第5話
□川越迷宮4階層・地下坑道□
「ふざけろクソがっ!」
4階層、地下坑道領域に侵入すると同時に、二匹の魔物がこちらに気づいて襲いかかってきた。
一匹は人型の魔物。身長120センチほどで、ぼろきれの様な服を着て、壊れかけのヘルメットを身に着け、手には短い杭などの武器を持つ。
日本での正式名称は餓鬼。俗にはゴブリン・マイナーと呼ばれる小鬼である。
身体能力はそれなりに高く、藁人形とは比べ物にならない。ボロボロとはいえ武器や防具を装備しているのも厄介で、4階層で危険度を一気に上げてくる原因の一つだ。
もう一匹は洞窟蜘蛛。ケイブ・スパイダーの愛称で嫌がられる体長80センチほどの巨大な蜘蛛で、糸を投網のように吐いてこちらの動きを封じて来る。メインの攻撃はハエトリグモの様な飛びつきからの噛みつき。瞬発力が高く厄介な相手だ。
どちらも3階層までの魔物とは危険度が比べ物にならないくせに、この階からはトラップの種類も増える。慎重に探索を進めなければならないのに、大立ち回りが必要なこいつらを相手にすることになるのは運がない。
大楯を蜘蛛へ向け、挟み撃ちの格好になるゴブリン野郎を鉈槍で牽制する。
リーチはこちらの方が長い。ゴブリンは野生動物に比べれば頭が良いので、こちらの武器を警戒してくる。おかげで牽制が利くのが救いだが、それで楽になるほど余裕はない。
「罠があったら恨むっ!このっ!」
洞窟蜘蛛が前足で投網状の糸をこちらに向けて飛ばす。相変わらず小器用だな。
想定通りそれを大盾で受け、盾の足元にあるストッパーを踏んで体重をかける。蜘蛛は重さもパワーも人間ほどではない。ストッパーを足掛かりにすれば力負けする事は無い。
ゴブリンは此方が動けないと見ると鉄杭で攻撃を試みる。
しかしリーチは鉈槍の方が長く、レベルアップで力も上がっているおかげで危なげなく対処する事が出来ている。3階層でレベルを上げた効果が出ている。
次に注意しなければならないのは蜘蛛の動きだ。隙を見て盾のスナップボタンをはずしておく。
糸の引っ張り合いに見切りをつけたにこちらの予想通り、飛びついての噛みつき攻撃に切り替えてくる。対処の準備は済んでいる。
蜘蛛を盾で受け止めると、ストッパーを軸にしてゴブリンの方へと向ける。ついでにゴブリンの攻撃を防げたのはラッキーだ。
「潰れてろ!」
大盾の留め具は外してある。押しつぶすように盾を倒し、盾ごと仰向けにひっくり返った大蜘蛛を踏みつけると、ぐちゃりと潰れる音がした。
倒れて来る大盾を避けたゴブリンに向けて、両手で鉈槍を振るう。
浅いが入った!
グェっとうめき声を上げるゴブリンに追撃。狙うのは鉄杭か腕。ゴブリンがこちらに致命傷を与える手段はそれしかないからだ。
「死んどけゴルァッ!」
手首に一撃を受け、鉄杭を落としたゴブリンの胸に鉈槍を突き立て、即座に蹴り飛ばす。ほぼ致命傷。だけどそれで止まるとは限らない。なおも掴みかかって来ようとするするゴブリンに横凪の一撃を入れ、地面に転がった炉ころを踏みつけで首元に留めの一撃を突き刺した。
びくびくと身体が痙攣し、やがて動かなくなる。
……ふぅ。
人型の魔物を相手にするのは中々慣れない。戦ってる最終は良いが、殺した後に転がる死体を見て、心がざわめく。気にするなと自分に言い聞かせて、鉈槍を引き抜く。まだ蜘蛛が残っている。
ほかに魔物が居ない事を確認しつつ、裏返った盾に近づく。はみ出した槍を鉈槍で切り落とし、上から体重をかけて入念に潰す。ケイブ・スパイダーの糸は集めればそれなりの価値があるが、一人で回収するのは難しい。危険が無いよう、確実に息の根を止める。
床から盾を引っぺがすと、潰れた蜘蛛がボトリと落ちた。
……一息ついてる場合じゃないな。
魔物のドロップは両方とも魔石。そこから部屋の中の探索を開始した。
川越迷宮の第四階層から第六階層は、かつて九州に有った炭鉱跡である。いくつかの小さな広場が細い坑道で繋がっており、電気が来ていないのにもかかわらず壁付けられた電球が弱く輝いている。
3階層までと違い場所が特定されているのは、坑道壁に掛かれた文字が資料として残存していたからである。ただし部屋のつながりは入るたびにぐちゃぐちゃに入れ替えられており、当時の地図は全く役に立たない。
地下坑道のは薄暗く、気温も低い。明るさは街頭のみが照らす夜道程度で、原野領域が常時20度を超えるくらいの気温なのに対して、ここは10度ほどだ。
寒く薄暗い広場の中、LEDランタンの明かりを頼りに床を調べる。地下坑道からは部屋に仕掛けられている罠が増えるのだ。
3階層にまでにあった結び罠が無くなる代わりに、結構な重さの石が落ちて来る落石トラップや、下の階層に強制ワープさせる落とし穴。
「この部屋は安全か」
坑道に仕掛けられた罠は、周囲から浮くので比較的判り易い。素人でもよく見れば違和感を覚える程度だ。見落としは無いだろう。
部屋から得られたドロップは【弾】。解凍すると石だった。このエリアで弾が出ると、大体石なんじゃないかと言われている。雑貨の出現率は下がっているらしいが、はずれが多いことに変わりはない。
ゴブリンが着ていた
新しいエリアに入ってもやることは変わらない。部屋を探索し終えたら、通路を進んで次の部屋へ。これまでの情報から、細い通路に罠は無いはず。それでも注意しながら進むと、20メートルほどで次の部屋が見えた。
「大蝙蝠か」
ジャイアント・バットとも呼ばれる羽を広げたサイズが1メートルを超す巨大な蝙蝠で、地上のオオコウモリ種と違い肉食。飛び回るのが厄介だが、攻撃方法が噛みつきだけなので、薄暗い地形の影響を除けば大鶏と大差ない。海外も含めてこういう地下洞窟・坑道系エリアではよく出る魔物で、対処方法も明確だ。
通路からトラップが近くに無いのを確認して、部屋に入った所でターゲットを取る。そこから通路に戻って大盾を掲げれば、大蝙蝠が身をかわす幅が無くなる。
タイミングを合わせて盾を叩きつけると、強打を受けた大蝙蝠がギュェっという鳴き声と共に地面に落ちる。素早く鉈槍を叩きつけて、さらに盾を押しつけて潰す。バタバタと暴れるが、盾からはみ出た所を切り落としてダメージを与えていく。満足に動けなくなった所に鉈槍を突き刺して止めを刺した。1匹しか居なければ楽に倒せる。
「ドロップは……【近接武器】か」
若干出やすいんだったかな。品質が並以上なら使える武器が出るはず。逆に劣の場合、下手に使って壊れるとピンチになる。品質だけは確認してから解凍したいところ。
部屋の中を調べると、罠らしき床が一つ。落石罠だろうか。通路は2つに分かれていて、一つは出口、もう一つは先に進む道。ドロップアイテムはなさそうだ。
次の部屋に進むとゴブリンが1匹。一対一、盾を使って落ち着いて戦えば、例え捨て身で突っ込んで来ても対処可能。半分殴り倒す形で仕留める。ドロップは魔石。
部屋の中を探索すると、【弾】と【アクセサリー】が落ちていた。【アクセサリー】は名前の通りの装飾品。貴金属的な価値がある物が出る場合もあるが、それよりも品質が優なら魔法的な効果がある物が出るのが重要な点だ。最低でも品質の鑑定までは行いたい。
行き止まりとなっていた最後の部屋には、
動きもそれなりに早いが瞬発力は無い方で、動きに緩急は付けられない。目もあまり良くないのでそこが弱点。一番の感覚器官は触覚なので、そこを狙うのがセオリー。
こいつは狭い通路で戦うのは不利なので、足元を確認してから小部屋に侵入。LEDランタンを床に置いて離れる。石を離れた地面に叩きつけると、そちらに向けて触覚を動かす。よし、混乱したな。
盾を構えて動きを止め、近づいて来るのを待つ。臭いにも反応するから完全にだますことは出来ないが、それでも十分。
ランタンに引き寄せられるように近づいてきたところで、触覚に向けて鉈槍を力いっぱい振るう。ボギッっという音がして、片方の触覚を叩き割る事に成功した。
触覚が無くなって混乱する蟻の腹を鉈槍の背でどつく。こいつの殻は固すぎて、腹であっても刃がかけるリスクが高い。正面に立たない様に、腹と後ろ足を入念に殴ってダメージを与える。後ろ足にひびが入った所で刃を立てて切り落とす。
……片足落とすのに1分以上かかるな。複数いたら現実的な戦法じゃない。
動きが鈍った所で更に脚への攻撃を続け、半分が失われて身動きが取れなくなった所で、頭と胴体のつなぎ目に刃を突き立てた。体重をかけて頭を落とす。
それからしばらくは動かなくなるまで周囲を警戒。こいつらは頭だけになっても噛みついて来るし、身体だけでもはい回る。油断しちゃいけない。
「ロンリー・アントがほんとに一匹だけで助かった」
こいつの殻は有効射程内の拳銃弾を弾くくらいの硬度がある。特に頭や体部分は硬くて、まともに殴り合うのは現実的じゃない。今の装備で複数いる場合、罠のリスクを踏まえても逃げ回って戦うしか無かった。
完全に動かなくなった所でドロップを確認。安定の魔石。しかし大蟻の殻は使い道がある。
リュックを降ろして中から大振りのサバイバルナイフを取り出す。解体用を兼ねた予備の武器。レベルが上がればコレでも戦えるが、今は解体に使うくらいだ。
甲殻の切れ目にナイフを入れて、一番大きく硬い楯板、小楯板を引っぺがす。腹部背板も一番大きなものを引っぺがして、梱包用ビニールテープでくるみ、さらに麻のロープを撒いてリュックに括りつけた。
後は前足を一本貰っていこう。ゴブリンが持っている鉄杭よりはマシな武器になるはずだ。
「……ふぅ……疲れたな」
既に潜り始めてから7時間になる。休憩の仮眠もとったが回復しきっていない。
部屋の中を探索すると、ドロップアイテムが一つ。取り込むと【遠距離武器】。これも品質の鑑定をしたい一品だな。並品でも銃などが手に入る場合がある。優品なら魔法効果があるかも知れない。逆に劣品は暴発が怖い。
5階層に進む出口の前に腰を下ろし、リュックからおにぎりとから揚げの詰め合わせ、それに暖かいお茶を飲んで身体を休める。持ち込んだ食料の内、物質化してあるものはこれで最後。後は
迷宮攻略に置いて、休息は重要だ。魔物を警戒しながら身体を休める。ついでに用も足しておく。完全に野糞スタイルだが誰も居ないし、トイレットペーパーも持ち込んでいるから困らない。
落とし穴の上で糞をしたら、下の階にワープするのだろうか?
そんなどうでもいいことに思いをはせながら、ゆっくり1時間。
最初に手に入れた【近接武器】の品質は並か。普通に使えるだろうが、今解凍すると荷物になる。
2つめの魔法のスクロールは、種別が【利便】となっていた。これは後2時間解析待ち。
期待の遺物の品質は並。あまり大きな期待は出来ない。
【近接武器】の代わりに、手に入れたばかりの【遠距離武器】をセットする。遠距離武器は弓やクロスボウが出る場合もある。荷物が多くなるから、並品でも出来れば種別まで確定させてから解凍したい。早めに鑑定しておくに限る。
準備を終えて身体を伸ばす。この階層は5部屋と広場が少ないから魔物狩りには向かない。経験値は欲しいが、次に行こう。
5階層……。
作りは4階層と変わらぬ地下坑道だが、他の探索者遭遇する可能性があるエリア。
正規の探索者であれば、ピンチの時に他の探索者に救助を求める事ができる場所であるが、非正規の俺の様なものにとっては襲撃を受けたり、拘束されたりする可能可能性もある。
……話の通じる相手なら裏取引にも使えるが、どんな相手と会うかは不明。会わない場合もあるから、これも運だ。この迷宮は本当に運がモノを言う。
「……よしっ!」
何度目になるか分からない気合を入れて、次の階層へ踏み出したのだった。
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明日も12時、18時に更新を予定しております。
連載中の別作品もよろしくお願いします。
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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