第20話
「それでは、我々ラプラスについて簡単にご説明させていただきますね」
声をかけてきた女性は20代半ばくらいだろうか。ショートヘアで整った容姿をしている。シェリーと比べると、ふざけた雰囲気がまるでない。
「ん、ああ……その前に、ここが見た目通りの店なら食事も頼めるか?3時間も歩き回らされていい加減腹が減った」
「それでしたらこちらからどうぞ」
軽食のサンドイッチセットとホットコーヒーを頼み、メニューを返す。やけにリーズナブルな価格だな。
「お食事が来る前に簡単にご説明させていただきますね。我々ラプラスは、事情により非公式な手法で迷宮に潜る探索者様たちのサポートを行い、最終的には迷宮深部の探索、さらに迷宮最深部のコア到達を目指す組織になります」
「コア?」
唐突にファンタジー小説くらいでしか聞いた事の無い単語が出て来たぞ。
「はい。断絶領域発生当初からの調査によって、領域の中心部には領域発生核となるダンジョン・コアが存在すると推定されております。現在までの迷宮探索においていまだそこに到達した者はおりませんが、迷宮深部に進むにつれて怪異が強力な物になっていく特性から、最深部にはコアに接触できるフロアが存在すると類推されております」
「ずいぶんと不確かな話だな」
「そこはあくまで調査中の話に成りますから、致し方ありません」
「それで、そのコアに到達してどうするつもりだ?」
「コアに干渉、あるいはコアを破壊して、断絶領域を消失させます」
「断絶領域を……消失?」
俺が物心つく前から存在した断絶領域を……消せる?
「はい」
「……可能なのか?……いや、可能だとして、何の意味がある?」
そもそも断絶領域が消えたらどうなる?
あれは地下に向かっても伸びていて、東京最深部だった六本木の地下鉄駅すら軽く呑み込んでいる。飲み込んだ空間がごっそり消失するとかなら、無くなった結果周囲のが被害を受けるのは間違いない。それに中にとらわれている人たちはどうなる? 領域内に消えた人々が遺物としてドロップするのは分かっている。発見された人数は1万人に届かないけれど、日本人も何人かは見つかっている。それは残された人々にとっては唯一の希望なのだ。
「断絶領域はあくまで空間のゆがみであり、内部の物質は消失したわけでは無く、非物質状態の物も空間内に存在すると考えらています。スフィア……非物質状態のアイテムとは、あくまでその物品と空間を繋ぐパスに過ぎない。そして断絶領域が消失した場合、領域の容量が急速に減少する事から顕現する。……簡単に言うと、『全て元通り』になる、というのが我々の見立てです」
「すべて……元通り?」
「はい。土地も建物も、その中にあった資材も、もちろん人も」
「っ!本気で行っているのか?」
「あくまで研究結果から得られた推測です。誰もダンジョン・コアを確認したことはありません。破壊した場合に内部にいる探索者がどうなるかも不明です。魔法なんてものがあるのだから根拠が無い、という者も居ます。ですがそれで調べるのをやめる理由には成りません。ですので、我々の目標は迷宮深部の探索と、コアの発見、そして失われた場所と人々の救助になります」
断絶領域の解放。探索者なら誰しも思い描いたことはあるだろう。しかし実際にそれを目指す者はいない。どこまで深いか不明の各迷宮で、民間探索者レコードが20階層にも到達できず、最新装備の軍ですら30階層に至らない状態で、それよりさらに先を志すなど絵空事だと言われている。
さらに言えば、迷宮で得られる魔法薬や魔法道具は、地上で開発できない極めて貴重なアイテムだ。迷宮の消失とは、これらが入手不可能になることを意味している。断絶領域と迷宮発生から十数年で、迷宮で見つかる物品は経済に組み込まれた。拡張のリスクが会ってなお、これらが永久に得られなくなることは大きな損失と取られるだろう。
それを押して尚、迷宮の解放を、消えた人々の救助を目指すという。
「我々ラプラス以外にも、別の目的を持った組織は存在します。魔法道具や魔法薬による犯罪を未然に食い止め、かつ社会に行きわたらせることで恩恵を得ること目的にした組織。難病や障害を抱えた人たちを魔法薬で助ける事を目的とした組織。犯罪抑止に重きを置いた過激派も居ますが、そう言った組織も含めて今のところは協力関係にあります。妹さんの病気の完治を優先的に目指すなら、そちらを目的としたギルドを紹介することも可能ですが?」
「……いや、そっちは自力で何とかする」
美玖の望みは両親の奪還だ。そのためにアイツはずっと迷宮を調べ続けてきた。見つかっている万能治療薬の数は1万より多いから、病気に関しては人間の救出よりはハードルが低い。
少なくとも彼女の話は、俺達の目的にはあっている。
「沢渡様は探索者としての素養に問題はありません。迷宮内で積極的に救助活動をされている事も踏まえて、我々がスカウトを派遣するに至りました。普通は幾度か迷宮探索後に、その入手品をどうしたのかも調査してお声がけするかを決めるのですが……妹さんの退院の為に、治療薬を担当医に無料で流したことで、他の組織も動きそうでしたので、ちょっと早めに動いております」
なるほど。
「具体的に何をすればいい?また、何をしてくれる?」
「通常のギルドと大きく変わりません。まず、我々からは脱出のスクロールを提供させていただきます。代わりに一定量の魔石を納品していただきます。スクロールのコピーには、魔石が必要不可欠になりますから」
「……という事は、スクロールのコピー機を有していると」
「はい。他の組織もそうですが、発足する最低条件になります。続けますね。一定期間内に迷宮を探索し、魔石を納品していたのは正規のギルドと変わりません。レートは少々悪いですがご了承ください。それから、所定の依頼品を一定期間内に所定の回数納品してください。リストはこちらになります」
渡された書類に目を通す。治療薬(オリジナル)、一次強化薬(オリジナル)、複製のスクロール、脱出のスクロール(オリジナル)、非物質化のスクロール(オリジナル)……。
「買取では無く、猶予期間なのか」
各物品には値段がついて居ない代わりに、ライセンスの猶予期間となっている。遺物は半年、スクロールは概ね3カ月、脱出のスクロールだけ1カ月だ。
「はい。猶予期間の間は、御自由に活動いただいて問題ありません。この期間が0になった場合、ギルドの企画する合同探索に参加していただきます。欠席が続いた場合、移籍か、引退か、除名になります」
「引退と除名は何が?」
「この世から除名されますので」
……こわっ!
「非合法組織ですので、非合法な手段を用いる場合もあります。そもそも、非正規探索者が違法ですからね。ですが発足から数年、除名になった方は片手でも数えられるほどですし、相応の理由もございました。探索者の認可が下りている人物が、素行等の問題で除名になることはまずありません。怪我やPTSDなどで迷宮に挑戦できなくなった方はもれなく引退いただいておりますので、あまり心配される必要はありません」
「……過去に除名になった人は一体なにを?」
「猶予期間関連ではありませんが……探索中に誤って怪異の返り血を口にし、適切な治療を受けずに地上で発症し、御家族を殺傷しかけました。当人とご家族の栄誉の為、速やかに除名処分となっております」
「……ご愁傷様です」
魔物の肉は食えない。
これは比喩的表現だ。食う事は出来る。食った結果、食ったものはその魔物になり、人を襲う。
少量であれば治療薬での回復が見込めるが、発症し完全に魔物の姿に変わってしまえば手を施す手段が無い。二次被害も考えられるため、駆除された後も風評被害が残る。せめて秘密裏に抹殺してもらえた方が、残された者に迷惑をかけずに済む分浮かばれるのかも知れない。
探索者がフルフェイスのヘルメットを使ったり、遠距離攻撃武器が支給されるのは、間違ってこういう事故を起こすのを防ぐためもある。
「合同探索ですが、基本的に参加メンバーが未到達階層へ進むことを目的としますので、かなり過酷なものとなります。場合によっては、高ランクの探索者が最深階層を更新するための補助などの作戦になる場合もあります。これらの依頼は、通常であれば別途報酬が出ますが、強制参加の場合は無報酬になります。ギルドとしては定期的に物品の納品をしていただき、健全な探索者活動にいそしんでいただくことを期待いたします」
「探索者ランクはココでも有効か」
「はい。正規の基準に準拠してると思っていただいて問題ありません。迷宮内のルールも同様です。無いのは非正規探索者への捕縛権くらいでしょうか」
「そりゃそうだ」
自分が非正規探索者なんだから、それを捕まえろってのは無いだろうさ。
「また、迷宮内で入手した物品、武具などに関してはギルドを通じて売却も可能ですし、御自分で保管いただいても問題ありません。費用は必要ですが、メンテナンスや、お預かりもしております。別費用が掛かりますが、データ化してデバイスに転送することも可能です」
「そりゃありがたい」
「ただし、麻薬を始めとする禁止薬物、生態系に影響を及ぼす生物や、細菌・ウィルス等の取り扱いも禁止事項です。こちらも売買などが確認された場合、除名対象です。……といいますか、他の組織に襲撃される可能性があります。入手してしまった場合の処分はギルドでも相談に乗りますので、ご連絡をお願いいたします」
「……あい」
別にそっちに手を出す理由は無いけど、府中では不明遺物を持ったまま脱出してるし、気を付けよう。
「先ほど少しお話した通り、迷宮内で入手した物品に関しては、ギルドで売買が可能です。お時間と費用はいただきますが、現品化した物の鑑定も引き受けております。買える物品は所属する組織によって違い、我々は迷宮の探索に必要なものを中心に取り扱っております。品ぞろえは店舗によって違いますが、担当にご相談ください」
「店舗?」
「活動されている探索者様がいる迷宮の近くには、当ギルドか、提携した組織の店舗がございます。そこで指定品の納品や脱出のスクロールの受け取りも可能です」
「ここは?」
「こちらは新規加入者の案内や情報交換をメインに行っている店舗になりますので、そう言ったものはございません。不便でしょう?」
それはそう。横浜は最も近い鎌田迷宮が3回拡張しても領域内に沈まない想定だ。毎回来るのはちょっと遠い。
「既に登録文書に記入いただいておりますので、沢渡様は利用可能です。場所はデバイスに情報が転送されますのでそちらをご確認ください」
「また三時間歩かされるのか?」
「そこまでではございませんよ。それから、迷宮内でイレギュラーな事態に遭遇した場合などは御報告をお願いいたします。沢渡様ですと、11階層での階層主出現について、技術部門からの調査依頼が来ておりますが、いかがいたしますか?」
「……ちょっと整理したいので後ほど」
「承りました。デバイスに連絡用のアプリがインストールされておりますので、そちらをご活用ください。何かご質問はございますか?」
聞きたい事は山ほどあるが、聞いたところで意味の無い話が多い。どっちにしろ、俺達の目的が迷宮探索であるのは変わらないので、当面それを邪魔する存在じゃないと分かっただけでも良しとして……。
「一つ」
聞いておくべき……というか、当面どうにもならない話が一つ。
「デバイスに関する個別の相談は出来るか? 詳細は技術者にだけ話したい」
レベル10の件を何とかしないと成らない。
「それでしたら、階層主の調査をしている担当者が対応可能です。アポイントメントを取得しますか?」
「……後で、アプリ経由で連絡する」
「受け溜まりました。申し送り事項として登録しておきますね。ギルドに関する基本説明は以上になります。ちょうどお食事も届きましたので、ごゆっくりなさってください」
ウェイターの若い男が持ってきてくれたミックスサンドを口に運ぶ。結構な量があってうまい。身体が資本の探索者が利用しているだけはある。
自分の行いで良くも悪くも彼らの琴線に触れたらしいが、ここで聞いた話がどこまで本当かもわからない。全部事実なら、俺にとっては都合が良いが……そんな事はあるのだろうか。
……考えてもどうにもならんな。
足らない情報は美玖頼み。どっちかと言えば、俺は身体を動かすのが担当だ。
香りのいいコーヒーを楽しみつつ、この話をどう説明した物かと、頭をひねるのだった。
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本日は18時にもう一話更新予定です。応援よろしくお願いします。
下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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