第12話

 非正規の探索者が、まともに階層主に挑める装備を持ち込む機会はなかなかない。迷宮端末メイズデバイスにアイテムを保尊する最も簡単な方法は、迷宮入り口のシステムを使う事だが、到底無理な話だからだ。

 他には非物質化の【魔法のスクロール】を入手したうえで、手荷物として持ち込んだものをデバイスに移して移送する、なんて方法もあるが、品数を考えると現実的ではない。そもそも、自衛隊や警察特殊部隊が使うロケット弾などの入手は不可能で、つまり奴を倒すための火力は、必然的に結構な質量を伴うことになる。

 そのくせ持ち込める品はそれなりに厳しい監査がされる。危険物や直接迷宮攻略に関係ない物は許可が下りない場合も多い。今、俺のデバイスに入っている物品は、正規の探索者として10階層と階層主を撃破するために計画を練り、挑戦の許可が下りた装備の余剰品である。


「これで出口の確保は完了っと……やっぱり、仕掛けるならとなりか」


 階層主を避けるように周辺の探索を進め、無事に出口の部屋を見つけることが出来た。

 この階層で倒せるまともに倒せる魔物は骸骨兵士スケルトンと大ムカデの2種類。残りの1種類であるスライムは、火炎放射器でも無ければ倒せない。出口の部屋に湧いている魔物が骸骨兵士スケルトンで良かった。


 すでに地上は夜も遅い時間になり始めているだろう。今日はこの階層で【怪異避けのスクロール】を使って、出口の部屋に結界を張り休息を取る。

 解析をしていた魔法のスクロールは【識別】と劣品の【衰退のスクロール】だった。衰退は使用者のレベルを1つ下げる効果。能力も下がるので、当然使えないハズレスクロールの一つになる。他に使えそうなものは、優品の解毒血清。これはダンジョン内の罠で発生する毒の治療薬であり、市販されているアイテムの一つだ。運悪く毒をもらった時には一応使えるだろう。


 10階層の探索で魔法のスクロールをもう一つ手に入れたので、これを解析して脱出であることを期待する。いい加減引き当てないと、迷宮から出ることが出来ない。


「そして期待は外れるか。……俺を外に出したくないんかね?」


 この辺りの階層だと、魔法のスクロールの3割から4割は脱出のスクロールだと言われているのだが……引き当てたのは衝撃のスクロール。これは分類的には戦のスクロールと言われていて、発動すると使用者を中心に全方位に衝撃波を発生させる攻撃魔術みたいなものだ。

 強力ではあるのだけれど、当然階層主を倒すほどの威力は無い。ソロの今なら良いが、複数人のパーティーだともれなく見方を巻き込む微妙な物。ガーゴイルやリビングアーマーを仕留められるかは不明。何とも扱いに困る。


 そのほかで使えそうなのは、並品の打刀のみ。【薬品】から栄養ドリンクが出たのは良いとして、【食品】がきゅうりだったのはひどすぎる。まぁ、腹の足しにはするけどさ。

 解析に使えるデバイスが2つあること。魔物の数が減ったこと。この二つのおかげで、手持ちのアイテムはすべて鑑定済みになった。ドロップで得た食料品は食べきったが、おかげでまだ持ち込み5日分の食料が丸っと残っている。とはいえ、13階層以降はさらに危険度が上がるので、出来ればさっさと脱出したい。


「さて、それじゃあ階層ボスをしばいてみますか」


 朝食を取り、身体を伸ばし、一息ついたところで荷物を整理して通路へ向かう。うっかり落とし穴を踏んだ場合に備えて、必要なものは持ち歩く。蟻の甲殻や、防具としての価値が下がったライオット・シールドは出口にまとめておいた。槍は悩んだけど背負っておく。リーチの長い武器は有効だ。

  

 ……やっぱり、この階層は9階までと違って魔物の発生量が少ないな。リポップした魔物を確認していくが、倒さなかったガーゴイルや、簀巻きにしたリビングアーマーがいる部屋は魔物が増えていない。


 階層主とやり合うにあたって、目を付けていたのは端から2つ目に在る部屋。真正面にも部屋があり、俺を見つけていなければ階層主は部屋を出たあと必ず向かいの部屋に向かう。つまり、倒せなかった場合の移動ルート把握が楽だ。


 階層主が部屋に入った後の行動は把握している。あいつは一定のルートを周回する警備ロボットみたいなもので、部屋の真ん中まで移動して、ぐるっと周りを見回して、しばらくして次の部屋に移動する。そのパターンが分かっていれば、罠を仕掛ける事は容易い。


 階層主討伐挑戦の為に持ち込んだ素材は

 ・ガソリン 20L

 ・灯油 18L

 迷宮内は壁が延焼することも無く、しかも空気は常に供給されている為、小部屋内を簡単かつ安全に爆破する事が可能。もちろん、この程度の火力では階層主を倒せないであろうことは想定していて、高熱で装甲にダメージを与えて、民間探索者がリースできる最大火力であるアサルトライフルを集団で打ち込んで倒す、という計画書を提出した。もちろんこれは半分嘘であり、一人で倒すことを想定している。


 これに別名目で持ち込んで、未使用のままスタックしたことになっているのが

 ・カセットコンロ用ガスボンベ 5本

 ・携帯酸素吸引ボンベ 12本

 ・チェーンソー用混合燃料 10L

 ・小麦粉 50キロ

 ・扇風機 6台

 の欲張り爆発セットである。


 可燃物満載のデバイスを紛失したことになっているのだが、半年かけてゆっくり準備したため今の所問題になっていない。民生品のみだとチェックが甘いのはお役所仕事だ。


「ガソリンは部屋の中央。タンクは開けて、灯油と混合燃料は撒く。小麦粉は部屋の四隅、扇風機で舞い上がらせるのは最後……」


 階層主の頭の悪さが無ければとても使えないトラップだ。燃料が気化を始めると、いつ爆発するかは分かったもんじゃない。

 ボンベ各種には、細い針金でナットやボルトが巻き付けてある。爆発の瞬間にはじけてダメージを与えてくれる事だろう。

 ドラム式コードから扇風機の電源を引いて準備完了。耳栓をして、隣の部屋に引きこもる。後3分ほどで階層主が部屋に突入するだろう。


「……迷宮の部屋を壊すのは不可能とは言え、さすがにビビるな」


 もし地上の建物だったら、隣接した部屋も合わせて吹き飛ぶことだろう。どの階層でも部屋の壁に干渉できない迷宮だからこそ取れる手段。


「こんだけ見え見えの罠があっても階層主は気づかないんだから、マジで人間を襲うようにしか出来てないんだろうな」


 ほとんどの魔物は人間以外に興味を示さない。ゴブリンなどは設置物を拾うが、この階層のリビングアーマーやスケルトンはそう言う動きをすることが無い。魔物たちは、侵入してきた人間を撃退する以外に興味が無いのだろう。


 地面をわずかに揺らしながら、階層主が隣の部屋に入っていく。


 ……扇風機スイッチオン。おそらく部屋の中では一気に粉塵が舞い始めたことだろう。


「これで倒せりゃ楽なんだけどな」


 民生品で出来る最大火力と言っていいエネルギー量ではあるはずだが、軍用ロケット弾と比べると劣る。相手は戦車並みに硬いのだ。中身がダウンしてくれるのを期待するしかない。


「3、2、1……ふぁいやー」


 床に垂らした灯油に着火すると、炎が隣の部屋へ向かって伸びていく。後は野と成れ山と成れ。失敗して失うものがあるわけでも無し。衝撃に備えるため、部屋の奥へと逃れ……。


 大気が振るえた。


 耳栓を貫通して爆音が響き、黒い煙が廊下からこちらの部屋まで侵入してくる。

 迷宮がどんなエリアであれ、地上の屋外と同じように新鮮な空気が供給される環境でなければ死んでいただろうな。

 視界が煙に覆われるが、身をかがめ、酸素スプレーで呼吸を維持しながら煙が収まるのを待つ。部屋と廊下は空間的なつながりが緩い。強力な衝撃なら境界を突き抜けるが、長くは続かない。そして延焼が広がることも無い。


 1分も待つと、視界の煙がどこかへ抜けていく。実験通りだ。


 隣の部屋はまだ燃え続けているだろう。常に新鮮な空気が供給されているため、撒いた燃料が無くなるまで火が消えることは無い。動けなくなっていればそのまま燃焼ダメージを与え続けてくれるだろうが……。


 ズシンッと小さく床が揺れた。


 ……ダメか。

 

 うっすら煙が漂う廊下を覗くと、ゆっくりとスプリガンが姿を現す。身体を覆っていた衣は焼け落ち、黒くすすけた金属製の装甲がむき出しになっている。姿は鉄の衣をまとったミイラというところか。


「ダメージは……ないわけでは無さそうだな」


 鏡越しでは分かりづらいが、足を引きずるような動きが見える。動きもふらついているようだ。次の部屋に向かうという行動は変わっていないが、入り口の壁にぶつかっている。

 ……ハンドガンと衝撃のスクロールで撃破できるだろうか。

 近接戦闘は現実的ではないだろうけど……出来なくはない?パーティーを組んで迷宮を探索すると、レベルの上りはどうしても分散される。10階層で8レベルまで至る探索者は少ないはず。ソロの数少ないメリットの一つで、この階層のスケルトンや大ムカデ、リビングアーマーなら軽くあしらえる身体能力がある。ただ、それでもアニメやゲームじゃないんだから、リスクの高いアクロバティックな戦闘は控えたいところだけど……。


「とりあえず様子見っ」


 スプリガンがふらつきながらも次の部屋に進んだのを見て、廊下に飛び出す。入り口から見えた後姿は、想定の位置からずれている。やはりダメージは負っているようだ。背後に尋常ならざる熱気を感じるが、幸い呼吸は問題無い。


 ハンドガンを両手で構え、足に狙いを定める。

 息を止めて引き金を引く。パンッと乾いた音が連続で響き、着弾した弾のいくつかが弾が火花を散らした。同時に、当った所から赤黒い体液が飛び散る。


 よし、ダメージが通ってる!


「グォォォッ!」


 攻撃を受けたことでこちらに気づいたのだろう。スプリガンが咆哮を上げる。だがダメージがあるのか動きが悪い。その間に連続で銃弾を叩き込むと、振り返ろうとしていた巨体が……大きくよろめいた。

 その先にはトラップの場所を示すマーカー。魔物は罠に引っかからないが、あそこで倒れられたら面倒だ。頭をよぎったのはそんなこと。

 

 だから何が起こったのか、一瞬理解できなかった。


 スプリガンの立つ床が消える。その巨体が傾いていく。


「グガァァァァッ!」


「は?」


 そこに開いたのは落とし穴。巨大なスプリガンの身体を飲み込むように、穴は巨大化して広がっていく。

 なんでだよ!魔物はトラップに引っかからないって!


 思わず走り出す。


 ! 11階はだ!!

 

 止めを刺すべく頭に向けて銃口を向けるが……。


 スプリガンが暗い穴の底へ落ちていく。

 目の前でその身が完全に穴へ消え、ゆっくりと穴が縮み始めた。


「くそったれ!」


 ハンドガンをホルスターに戻し、短槍を背中から引き抜いて、消えつつある落とし穴に向かって身を躍らせた。


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本日21時にもう一話更新予定です。

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