第18話
「別に襲撃するつもりじゃないから、少しお話を聞いてもらえるかしら? 地上よりここの方が、内緒話には向いているでしょう?」
若い女の声だった。
なぜこちらの名前がバレているのか、理由が分からない。こちらのデバイスの表示名は変わってるはずだ。交差点で入場した相手を知る方法がある、などという話は聞いた事が無い。
「それともこう呼んだ方が良いかしら? ……夜明けの刹那……くん。……なんで夜明け? 久遠から刹那はまぁ分かるとして、夜明けってどこから来たの?中二病?」
「やかましいわっ!」
パクリネームが人の探索者ネームにケチつけてんじゃねぇよ。
思わず踏み込んだ部屋の中、炭鉱出口の前には、仮面をつけた一組の男女が居た。
……もう一度言おう。
仮面をつけた一組の男女が居た。しかも二人とも黒いスーツ姿だ!
「いや、どっからツッコめばいいのか分かんねよ!」
「別にツッコミは期待していない」
「じゃあなんで仮面付けてんの?どこで売ってんのその仮面?」
「K-BOOKSだ」
「コスプレアイテムっ!」
「あたしのはみつば堂よ」
「しらんがなっ!」
どういうことなの?
なんで迷宮探索したら、仮面コスプレした黒服が待ち構えてるの?どっかで異世界にでも紛れ込みました?そういう流れじゃなかったでしょ。
「任務の中にもユーモアを忘れずに、というのがうちの方針でな」
「あたしは好きよ」
「感想は聞いてない……ええっと、何の話だっけ?」
「夜明けの刹那ってハンドルネームについての話よ」
「シェリーはだまってろっ!……そっちがシェリーだよな?逆だとか言わんよな?」
男の方は190センチ近い、ガタイの良い大男だ。女の方は160には届かないだろう。太っても痩せてもおらず、遠目に体形がわからない。
「一応、今回のコードネームは俺がウォッカ。こいつがシェリーだ」
「今回の?コードネーム?」
口を開くたびに疑問が増えていく。にもかかわらず、会話の半分は漫才か何かだ。ひどい。
「どこから話そうか考えて来たのに、思いのほかわき道にそれたわね。沢渡久遠君……であってるわよね?これで人違いだったら笑えないわ」
「……人違いです……と答えたいが、それで地上で来られても困る。あってるよ」
名前がバレている以上、惚けてもそのうち遭遇することになるだろう。意味がない。
「良かったわ。人違いだったらどうしようかと。……ところで、もう少し距離を詰めてくれないかしら? ちょっと腹から声を出さなきゃいけないのも馬鹿らしいんだけど?」
17~8メートルは離れているから、会話をするにはちょっと遠い。……危険はないか?こっちのアドバンテージはレベル。相手が二人組なら、精々3レベルだろう。【状態不変化の腕輪】と同じようなアイテムがそうポンポン出ているとは思えない。
二人は武器を持っているように見えない。こっちは槍を携えているし、相手が銃を持っていた場合、反応速度も踏まえれば今の距離より近づいた方がまだ有利か? それに出口は近くなる。
「こっちから近づく。動くな」
そう言って5メートルほどの距離まで近づく。この位置なら踏み込めば槍が届く。
「それじゃあ自己紹介をさせて貰おうかしら」
女はこちらが足を止めたのを見て話し始める。
「あたしたちはラプラス。主に日本で暗躍する秘密結社よ」
「自分で秘密結社を名乗る秘密結社、初めて見たよ。……いや、秘密結社自体初めてだよ」
思わず馬鹿な事を言ってしまった。何だろう、緊張が抜ける。
「非合法集団の一種だと思ってくれていい。反社ではない。直接のつながりも無い。基本的に、見ての通り非正規探索者がある目的に基づいて集まった、非正規ギルドだと思ってくれればいい」
「キミがデバイスの改造を依頼したり、出口用のマーカーを買った組織も、ぐるっと回ればあたしたちの関係組織から技術提供を受けてるのよ。直接の担当はあたしたちじゃないけど」
「……横浜のリーミン、千葉のツヴァイテス・リヒト、それに所沢のクリムゾン・スコーピオンだっけ?」
横浜、千葉、所沢のそれぞれの組織からマーカーと拡張カードを入手している。
「そうそう。それそれ」
「半グレ、マフィア崩れの集団がデバイスの書き換えプログラムや、遠隔侵入の手段を量産できるのはおかしいと思わないか? 警察・自衛隊の権限が強化され、迷宮絡みの犯罪はずいぶんと引き金が軽いにもかかわらず、ちょっと調べれば足掛かりが見つかるのはおかしいだろう?」
「何が言いたい?」
「奴らを窓口として暗躍している者がいる。そこから違法端末の購入者リストを入手して、今こうして君に声をかけているのが我々だ」
あいつら、客商売だから秘密は守る、なんて聞こえの良い事を言っていたが、やはりロクデナシか。
「あいにく他にツテも無いし、気にしても仕方ない話なんでな。それで、その秘密結社さんが何の用だ?」
警戒すべきは略奪だが、迷宮の中では脱出のスクロールで簡単に逃げられるというのが常識で、略奪目的ならわざわざ声をかけたりはしないだろう。こっちのデバイスの所持品がバレている可能性は低いから、逃げる手段ない事に気づかれてはいないはず。たかが非合法組織に国より綿密な調査システムがあるとは思えない。それに魔物のリスクと脱出のコストを踏まえれば、略奪は地上で行うのが通例だ。
後は非合法の物品の売買。麻薬や武器などの危険物、それに魔法薬や特殊なアクセサリーなどは欲しがるものも多く、そう言った相手に対して商売する組織も存在する。
なんにしても、余り関わり合いたい輩ではない。
「端的に言えばスカウトだ。我々はとある目的のために、同志となる者を探して声をかけている」
「……声をかけられる覚えがないな」
まだ違法端末での探索は2回目。正規の探索者ランクは最低のD、川越迷宮の探索度も10段階中下から3つ目の2だ。公式に大きな成果も無いし、目を付けられる理由がない。
あえて言うならレベル10の件だが、国にバレていない以上、こいつらに気づかれていると考えるのはナンセンスだ。
「川越迷宮探索時に、この交差点で
「……天道?」
この交差点って事は、俺がデバイスや装備を強奪した男のことか? 名前を気にしていなかったな。
「人違いじゃないわよね?」
「いや、名前を気にしていなかったなと。確かに川越迷宮で、デバイスと装備をいくつか強奪して送り返したな」
「キミの中だとそう言う認識なのね」
「……奪ったデバイスは返したはずだが?」
そもそも、その調査をするのは国の仕事だろう。非正規ギルドって国の下部組織か何かか?……秘密裏に非合法な事をする組織があっても驚かないけど。
「そっちじゃなくて、救助した方の話よ」
「合わせて言うなら、今の証言から11階層で探索者2名を救助したのも君だな。『階層主が沸いた』という証言が事実かは不明だが、負傷して他者に送還されたというのは確定事項だ」
そんな情報まで……。正規探索者なら負傷者情報は発行されるが、俺が男のデバイスを持たせて返した事と結び付けられるのはギルドの関係者くらいのはずだ。確証はなかったのかも知れないが、余計な情報を与えてしまったか。
「あたしたちは、非正規探索者が出来るだけ安全で効率的に迷宮の探索を行うサポートもしているわ。キミの目的は、妹さんの病の治療、合わせて、迷宮に呑まれた両親の救助って所かしら?」
「っ!」
家族の関係まで調べられているのか。これは分が悪い。
「国の方針じゃ薬の入手は夢のまた夢だものね。魔法薬を求めて違法探索者になる人たちを助けるのも、あたしたちがしてる仕事の一つよ」
「一つ?」
「魔法薬での救済を主目的として掲げている組織は別にある。協力はしあっているが、少々方針が違う。基本的な活動は、迷宮探索の相互補助による、深部探索となる。こちらが提示できるメリットは、政府の捜査を回避するためのデバイス改造、探索時の【脱出のスクロール】提供、一部装備のメンテナンス代行、同胞である非正規探索者の紹介、それに不要な迷宮産出品の売買場所の提供となる」
「逆に見返りとしてこちらが課すのは、指定ドロップ品入手時の納品、情報の少ない迷宮深部の調査、最深階層の更新、それから正規・非正規問わず探索者の救助、それから、要請があった場合の他組織への協力ね。そう悪い条件じゃないでしょう?」
「実動員は全員、正規探索者のライセンスを取得している。それ以外の補助職員も、メンバーの親族や紹介があった者のみで構成されている。正規ギルドと同等の体制を提供できると自負している。むろん、そのぶん守秘義務もあるがな」
……非正規ギルドからの勧誘?
調べた限り情報は無かったが、そう言う組織があってもおかしくはない。民間探索者になるハードルは高いが、日本国内だけでも十数万人は居たはずだし、正規では目的を果たせない者もそれなりにいるはずだ。
だからと言って素直に信じるほど馬鹿でもない。可能性は低いがおとり捜査かも知れない。確認しておくべきことは……。
「一ついいか?どうやってここで待ち伏せをした?」
改造プログラムで俺が迷宮に侵入したのを検出できるとして、交差点で合流するのは不可能なはずだ。100人単位を送り込んで待ち伏せをしていた、なんて馬鹿な事は無いだろう。……もしその人数が動いているなら、いくらレベル10でもNoと答えるのは無謀な話になるが……。
「指定した改造端末所有者を交差点で呼び寄せる魔法道具があるのよ。先に交差点に入っていなきゃならないから、救助には使えないけどね。もちろん、改造端末所有者が迷宮に入場退場した記録を得る道具もあるわよ。そっちも制限ありだけどね」
事実だとしたら相手の方が上手だな。
素直に信じる事は出来ないが、否定する要素も無いし、そもそもメリットも少ない。怪しいってだけで突っぱねる理由にはなるが、それで相手が諦めるとも思えない。秘密裏に活動する組織なら、従わない奴は口封じ、くらいするかもしれない。
「……言い分は分かったが、はいそうですかと素直に信じる気にはならないな」
「でしょうね」
「とりあえず、今日は挨拶が本題だ。興味があるなら地上で会おう。こいつをデバイスに刺せ。刺してる間、迷宮への入場は出来なくなるが、代わりに通電中も巡回探査に引っかからなくなる。こちらと連絡を取る手段も書かれている」
男の方がカードケースを床に置く。
「一応、あたしたちから聞いた話はネットで流布したりしないようにね。まぁ、フェイクがあふれてて、どうせ何が真実かなんてわからないんだけど」
「他の探索者が来る前に引き上げさせてもらう。今度は上で会えることを願っているぞ」
二人はそう言って踵を返し、出口の先へと消えていった。
近づいて、地面に置かれたカードケースを拾う。中には迷宮への不正アクセスに使うものと同じ、拡張カードが納められていた。メッセ―カードも入っている。
……拾っておくか。無視して地上で接触されても面倒だ。
「ラプラスだっけか。とりあえず、美玖に相談だな」
他の探索者が来る前に、さっさと6階層に避難しよう。カードケースをリュックにしまうと、俺は足早に出口へと飛び込んだ。
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本日は18時にもう一話更新予定です。応援よろしくお願いします。
下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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