第23話
□横浜新都心・某所□
断絶領域発生後の再開発によって様変わりした横浜のはずれ。複数の路線が交差する、かつては新川崎と呼ばれた繁華街の裏路地で、その場には似つかわしくない学生らしき少女と、目の細いトレンチコート姿の男の密会が行われていた。
手渡されたのは茶封筒に入った小さなデバイス。一見個人用端末に見えるが、見る人が見ればそれが迷宮用の物であると分かるだろう。
「……これで?」
「ええ、すでに貴女様に調整してあります。範囲は政府の管理する出入り口から1キロ以内。出口も秘匿性の高い所を準備させていただきました」
男の言葉は何とも胡散臭かったが、彼女にとってはそれくらいしか選択肢が無かった。
「ですが、貴女が一人で目的の物を手に入れるのは難しいと思いますけどねぇ」
「……なにが言いたいのよ?」
「いえね、最初の一回分の脱出スクロールはサービスでお渡ししたとはいえ、若者が迷宮に挑むのはいささか無謀かと思いまして。まして、入手したいアイテムが完全回復薬ともなると、入手のハードルは高い」
「知ってるわ。これでも調べたもの」
「でしたら、我々の共同探索団に参加されてはいかがでしょう? 一人で挑まれるより安全で、サポートも充実しておりますよ。むろん、あがりとして入手したアイテムを納めていただきますが、貴女の望みの物は無条件でお持ち帰りいただいて問題ありません。お得でしょう?」
「……いい話だとは思うけど、信用には足らないわ。こっちは命がけなのよ」
「ごもっとも。そのためのスクロールのサービスです。迷宮を体験いただき、もし我々の助けが必要だと感じたらお声がけください。武器、防具などの物品の販売、魔物の倒し方のレクチャー、それに確実な脱出手段の提供も致しておりますので」
少女は男の言葉を信じていなかった。なにせ禁止されている未成年への
男の誘いにうなづかず、準備した装備を持って迷宮へと入る。デバイスの貸出期間は3日。過酷ではあるが、出来るだけ長く潜って遺物を入手したかった。
その思惑は府中迷宮1階層で簡単に打ち砕かれた。
こちらを殺す気で襲い掛かって来る魔物と相対するのは尋常ならざる恐怖であり、ホームセンターで帰る程度の工具・農具で対抗するのは彼女にとって至難の業であった。一匹を相手にしている間に他の魔物が集まって来る。何とか倒しても、アイテムを回収する間もなく次に襲われる。迷宮の中を逃げ回り、ぎりぎりの所で脱出した時には、心が折れかけていた。
「任せてください。安全かつ、快適な迷宮探索を補償いたしますよ」
ボロボロになりながら脱出した先、雑居ビルの一室で彼女を出迎えた男が微笑む。それが悪魔の笑みだとしても、彼女にその手を払いのける力は、もう残っていなかった……。
□秘密結社ラプラス・府中拠点□
「緊急事態よっ!」
そう言って飛び込んできた女の声は、どこかで聞いた事があった。20代半ばくらいだろうか。タイトなスカートの紺のスーツ姿で、長い髪をポニーテールにしている。
「今時、通信じゃなく飛び込んで来るって何事です? お気に入りのアイスのフレーバーが販売終了にでもなってましたか?」
「班目うっさい。緊急連絡!回ってるの確認してないの?」
「技術班にも来ているんですか?……おや?至急で合同ですか?珍しい」
自分の端末を取り出した班目琢磨がぶつくさとつぶやく。わからない単語が多いな。
「ヨーコちゃん、なんかあったのか?」
「神谷さん、ヨーコちゃんは止めてくださいって言ってるでしょ。……そんな事は今良くて、すぐに出られるのは……あら、沢渡君と……妹さん?」
こっちを見た彼女と目が合う。
「……あんた、もしかしてシェリー?」
「Yes!ようこそ夜明けの刹那くん!ラプラスは貴方を歓迎するわ!」
「声に出して呼ぶなっ!」
デバイスの表示名を変えるべきか。
「先輩!話がとっ散らかってます!」
「纏まらないので私から説明しましょう」
「あ、マスター!」
40半ばくらい、白髪交じりの上をオールバックにした厳つい男が店の奥から顔を出した。ベストに蝶ネクタイ。バーのマスターだろうか?しらんけど。ついでにもう一人男が連れ添っている。
はじめに居た探索者二人、ウェイターの男女、班目にシェリー、さらにマスターと呼ばれた中年男性とそれより若い男。うん、そろそろ登場人物を覚えるのが辛くなってきた。
「リーミンのクソ共が未成年者や不適合者にデバイスを貸し出して、鉄砲玉に仕立てやがった。場所は
「りょーかいだ。健司、いくぞ」
探索者二人が連れ立って店の外へ出ていく。迷宮に向かったのだろうか。
「……どういう状況だ?」
「我々とも関係のある犯罪組織が、禁止されている未成年へのデバイス提供をして、さらにその子供たちを連れて迷宮に侵入したんですよ。交差点で待ち伏せしてとっ捕まえようってそう言う話です」
リーミン……横浜で府中迷宮と鎌田迷宮の拡張カードを売っていた組織のはずだ。拡張カードのお試し利用もさせてくれた、やけに気前のいい組織だったと記憶している。
「あー、マスター。ちょうどここに期待の新人が居ます。せっかくなので、僕は彼と組んで出ようかと思います」
班目が唐突に、こちらの方に手を置いてのたまう。
「は?なに言ってんだよ」
思わず立ち上がって反応してしまったため、全員の視線がこっちに向いた。
「ちょっと、いくら何でもそれは無茶じゃない?」
「僕の記憶と経験は問題無いと言っておりますので。細かい理由はプライバシーを兼ねるので割愛しますが、十分に戦力になるかと」
「……わかった。装備は好きに使っていい。特別報酬もはずもう」
「いや、勝手に話をっ」
「次元侍を簡単に倒す方法は人間爆弾ですよ。空間障壁の影響を受けない2メートル範囲内で、斬られるのを覚悟でボンッと。取りこぼしが出れば、子供が死にます。助けに行かない理由、あります?」
「っ!」
「侵入検出と待ち伏せは数すくな……くはないですが、我々が正規ギルドに勝っている点です。警察や自衛隊は期待できません。そもそも、時間が無い。時は金なりですよ」
「くそったれだなっ!」
まさか秘密結社に勧誘されて、最初にやるのが人命救助とは思わなかった。
「そう言うわけで、お兄さんをしばらく借りますが、良いでしょうか?」
「……仕方ありませんね。安全第一でお願いしますよ」
美玖はそう言うと、腕に付けていたブレスレットを外して俺の腕につける。【状態不変化の腕輪】……病気の進行を抑制できないかと、彼女に持たせていたものだ。
「気の利いたものが無いので、もらったお守りを渡します。ちゃんと返してくださいね」
「……ああ、もちろん」
人前で腕輪の受け渡しをする必要が出た場合のシミュレーション、しておいてよかった。一番『使わねぇだろ』って思ってたやつを一番最初に使う事になるとは。
「ではこちらへ」
「待て、装備がそろって無いし不要なものは置いていきたい」
「それも奥で出来ますよ」
背中を押されて連れていかれたのは特別会員限定のロッカールーム。奥から3つめの大型ロッカーを開けると、中にはさらに奥があった。
「対応した端末を持っていない人が開けても、単なるロッカーにしか見えません。便利でしょう?」
「あー、凄い凄い。なんていうか、犯罪にしか使えなそうな技術だな」
「まさにですね」
ロッカーを抜けると、その先もロッカールームだった。
「職員用の貸し出し備品です。サイズの合うのを着てください。ちゃんと選択してありますよ」
サイズごとに細かく分かれたロッカーの中には、軍用装備であるスーツやプロテクターが納められている。靴もサイズ別にある。これだけの物をどっから……。
「ちなみに、ほとんどコピー品だそうです。武器は……これにしましょう」
班目が壁に据え付けられた保管庫のパネルを操作すると、しばらく駆動音がしてか扉が開く。
「ハンドガン、標準装備のP320は使ったことがありますよね。マガジンは8つ。それからセラミックソードのA型、
「いや、どっかで見たことある装備だなと」
武器が手持ちとほぼ変わらねえ。88式鉄帽2式迷宮型や、軍用防刃スーツ、プロテクターはありがたいが……この辺は、衝撃吸収のローブで代用できる。
「その……コート?着ていくんですか?」
「ああ、気に入ってるんだ」
スプリガンにぶん殴られても耐える装備を置いていく、なんて選択肢は無い。
「デバイスをそこの端末に置いて、持ち物を整理してください。脱出のスクロールは最低8個持ちます。その分は領域を空けてくださいね」
「わかった。先回りはともかく、交差点での捕縛は……俺を呼び寄せた魔道具が使えるのか」
「ええ。そうです。だた、幾つか問題はあります。そちらの画面を見てください。不法侵入した人数は約30人に対して、検出されたデバイスは6台。つまり4人~5人のパーティーが6つ。その六つがリンクせず動いていると、ここから出せる人数では人手が足りません」
見ていた端末のが画面が切り替わり、デバイスIDと名前が表示される。探索者ネームと思われる名前もあるな。全部で29人か? 確かにデバイスの数が少ないように思える。
「
「こしきゆかしく、御手々繋いでですよ。デバイスを持っているのが頭でしょうね」
なるほど。
「烏合の衆とはいえ、一人で救助に向かうのは無謀なので二人一組で行きます。出口はココを登録してください。どのデバイスにリンクするか私の方で設定しておきます。貴方に関係がある名前が一つあるので、彼女たちを優先設定しましょう」
「関係?」
「遠因ですけど、中で説明しますよ。準備は?」
「ちょっと待て」
デバイスから食料品やレトリバーを預け、容量を空ける。食料2日分、飲料水2セット、日用品2セット、探索者補助セットは残す。後は、打刀と識別・変化のスクロールを一つづつ。そこに脱出のスクロールを8個。
飲食セット、日用品、探索者向けのセット、救急箱を1つづつ受け取り、自分の荷物からアイテム袋を借りたリュックに詰め込む。アイテム袋の魔石はわずかだし、今使う必要は無い。
「オーケーだ」
「では、ブリーフィングルームに」
隠しロッカールームから出ると、その先は会議室。さっき先に出て行った、二人組の探索者もいる。演台の置かれた前方には大きなディスプレイがあり、ロッカールームの端末で見た救助者の情報が常時されている。右上には時間が表示されており0時42分……秒数は増え続けている。トラブル検出からの経過時間だろう。
「おう、新入りも出るのか。馬鹿どもが襲ってくるかもしれん、気を付けろよ」
「……ありがとうございます」
なんだろう。違法探索者なんだろうけど、ためらわず救助依頼に動いたり、こうして声をかけたり、妙に親切だな。やはり俺と同じような訳ありだろうか。
「お待たせ。今回用の拡張カードが出来たわよ」
そこにシェリーさん(仮)が飛び込んでくる。スーツ姿だが、彼女も出陣するのだろうか。
「捻ってる暇がなかったからね。神谷さん達が001と2。班目と久遠くんが003と004ね」
「説明が足りないですね。コードネームですよ。拡張カードを入れ替えてください。府中迷宮へのアクセスと、【邂逅】の効果の恩恵が受けられます。それより本条さんが7番目ですか?」
「ダブルオーじゃなくて、ゼロゼロよ。主人公が欠番になりそうだけどね。馬鹿言ってないでさっさと出発しなさい」
「わかりました。入れ替えたら出発です」
「お先に出るぜ」
神谷と呼ばれた探索者が、連れを伴ってデバイスを起動した。淡い光が彼らを包み込んだ瞬間、姿が消える。はたから見るとあんな感じなのか。
「さて、今日あったばかりの相棒で申し訳ないですが、我々も行きましょう」
「待ちなさい。あなた、フェイスガードならコレを使いなさい」
そう言って渡されたのは青い……鉢巻?
それにしては大きくて、しかも穴が開いて……もしかしなくても仮面か?
「一応秘密組織なんだから、顔を隠した方が良いでしょう」
班目はゴーグルに口元をかくすマウスガードが付いたタイプで顔が分からない。俺はシールド付きのタイプで、目元や口元は見えている。
「……ありがたく使わせてもらう」
何かしら元ネタがあるんだろうが、残念ながら分からない。そして気にしても無駄なので気にしない。腕輪に被せるように腕に巻き、迷宮内で着用することにする。
「それじゃあ、行きましょう。
「え、それ俺もやんの?」
ポーズを決める班目を横目に、迷宮への侵入ボタンを押す。
こうして2度目の府中迷宮探索が始まった。
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明日も18時と21時に一話づつ更新予定です。応援よろしくお願いします。
下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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