第11話

 迷宮の10階層は特別なエリアである。

 

 理由は3つ。


 一つ目は魔物の強さが大きく変わる事。

 9階層までの魔物は、ご覧の通りレベルと近接武器でもなんとか対処可能であり、携行可能な銃火器があれば対処出来る相手であった。

 これが10階層以降では、ハンドガンは元よりアサルトライフルなどでも討伐することが難しい、時間のかかる魔物が出現する。

 民間探索者の多くは使用出来る火器が限られており、専用の装備を整えた者でないと攻略が難しくなっていく。


 二つ目は罠。毒ガスや劣化液、地雷と言った凶悪なトラップが出現する様になる。これはただでさえ強くなった魔物を相手取らなければならない状況下において、致命的な事故を発生させる要因となる。

 

 そして三つ目、この階層には必ず階層主とかフロアボスとか呼ばれる徘徊型の魔物が存在する。

 この魔物は10階層に出現する他の魔物と比べても明らかに強力であり、最新のパワードスーツを着た自衛隊の前衛との力比べで押し勝てる能力がある。民間探索者の装備では討伐は困難と言われていた。専用の装備を持った軍の一小隊でやっと対等に戦える相手である。

 正規の民間探索者が束になっても倒せない相手ではあるが、その分こいつのドロップにはその強さに見合った価値があり、おそらく確定で優品以上、鑑定で最上位品とされる極品のアイテムがドロップするとされる。今、日本で迷宮攻略に使われている魔法具、魔法機器などと呼ばれるアイテムのいくつかは、こう言った階層主からドロップした物らしい。


 俺が正規の探索者として、10人の大所帯で潜ったのは一つ下の11階層まで。10階層で遠目に階層主を目にしたが、それまでの階層の魔物とは比べ物も無い化物であった。


 ……それでも倒す価値はある。


 すでに治療薬を入手して挑むメリットがあるか悩ましいが、低階層で万能薬エリクサーを入手する唯一の手段。当然、挑戦するつもりで準備して来た。俺の迷宮内への持ち込み品の内、半分はこいつと戦うための装備であった。


□川越迷宮10階層・常夜の古城□


 川越迷宮の10階層は、欧州にかつて存在した古城の一部であることが判明している。かつては観光地化されていた城であり、整備された通路には電灯の明かりが灯る。窓から見える景色には庭園が広がり、空は常に夜。誰が呼んだか、常夜の古城である。


 即座に辺りを見回すと、部屋の中に石像が一つ。驚くことは無い。魔動象ガーゴイルと呼ばれる魔物の一種だ。

 しゃがんだまま台座の上にいるそれは、人に嘴と長い耳をあしらえた悪魔の姿をしており、背中には蝙蝠の羽が生えた不気味な姿をしている。手足を伸ばすと140センチを超えるサイズで、人より重く、組み付かれたら跳ねのけるのは困難。翼はあるがと飛べず、おおむね攻撃はその手に生えた鋭い爪。どうして動けるのか不明だが身体は石で出来ており、生半可な攻撃では倒すことが出来ない。


「けど、3メートル以内に近づかなければ動き出さないっと。最初の部屋にアレ一体だけなのはラッキーだな」


 ガーゴイルは民間探索者の装備じゃ倒すのが難しい魔物であるが、同じ部屋内に居ても動き出さない、かつ動き出しが遅いという特徴がある。戦闘を回避するのが可能な相手だ。


 この階層に出現する魔物は階層主を除いて5種類。その内3種は民間探索者の標準装備では撃破困難とされている。

 これはだ。

 他の迷宮では専用装備で1種倒せればいい、と言った場所が多い。7~9階層でソロでの休息が可能、この階層の魔物が比較的相手をしやすいという2つの理由から、俺は川越迷宮での探索を決めた。


 常夜の古城の概ねの構造は決まっている。

 中央に幅3メートルほどの太い廊下が200メートルほど走っていて、その左右に四つから五つの学校の教室より広い部屋がある。

 出口は階段で、部屋の一つに下へと下る螺旋階段が存在している形だ。下界層に進む形式の為か、罠として落とし穴が復活している。モンスターハウスが確認されていないのが幸いだな……踏んだ奴は皆死んだのかも知れないけれど。


 床に目を凝らしてトラップを踏まないように注意しながら廊下の手前へと移動する。いきなり階層主と廊下で鉢合わせ、というのはうれしくない。


 解凍した10階層向けの装備、自撮り棒の先に付けた小型のミラーで廊下の様子を確認する。……よし、階層主は出てきていない。

 

 階層主は各部屋をゆっくり歩きながら移動する。こちらを発見しない限り同じ部屋に戻ることは無く、同じ部屋に戻ってくるのは廊下を折り返した後だ。一部屋の滞在時間は2~3分。階層を下りた部屋には居ないのが確定なので、残り9部屋ほどのどこかにいるはず。


 素早く向かいの通路に飛び込み、部屋の中を確認する。こちらの部屋には魔動鎧リビングアーマーが一匹。徘徊する西洋鎧で、こいつも民間探索者の装備では撃破が難しい一体。ただ、対処方法が判明している。

 これで向かいの部屋がクリア。すぐに廊下戻って、最初の部屋の影から階層主を待つ。


 ……来た!


 身の丈3メートルの巨体。腕も、足も、俺の胴回り以上あるだろう。全身にグレーの、帯のような太さの衣が撒かれた単眼のバケモノ。川越迷宮10階層の階層主こと鉄機兵スプリガン。

 あいつの攻撃手法は腕を振り回したパンチしかないが、巨体に似合わぬ速さと硬さでその破壊力は人が耐えられるものではない。万が一にも掴まれたらアウト。

 帯の下の身体は金属で覆われているのか、ハンドガンは元よりアサルトライフルすら大したダメージには成らない。対戦車ロケット弾の直撃にも耐えたって噂もあるくらいだ。


「……しっかしデカいな」


 遠目に見てもその大きさには畏怖を感じる。ズシン、ズシンと歩く音がここまで響いて来る。

 幸いにして移動時の動きは遅く、余り視力も良くない事が分かっている。これだけ離れていれば簡単には気づかれない。

 奴は廊下に出で周囲を見回した後、ゆっくり向かいの部屋に入っていった。その間1分ほど。次は隣の部屋を探索するはずだから、その間にすれ違えばとりあえずの回避は出来るはずだ。


 まずは向かいの部屋の魔動鎧リビングアーマーを処理しよう。すでに動き出しているのでいつ廊下に出てくるか分からない。


 向かいの部屋に向かうと、魔動鎧リビングアーマーが部屋の奥でこちらに向けて振り返った。こいつもあまり目が良くない。部屋と通路の歪みはここでも健在なので、廊下なら気づかない。

 遠目に部屋の床を確認してトラップの位置を把握する。暗いが坑道よりはいくらかマシである。幸い引っかかりそうな場所にトラップはなさそうだ。


 それじゃあ、始めますか。


 部屋の奥に向けて、少々邪魔になり始めていた蟻の外殻を放り投げる。乾いた音がしてリビングアーマーが反応した。剣を振りかざしながら西洋甲冑がそちらに向けて走っていく。

 この階層から明らかに生物ではない魔物が出るようになるが、こいつらは生物ほど感覚が鋭くないらしい。こちらが見つかっていなければ、こういうお取りにもひっかっかる。


 こっちの注意が向いて居ない状態のリビングアーマーに、ハンドガンで狙いを定める。

 パンッ!っと乾いた音の後に金属音。多少距離があるせいで弾かれた。こちらに気づかれたが構わずに連射。

 狙うは頭部。

 こちらに気づいて向かってくるリビングアーマーに対し、発砲を続ける。すると何発目か分からないが、当りどころが悪かったのかヘルムが傾き、続く弾丸によって弾かれて舞う。


 リビングアーマーの下に肉体は無い。『黒い靄の様なものが立ち込めていた』との証言もあるが、残念ながら俺には判らん。今目の前に居るのは首なし鎧だ。


 首なしとなったリビングアーマーは、首なし騎士デキュラハンに格上げされることも無く、わたわたと首の行方を捜し始めた。こいつは頭が向いている方にしか視界が確保できない上、頭が取れると動きの精度が極端に悪くなる。そのくせの残念な奴だ。激しい動きをするとこうして落ちて、頭を探し回る羽目になる。


 ハンドガンから短槍に持ち替え、こちらを見失ったリビングアーマーをぶっ叩く。まずは腕、剣をはじいて攻撃力を奪い、次に足。倒れた所を背中から抑えて、足にロープを巻き付ける。次いで腕。身動きを制限したらアメリカ製のダクトテープで手足をぐるぐる巻きに。力はそれなりに強いが、力の発揮できる向きとその量は人間基準であることが分かっている。無理な方向に大きな力を発揮は出来ない。


「いっちょ上がりっと」

 

 ヘルムの目の部分にもテープを巻いて視界をふさげば、リビングアーマーの簀巻きの出来上がりだ。10階層はこれまでと違って、一部屋に発生している魔物の数が少ない傾向にある。ちゃんと処理できれば楽でいい。

 こいつはハンマーか何かで鎧の原形が無くなる程ぶっ叩けば倒せるが、かかる労力に見合わないのでこのまま放置。死ぬと砂のようになってしまうらしいので素材も取れない。持っている剣も、こいつが使っている間は結構な切れ味なのに、人が使うと脆く、すぐに折れて砂になるとか。マジで労力に見合わない魔物である。

 

「……スプリガンの移動経路にほっぽりだしとけば、踏んづけられて死ぬか?」


 一応検討の余地はある。この部屋を使うかは置いといて、入り口の近くに横たえておこう。


 罠が在りそうな床の怪しげな場所にはマーカーを投げて置く。これも10階層以降のために準備した装備。

 迷宮のトラップはなぜか魔物や物には反応しないから、適当に物を置いても安全だ。……つまり……わかっている情報は、どれも人が引っかかった、ということ。一部の国では死刑囚にわざと踏ませる、くらいの事はやっているとか。……せめて情報はありがたく使わせてもらおう。


 さぁ、ここからが本番だ。


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明日も18時、21時に更新を予定しております。


連載中の別作品もよろしくお願いします。


俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~

https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225


アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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