第4話

 2階層も基本的に同じ原野が続く。迷宮の構造が変わるのは4階層からだ。

 1階層に掛かった攻略時間は2時間弱。レベルが上がったし、3階層までは少しずつ時間が短縮されるだろう。

 

「それは良いけど入ってすぐ魔物が居るのは勘弁」


 2階層の部屋に転送されると同時に、こちらに気づいた大狸が襲い掛かってきた。やはり階を下りた直後が最も危ない。転送される位置は魔物から10メートルほどは離れているので、気を抜いて居なければ対処は出来る……が、草の影などで見づらいと厄介だ。

 正規ルートで金を積めば、周辺の魔物を感知してくれる眼鏡型のデバイスが借りられるが……結構高いし、そもそも正規ルートでは無いので考えるだけ無駄。


「ないものねだりをしても仕方ない。……はぁ」


 不正入場がいばらの道だと分かっていて選んだんだ。既に1階層で魔法のスクロールが出ている。これだけでも儲けものかも知れない。


 2階層一部屋目には、【食料品】が落ちていた。解析に回せる個数には制限があるので、これの解析はあと回し。

 迷宮端末メイズデバイスの空き容量は、迷宮内のみで使えるスペースが20。それとは別に、迷宮外でも使えるスペースが20。同時に解析できるのは3つまで。迷宮外スペースには、持ち込んだ水や食料が保存されているので、急いで解析に回す必要は無いはずだ。

 

 ……なんだかんだ言って、今日は運が良いらしい。


 2部屋目には2体の魔物が居て、それぞれ【防具】と【魔法のスクロール】を落とした。二つとも解析に回す。部屋ドロップは【雑貨】。当然ポイ捨てだ。

 3部屋目は部屋ドロップ無し。2匹の魔物が居て、それぞれが魔石を落とした。出口はこの部屋にある。

 4部屋目。2体目に倒した兎が【近接武器】をドロップ。近接武器は剣とか槍とかが出るはず。ハズレだとペティナイフとか松葉杖とかも出る。【防具】も【近接武器】も魔法のような効果が付加されたものが出る場合があるので、出来れば鑑定を終えてから解凍したい処。

 

 この階層は6部屋だったらしい。残り二部屋、部屋ドロップが4つで、【食料品】と【雑貨】がそれぞれ2個づつ。魔物は3匹ですべて魔石。


「【魔法のスクロール】が2、【近接武器】、【防具】が1つづ、【食料品】が3つ……」


 全部【雑貨】と魔石でもおかしくないのだ。


「水辺が見つかったのも運が良いな」


 部屋の中に水辺があった。飲むことは出来ないが、汚れて切れ味が落ちてきている鉈槍を磨くのにはちょうどいい。藁人形の藁で磨いて、持ち込んだダイヤモンドシャープナーで、少しだけ研ぎなおしておく。事前に試行錯誤をしただけあって、思った以上に丈夫だ。【近接武器】の解凍はまだしばらく必要ないだろう。


 一通り部屋を回り終えたところでレベルも3に上がった。これも幸先が良い。身体能力も1.2倍くらいになっていて、身体が軽い。


 1階と同じように、出口の前に陣取って休憩。レベルを上げるために必要な経験値はどんどん増えていくから、休憩を挟みながら後はリポップした魔物を少し狩る。3Fの方が効率が良い気もするが、水辺があるとも限らない。


「【魔法のスクロール】は……品質は並か。まぁ、これじゃわからんな」


 6時間掛かる解析は、2時間で品質が、さらに2時間で小分類が分かるようになる。並のスクロールは数が多い。結局6時間解析するしかない。

 追加で3匹の魔物を狩ると、1匹からは少しオレンジがかった魔石が出た。魔石の価値は赤が一番低くて、紫が一番高い。含んでいるエネルギー量によるらしい。こんなところで運を使わなくても……。


 迷宮を潜り始めてから3時間半を切るくらい。

 良いペースで3階層に到達だ。


「原野領域は3階層が最後。ここには大飛鶏が出る」


 大飛鶏……単にオオニワトリとか呼ばれもする。羽根を広げると80センチほどになるオスの鶏の姿をした魔物。壁を飛び越えて襲ってくる場合がある。

 飛行能力は低く、一度地面に落ちると助走をつけないと飛び上がれない。爪と嘴の攻撃は兎や狸より弱いので、頭上から体当たりされなければ脅威度は低い。何より頭が悪いのが幸いだ。

 

 最初の部屋には藁人形が居たので処理。二部屋目は飛び立つ前の大飛鶏、三部屋目は化け打抜き。雑貨と魔石のドロップが続いた後、部屋ドロップで【薬品】カテゴリの何かが出た。


「……正直使うのが怖い」


 【薬品】はが分類されると言われている。俺が欲しいなんかは全て【遺物】カテゴリだ。つまり、ほぼ不要な物なはず。たまに白い粉とかヤバいお薬が出るが、それも不要。

 一応、鑑定しきれば詳細や使って大丈夫かも分かるが、今は鑑定のリソースが無い。一応保存して後回しだ。

 

 そもそも、低階層のドロップに期待するだけ無駄かも知れない。ただレベルを上げるために経験値が必要なので、探索は必須なのだ。


 4部屋目の魔物から【防具】、5部屋目の部屋ドロップから【薬品】、6部屋目の魔物からも【薬品】と、部屋ドロップで【食料品】が出た。それ以外はいつもの。【弾】から矢が1本出たが、撃てる装備も無いのでこいつも廃棄だ。


「これで20枠ある迷宮内保持枠の内12が埋まった。結構順調」


 時間を確認すると、攻略開始から4時間ほど。レベルは3。……この階層で4にあげてから進みたいので、少し休憩がてら仮眠を取るか。


 打ち捨てていた藁人形の藁を出口前に集める。半分を床に敷き、残りを通路側をふさぐ形に置いた盾に被せる。出口の白壁からは魔物が来ないので、部屋側から魔物が来ても大盾で防げる。

 何より頭は悪いから、簡単な偽装でもそうそうバレることが無い。


 通路に身体を横たえて休める。ヘルメットをしたままだと寝づらいが、これは慣れだ。半年以上迷宮に潜っていれば慣れて来る。周囲が明るいのもそう気にならない。

 

 深く一息呼吸をして、俺は意識を手放した。


 ………………。


 …………。


 ……。

 

「……身体が痛い」


 気づくと2時間ばっかり眠っていた。寝ている最中に襲われなかったのは僥倖だ。そろそろ夕方になるはずの時間だが、空は陰りなく青い。原野領域が夜だったという話は聞いた事が無いので、おそらくずっと昼なのだろう。


 魔物が近くにいない事を確認しつつ、デバイスを開く。そろそろ魔法のスクロールの解析が終わっているかと思ったが、残念ながらまだ。品質に加えて、種別が【利便】と表示されている。利便のスクロールは、脱出を含む様々な効果のスクロールがまとまったグループだ。最後まで鑑定するしかないだろう。


 追加で鑑定を始めた【防具】の品質が並。【魔法のスクロール】も並か。

 3階層までの防具で、並の品質で魔法的な効果が付与されている物は無かったはず。スペースを空けるために解凍すると、出てきたのは金属製のガントレットだった。

 ……びみょうだ。今付けているプラスチック製のガードよりは効果が高いだろうが、ちょっと重い。……まぁ、装備するか。4階層以降は魔物が変わるし危険度も上がる。


 開いた解析リソースは【近接武器】に割り当てる。これも品質が並なら解凍で良いので、2時間程で判明するはずだ。


「さて……魔物を狩るか」


 4階層に降りる前にレベル4になっておきたい。倒さなければならない推定数は5。2時間休んだからそれなりにリポップしているはず。


 通路から部屋を除くと兎が一匹だけいた。動いて居ないな。例外はあるが、魔物はフロア内に均等に湧く傾向があり、かつ湧いてすぐは寝ているような状態のものも多い。同じ部屋の中にいるとすぐに襲ってくるのだが、通路まで侵入してこない事が結構ある。

 ぐるっと一周回って戻って来ればレベルも上がるだろうし、スクロールの解析も終わるだろう。


 ガントレットを装備し、体をほぐす。傷が目立ち始めた盾を構えて部屋に侵入、兎をこれまでと同じように処理する。能力が上がっているので先制攻撃でも撃退できる可能性は高いが、安全第一。

 ドロップ品の魔石を回収して次の部屋へ。目につく魔物を足していく。そうして4匹目を倒したところでアイテムをドロップ。デバイスに取り込んで、何気なくリストを確認し……。


 【遺物】


 一気に汗が噴き出した。心臓が驚きで大きく脈打つ。

 ……落ち着け。まだ低階層だ。希少なものが出る可能性は低い。


 【遺物】は最も小項目の多いカテゴリだ。迷宮発生前の地球には無かった魔法素材、魔法道具、魔法の薬品、それに断絶領域に呑まれた生物もこのカテゴリ。俺を含め、ほとんどの迷宮探索者はこれを求めて迷宮に潜る。

 これまでも何度か遺物が出たことはあった。貴重なものではなかったが、それでもぼちぼちの金になった物もある。


 気を落ち着かせて、デバイスの解析状況を確認すると、魔法のスクロールの解析が終わっている。【複製のスクロール】……これも貴重品だ。脱出のスクロールを複製すれば挑戦回数を増やせるし、貴重な遺物を複製することも出来る。コピーのコピーは出来ない、複製のスクロールは増やせない、生物は複製できない、迷宮の中でしか使えないなどの制約はあるが、国が禁制品と指定する代物。

 ほんとに運が良いな。


 複製のスクロールの鑑定を完了し、遺物を新たに解析にセットする。

 一瞬、このまま脱出してもとの考えが頭をよぎるが……さすがに効率が悪い。遺物がはずれの可能性も十分にある。落ち着いて、命大事にしていこう。


 さらに一匹魔物を狩ると、レベル4に上がる。これで地上にいるときに比べて能力は1.33倍増し。荷物を置いて垂直飛びをすると、軽く80センチを超える。身体能力は一流アスリートレベルにまで上がっている。

 

 4階層。迷宮探索はここからが本番だ。

 出口の前まで戻り、リュックの中からLEDランタンを準備。さらにデバイスに保存してあった大き目の防寒コートを物質化して羽織る。迷宮外で使えるスペース20個は食料や水、それに途中の階層から使うであろう荷物で埋まっている。備えあれば憂いなしというやつだ。


 鉈槍と盾をギュッと握りしめると、白い壁に向けて一歩を踏み込んだ。

 

 そして迷宮世界は形を変える。


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本日18時にもう一話更新予定です。

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