第21話

「全面的に信用するには足らないけど、相談してみて反応を見るのはありじゃないかな? 私たちに取れる選択肢は少ないし、相手の情報も不足してる」


 そろそろ空が茜色に染まり始めた頃、図書館に行っていた美玖に連絡をして、横浜駅からほど近いカラオケ店で落ち合う。

 自称ギルドで聞いた話をかいつまんで話すと、選曲タブレットを弄る美玖から帰ってきたのは肯定的な返答だった。BGMとして選ぶ曲が微妙に古いのは、いったい誰の影響だろう。


「話を聞く限り、裏に国の裏組織がいてもおかしくないかなって気がするけど……非正規の探索者を認めるわけには行かないけど、絞めつけ過ぎずコントロールする事が目的ならありそうだし……そうじゃなくても、お兄ちゃんの言う通り損はないでしょ」


「ああ、都合のいいことにな」


「なら、当面は乗っても問題無いよ。私たちじゃ迷宮品の現金化も困難だから、その内お金に困ることは確実だしね」


「まぁな。調べてもらった秘密結社的な話は?」


「週刊誌のゴシップ記事にごくたまに。新聞には無し。ネットもたまに出るけど、あんまり盛り上がってない。ネットのニュースと新聞の記事の不整合に注目すると、表だって報道されてない事件がありそうだけど、詳細は不明」


「美玖でも手掛かりなしか」


「私もこういうのは経験無いから、あんまり期待されても困るな」


「とりあえず、今は言われた通りにか」


 結局それしか無いのだろう。


「アプリで連絡を入れて、出来れば人目の在る所で話を聞きこう。私もその方が確認しやすいし」


「了解。ジジイとばあちゃんには?」


「……やめとこう。私たち以上に無茶しかねない」


 俺たち以上に過激派だからな。若返りの妙薬が出たら何とかして寄こせとずっと言われている。自分で迷宮探索する気なのだ。

 役所は取りつく島も無いのであきらめたようだが、非合法組織にまでご迷惑をおかけするのはちょっと避けたい。


 美玖に促されて、隠れ家で自動インストールされたメッセージアプリから、運営に対してメッセージを送る。

 このアプリ、一定時間でメッセージが削除されるらしい。さらに、一定期間デバイスを関連拠点に持って行かないとアプリも消えるとか。犯罪の臭いしかしない。


「ところで、ドロップ品の解析は終わったの? 遺物でもヤバい物があるでしょ」


「そーだった」


 出発前に仕掛けた解析はもう終わってる頃だ。

 デバイスを確認すると、3つとも鑑定が終わっている。


「えっと、遺物、優品、レトリバー1歳!……どうしよう」


「やった!お爺ちゃんにお願いしよう!」


「いや、飼うのかよ」


「問題無いでしょう?」


 問題はないけどさ。


「遺物の優品は、生物なら意思の疎通がある程度出来る生物が出やすいらしいわ。犬、猫、馬、イルカ……人もね」


「ほへぇ。まぁ、飼うかどうかは相談……てか、解凍していいかも自称ギルドに聞いてみるか。……次は、遺物、優品、アイテム袋!これはアタリだ!」


 効果は……一定量の魔石を消費して、5梱包までアイテムを保管する事が出来る。入れた物は非物質化し、手を入れて取り出そうとすると物質化する。生物、スクロール、魔石を動力源とするアイテムは入れられない。一つのアイテムの最大重量は20キロまで。


「この袋一つで100キロ分の荷物を持ち歩けて、出し入れの際に非物質化する。いいじゃん」


「ああ、個数は少ないけど、デバイスより便利だな。これで探索がはかどる」


 最後の一つ、解析していた【魔法のスクロール】は【脱出のスクロール】だった。うん、そうだよ、これくらい出易くないとおかしい。なんで川越では外れ続けたんだよ。


「これでいざと成ったら迷宮内に逃げられるね」


「アクセス範囲内ならな」


 出口の内二つは自宅とは別の場所に設置してある。とりあえず一旦姿を眩ます当てはついた形だが、あんまり意味があるとは思えないな。遠距離武器二つを解析に回して確認は終了。


「おっと、さっそく返信が来てる。旧府中駅近くの喫茶店で、明日の13時だそうだ」


「近いね」


「近くに拠点があるみたいだからな」


 当面の方針が決まったので横浜に居座る理由も無くなった。

 美玖は泊っていくというので、二人分の夕食にスーパーで総菜を買って家に戻る。また俺はリビングで寝る羽目になるのかと文句を言ったが、『病人をソファーで寝させるとか、人の心は何処にやったの?』と言われた。引っ越してから自分のベッドで寝た回数の方が少ない気がする。また出費がかさむが、予備の布団を買ってくるべきだな。


 翌日は約束の時間までにトレーニングを済ませる。

 ランニング10キロとご家庭で出来る筋トレメニューを一通り。レベル10のステータスを活かすと、通常のメニューはかなり楽になってしまったので、今は全て5キロのウェイトを付けて行っている。

 レベルを確認するまで『なんか調子が良いな』くらいにしか思っていなかったので、ニブチンと言われるのは致し方ない。しかし『踏もうか?』と聞かれるのはいただけない。我が妹は俺を一体なんだと思っているのだろう。


「それじゃあ、私は隠れてるから通話は切らないでね」


「了解」


 迷宮端末メイズデバイスとは別の個人用デバイスで美玖と通信をしながら、ギルドの技術担当と話をする作戦。別に止められてないし、なんなら相手も録音くらいは想定しているだろう。

 

 指定の時間の少し前、喫茶店で待ち合わせと告げるとテーブル席に通された。この店はギルドと関係があるのだろうか。

 予定時間の一分ほど前に成って、眼鏡をかけたスーツ姿の男が入ってきた。なかなかにムカつく顔をしたイケメンだ。


「失礼、沢渡久遠さんですよね。お待たせしてしまいましたか?」


 もしかしなくても俺の待ち合わせ相手らしい。

 まっすぐこちらに向かってきたという事は、俺の顔が知られているという事だろうか。


「あんたが?」


「はい、お初にお目にかかります。班目まだらめと申します。昼食は食べました?僕はまだなんですよね。何か頼んでも?」


「ああ。俺は済ませたから頼んだコーヒーだけで十分だ」


 班目と名乗った男は20代半ばくらいだろうか。嫌味の無い笑顔を浮かべている。相手にしてみればこっちは二十歳にもならない若造の探索者だが、あんた呼ばわりされても表情に出すことが無い。


「すいません、ナポリタンとアイスティーのセット、フライドポテトの盛り合わせ、食後にチョコレートパフェを」


「いや、このシチュエーションでデザートまで頼むなよ」


 密談するのに店員来まくるだろうが。しかも炭水化物ばかりだし。


「ああ、お気になさらず。良ければ沢渡さんもいかがですか?お代はこちらで持ちますよ?」


「財布の心配をしているわけじゃねぇよ」


 なんだろう。この組織は面白キャラしかいないのか? 昨日説明してくれたお姉さんは唯一のまともキャラか?


「それでは改めまして、ラプラス技術営業担当の班目琢磨まだらめ たくまと申します。今日は聴取依頼を受けていただきありがとうございます。それに相談事もあるとか。技術班一同、出来る限りご協力させていただきますよ」


「ああ……まぁ、まずはそっちの要件から済まそう」


「ありがとうございます。ちょうど来たようなのでいただきましょう」


「飯の話じゃねぇよ?ってか早いな!」


「ここのナポリタンは早くて美味しいんですよ」


 なんだろう。とても馬鹿にされている気がする。


「僕にはちょっとした特技がありましてですね。……一度見聞きしたことは……忘れないと言いますか……瞬間記憶では無いのですが、おおむね似たような……特技でして。このまま……お話しいただいても……」


「……いや、食べ終わってからでいいから」


「すいません。代わりに燃費が悪いとよく言われます」


 班目はむしゃむしゃとナポリタンを頬張る。イケメンだが、残念イケメンだ。

 僅か5分ほどでナポリタンを食べきると、続いてきたフライドポテトを摘まみながら『ようやく一息付けました』と、無駄に決め顔の微笑みを浮かべた。


 ん~殺意。


「さて、本題ですね。我々の調査で、11階層に出現しないはずのスプリガンが現れた。次いで現れた探索者がスプリガンを引き離し、2名の探索者を救助した。という話までは聞き及んでおります。脱出した探索者、それに送還された一人が持っていた64式の破損状態から、11階層ではありえない魔物が出たのでは、というところまでは推測できますが、それが何だったのかは分かりません」


「階層主ってのは信用できないと?」


「そうは言いませが、他の可能性の方がまだ高いかなと。川越の古城領域に関して、全ての罠が調査完了しているとは思っていません。幻惑罠と衝撃罠の組み合わせや、召喚罠の可能性も否定は出来ない、という話です」


 なるほど。確かに断定するだけの情報は無い。階層主が階を移動した、というより、強力な魔物を召喚する罠が11階層に有った、という方が真実味がある。


「まぁ、そっちが信じるかどうかは好きにすればいいけど」


 特に隠す必要も無い。俺は10階層で階層主を倒すためにわなを仕掛け、一部屋を吹き飛ばした事。それでも倒れなかった階層主が、隣の部屋で落とし穴に引っかかって下層に落ちたこと。それを追いかけて俺も落とし穴に飛び込んだことを順に話す。


「ふむ。罠ですか。……ワナ師の装備でも持っていましたか?」


「ワナ師?」


「わからないなら違いますかね。アレも極品ですから、1回目の探索中に偶然拾う可能性は極めて低い。となると……わかりませんね」


「おい。それでいいのかよ」


「僕の仕事はあくまで情報収集なので。利用した燃料はガソリン、灯油、混合燃料に小麦粉、スプレー缶にガス官。なかなか欲張りですね」


「それでも倒せなかったけどな」


「スプリガンを個人で倒すのはだいぶ無謀ですよ。火力が足らない。それで、スプリガンが落ちたなら、かなり大きな落とし穴が開いたのでは?」


「……ああ。だから消える前に飛び込めた。落とし穴は普通、人一人が落ちるサイズだと思ったが、そう言えばなんであんなに大きく開いたんだろうな」


「あれは人一人を必ず落とすそうですよ。例えば下に落ちないよう、落下防止のポールを立てるとかそう言う事をすると、全部飲み込んでかかった人が落ちるまで広がるそうです」


 なるほど。だから落とし穴が広がっていったのか。


「それで、落ちた先で探索者と遭遇したのですか?」


「そうだ」


 落とし穴の先に二人の探索者が居たこと、銃を奪ってスプリガンを引き付けたこと、スプリガンが罠を踏んで毒ガストラップが発動したことを話す。

 一撃を受けても耐えられた衝撃吸収のローブの話や、スプリガンを倒したことは伏せて、隙を見て二人を救助して脱出したと締めくくった。すべてを話す必要は無い。


「概ね理解しました。検証班が矛盾が無いか考察してくれるでしょうが、貴方が二人を救助したという事実は揺らがないでしょう」


「そうなのか?」


「天道さんを救助したのと同じ自分物の接触ログが残っていた、という情報は得られていますからね。個人を特定できる情報は流石に無理ですが、それくらいの情報が得られる程度には、正規ギルドの方にもコネがあります」


 やはりギルドとつながりがあるのか? でもそれなら接触ログの表示名くらいは入手していてもよさそうだけど。


 追加でいくつか質問に答えると、班目は満足したように頷いた。


「ありがとうございます。落とし穴での階層主移動、興味深いお話でした。すいません、チョコレートパフェを」


 話している間にフライドポテトは無くなっていた。ほんとにこいつで大丈夫だろうか。


「さて、こちらの確認させていただきたかった事は以上なのですが、ご相談とは?」


 俺にとってはそっちが本題だ。チョコレートパフェの付け合わせにされては困るのだが……。パフェが届くのを待ち、正規デバイスの方を起動する。


「説明するより見てもらったほうが話しが早いだろう。これは手を入れていない正規デバイスの方だ」


 迷宮端末メイズデバイスのステータス欄を開いて、班目に見える様に渡た。いまだに10レベルのステータスが表示されたままのそれを見て、班目は初めて驚きの表情を浮かべたのだった。ざまぁみろ。


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明日は18時と21時に一話づつ更新予定です。応援よろしくお願いします。


下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。


俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~

https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225


アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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