第7話
「あ~あ、なけなしのスクロールを使っちまったなぁ」
俺が持っていた脱出のスクロールは正規の探索者に配られるコピー品だ。正規探索の際に手に入れた脱出のスクロールを誤って使ってしまったという体裁で、デバイスに保存しっぱなしにしてもちだした物である。
コピー品だから、手に入れた複製のスクロールではコピーする事が出来ない。これで脱出のスクロールか、解呪のスクロールが手に入らなけりゃ迷宮から出る手段を失ったわけだ。
「……まぁ、仕方ない。代わりにいい装備が手に入った」
足元に転がっていたハンドガンを拾い、装填を確認する。P320……旧世代モデルではあるが、過去の普及率の高さから採用された迷宮向け
「刀の方も使えそう。これで蟻の足はお役目御免だな」
HI-32セラミックソードA。刃渡り70センチほど、片刃の直刀で、刃こぼれしづらく汚れづらく、お手入れ楽ちんな近接武器。セラミック製だが耐久力が高く、レベル10の探索者が迷宮の壁を力いっぱい切り付けても砕けない。
目立った傷も無いから、そろそろガタが来つつある鉈槍からこちらに切り替えよう。鉈槍で蟻をどつくのは流石にちょっと辛かった。
アクリル盾をライオット・シールドに変えるか?軽くて丈夫になるが、サイズが小さくなるから足元を護れなくなるな。蟻や蜘蛛が出る坑道領域はこのまま進むか。
迷宮でのドロップ領域には食料が二つと、解析済みの灯火のスクロールが一つ。それ以外は解凍したのだろう。詳細不明の薬品らしきものや、弾だったであろう石ころが転がっている。
自分のデバイスを確認すると、【遺物】の解析が進んでいる。魔法薬……思わず拳を握りしめた。並品で出る魔法薬は、傷を癒す回復薬、状態の異常を直す治療薬、自分の能力を一時的に高める強化薬の3種類が主。
どれも高級品で、地上での価格は数百万だが、中でも欲しいのは治療薬。
「ほんとに……運がいいのかね」
帰還のめどが立たなくなった途端にこれだ。
もう一つ、【魔法のスクロール】の鑑定も終わっていた。こちらは識別のスクロール。アイテムを一つ、鑑定完了状態にしてくれる便利な奴。タイミングが微妙だな。空いた分の鑑定枠に【薬品】をセットする。
現在鑑定中は、【遺物・並・魔法薬】、【遠距離武器】、【薬品】の3つ。
それから男のデバイスに【薬品】、【防具】、【アクセサリー】を移動させて解析を始める。解析個数が倍になるのは美味しい。地上で持ち歩くのはリスクが高いが、迷宮内なら大きな支障はない。他の探索者に捕捉された際、問答無用で先制攻撃されるリスクがちょっと上がるくらいだ。
一通り、荷物の整理を終えてリュックを担ぐ。水と食料が増えたのもありがたい。魔法のスクロールが出るまで粘るか、七階層目指して先に進むかは決めかねているが、様子を見ながら考えればいい。
血と散らばった魔物の死骸で罠の発見が難しいこの部屋とはさっさとオサラバしょう。
貰った携帯食を水で流し込み、先の通路に向けて一歩を踏み出して……
音を立てて床が開いた。
「ちくしょうめーーっ!」
叫びと共に、体は穴の中へと落ちていくのだった。
………………。
…………。
……。
□川越迷宮6階層・地下坑道□
叫びと共に空中に放り出された瞬間、足元に向けてアクリル大盾を突き出し、それを踏むことで衝撃を和らげる。
迷宮の落とし穴の落下衝撃は概ね3メートルほど。うまく衝撃を殺せれば、レベルの上がった身体能力なら無傷で着地することも可能……だったらいいな!
音を立てて大盾が弾ける。
着地と同時に転がって何とか衝撃を逃がす。いてぇ!罠は無しにしてくれよっ!
「グギャーーー!」
同時に部屋にいた魔物がこちらに気づいたらしい。しかも二匹。蟻とゴブリン。ぶっちゃけ死んでくれ。
鉈槍をゴブリンに向けて投げつけると、ホルスターからP320を引き抜き三連射。当たりどころが良かったのか、悲鳴を上げてゴブリンが倒れる。
蟻はまっすぐこっちに向かって走り出している。拳銃じゃアレは止まらない。
セラミックソードをベルトから外し、鞘をパージ。踏み込み、地面を蹴って飛ぶと同時に横凪に振るうと、触覚の先端を切り落とした。そのまま蟻の頭を踏みつけて蟻の背後へ飛ぶ。
バランスを崩しながらも何とか着地。蟻はっ!? 触覚が傷ついて暴れている!
P320を両手で構えて斉射。5発撃ち込んで、3発は装甲を貫通した……が、仕留められるほどのダメージになってない。
銃をホルスターに戻して剣を振るう。狙うのは足。踏み込み過ぎなように距離を測りながら横に一閃。それで大蟻の片足が宙を舞った。
……やっぱり正規武装は良い。細い足くらいなら容易く両断できる。鉈槍ではこうはいかない。
続けざまに足を落とし、動きが待ったところで目を突き刺して潰す。そのまま剣を捻ってスライドさせ、頭の中をかき回してやると蟻は痙攣を始めた。蟻はこれで十分か。
倒れているゴブリンに向き直り、落ちていた蟻の足を投げつけると、ギャッと鳴いた。予想通りの死んだふり。追加で2発、頭に銃弾を撃ち込んでから近づき、セラミックソードで首を落とす。
……ふぅ。なんとか。
落ちた周囲に罠が無くて良かった。下手をしたらさっきの男の二の舞になる所だった。
アクリル大盾はもう無理だな。鉈槍も投擲の衝撃で鋲が緩んでしまっている。もう武器としては使えないだろう。セラミックソードの鞘は無事、さすがに丈夫だ。
アクリル大盾を捨てて、男のデバイスからライオット・シールドを取り出す。高さ90センチほど、ポリカーボネイト製の大盾だ。アクリル大盾と比べるとずいぶん軽いが、代わりにカバー範囲が狭い。
……自家製の盾もポリカーボネイトを使えれば良かったんだがなぁ。探索者はホームセンターでの買い物すら記録対象だし、そもそも加工がアクリルより面倒くさい。鉈とサバイバルナイフは爺ちゃんに準備してもらったけど、防具になりそうなものは監査が入る可能性がある。ヘルメットを買うだけのために、バイクの免許まで取ったのだ。
銃は予備のマガジンに取り換えて、再装填を行っておく。解凍しないと次で弾が足りなくなるな。
身支度を整えなおしてから自分のデバイスを確認すると、HPが2点ほど減っていた。落とし穴でダメージを受けたのだろう。身体も痛いが、しばらくすれば回復する。迷宮は危険も多いが、HPが0になっていなければ、負傷の回復速度が地上とは比べ物にならないほど早い。
レベルはまだ上がっていないか。えっと、4階層で7匹、5階層で1匹、6階層で2匹だっけ。後5~6匹って所か……蟻が出なきゃこの階層でレベル上げをするのだが、7階層の方が良いかも知れない。
倒したゴブリンと蟻から魔石を回収。部屋のドロップは見つからない。どうやら運は悪いらしい。
次の部屋に行くまでの道中でゴブリンに遭遇。部屋の中には蜘蛛が一匹。相手をしている間に別の部屋から蝙蝠がやってきた。うっとおしい。部屋ドロップは【薬品】と【雑貨】。雑貨は安定の廃棄である。
新しい魔物は増えないので、セラミックソードをメイン武器にダンジョンを進んでいく。4部屋目で2体目の魔物を倒したところでレベル5に上がり、魔物からまた【近接武器】が落ちた。近接武器は3つ目……セラミックソードが有れば並の武器は不要だから、出来れば【遺物】が出てほしい。後めぼしいものは【薬品】と【食料品】か。スクロールは最初の方に二つ続けて出たっきり……7階層以下に期待するしかないな。
「最後の部屋まで出口が見つからないとはね」
目の前の通路の先には白い壁の様な扉。7階層からはまた地形が変わる。一人での探索では初めてのエリア。同時に休息予定のエリアでもある。
「出来れば魔物が居ませんように」
左手にライオット・シールド、右手にはP320を携えて、祈り一つささげて白い扉へと足を進める。
そしてまた、
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明日以降は18時、21時に更新を予定しております。
連載中の別作品もよろしくお願いします。
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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