第9話

 睡眠欲求と身体の痛みが激しい戦いを繰り広げ、ついに痛みが勝利したのは、横になってから7時間以上たってからのことだった。

 ……疲れていたとはいえ、寝すぎだろ。

 大きく身体を伸ばして解す。疲れが取れた感じはあまりしないが、それでも休む前よりは大分マシだな。


 迷宮の大敵である生理現象を木の上から強行することで処理し、残っていた食料で空腹を満たす。通路の下には魔物が沸いていたが、あいつらの処理は後回しだ。


「さてさて、事前に仕掛けた解析が終わってるはず」


 遺物は無いが、スクロールは期待だ。


 ええっと……魔法のスクロールは……強化、優!改善のスクロール!


「……惜しいがちがうっ!」


 思わず声が出た。

 改善のスクロールは、対象のアイテムを一つ上の品質のものに変化させるスクロールだ。かなりレアなスクロールだが、今欲しいのはこれじゃない。使い道が多いがそれでもこれじゃない。


 まあまて、他の物に何かアタリがあるかも知れない。


 強奪したデバイスで解析していた【近接武器】は……優!槍!合金工具鋼の短槍……うん。優品はたまに魔法素材や魔法の品が出るという噂なんだけどね。これは高性能現代近接武器。鉈槍の上位互換だが……まぁまぁ。


 【薬品】は……並、経口栄養食、栄養ドリンク(可食)。飲めるだけましだな。


 自分のデバイスの方は……食料品がサバ缶(可食)。

 近接武器は……優!短剣!玉鋼のドス!……いや、ドスって……畜生。

 後は【薬品】……おっと、優品質……あ……はい、持っていてはいけないヤバい薬ですね。


 改善のスクロール、短槍、ドスが一応アタリかな。

 改善のスクロールを使えば、極品質の槍か短剣が生み出せるが……見送りだ。遺物の一次強化薬を優品質の強化薬にするのもアリだが、これも見送り。並品質の治療薬系が手に入れば、優品質の治療薬が作れるし、優品質の治療薬が出れば極品質の治療薬が手に入る。万能治療薬エリクサーが作れるかも知れない。


「結局、期待は膨らむものの決定打となる収穫は無しか」


 とりあえずデバイスを整理しよう。


 手持ちのスクロールは複製、識別、灯、改善の4つ。灯はともかく、他の3つは結構いいモノだが……複製のスクロールは改善のスクロールに使うか?……この手のスクロールは、同じものに2度は掛けられない制約があった気がする。並品質から極品質まで上げるのは無理だったはずだ。やめとこう。


 鯖缶は解凍して腹の足しに。

 強奪デバイスでは移動済みの薬品、防具、アクセサリーの鑑定を再開だ。4時間ほどで品名が分かるはず。

 自分のデバイスは……品質並の【薬品】、並品質・弓の【遠距離攻撃武器】、【食料品】を解析に回す。それぞれ4時間、2時間、6時間で解析が終わるはずだ。

 ヤバい薬は解凍して廃棄。その辺の片隅に捨てておけば、俺がこのフロアを離れた後は迷宮が回収してくれるだろう。


「それじゃあ狩りを再開するかな」


 経験値と魔物のドロップを稼ぐためにも、しばらくは7階層に居座る。

 この先、各階層の難易度が徐々に上がっていき、10階層からは確実に一段魔物が強くなる。一階層に滞在できるのは約24時間と言われているが、7、8、9階層はギリギリまで居座る予定。この階層に入ってから10時間以上経過しているので、残り12時間、2時間探索し、3時間仮眠、また2時間探索して3時間休んだ後、次の階層へ行く、くらいが良いだろう。


 これからはトレントも撃破を狙う。他の魔物はサクサク倒していきたいが、ハンドガンの球数も節約したい。メイン武器はセラミックソード。それに短槍を解凍して使っていく。


 まずは出口の在る6部屋目。ウロから外を見ると、魔物の姿が見える。一匹はトレントなので、それ以外の魔物を拳銃で狙撃。即死は狙う必要はない。ダメージが入ったら、こちらに向かってくるので、短槍を投げつけて猪を行動不能にし、木から降りて動きが鈍っているゴブリンを始末。猪にも止めを刺して、トレントに向き直る。


 トレントの歩みは遅い。移動速度と言う意味では、時速1キロも出ていないだろう。問題はその分あるパワーと重さである。枝で殴られたら大ダメージ、捕まったら人力で逃れるのは不可能だ。枝とか根が素早く伸びる、なんて事は無いので、注意しながら削っていくしかない。


 トレントの周りギリギリから攻撃を誘発し、振り回される枝をセラミックソードで削る。枝が折れたり切れたりして攻撃範囲が狭まったら近づいて、同様にダメージを蓄積させていく。

 短槍が幹に届く距離まで踏み込めるようになったら、後は幹の広い範囲を浅く傷つけるように切り裂いていく。ダメージが蓄積して、HPが無くなれば撃破だ。

 注意しなければならないのは、こいつが倒れれてくる場合がある点。枝を落として攻撃を封じても、幹が倒れて来れば簡単に押しつぶされる。倒れてしまえば起き上がる能力は無いので、後は始末するだけだが、そこまでが長い。


 しばらく攻撃をしていると、緑色だった葉が赤黒く縮れて散っていく。完全に枯れ木になれば撃破。倒したことが判り易いのはありがたい。


 ……倒し切るまでに8分。やはり結構な時間がかかる。


 魔石を回収して、未探索の部屋へ。7部屋目の探索を終えれば、後は魔物を倒して回るのみである。


 7部屋目の魔物も手早く倒し、部屋ドロップで食料品二つとアクセサリーをゲット。魔物ドロップは6匹全て魔石である。


 そこからは部屋を移動しながら魔物を狩り続けた。ぐるっと一周しきる前にレベルが上がった。レベル6……地上と比べると身体能力は1.6倍以上。体重は変わらずに発揮できる力が伸びているから、動きは既にトップアスリートを越えているはずだ。


 2時間かけて魔物を倒して回り、使えるドロップは【魔法のスクロール】が一つ。スクロールが手に入ったのは良い事だが、どうせなら【遺物】が欲しい。


 デバイスを整理――遠距離武器はリカーブボウだった――してスクロールを解析に回し、休憩を兼ねて軽食を取り、また出口前の木の上で身体を横たえる。

 魔物と戦うのは心労が溜まる。探索者として活動を始めてから、何処でも短時間で眠れるようになった。万全になるかと言えばそんな事は無いが、闘いで高ぶった気分を落ち着けて平常に戻すのは、消耗を抑えるためにも重要だ。


 仮眠を交えて3時間。腹を膨らませ、3度目の周回前には解析していたアイテムのほどんどが終わる。

 並品だった薬品は2つとも廃棄。白い粉とか使えるわけなかろう。

 防具は防刃レギンスだった。最新の軍用品ではないが戦闘用の物なので、今履いている工業用の物より少し耐久度が高い。履き替えておこう。

 アクセサリーはダイヤのネックレス。チェーンは18金の様だ。 美玖の土産に渡してもよいかも知れないが……換金できるものはあまり喜ばれない。おそらく売却だろう。


 強奪デバイスに【アクセサリー】と【食料品】2つ解析に。

 自分のデバイスには解析途中の並品【近接武器】をセット。魔法のスクロールと食料品は後2時間ほどで解析が終わるはずだ。


 そこからまた、魔物の討伐を再開する。


「遺物!……今度は期待を裏切らないでくれよ」


 3周目は運が良いのか、魔石以外のドロップが多い。11匹の魔物を倒して、【遺物】、【遠距離武器】、【弾】、【薬品】がドロップした。解凍した弾がP320で使える拳銃弾だったのも運が良い。


 休憩を終えたらそろそろ8階層に進む頃合だ。

 8階層からは狩猟兎、海外ではツイン・ラビットと呼ばれる魔物が増える。こいつはちょっとデカい角兎なのだが、必ず2体一組でポップする迷惑な魔物だ。なぜかドロップは一つしか落とさないのでマズイ魔物でもある。

 木に登れないのは同じだから、8階層も同じ出口前で休息が取れる。


「荷物良し、廃棄物よし……魔物は少なくあってくれよ」


 3時間後、身支度を完全に整えて、俺はウロの奥のトビラをくぐった。


 ………………。


 …………。


 ……。


□解析完了

 近接武器 並 鉄の槍

 

□解析開始

 遺物


□消費

 栄養ドリンク


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明日も18時、21時に更新を予定しております。


連載中の別作品もよろしくお願いします。


俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~

https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225


アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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