幸いにして空き容量があるので、とりあえずキープして休憩中に解析を進めよう。樹海は厚いので防寒着を脱いでリュックに詰め込む。荷物の整理は後回しだ。
2部屋目には地を這う大蟷螂――クロウル・マンティスが居た。こいつは巨大化しすぎて飛べなくなった蟷螂。頭までが1メートル、鎌を振り上げると1.5メートルにもなる巨大な虫だ。鋭い鎌での攻撃が得意だが、歩みが遅く蟻より柔らかい。二・三発銃を打ち込んで、弱った所を剣で倒す。ドロップは魔石。そして部屋のドロップはまたも【近接武器】である。
3部屋目、2匹のゴブリンは魔石2つ。部屋ドロップは【薬品】。これで自前の
4部屋目と5部屋目は共にトレントが居るのでスルー。5部屋目は運よくドロップが回収できたが、弾。ゴミである。
「そして出口のある部屋にイノシシっ!」
それも2匹と蟷螂1である。通路に逃げてハンドガンで応戦。何とか倒しきれたが、無茶苦茶しんどい。後ろから襲われなくて良かった。
「ようやく魔法のスクロール!」
6部屋目にあった部屋ドロップの片方からスクロールが手に入る。脱出、解呪あたりである事を期待せざるを得ない。
部屋の構造的に、この先にもう一部屋だけ未探索の部屋がある。だけど流石に疲れている。既に迷宮に潜り始めてから12時間以上、探索は明日に回すべきだ。
黄昏の樹海の出口は、巨大な木のうろの中。5メートルほど登る形になっていて、人が中腰で進めるほどの大きさがある。上るのは一苦労なのだが、おかげで魔物は昇ってこれない。蟷螂が木登り能力すら失っているおかげで、出口前が完全に安全地帯なのだ。
「暑いっ!」
出口前の通路に陣取って荷物を降ろす。樹海の気温は24度ほどで湿度が高い。迷宮内には小動物はおろか、虫の一匹も居ないので、思い切って防具を外し、服を脱ぐ。
……はぁ……さすがに疲れた。
目標階層はまだ先だが、それなりのドロップも得られている。イキって脱出のスクロールを使ってしまったの以外は順当だ。
荷物から食料と水、タオルや替えの下着などの宿泊セットを解凍。まとめてパッケージにしておけば欄1つですむのがありがたい。軽く汗をぬぐって、まだ暖かい大盛弁当を冷たい水で流し込むように食べる。
……生き返るわ。出来れば風呂に入りたいが、贅沢は言えない。
一息ついて
【遠距離武器】は種別が弓である事が判明。【薬品】は並品だ。男から強奪した
どれも鑑定は入れ替えだな。
自分の
腹を満たし、用を足し、防寒着のコートを敷いて身体を横たえると、急速に眠気がやって来る。うろの中は外と比べて暗いのも良いのだろう。目を閉じて身体の力を抜くと、意識は急速に落ちていくのだった。
………………。
…………。
……。
□都内某所□
「救急!おい!しっかりしろ!」
周囲が急激に明るくなる。男は周囲のざわめきで意識を覚醒させた。どうやら転送の際に一時的に痛みが消えた影響で気を失いかけていたらしい。
大丈夫だ、まだ意識はある。痛みをこらえて何とかそう口にした後、『あまり大丈夫ではないな』と思い直した。何せ気を失ったらそのまま死にそうだからだ。
すぐに迷宮付きの救護班がやってきて、緊急手術と輸血が行われた。全身に深い傷があり、片足は一度完全にちぎれていたが、幸いにも応急処置で使った魔法薬の治療はうまく行っていて壊死している事態は免れた。リハビリが必要だが、また歩けるようになる。彼がそう聞いたのは3日後のことだ。
「……それじゃあ、顔は覚えていないのですね?」
「はい。パーティーだったのか、それとも一人だったのかも。すいません、デバイスもどこかに落としてしまって……」
「……あれだけの負傷です。仕方ありません。わかりました、貴方を救助した探索者についてはこちらで調査を行います。お大事になさってください」
迷宮事故調査官は、そう頭を下げて病室を出て行った。『ひとまず、これで大丈夫だろう』。彼はそれを口に出すことなく、迷宮での邂逅に思いをはせる。
『迷宮は人が死ぬ場所じゃない』
男の中で、久遠の放った言葉が反芻される。
ならばなぜ、彼は非合法な探索者として迷宮の中にいたのか。
……答えは一つしかないのだろう。
今の自分に出来ることは、せめて彼の探索がうまく行くことを祈る事のみ。身体を休めるために目を閉じた彼の部屋のドアが再び叩かれたのは、それからしばらくしてのことだった。
---------------------------------------------------------------------------------------------
本日21時にもう一話更新予定です。
応援よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます