第22話

「なるほど。こんな現象は初めてですね……改造端末の方も?」


 デバイスの表示を見て、班目は首を傾げた。


「ああ、こっちも同じだ」


「ふむ。いつからですか?こちらが確認したのは、川越と府中でそれぞれ一回づつなのですが」


「川越を出た後だな。府中でウォッカとシェリーに対面した時にはこの状態だった」


「ウォッカとシェリー?……ああ、名前で遊んでるんですね。表示だけですか?能力は?」


「推定だが、地上でも10レベル分の能力は発揮できていると思う。身体は軽い。迷宮内だと、槍と盾で府中7階層の魔物を複数相手にして、大立ち回りが可能だ」


「10レベルあればそうでしょうね。ふむ……相談してくださって正解ですね。ユビキタスやイージスに知れたら、どう動くか分かったもんじゃありません」


「……ユビ?」


「ああ、我々とは別の組織のお話です。気になさらずに。何か思い当たる原因はありますか?」


「いや、無いな」


 腕輪のこと、スプリガン撃破の事は隠しておく。話しても良いことが無い。


「なにか、ヒントになるようなことも?」


「気づいたのも脱出からしばらくしてからだ。10階層に入ったタイミングでは10レベルには成っていなかったはずだが、あいにくと細かい所は覚えていない」


「そうですか……しかしいいですね。レベル10。人から一歩踏み出した感じの超人」


「迷宮探索には便利だが、この表示じゃ正規の探索者は出来ない。研究施設送りになるのがオチだ」


「うちでも研究したいですけどね。しかし、10レベルスタートの探索者は貴重ですね。そこまで行くのも大変なので、我々としてはぜひ探索に励んでいただきたい。相談は原因の究明ですか?」


「いや、困ってるのはその表示の所為で、正規の探索が出来ない事だ。あんたらが探索で入手したアイテムをいくらで買い取ってくれるのかは知らないが、正規探索者でなくなると色々困る」


 迷宮の近くに住むことが出来なくなるし、ウロウロしていると職質を受けるリスクも上がる。金銭的な問題も発生する。収入、支出がほぼ記録に残る現代社会じゃ、非合法に得た金は使うのが難しい。

 なにせパチ屋ですら記録に残すのが義務化されたのだ。家賃分くらいの金額でも、毎月口座に振り込んだら査察が入る。飲食や日用品を買うくらいは問題無いが、まともに生活をしようと思ったら正規の探索者のライセンスは必要だ。


「なるほど。……ステータス部分の偽装だけなら、技術班に相談すれば可能かもしれませんね。僕では堪えられないので、専門家に確認してもらいましょう」


「正規端末の改造が出来るのか?」


 最悪、衰退のスクロールを使ってレベル1に戻すことを考えていたのだが。


「明言は出来ませんが、改造デバイスを気づかれない様に正規デバイスに偽装する事は可能ですよ。もちろん、項目は限られますが前例があります」


 思った以上に有能だ。このレベルのまま探索が出来るならそれに越したことは無い。何なら【状態不変化の腕輪】を使ってさらにレベルを上げることも出来る。


「この後お時間ありますか?善は急げと言いますからね。ショップに向かいましょう。場所もお伝え出来ますし、我々と協力するメリットも確認できると思います」


「時間は問題無い。……説明を受けて、引き取ってもらいたいものできたしな」


 昨日の解析した【遠距離武器】は、なんと二つとも【ライフル銃】だった。どーしろっていうんだ。解凍しても持ち歩きづらいし、銃刀法的にもヤバい。P320もまずいのだが、アレはまだ小さくて隠しやすいのが良い。弓ならばらして廃棄することもできるが、銃の砲身は流石に無理だ。


「なんなら妹さんもご一緒にどうぞ」


「……なん話だ?」


 思わず『気づいていたのか』と返してしまうところだった。そんなブラフには引っかからないぞ。


「先ほどご一緒にいるのを見かけましたので、今もどこかで話を聞かれているのでしょう?」


「……見てたのか」


 『お待たせしてしまいましたか?』と聞いてきたのは何だったのか。


「お二人で探索者として活動しているのくらいは調べてあります。ちょっとネタ晴らしをしますと、貴方が助けた天道さん、勧誘対象だったんですよ。それですぐに調査班が動きました。妹さんが国会図書館で迷宮について、かなり調査している事も確認しています」


 天道って、5階層で助けた方か。あの後3日くらいは迷宮の中にいて、脱出後すぐに美玖を治療し、荷物をまとめて引っ越し。府中に最初に潜るまでにも結構な日数が経っている。確かに、調べるには十分な時間がありそうだ。


「……思った以上に力のある組織みたいですね」


 声がしたのは、班目の背後から。いつの間にそんなところに。


「おや、いつのまに。お初にお目にかかります。班目琢磨と申します」


沢渡美玖さわたり みくです。イイんですか?秘密結社なんでしょう?」


 美玖は席を立って俺の横に腰を下ろす。手にはアイスコーヒー。店員が即座にテーブルを片付けて、新しいおしぼりとメニューを置いていく。


「確かにそうですね。ですが職員としてご家族や御友人の紹介は受け付けておりますので問題はありません。あなたを探索者には出来かねますが、優秀なサポーターは大歓迎です」


「どうせなら私にもデバイスをくれればいいのに」


「そう言うのはせめて病気が完治してから言え」


「年齢もですよ。未成年へのデバイス提供は規約違反です。他の組織から縁を切られて襲撃されても文句は言えません」


「秘密結社にしては律儀」


「悪の秘密結社ではありませんから」


「やってることは法に触れるじゃない?」


「必要悪ですし、好んで犯罪行為をしているわけではありませんよ。むしろ、基本的に正義の味方です。知ってますか?正義って気持ちいいんですよ」


「嫌な言い方をするな」


「誰だって後味の悪い事より、悪事でも胸を張れることをしたいじゃないですか。愛と真実の悪を貫くのが、我々のモットーですから」


 胡散臭い。とても胡散臭い。

 でも民間探索者としての精神鑑定試験に合格しているのだとしたら、とてもありそうな話だ。少なくとも、自己中心的な犯罪に走るような輩は受からない。


「さて、ここで話している必要もありません。場所を移しましょう」


 班目に促されて喫茶店を出る。美玖の分も含めて、会計はしれっと班目が行った。

 こんなところで仮を作るのは嫌なのだな。なんとか返す方法を考えよう。


 北府中駅から南西へ、西府中駅手前にある商業施設内のフィットネスクラブが目的の場所だった。


「なんでフィットネスクラブ?」


「探索者が出入りしても違和感ないですし、何時間も出て来なくてもおかしくないでしょう? 喫茶店やカラオケ店、漫画喫茶に偽装している店舗もありますが、ジム系は割と好評ですよ。普通にトレーニングも可能ですから。ちなみに、無料で使えます」


「なるほど」


 思わず納得してしまった。自宅から歩いて15分かからない位置に、無料で使えるジムが出来たと思うと、結構ありがたい。


「私が出入りするのには向かないなぁ」


「隣の書店とネイルサロンも系列店なので、そちらから通れるように会員証を発行させていただきましょう」


「あんまりうちの妹を悪の道に引きずり込まないでくれ」


 中学に上がった段階で、いかにして違法探索者になるかを真剣に考えるような奴なのだ。これ以上は父さん母さんを助けられても合わせる顔が無くなる。


 そんな与太話をしながら、通されたのはみなとみらいの同じ小さなラウンジだった。先客は男二人。同じく探索者だろうか。それにウェイターの男女がカウンターの奥に立っている。あまり仕事はなさそうだ。


「沢渡さんはみなとみらい説明を受けたのですよね。ホールの造りは何処も似た感じですが、ここはパンケーキがお勧めですよ」


「……聞いてない」


 そもそもさっきまでお前はパフェを食べていただろう。

 そんな俺の反論はどこ吹く風、班目がウェイトレスの女性に声をかけると、一瞬こちらと目が合った。


「……それではしばらく席を外させていただきます。メニューでも見ながらお待ちください。ああ、買取も可能ですよ」


 班目はそう言うと部屋の奥へと消えていった。他に客は二人。俺と美玖は4人掛けくらいのテーブルに案内され、タブレットタイプのメニューを渡される。


「専用のデバイスを持っておりますと、食事以外も閲覧できる仕組みになっております。買取は以下がなさいますか?」


 ウェイトレスのお姉さんは、タブレットの簡単な使い方説明の後、班目の言葉を受けてか訪ねてきた。俺より一つ二つ上くらいかな? ずいぶん若いように見えるが、一連の動きは堂に入っている。可愛い系美人で胸が大きいのもポイントが高い。


「どうやって査定をするんですか?」


「データ状態でしたら、そちらの端末の買取のボタンを選んでいただいて、御自分の端末から物品を転送いただき、査定ボタンを押してください。お預けになられる場合も、データ状態でしたら端末から可能です。鑑定依頼も同様です。現物化されている場合はこちらで承りますが、見積もり費用が変わりますのでご注意ください。データ状態の方がリーズナブルになっています」


 なるほど。

 お姉さんにお礼を言って、タブレットを確認する。食事、ドリンクのメニューの並びに、販売、買取、鑑定、預入の項目が並んでいる。


「……どうした?」


「……なんでもないよ」


 ふと横を見ると美玖が意味ありげな視線を向けていた。何でもない事は無かろうが、触れないほうがよさそうだ。


 端末を操作して、買取にライフル銃を一つ、預入にもう一つを移す。

 買取は査定ボタンを押すと受領中になった。預け入れは最低で月額480円、3キロ、5品までの様だ。高いのか安いのか分からん。最初の三カ月は無料となっている。支払いはギルド独自の電子決済のようで、今は金がないから利用できない。預けてしまっていいだろう。


 それから鑑定の項目に目を通す。生物の解凍時には詳細鑑定依頼を、とでかでかとしたポップアップが目に入ったからだ。ちょうど遺物に犬がいる。美玖が飼う気まんまんなので、鑑定依頼を出しておこう。


 販売項目のページに移ると、近接武器、遠距離武器、弾と言った項目が並んでいる。価格、在庫数が写真付きで表示されていて、そのページを開くと詳細が見られる。なるほど、ECサイトの様だ。食料品と雑貨の項目が無いのは、購入者が居ない為か?


「.40S&W弾が売ってる。大丈夫かこれ?」


「ライフル弾、散弾、手榴弾もあるよ」


「買い取った迷宮品か……弾が手に入るのはありがたい」


 P320を持ち込むべきかな。メンテナンスや、デバイスへの転送サービスもあると言っていたから、セラミックソードと合わせて非物質化して保存した方が良いだろう。

 今は金がないので買えないが、現物化してある不要な装備や魔石を売り払って、装備を整えるのに使えそうだ。


 遺物の欄を確認すると、【魔法火起こし器】や【魔法浄水器】と言った一般にも出回っているもののほかに、【アイテム袋】、【魔導書】、【回復薬】、【一次強化薬】、【解毒薬】などが並んでいる。説明を見ると、どれも複製品の様だ。治療薬は見当たらない。

 薬品欄には量産品のシップタイプ回復薬がある。市販はされていないはずだが、どういう経路で入手しているのだろうか。

 スクロール欄は『Sold out』表示の物も多い。罠の確認が楽になる【明かり】や階層の出口が分かるようになる【導き】などの利便のスクロールに加え、戦のスクロール、スキルのスクロールなんかも売っている。スキルのスクロールと【状態不変化の腕輪】の組み合わせは試してみたいな。劣品のスクロールも扱っているようで、物によっては並品より高い。マイナス効果があるからと言って、弱いとは限らないのがスクロールの特徴だ。欲しいものが多いが、残念ながら高い。


 メニューを眺めている間にライフル銃の価格通知が来た。15000円。安いと思うが、何の特殊能力も無い武器の価格はこんなものか。遠距離武器のページでの販売価格は38000円、維持管理費を考えれば暴利というほどでもない。売却っと。


 タブレットを操作すると、迷宮端末メイズデバイスのウォレットに残高が表示されるようになる。このウォレットは非正規ギルド関連店でしか使えないようだが、これで買い物が出来る。

 そう思っていたら、いきなり900円引かれた。どうやら犬の解析が終わったらしい。検疫に問題無し。元飼い犬の可能性大。解凍可。


「やったね」


「……どういう気性か分からないから、ちゃんと準備してからな」


 なんにせよ、うちのアパートでは飼えない。ジジイに相談だ。


 すっかり乗せられて手持ちのアイテムを思い浮かべながら、何を売り払って何を買うか皮算用をしていると、班目がノートパソコンを抱えて。


「お待たせしました。実装担当が直接やり取りをしたいという話なので、申し訳ないのですがオンラインミーティングを……」


 そう言って彼がテーブルにPCを置いたその時。


 バンッ!と音を立てて入り口の扉が開かれた。


「緊急事態よっ!」


 それは、どうにも聞き覚えのある声だった。


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本日は21時にもう一話更新予定です。応援よろしくお願いします。


下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。


俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~

https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225


アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212


□2024/10/25

なぜか途中が削除されて、話が繋がらなくなっていたので修正しました。 

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