第13話
迷宮における階層の移動は、“扉”をくぐった際に行われる。同じ階層の同じ出口を通れば続くフロアに移動できるとされているが、例えば『落とし穴』と『正規の出口』では、共通のエリアに移動できない可能性がある。
どういう事情か全く分からないが、引っかからないはずのトラップに階層主が引かかって、
出口から追いかけるのは無駄。
できるのは消えゆく落とし穴に向けて飛び込むことだけだった。
「っ!」
暗闇を抜けると、真下にスプリガンの姿が見えた。
短槍を突き立てて落下の勢いを殺す。わずかな金属音と共に、装甲の隙間に突き刺さった。スプリガンの肉体は全身が金属なわけでは無く、金属鎧を着こんだ人型の巨人だ。生身の部分ならハンドガンは元より、手持ち武器でもダメージが通る。
突き刺さった槍を捨て、巨人の背を蹴って地面に降り立つ。人と魔物は?
「ひっ!?あああ……」
壁際に一人!反対側にもう一人倒れてる!
くそったれ、巻き込んだ!
持ち込んだ防犯ブザーを引き抜いて、人の居ない部屋の隅に向かって投げる。単目のスプリガンはあまり目が良くないらしく、音に反応するのは分かっている。少しは時間を稼いでっ……。
「っ!?」
気づいた時には目の前にスプリガンの腕が迫っていた。咄嗟に腕を立てて防御姿勢を取るが、強烈な衝撃に吹き飛ばされて壁に激突する。
「がぁっ!いてぇ!」
腕は!背中は!?頭は……無事か!
攻撃を受けたはずの右腕は……動く。首も平気。HPを確認すると、一桁だが残ってる。状態も異常は無い。衝撃吸収のローブは数メートル吹き飛ばされるダメージすら吸収してくれたようだ。
痛みはあるが我慢できないほどじゃない。ゆっくり休んでる暇はない。それに動けるなら、自分の心配をしている場合でもない。
「くそったれっ!おい!大丈夫か!?」
部屋の隅で倒れている探索者に駆け寄る。
「あああ……」
意識はある。外傷も見えない。服装からして正規の民間探索者だろう。一番貸出費用が高い64式小銃……アサルトライフルを抱えている。複数人いればガーゴイルもハチの巣に出来る民間向け高火力装備。13階層以降を目指して探索していたところにスプリガンが落ちて来たって所か。
「仲間は?二人か?」
横っ面をひっぱたいて正気に戻どらせる。悠長に話してる時間が惜しい。
「!あんたっ!佐々木が!山口のやろう自分だけっ!」
「OK、俺が引き付ける。まだ息があるかもしれん。手当てして、脱出しろ。銃は借りる。弾はありったけもらっていくぞ」
「こっ、腰が抜けて」
「這いずってでも行けっ!」
スプリガンが防犯ブザーを潰すまで、大した時間はかからない。
男の
通常弾100発か……駆け足でこの階層まで来たな。予備のマガジンもぶんどって、ライフルの状態をさっと確認する。わかる範囲で怪しい所はない。後は運だ。
「気合を入れろっ!HPが残ってりゃあんたの仲間は死んでないっ!」
目が合ったのを確認して頷くと、スプリガンに向き直る。轟音が響いて、防犯ブザーの音が掻き消える。潰されたか。思ったより遅いって事は、ダメージは大きそうだ。
「こっちだぞ!こいっ!」
パパパンッ!っと乾いた音がして、スプリガンの身体に火花が飛び散る。
っ!振動が腕に響くっ!それにアサルトライフルの借用は1回しかしてない。訓練は受けたけど、デカい的でも命中率はあてにならないな。
その上に走りながらの射撃。罠は無い事を祈るしかない。
「グォォォォ!!!」
部屋の出口に向かって走るこちらに気づいた!片足を引きずるようにこっちに向けて……って、マーカ!?
罠識別用のマーカーが落ちていることに気づいたのは、スプリガンがそこに至る直前だった。
踏み出した足がマーカーを潰し、そこから濁った煙が噴き出してくる。寄りにもよって、毒ガストラップ!
仲間に向けて這いずって移動する男と目が合った。その絶望的な表情が煙で覆い隠されていく。
「っ!」
戻っても出来ること無い。この階層の毒は動けなくなるだけで即死はしないが、スプリガンに潰されれば終わりだ。
部屋の外で振り返ると、スプリガンは毒霧をものともせずこちらに向かって進んでいる。足を引きずっていてもデカいだけあって早い!
この位置での射撃は流れ弾が人に当たる……探索済みはあっちか!
置かれていたマーカーを信じて隣の入り口へと進む。もうで出来た、さすがに早い!
「でもこの距離ならっ!」
片膝をついて、狙うは両足。運が良ければ移動を完全に抑え込める。
指切り連射で左右の足を狙うと、引きずってないほうの足は装甲に阻まれる。10階層で仕掛けたトラップは、右足に直撃したのだろう。
痛覚があるか不明だけど、攻撃を右脚に集中。こちらに向かってくる途中で、大きく態勢を崩した。スプリガンが両手を前にして膝をつく。右足を潰せたようだ。
「フルバーストでっ!」
歩みが止まればデカい的だ。実際、自衛隊がスプリガンをやるときも足を止めて、それから袋叩きにするらしい。
マガジンを取り換えたアサルトライフルが火花を散らし、スプリガンの装甲に銃弾の雨が降り注ぐ。奴は雄たけびを上げるが、両腕で身体を支えると、這いずるようにこちらに向かって進んできた。
くそ、装甲が残っている部分が多い!着弾の火花で、ほとんどが装甲に阻まれたのが分かる。
「装甲に覆われていないのは……頭と左足、後は背中の一部か?」
むき出しの眼球周辺を狙えればいいが、俺の腕じゃピンポイントに頭を狙うのは無理。そもそもその程度で倒せるなら、難敵扱いされてなんかいないだろう。ガーゴイルもそうだけど、この手の輩は生物と同じく頭が急所とも限らない。
毒霧の部屋の二人がどうなったか分からない。確認できない以上、あいつを倒すか、やり過ごすしかないが……やる過ごすのは無理だな。狙われている。
倒すとするなら……槍が刺さった背後に回るしかないが……持ち込みアイテムはほぼ使い切った。後は……。
【衝撃のスクロール】か。
そのまま使う?【改善のスクロール】を使うか……ダメだな。戦のスクロールの優品の情報が無さ過ぎる。吹き飛ばし系に必ずなるとも限らない。これに賭けるしかないか。
手持ちの装備に【改善のスクロール】を使うことも出来るが、アサルトライフルは弾が合わなくなる可能性が高い。ハンドガンは論外。確実に優品な近接武器は【玉鋼の十手】と【玉鋼のドス】だが、極品でも打撃系装備はスプリガンに利く気がしないし、短刀でアレと戦うのは勘弁願いたい。槍は奴の背中に刺さったままだ。
一つ先の小部屋まで退避。幸いこの部屋にはガーゴイルが一匹壁際に居るだけだ。罠も探索済み。あいつが入ってくるまでの間に、空のマガジンに銃弾を詰めなおす。これも練習しておくべきだった。やり方は分かるが、一つ一つ詰めるのに時間がかかる。
「もう来やがったか。追跡モードになってるな」
何とか一つだけ詰め終えた所でタイムアップ。
さて、こっからは博打だぞ。
強奪デバイスに入っていた
デバイスから一次強化薬を解凍して一気に煽る。これでしばらくは身体能力が上昇しているはずだ。
準備OK。こちらに向かってくるスプリガンに向けて走る。
右手には起動済みの
こちらが近づくのに気着いて、スプリガンが大きく腕を振り上げた。遅いっ!
身体能力が平常時の倍以上になっている今なら、その動きを見切ることも容易い。相手の眼前に向けてデバイスを掲げる。
「吹き飛べ!」
【衝撃のスクロール】を起動、瞬間、青白い膜が俺に周囲を覆い、空間が揺らめく。
こちらに伝わる音は無い。
まるでスローモーションになったかのように、スプリガンの身体がのけぞり、浮き上がり、離れていく。
そして一瞬後、轟音と共に仰向けに倒れ込んだ奴が、音にならない悲鳴を上げた。
ソレに気づいたのは、奴の身体に足をかけて駆け上がった時だった。
「……豪運じゃん!」
思わず軽口が出る。
背中に突き立てた短槍は、奴の自重で喉笛を口破り、なお真っ直ぐに天井を指していた。首元の装甲がめくれ上がって、おあつらえ向きの急所が出来ている。
飛び出した槍の首を掴んで、スプリガンの身体の上で急停止。さすがの衝撃に、起き上がれていない今しかチャンスは無い。
「これで死ななきゃ手立てがない!」
むき出しの肉に向けて、アサルトライフルの先端を突っ込むと引き金を引いた。
弾が空になるまで銃弾を叩き込む。それは装甲によって反射され、奴の身体内部をずたずたに引き裂いていく。
「これで打ち止めだ」
アサルトライフルの弾倉が空になった後、眼球に向けてセラミックソードを突き立てる。力いっぱい振り下ろすと、パリンと音がして、黒く焦げた目にひびが入った。
痙攣していた腕が落ちて大きな音を立てた。
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64式小銃はバトルライフルじゃねぇかという話はありますが、本作ではアサルトライフル表記で行きます。特に明言ありませんが、迷宮出現後に改良再生産されるようになったモデルという設定です。
明日も18時、21時に更新を予定しております。
連載中の別作品もよろしくお願いします。
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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