第19話
「ラプラスかぁ……結構怪しいゴシップ雑誌も目を通してるけど、その名前は聞いた事が無いなぁ」
府中迷宮1回目の探索で、7階層を一通り調べる所まで終えて脱出した俺は、迷宮内で遭遇した二人組の漫才師について美玖に打ち明けた。
「その名前は、ってことは、秘密組織的な話はあるって事か?」
「根も葉もないうわさ話だけどね」
「でも、酔狂で迷宮内で思わせぶりな待ち伏せをするとは思えないよな」
「それはそう。そもそもフルフェイスのヘルメットをして潜ってるお兄ちゃんの素性が初めからバレてたなら、組織的な活動をして、それなりに力があるのは確実だよ」
そう、俺は探索の時に完全に顔をかくしているから、前回救助した探索者からの情報ではたどり着けないはずなんだ。
「この拡張カードがどういうものかは分からないけど、言った通りのものなら凄い技術力だよ」
美玖はマグカップを置くと、カードを摘まんでくるくる回す。
「そもそも、違法端末の拡張カード自体が出所不明なんだよね。私が調べた限り、迷宮への遠隔アクセスは何処の国でも採用の情報は無い。もちろん、実験や規制の話もね」
「そうなのか?」
「うん。管理の問題もあるから積極的に情報が公開されないのは分かるけど……正規の入場は、いまだにモニュメントに触れてでしょ? 同じ部屋の中で一斉に転送、くらいは採用しても良いと思うんだけど、それも無い」
確かにな。
迷宮に入場する場合、入り口であるオブジェ……モニュメントに触れることで転送される。
入場には制約があって、迷宮探索黎明期に分かったのは、触れた時に物理的接触があった者は同じフロアに入場するとういう法則。なので最初は手を繋ぎあって入場したらしい。その過程で同一フロアに入場できる人数制限がある事が判明した。
「にもかかわらず、触れずに、入り口から離れていても入場できる拡張カードが出回っていて、詐欺だったって話も聞かない。それを鼻で笑った情報はあるのにね」
「確かにまぁ、だまされたって話は聞かないな」
実際に最初の拡張カード購入の時、サービスだと言われて鎌田迷宮に入場させられた。その時は二人で入場し、すぐに相手のスクロールで脱出させられたが、それで俺達は非正規探索者になることを決めた。
「迷宮に関して国も一枚岩じゃないから、変な裏組織があっても驚かないけどね。自衛隊と警察が裏でやり合ってるのとかは有名な話だし」
「どうするべきだと思う?」
「ん~……乗って良いと思う。結局一番危険なのは迷宮だからね。中なら殺しても死体の処理に困らない。デバイスの記録も、電源を切ってしまえば関係ない。にもかかわらず、地上での連絡先を伝えて来たって事は、即座にどうこうしようって事じゃないでしょ」
「物騒な話だな」
「でも事実でしょう?」
「まぁなぁ。迷宮を使った死体処理は皆考えるしな」
「うん。だから遠隔入場は危険な技術。それをコントロールできている秘密裏の組織なら、表だって敵対するのは危険だし、意味も薄い。相手の目的はよくわからないけど、判断するのはこっちのデメリットが判明してからでもいいかな。結局、レベルは下がらなかったわけで、今のままじゃその内正規探索者の資格は剥奪だし」
そう、迷宮から脱出したのにレベル表示は10のまま、身体の動きも変わっていない。
美玖は推測だが、迷宮の出入りでのレベルリセットとは『入場時と同じレベルに戻す』効果なのだろう。一度レベルが定着してしまったら、下げるにはレベルダウン効果のある【衰退のスクロール】辺りを使うしかない。【衰退のスクロール】、川越迷宮で入手したけど不要なので強奪デバイスに入れたまま返してしまった。
「いざとなったらレベル10の能力を駆使して暴れるなり、警察か政府と取引するなりするしかないね」
「それはしたくない」
鍛えてはいるつもりだが、それでも戦闘技術は人並みだ。レベルが上がったからと言って、専門家に勝てるとは思えない。一対多ならなおさらだ。
美玖から拡張カードを受け取って、デバイスのカードを入れ替える。奴らの言葉を信じて起動すると、通信アイコンが若干違う以外はいつも通りに起動した。
中身を確認すると、
「ユーザー情報は?」
「……俺の名前に成ってるな。レベルも1。職質されてこれを見せても大丈夫そうだ」
少し操作してみると、シークレットのアイテム欄を解析できる。これはありがたい。
府中迷宮で手に入れた物の内、解析済みなのは【変化のスクロール】のみ。
他にデバイス内で持ち出したのは【魔法のスクロール】一つ、【遺物】二つ、 【遠距離武器】二つ。解凍したのが軍用の強化カーボンシールドと、もともと持ち込んでいたリカーブボウ。長期探索用の資材を解凍しないと、迷宮から持ち出せるものが少ない。
「さて、それじゃ先延ばしにしないで行ってみるか」
カードケースに入っていた連絡先は横浜駅に成っていた。詳細な場所は記載されておらず、拡張カードを挿したデバイスを持ってこいと書かれている。
横浜新都心なんて政府の御膝下だ。変な組織がはびこってるとは思えないんだけど……。
「わたしも一緒に行くよ。国会図書館にも行きたいし」
美玖を伴って、横浜新都心に向かう。
新宿を中心に発生した断絶領域の所為で、日本の政治の中枢は横浜に移されている。
府中迷宮のアクセス先である八王子中心の断絶領域と、新宿中心に発生した鎌田迷宮によって関東は南北に分断されていて、この府中を通る武蔵野線は今や関東最大の鉄道路線になった。
だけど府中迷宮が広がっても、鎌田迷宮が広がっても断絶領域に呑まれるので、地価が安いし人も少ない。電車は混雑してるのに、駅はガラガラでさびれている。
「本数が多いから乗れないって事が無くていいけどさ」
「なにブツブツ言ってるの?」
「昼飯どうするかと思ってね」
横浜駅前は高いんだよな。拡張カードの購入と引っ越しで金が飛んでるし、余り無駄遣い出来る余裕がない。せっかく探索者になったのにバイトしなければならないとか、意味が分からないし。
乗り換え直通の快速で横浜へ。
「私は図書館に行くよ。何かあったら連絡して」
「了解」
新国会図書館に向かう美玖を見送ってから、俺はデバイスを確認すると使っていない動画アプリに通知が来てる。開いてみると、動画へのリンクが来ていた。
「再生しろと?」
どうやら少し昔の名所紹介番組らしい。ランキング形式のようだが……これはココに行けって事か?
乗り換えて横浜から桜木町に。目的の場所に近づくと次の通知が来た。
前の通知が削除されているな。残してあったURLを見るが、動画が無い。
一定時間で消えるのか、次が受信すると消えるのか……。受信はGPSの位置情報と連動しているようだ。
桜木町から馬車道まで歩き、みなとみらいへ。指示された臨港パークに向かうと、今度は別のアプリに通知が来る。お使いクエストをやらされるのか。こういう場所を探す試験がある漫画が昔あったはずだ。
グルグルと横浜近辺を移動させられて、最終的にたどり着いたのはみなとみらい。駅の地下階にあるフィットネスジムの紹介状が表示されている。
遠いよ。横浜駅に着いてから3時間以上歩かされた。すっかり昼飯のタイミングを逃してしまった。
「いらっしゃいませ。初めての方でしょうか」
「紹介状があるんですが、こちらであってますか?」
「……はい。こちらへどうぞ」
受付の若い女性にデバイスの紹介状を見せると、カウンターの奥へと通される。中は小さな商談スペースの様な雰囲気で、『こちらを記入してください』とタブレットを渡された。
チェックボックス付きの規約が並び、最後に署名欄がある。スポーツジムの内容ではないが、並んでいるのは一般的な条項のように……いや、他の会員について口外しないとかは微妙に変だな。
全ての欄にチェックを入れ、署名をしてしばらくすると、受付嬢とは別のスーツ姿の女が入って来て部屋の移動を告げられる。廊下を進んで防火扉をくぐると、建物の裏通路へ。隠し通路か?
分岐の在る通路を数分歩くと、簡素な通路には異質な、装飾の施された扉がある。何だろう……スナック?
「どうぞ」
中に入ると、カウンターとテーブルがあり、本当にバーかスナックの様な雰囲気だ。もちろん、入ったことは無いのでドラマやアニメの知識でしかないが。
中には5人ほどの客と、店員らしき男女が居た。
「ようこそ、会員制ギルド・ラプラスへ。沢渡久遠様、まずは席におかけください。私たちの活動について、ご説明させていただきます」
案内してくれた女が扉を閉めて部屋の外へ消えると、ウェイターらしき女性がそう言って頭を下げ、俺をカウンター席へと案内したのだった。
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明日も12時と18時に一話づつ更新予定です。応援よろしくお願いします。
下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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