第10話
8階層の探索は順調だった。
……最初だけは。
「くそったれだ!」
何故か知らないが魔物が多い。狩猟兎が増えたせいか、それともトレントを1匹しか見なかった所為か。
特にひどかったのは出口の在るこの6部屋目で、狩猟兎二組に猪とゴブリンという組み合わせ。6体も居るとモンスターハウスと変わらない。
P320の予備マガジンが空になるまで乱射して何とかしのぎ切ったが、消耗が激しい。
「上で拾ったスクロールが怪異避けだったのは運がいいのか」
【怪異避けのスクロール】は魔物が小部屋に湧かず、また入ってこれなくなるスクロールだ。使えば滞在時間中は魔物の脅威にさらされない安全地帯を作れる。これで10階層でも腰を落ち着けて休息するめどが立った。
「樹海は【食料】と【アクセサリー】って話だったけど……」
この階層に入ってから部屋ドロップで【食料品】が4つ、魔物ドロップも合わせて【アクセサリー】が3つ。後は【薬品】と【防具】が一つづつ。まぁまあだ。
「しっかし……チキン3つってどういう引きだよ。ぼちぼちうまいから良いけど」
デバイスで解析していた【食料品】が、3つともチキンだった時には流石に首を傾げた。クリスマスで食べるような大振りの鶏もも肉だ。迷宮のドロップは謎い。
並品の食料でもハズレはほぼ無く、しかも出来立てである。劣品の食料は腐敗している可能性があるので鑑定必須だが、持ち込んだ食料の節約になるのはありがたいが、それで疑問が消えるというものでもない。
「一緒に解析していたアクセサリーはハズレ。表示名が安物の時計ってのもどうなのさ」
量販店で1000円出せば買える腕時計。迷宮のドロップはブランド的な価値を加味しない、とか言う話だが、それにしたってもうちょっとマシなものを落としてほしい。
チキンの骨と一緒に回答した時計を通路の脇に放り出して、デバイスの整理を続ける。デバイスが二つあるから良い様なものの、1つだったら結構な数を捨てることになっていたな。
自分のデバイスの鑑定に7階層で手に入れた【遠距離武器】と【食料品】をセット。もう一つは元からあった【食料品】と8階層で手に入れた【アクセサリー】二つ。これまでは手に入れた順で解析をしていたが、気分を変えてもいいだろう。
一通りデバイスの整理を終え、出口前のウロの中で身体を横たえる。
迷宮二日目も14時間ほど経過している。地上では寝るには早い時間ではあるが、戦闘続きは疲弊する。そもそもまともに緊張感を保っていられる時間はそう長くない。目を閉じると、張っていた身体と心から少しだけ力が抜けた。
……後はこの繰り返しである。
3日目、8階層を探索途中でレベル7に上がり、2周の探索の後、9階層へ。
9階層でも出口である樹上のウロを探し、休息を取ってから全部屋制覇と魔物狩りをしてレベルを上げる。 そろそろ上がりが悪くなる頃だが、昼前に運良くレベル8に上がる。
10層前に9レベルに上がるのは難しいか。
2週目の出発前、そんな事を考えながら足元の魔物を蹴散らしていたら、解析完了時刻を告げるタイマーでデバイスが振るえて……。
……ようやく見つけた。
【遺物】、並品、治療薬。
「っ!!」
思わず拳を握り込み、あわてて頭上の出口前まで戻る。
昨日、9階層の出口を探している最中に倒した魔物のドロップ。解凍との兼ね合いで解析が後回しになっていたそれが、求めてやまない治療薬であった。
「落ち着け。迷宮から無事に出るまで、あろうがなかろうが関係ない」
深呼吸して気分を落ち着ける。脱出のスクロールを使ってしまったのが悔やまれるな。あれがあれば即座に脱出できたものを。
後悔しても仕方ないと頭を切り替え、これからのプランを修正する。
この治療薬、身体の不調を治す魔法薬の一種で、ダンジョン内で受ける状態異常を解除するほか、通常の病にも効果がある。地上で完治が難しい難病や、現在の医学では完治の見込みがない患者であっても効果がある。また、高価をえるためには1本丸々呑み切らねばならず、分け合うこともが出来ない。故に販売価格は数百万を切ることは無く、年々価格は高騰している。
そしてこの薬で美玖の病は治らない。それでも飲めば数か月、進行と発作を抑えることはできるであろう。命を繋ぐ薬である。
「だけど……美玖にこの薬が処方されることは無い……」
それこそ、俺が違法探索者となった原因でもある。
まず探索者が入手した迷宮内のアイテムは全て国が買い上げるシステムとなっており、迷宮入り口から外に持ち出すことが出来ない。これは日本で所持が許されていない武器や薬などがドロップする事から取られた措置である。ほとんどのドロップはオークションによってその価格が決まり、探索者の懐に入るのは売却価格から税金を引いた金。欲しいものがあるなら、再度競り落とすしかない。
そして一部の魔法薬や遺物は国が指定した研究機関や医療機関向けに売却され、一般の探索者には入札権限がない。治療薬もこの類のものである。むろん、売却された治療薬が治療に使われる場合もあるが、完治しない美玖は対象リスト外である。
「ふざけていると思うと同時に、理性的なシステムでもある……」
迷宮のドロップは奇跡を起こす。もしそのドロップを好きに出来るのであれば、無茶をする者が山のように出ただろう。これを搾取と取るか、安全策と取るかは評価が分かれている。
……が、当事者にとっては憎悪の対象でしかない。
目の前で家族を救う術がむざむざ奪われることになるのだから。そう言った者たちが違法探索者となるのだ。
「あとは……なんだこれ?」
解析に掛けていたのは【遺物】だけではない。強奪デバイス側で解析していた【防具】には、見慣れない名前が表示されていた。
【防具】、並品、服、衝撃吸収のローブ。
明らかに異質な名前。並品になっているけど、魔法道具の類?どこで拾った物か今一思い出せないけれど……。
「一定までの衝撃を吸収するフード付きローブ。吸収された衝撃エネルギーはゆっくりと熱となって放出される……か。どれくらい効果があるのかは不明と」
魔法道具の類だとすると、最新の武具と比較しても遜色無い性能が有りそうだが……並品を何処まで信頼して良いかは分からない。こういうのは優品や極品として出る物だと思ってたんだがな。
……まぁ、ないよりマシだろう。
解凍してみると、なぜかピッタリサイズの深緑のローブが現れた。フード付きなのは情報通りだが、前開きでベルトもついて居る。結構厚手の丈夫そうな生地で、樹海で着るには若干暑そうだが……えり好みはしていられない。
「悪くない。フードも、フルフェイスのヘルメットの上からかぶれるか……」
身体に対して、フードがでかすぎやしないかという疑問があるが……まぁ、迷宮の装備が良く分からないのは今に始まった事じゃない。
現在の装備は、武器がセラミックソード、短槍、ハンドガンの3種類。盾はポリカーボネイト製のライオット・シールド。頭はフルフェイスヘルメット、身体には各種プロテクターと工業用防刃装備をメインに、ドロップで手に入った軍用防刃レギンスと金属製のガントレットを付け替えてある
それから優品のアクセサリー、【混乱耐性のゲルマニウムネックレス】も装備。これが解析された時にはちょっとへこんだが、混乱罠対策になるし、戦闘での判断力が上がる効果もあるようなので実はいいモノっぽい。
「これで遺物が【魔法火起こし器】だったり、近接武器で十手が2つ続いたりしなけりゃなぁ」
しかも片方の十手は優品だ。玉鋼の十手とかどうしろっていうんだ。
【遠距離武器】でクロスボウも出たが、ボルトが無いので死蔵。そもそもハンドガンの方が優秀だ。
8階層以降の探索でも魔法のスクロールが出たが、解析が終わっているのは非物質化のスクロールと言うまた扱いに困る物。これは解凍したアイテムを
自衛隊や警察が個人用パワードスーツなどを持ち込む場合は必須――樹海のウロなどは着て通れないため――のスクロールで、卸売値は結構高いのだけれど……まあいい。
魔法のスクロールで未解析の物は後2つ。この中に脱出のスクロールがあればおさらばだ。
「もともと10階層以降狙いだったことを考えれば、ここで治療薬が手に入っているのは運が良い。だけど、脱出のスクロールを失っていて、かついまだに出ないのは運が悪い……食料品でトマトやキュウリが続いたのも運が悪いか?」
不思議なダンジョンは運が大きく絡む。悪けりゃ5階層に居た探索者のように、浅い階層でも簡単に死にかけるか死ぬかする。彼は俺と出会えたぶん運が良い。
一通り装備の確認と整理を終えたので、少しだけ魔物を狩りに周囲を回る。こういうタイミングが一番危険なのだが、ただ解析が終わるのを待っても良い事は無い。
道中、ローブの性能を確かめるため棍棒を持ったゴブリンに殴られてみる。ライオットシールドで受けると結構な衝撃だったが、ガントレットの上からローブで受けると、なんとポンと肩を叩かれた程度の衝撃しか感じなかった。反動もあまり無かったようで、ゴブリンが驚いて目を見開いていた。並品と言っても、かなり高性能な様だ。
カマキリや猪、トレントの攻撃を受けてみる気にはならないが、ローブはそれなりに当てにしてよい性能のようだ。
ほどほどの所で切り上げて、樹上で仮眠を取る。鑑定待ちで想定ギリギリまで粘った結果、解析して居たスクロール2つが識別と衰退だった時には天を仰いだが、気を取り直していこう。
次はいよいよ10階層だ。
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本日21時にもう一話更新予定です。
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