第14話

 スプリガンの身体から飛び降りると、しばらく様子を見る。

 再び動き出す様子はない。どうやら倒し切ったらしい。


「……装甲に隙間を作ってそこを突けばアサルトライフルでも倒せる、か」


 あまり意味の無い情報だな。正規の探索者であっても、同じ装備を持ち込むのは骨が折れるどころの話ではない。最後の最後で衝撃のスクロールが出ていたのは幸運だった。

 ……いや、そもそも脱出のスクロールが出ていないので不幸か。


 スプリガンに向けてデバイスをかざし、アイテムを回収する。

 ドロップは……アクセサリー?


「……階層主は撃破者の欲しいものが出る……なんてのはやはり眉唾だったか」


 何はともあれ、倒せたので良しとしよう。それよりも先にやることがある。


 スプリガンの亡骸を乗り越えて、落ちてきた部屋に戻る。毒霧の所為で中の様子は見えない。


「……解毒血清はある……けど、この部屋に突入するのは現実的じゃないな」


 毒になればHPが減り、1まで減るとそれ以上動けなくなる。どういう理由か分からないが、致死毒ではなく麻痺毒系のようだ。

 残念ながらデバイスに反応があるので、二人が脱出できていないのは確実だ。声をかけてみるが反応が無い。無事だった男の方も毒霧で動けなくなっている可能性が高い。


「扇風機が残っていれば霧も吹き飛ばせたんだけど……後使えそうなものは有るか?」


 手持ちのリストを確認するが、さすがに毒を防げそうなものが無い。息を止めていても無理だろう。数時間も待てば換気されるとは思うが、彼らがそこまで持つかは分からない。


「……調べてみるか」


 手持ちの中で未鑑定なのは、さっき手に入れたアクセサリーだけ。

 この階層は殆ど探索済みのようだし、そもそも何が出るか分からないドロップに期待をするのは現実的じゃない。


 デバイスから【識別のスクロール】を起動して、先ほど手に入れたアクセサリーを鑑定する。階層主からのドロップは、最上位品質である極品が出るという噂だ。もしほしいものが出る、なんて噂も嘘じゃないなら、防毒のアクセサリーか何かが出るかもしれない。混乱耐性のネックレスなんてものも出てるしな。ゲルマニウムだけど。


「……【状態不変化の腕輪】?」


『状態異常を防ぎ、ステータスやレベルの変動を抑制する。現状維持の腕輪』


 説明文にはそう記されていた。

 ……欲しいアイテムではあるが、レベルアップしないって、外れアイテムじゃないか。迷宮を出れば1レベルに戻ってしまうわけで、保険の為にこいつを装備してたらずっと弱いままだ。並品で落ちた衝撃吸収ローブに比べて、かなり見劣りするこれが極品?……まぁ、全状態異常が回避できるならこした事は無いけど、別にアクセサリーの装備限界があるわけでもないしなぁ……。混乱耐性の様な一つの状態異常を防ぐものを複数装備するほうがデメリットが無い。


「だが、今役に立つって言われればその通りだな」


 解凍して腕にはめる。状態は……不変となっている。

 部屋に近づいてみるが、毒状態になる様子はない。これならいけるか。


 視界の悪い煙の中をゆっくり進む。鼻がムズムズ、口元がピリピリして、目が若干かゆい。それでも動きに影響はないし、ステータスも問題無い。

 奥に進むと二人が倒れているのが見え得た。位置的に見て、手前が無事だった男の方だろう。近づいてデバイスを確認すると、HPは1、状態は毒。レベルが4しかないから、あっという間に動けなくなったようだ。


 浅い階層の探索をすっ飛ばしてパーティーで来るとこうなる。

 持ち込める装備や玉の数に制限があるため仕方ないが、いくら近代兵器が強力でもレベルが低いのはリスクをはらむというのに。

 もう一人の方を確認すると、こちらもHPが1で毒状態。良かった、死んでいなかっただけ僥倖だ。


 二人をかついて部屋を出る。レベルが高いせいか、成人男性二人を引きずりながらでも歩くことができる。スプリガンとやり合う前より体が軽い。おそらくレベルが上がったのだろう。


 廊下に引っ張りだし、二人を横たえて装備とデバイスを確認する。


「……成金パーティーだな。踏ん張リングなんて装備してる」


 冗談のような名前で呼ばれているが、大ダメージを受けた際に砕け散ってHPが1残るという保険アイテムだ。これも借りるのに結構な預入が必要。これが砕けているって事は、迷宮からそのまま出したら即死する可能性もある。


 倒れていた男の方の装備を脱がせ、解凍したシップタイプの回復薬を張り付ける。このシップ薬は地上で生産されている数少ない魔法薬の一種だ。損傷した肉体をある程度元の状態に戻してくれる。頭部、腹、胸、背中、腰……折れていそうな両手両足に貼る分は無いか。量産されているとは言え、貴重だしかなりの価格がするからな。必要最低限しか無いのは仕方ない。


「あとは……解毒血清」


 9階層で手に入れた優品の【薬品】。これも地上で開発が進んだ魔法薬品の一つ。これで毒も消えるはず。

 これで二人を送り返せば完了だが……。


「……ラッキー。解呪のスクロールもってんじゃん」


 脱出のスクロールは一人一つだが、持ち込みスペースに解呪のスクロールがある。これで強奪した男のデバイスの脱出のスクロールを使うことができる。使わせてもらおう。

 解呪のスクロールで封印されていた脱出のスクロールを解呪。これでデバイスの移動もできる。後はデバイスの整理だ。


 複製のスクロールで治療薬を2つに。改善のスクロールで治療薬を改善して上級治療薬に。これを解凍して、瓶が割れないようタオルでくるむ。アクセサリー類も全部解凍してカバンに詰め込む。デバイス内で持ち出すのは10個。残りの迷宮外でも利用できる領域には、次の時のために水と食料を出来るだけ残しておこう。


「う……うん……?」


 脱出のめどがついたと息をつくと同時に、負傷していなかった方の男が呻き声を上げる。


「おっと、意識を取り戻したか?」


 毒霧から抜けて自然回復が始まったのだろう。とはいえ、状態は変わっていないのでまだ動けないし、ぼんやりと意識があるだけかな。動けるようになる前に送り返してしまおう。


「相方は無事だ。回復薬はありったけ使って、解毒もほどこした。後は脱出後の治療に期待してくれ。借りたアサルトライフルは返す。あまり大事にしたくないからしっかり持って出ろよ。それから、解呪のスクロールをもらったぞ」


 聞こえているかは分からない。けれど、つたえなけりゃいけない事はまだある。


「それから、このデバイスは別の交差点クロスポイントで拾ったもんだ。悪いが持ち主に返してやってくれ」


 そう言って強奪したデバイスを握らせる。彼らを先に送還しなかったのは、このデバイスを持たせるため。解析能力が下がるのは惜しいが、これを持ち歩いていると外でのリスクが上がる。


「あ……んた、な……に、いって……」


 おっと、口が回りだしたか。そろそろまずいな。

 なんとかして持たせたいところだが、まだ腕に力が入らないらしい。デバイスはともかく、アサルトライフルがこれじゃ落ちる。もう一人の方の持っていたライフルは、いい感じに曲がってスクラップになっていたから大丈夫だったが……。

 ……仕方ない。ダクトテープの残りで縛り上げよう。窮屈だが我慢してくれ。


「もらった解呪のスクロールの代わりに、混乱耐性のゲルマニウムネックレスにくれてやる。換金すればそれなりの金になるはずだ。今回の件はそれで治めて貰えると嬉しい。それじゃあ、無事に治療してもらえることを祈ってるよ」


 二人のデバイスから脱出のスクロールを起動して、送還する。正規の探索者ならこれで大丈夫だろう。


 俺も脱出と行きたいところだが……時間は……すでに外は暗くなり始めているか。この階層に落ちてから2~3時間というくらいだが、10階層での準備に時間を使ったせいだろう。この時間なら問題なさそうだ。


 誰かが入ってくる前に、自分のデバイスに移した脱出のスクロールを起動する。


 「……次はもっと下層に」

 

 そう呟いて、俺は迷宮を後にしたのだった。


………………。


…………。


……。


□川越迷宮 11F 脱出リザルト□

レベル:10

HP:7/23

SP:23/23

力:23

丈夫さ:23

俊敏:23

状態:不変


□装備

・ハンドガン”P320”

・HI-32セラミックソードA

・フルフェイスヘルメット

・民生品プロテクター

・民生品防刃トップス

・防刃レギンス

・スティールガントレット

・衝撃吸収ローブ

・不変の腕輪


□所持品(リュック)

・ダイヤのネックレス

・痛み止め

・銀の腕輪

・銀の指輪

・イミテーションペンダント

・イミテーションリング

・上級治療薬

・治療薬

・日用雑貨


迷宮端末メイズデバイス

・玉鋼の十手

・玉鋼のドス

・非物質化のスクロール

・識別のスクロール

・魔法火起こし器

・鉄の槍

・リカーブボウ

・十手

・クロスボウ

・打ち刀


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本日21時にもう一話更新予定です。

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