第6話

 5階層に侵入してすぐ、ここがこれまでと違う事に気づく。

 部屋に片隅には、すでにこと切れた魔物が転がっていた。


 すぐに迷宮端末メイズデバイスを開き、周囲を確認する。今の所20メートル範囲内に人は居ない。

 魔物もリポップはしていない様だ。警戒しながら罠が無いが周囲を確認して、罠らしき床を一つ見つける。この部屋の中はそれだけだ。部屋ドロップも無いらしい。


 倒れていた魔物はゴブリン。致命傷は……拳銃弾だな。銃槍が見慣れたサイズだ。五発撃ち込まれている。民間人か?


 銃槍の数からハンドガンだろう。自衛隊や警察の特殊部隊にしては無駄玉が多いが、サブマシンガンでは無いと判断。

 おそらく正規の入場をした探索者で、ゲートでレンタルした装備だと考えられる。


 交差点クロス・ポイントで会う相手には一定の法則がある。最も有名なのは人数で、一階層に居る人の数が部屋の数より多くなる事はないと言われている。

 この階層は最大7部屋なので、俺を除いで残り容量は六人。自衛隊も警察も十人を一小隊として迷宮を攻略しているはずだし、はぐれグループが出るには浅い。彼らのメインはもう少し深い階層だ。


 出来れば遭遇したくないな。

 正規入場者はこちらを警戒して来るだろうし、向こうのほうが装備がいい。同じ不法者だったとしても、銃持ちとは出会いたくない。ステータスも大きく変わらないとなると、こっちの方が不利だ。


 交差点クロス・ポイントは魔物とドロップの取り合いになる。出口を見つけたら先に進んでしまうか。


 通路の手前でLEDランタンを消し、足音を立てないようにゆっくり進む。銃を警戒し始めると盾が邪魔だな。全く意味が無いのに重い。

 4階層の倍の時間をかけて次の部屋へ。2部屋目も戦いの痕跡がある。魔物が一匹リポップしていて、倒れた魔物の肉をくらっていた。大蝙蝠か。トラップが怖いので、いつものようにおびき寄せる形で撃退した。ドロップは魔石。部屋の中には罠の痕跡があり、ドロップは無い。魔物の死体は3つ。何度かリポップしたのか、それとも魔物が多い部屋だったのか……。

 大蟻が銃で倒されている。銃創が複数の方向から打ち込まれているから、少なくとも二人以上のパーティーが居る?通路から近くない所に倒れている魔物は、通路から狙撃したのだろうか。


 探索は早々に切り上げて、次の部屋を目指す。


 3部屋目にも魔物の亡骸。リポップは無い。罠もドロップも無い様だ。

 そろそろ出口を引き当てても良い頃なのだけど……人の痕跡は有るが、人は居ない。出口で待たれて居たら問題だな。


 腕に付けた迷宮端末メイズデバイスがかすかに明滅したのは、そんな事を考えながら4部屋目に近づいた時だった。


「っ!」


 小さく息をのみ、即座に坑道の明かりの狭間に身をかがめてデバイスを確認する。


 交換されたログは一人分。正規の入場者らしい。迷宮端末メイズデバイスに搭載された情報交換機能は魔法技術によるもので、仕様上切ることが出来ない。この機能はレベルやステータス、自身のバイタルの確認するための機能から派生した物らしい。

 

 周囲に耳を澄ませながら相手の情報を確認すると、表示に違和感を覚えた。見たことのない表記……呼吸と心拍が早くて、血圧が低い……っ!


 ちがう、表示は正しいんだ!

 HPが0になるとレベルアップなどの恩恵がすべて失われる。だからバイタル表示しか出ていない。そしてこの症状は間違いなく負傷者。それも重症だ。


「くそったれっ!」


 LEDを灯し、罠だけ注意しながら4部屋目に踏み込むと、そこには夥しいおびただしい数の魔物の死骸。

 モンスターハウスか?

 追加の接触ログは無い。少なくとも、活きてるデバイスは一つしかないはずだ。


 部屋の中を見渡すと、奥の壁際に横たわる人影らしきものが見えた。ゴブリンよりは大きい。この階層の人型の魔物はゴブリンだけだ。つまりあれは人間の可能性が高い。


「っ!」


 罠に気を付けなければならないのがもどかしいと思いながら、その人影に近づくと、酷いありさまだった。

 支給される防刃スーツは至る所が引き裂けており、変色した血と汚れにまみれている。大きな負傷をしたであろう個所には、支給品の治療薬――シップ上の物で、地上で開発された魔法薬の一種――が張られているが、血がにじんでいる。傷が深く、治癒効果が十分では無いのだろう。


 治療薬の枚数が足らなかったのが、頭にはタオルが撒かれているのみ。その布は赤くにじんでいる。


「おい、あんたっ!大丈夫か!?」


 30代くらいの男で、背格好は俺より一回りは大きい。装備から民間探索者だということが分かる。雇われはプロテクターに企業ロゴを入れるのが通例だから、おそらくはフリーだろう。


「しっかりしろ!一人か?仲間は?」


 周囲に他に人間らしきモノは見当たらない。フリーだとしても単身で潜る探索者は少ない。他に仲間が居ておかしくないはずなのに、なぜこんなところで転がっている。


「…………そう……叫ぶな……聞こえて……いる」


 良かった!まだ意識はあるようだ。


「モンスターハウスか?一人か?」


「三人……一人は落とし穴。慌てて罠を踏んだ。……ジュンも怪我をして……脱出した。救援待ちだ」


「あんたは?」


「……ついてないな。……四階層で、封印罠を……」


「っ!デバイスを借りる」


 腕に固定されたデバイスを引っぺがして中を見ると、脱出のスクロールが封印されていた。これじゃあ迷宮から出られない。


「……ようやく人が来たと思ったら無法者とは……本当について……ない」


「気づいて!?」


「腕を……見るくらいの……余力……グッ!……なぁ……あんた……話は分かりそうだ……すまないんだが……胸ポケットの中身を、メモの所に……届けてくれないか?」


「……遺言でも入っているのか?」


「そんな、ところだ……残念だが……正規の救助が来るまで……もつかわからん。俺が死んで……あんたが居なくなれば……ここは消える」


「だろうな」


 呼吸が早く、見てわかる程の出血がひどい。

 仲間が地上に戻っているのなら、救助のための装備を持った探索者が送り込まれていてもおかしくはない。ただ、この交差点クロス・ポイントに到達するかは完全に運だ。同じ5階層でもバリエーションは無数にあるから、救助隊一組が到達する確率は100分の一にも満たないだろう。


 ……出血はまだ止っていない。このままでは失血死するのは時間の問題か。講習で応急手当の知識は得ているけど、それでどうにかなる傷じゃないな。


 当然、男のデバイスに使えそうなものは入っていない。俺が拾ってきたドロップにも使えそうなものが無い。【薬品】は未鑑定では怖くて使えないし、遺物も鑑定途中。スクロールも同じくだ。マイナス効果なんて呼ばれる物が存在する以上、とどめを刺しかねない。


「残念ながら、俺にはあんたを癒してやれる持ち合わせは無い」


「……だろうな。……期待はしていない」


 不法探索者は、装備品質で言えば確実に正規の探索者に劣る。彼に使われているような、最先端の治療薬は持ち合わせておらず、装備もしょぼい。そもそも違法なのだから当然だ。


「それに、こっちはクソ装備でコソコソ迷宮に潜るお尋ね者だ。あんたの願いを聞いてやる義理も無い」


「……そうか」


 俺は男を壁から引っぺがして横たえると、荷物を確認し、比較的無事な装備と食料などの消耗品をいただく。ついでに無事そうな装備品も引っぺがしておこう。


「……なにを……する」


「伝えたい事があるなら、自分の口で言うんだな」


 迷宮端末メイズデバイスを操作して、男をターゲットに登録。


「デバイス、それに装備は頂いておく。魔物に襲われて落としたとでも説明しておいてくれ。こっちも捕まりたくはない」


「……まて……バカな真似は……」


「……不法だの、非正規だの、好き勝手言われて、それでもいいがな。俺にも一つ信念はある」


 迷宮が旨くない事はバカでもわかる。比較的手厚い正規探索者ですら、命を天秤に乗せている。それが分からない奴はそもそも探索者になれない。

 ……それでも潜るには理由が居るのだ。


「……迷宮は、人が死ぬ場所じゃねぇ」


 脱出のスクロールを、男を対象にして発動する。


「おいっ!」


 こちらに向けて、初めて目を見開いた男は、その声だけを残して光の中に消えていった。

 ……迷宮ゲートに放り出されれば、後は救護隊が助けてくれるだろう。


「あ~あ、なけなしのスクロールを使っちまったなぁ」


 男が完全に消えたのを見送って、思わずそう呟いた。

 人助けなんてガラでは無いのだけれど、まぁ、仕方ない。


 気持ちを切り替えて残されたものをあさり始めた。


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本日18時にもう一話更新予定です。

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