第3話

 幅2メートルほどだろうか、草むらと違和感のある崖に囲まれた通路をしばらく進むと、視界の先に開けたエリアが見える。

 それと同時に、一匹の魔物が目に入った。


「見える位置に居るのはラッキーだな」


 初遭遇の魔物は一角兎……別名はまんま、ホーンラビット。額から10センチほどの一本の角が生えた兎で、体高は30センチほど、重さは6から8キロほどだろうか。突進と角での突き上げ攻撃をしてくる。

 通路にいる間、なぜか魔物は此方を感知しないらしい。通路と部屋では空間のつながりが違う、とか言われているけど、俺にはよくわからない。


 幸いにして部屋には一匹だけらしい。


「……やるか」


 遠距離攻撃できる武器は無い。探索者用の装備は、正規の入り口であるオブジェ管理棟中のみで所有が許される。スポーツ用の弓や狩猟用の銃火器に関して、探索者は所有の許可がほぼ下りない。すべて管理棟内のみで完結しろ、というのが国の方針だからだ。

 頼れるのは持ち込んだ手製の武器だけ。


 部屋に踏み込むと、こちらに気づいた一角兎が猛烈な勢いで突進してくる。人と比べれば小さな兎だが、追いかけっこで勝てる相手ではない。


 大盾を斜めに構え、足元に取り付けたL字の鉄板を踏みつけて地面に押さえつけ、腰を据える。


 ドンッ!


 小さな体に似合わぬ強い衝撃があり、身体が揺れる。しかし兎の攻撃はアクリルボードの表面を傷つけたのみで横にそれる。


「くらえっ!」


 足が止まった所、鉈槍で切り付ける。


「ギャピ!?」


 刺すより叩く。勢いをつけるより的確に当てる。こいつの一番の脅威は、遭遇時の突進だ。それを凌げば、制圧は何とかなる。


 魔物は基本的に逃げて行かない。だからひたすら殴るだけ。

 数発どついた後、良いのが首元に刺さり血が噴き出す。びくっと痙攣して、それから倒れて動かなくなる。……倒したか。


 ほかに魔物が居ない事を確認してから、迷宮端末メイズデバイスを取り出す。ドロップ品の回収だ。

 デバイスをかざすと、その上に小さなオブジェが浮かび上がり、やがて赤い石に変わる。……魔石か。


 魔石は、遺物として得られる魔法道具の燃料に使われる石である。運が良ければ兎から武器や遺物が手に入るのだが……まぁ、9割くらいは魔石と言われている。それでも床落ちよりはいいモノが出やすいので期待してしまう。


「まぁ、最初はこんなもんだろう」


 魔物肉は食えない。……食うとヤバいことになる。このまま放置すれば、その内迷宮の床に呑まれて消えるので困らない。

 デバイスが魔石の抽出に対応するまでは、肉を掻っ捌いていたらしい。それをしなくていいだけ楽だな。


 魔物が居ない事を確認して部屋の中を探索すると、ドロップ品が一つ。種別は【弾】。……銃火器の弾が出ることもあるが……1階層だとな。

 解凍してみると、野球の硬式球だった。まぁ、ぶつければダメージには成る。ソフトテニスのとか卓球のボールなんかは雑貨の方にでるから、そっちよりはまだ使える。……単なる石とかも出るので、どうしてもメンタル的によろしくは無いが。


 通路を通って3部屋目へ。

 ……今度は2匹。一匹は一角兎、もう一匹は大飛蝗……ジャイアントホッパーとも呼ばれる体長40センチほどの巨大なトノサマバッタだ。


 大飛蝗は噛みつきで攻撃してくる。ジャンプ力が強力だが、持久力が無いので止った所を叩くのがセオリー。すぐには動いて来ない場合が多いから、一角兎を倒してから戦えばいい。動くようなら通路に引く。


「よし、来いやオラァ!」


 部屋に入って叫ぶと、まず兎が突っ込んで来る。二歩戻って通路へ、飛蝗が動かないのを確認しつつ、さっきと同じように突進を受け流す。今度は通路の戦いなので、壁に押し付けるように盾で叩き、鉈槍を素早く突き刺した。

 よし、一匹目。


 倒れた兎をその場に残し、部屋の中で飛蝗と向かい合う。こいつはジャンプで突撃してくるから、盾は高めに構える。鉈槍は短く持っておく。取りつかれても慌てなくていい。


「……ジジッ」


 小さく鳴いた飛蝗がこちらに向かって撥ねる。目で追うのがやっと。盾が無ければ防ぐのも避けるのも不可能。だけど甘い。


「柔らかいアクリルをわざわざ盾にしてるのは、前が見えて便利だからってね」


 相手からも見えるため、頭の弱い魔物は盾をないものとして突進してくる。当たって落ちた魔物に、素早く槍を複数化当てて無力化。5回ほど突き刺したところで動かなくなった。

 ……安全のために、確実に頭をかち割っておこう。


 魔物を倒したら、後はやることは変わらない。

 大飛蝗、一角兎共にドロップは魔石。部屋内を探索した結果、出たのは【弾】。解凍すると握りこぶしよりも一回り小さな石だった。投げやすそうではある。


 4部屋目。ここには大飛蝗が2匹。サクッと倒して、魔石が2個。

 弱い魔物で得られる赤い魔石は大した価値には成らない。デバイスに入らず、必ず物質化してしまうので少々面倒なのだが……まぁ、換金は出来るし、市販されている魔道具の燃料にもなる。邪魔になるほど集まったら捨てればいい。


 そしてドロップ品は……。


「幸先良いね!魔法のスクロールだ!」


 すぐに解析を指定する。低階層で落ちるスクロールで最も多いのは脱出のスクロール。つまり迷宮を出るための魔法。ただ多いと言っても3割から4割ほど。他のスクロールが出る可能性も十分ある。


「脱出のスクロールは持ち込み分が一つ。2つ目なら退却のめどが立つ。他に役に立つ物なら良し……まぁ、判明は6時間後か」


 ここで浮足立って、足元をすくわれたら目も当てられない。慎重に行こう。


 5部屋目。ここには藁人形……ストロードールとよばれる人形の魔物が居た。120センチほどの背丈、二足歩行の呪いの人形だ。運動能力はそう高くない。おそらく同程度の子供と変わらないだろう。ただ1階層に出る魔物の中では重い方で、体当たりはちょっとキツイ。

 また、人型よろしく落ちている武器を使ったり、石を投げてきたりする。今回の探索だと、ナット束を捨てたが、まぁ問題ない。非物質状態のアイテムは拾わないから、自分が捨てたもの以外は使われないと思っていい。


「的がでかいから、ぶっちゃけ兎より楽だよな」


 突き刺して切り上げ、バラバラに。兎や飛蝗で汚れた鉈の掃除にも使わせてもらおう。ドロップは……まさかの無し。魔石すら出ないとはついてない。切り刻んだ藁束もドロップと言えなくもないが……まぁ、捨て置くか。

 部屋の中も探索したが、この部屋はアイテムなしだった。


 代わりと言っちゃなんだが、次のフロアに行く道を発見。

 フロア移動用の階段――便宜上そう呼ばれている――は、この階層では上部がアーチ状になったうすぼんやり輝く板である。板と呼んでいるが、後ろに回り込むことは出来ない。飛び越えるのも無理。2メートル幅の通路に、幅2メートル、高さ4メートルほどのそれが鎮座している。もっぱらワープゲートという噂だ。


 デバイスが自動更新してくれる地図を確認すると、まだ行っていないエリアがある。……まぁ、隅々まで探索だな。レベルも上がっていない。


 出口前に腰を下ろして少し休憩を取る。

 前2メートルほどは通路扱いなのだが、ここに居ると部屋の魔物に気づかれず、かつ自身の周囲5メートルほどは魔物が沸かないという特性の為、一種の安全地帯となる。このビバーク方法が見つからなければ、一人での探索なんて無理だっただろう。


「……ふぅ」


 ペットボトルの水で喉を潤し、高カロリーのチョコレートビスケットで腹を満たす。ここがどこの国の断絶領域かは不明だけど、気温が20度ほどで一定なのはありがたい。川越迷宮の低層は、他と比べても初心者向けだ。問題があるとすれば通路が分かりづらい事かな。


 15分ほど休んだ後、次のエリアへ通路を進んでいると、奥から魔物が来るのが見えた。よりにもよって大狸か。


 体長が60センチになる冬毛スタイルの狸で、噛みつき、ひっかきのほか、幻術と呼ばれる惑わしの魔法を使う。また、兎より重く突進やひっかきも厄介。足は兎の方が速い。


 逃げた所で意味はない。

 こちらに向かって突進してくるタヌキを迎え撃つ。


「こいつ!」


 飛び掛かって来る狸に向けて盾を押す。いわゆるシールドバッシュと呼ばれる攻撃だ。怯んだところを鉈槍で叩く。ひっかきでやられる範囲には入らない。必ず大盾を使って安全に倒す。小さな怪我でも命取りになるかだ。


「っ!」


 一瞬、惑わしの術でタヌキを見失ったと感じる。だけどここは狭い通路。そんな分けは無い。


「むしろ通路で助かった」

 

 縦を蹴り上げる形で叩きつけ、壁にぶつかって倒れた狸に留めの一撃を入れる。完全に動かなくなったことを確認して一息。なんども倒した相手とは言え、幻術は厄介だな。肝が冷える。


 ドロップ品は相変わらずの魔石。先の部屋にも大狸がいて、そいつも魔石を落とした。……魔物のドロップはハズレが続く。


「ルームに3つは珍しいけど、中身が雑貨と弾じゃなぁ」


 弾の方もハズレである。この階を出るときに捨てて行こう。


 7つ目の部屋が最後。ここにも魔物が居て、ラッキーなことに藁人形だった。

 そしてアンラッキーな事にドロップは魔石。部屋のドロップは……【雑貨】と【弾】。そればっか。


「……順路的には最初の部屋か」


 完全な環状ルートでは無かったな。

 最初の部屋に戻って来ると兎が湧いていたのでこれも倒す。ドロップは安定の魔石だが、これでレベルが上がった。


「ちょうど10匹でレベルアップ。やっぱり1階の魔物は経験値1。10でレベルアップって所かな」


 ステータスは全て11に上がっている。先ほどまでよりちょっとだけ体が軽い。ただ、レベルが上がっても疲れは取れないから休息は必要だ。


「無理はしない。今度は30分休んで、魔物が居なければ2階層」


 3階層まではこんな感じの原野が続く。

 体力を温存しながら、確実に進んでいこう。


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明日以降は1章完了まで1日2話投稿予定です。

その後の計画は皆さまの応援しだいですので、評価、いいねなどよろしくお願いします。


連載中の別作品もよろしくお願いします。


俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~

https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225


アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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