第28話
□K県K市・総合病院□
「おじゃましま~す」
「失礼します」
開放された6人部屋の病室の入り口をくぐる。都内某所にある総合病院。シェリーこと
「……いつもの男と違うな」
そう言って本からこちらに目を移す。しばらく入院しているはずなのに、その雰囲気はケガ人のそれではない。
「ええ、色々あったからね。一番関係が深いのが連れたから、連れてきてあげたわよ」
そう言って本条さんはサイドテーブルの上に小さなラジオを置いた。なんでも盗み聞き防止用の魔法道具だとか。聞いた時には何でもあるなと驚いた。
「……どうも」
なんとなく、気まずい。会うのは二回目だし、10歳以上上で、しかも厳ついし。
「……ふむ。……
「……
府中迷宮での救出劇の後、正式にラプラス所属の探索者となった俺は、スカウト部の依頼を受けて天道を勧誘する本条さんに付き合っていた。
「キミが……すまない。妹が世話になった」
「偶然……では無いですね。大体こいつらの所為です」
「ちょっと、いきなり人聞きの悪いこと言わないでよ」
なにを言う。先の事件は結局のところ、秘密結社同盟がパシリに使っていた反社組織のコントロールが出来なくなったために発生した、半分マッチポンプみたいな事件だ。
ついでに言うと、天道さんの義理の妹が関わる羽目になったのは、ラプラスの動きを監視していたリーミンが、天道さんへの勧誘を知りその妹に目を付けたという流れらしく、さらに半分ぐらいはこいつらが悪い。
「まぁ、件の話は気にしないでください。この通り俺も五体満足ですし、みな無事に帰ってこれましたから」
事件を主導したリーミンの幹部集は全員捕まって、違法探索そのた諸々の罪で御縄になった。頭目も捕まって、イージスが大陸に強制送還したらしい。そいつらも含め全員、記憶をいじくる魔法道具で頭がぱっぱらぱーだとか。秘密結社は怖いね。
末端は残っているらしいが、再起するだけの力は無い。一大勢力だったリーミンが消えたことで、横浜周辺ではそう言う集団の抗争が大きくなる可能性はあるが、それは警察が何とかするのだろう。何せ政府のおひざ元だ。
「そう言ってもらえるとありがたいが……ところで、どこかで会ったことがあるか?」
「あら、聞いていないの?」
「何をだ?」
「あなたを5階層で助けたの、彼よ」
「……あの時の……どこかで聞いた事のある声だと思ったが」
「そんなに特徴的ですかね?」
「そう言うわけでは無いんだが、死にかけていたしな。印象に残っている……すまない。兄妹そろって迷惑をかけたようだ」
「無法者が勝手にやってる話なんで、頭を下げてもらう必要はありませんよ」
本当に。自分が嫌な気持ちにならないためにやってるだけだ。
「それに、頭を下げてもらうより、ラプラスの活動に協力してもらえる方がありがたいです。俺に報酬も入りますしね」
ラプラスの売店には欲しいものが多すぎる。お金はいくらあっても困らない。
「……そちらにも言っているのだがな。俺はあまり役に立てないと思っている。蟻に食いちぎられた足も運よく繋げることは出来たが、それだけだ。無理やりつないだだけで神経が繋がらなかったから感覚が無い。骨が治れば支え代わりにして立つ、歩くくらいは出来るかも知れんが、迷宮の探索は無理だしな。客観的に見て、キミたちにメリットがあるとは思えない」
「後進の育成も立派な仕事よ。もともと、インストラクターとしてスカウトしたかったんだしね」
「モンスターハウスを踏んで再起不能になるインストラクターなんて、笑い種だろ」
「いや、あれを踏んで生還できるなら化物……」
「ん?」
「お気になさらず」
うっかり妹君が踏んで、二人で死にかけたのは黙っていると決めたのだ。時間は短かったが、スプリガンとやり合うよりヤバかった。
「地上でも出来ることはありますよ。本業で日本各地の迷宮に潜っていた経験は貴重です」
彼は独立するまで、自衛隊の迷宮探索部隊に参加していた。民間探索者とは比較にならないほどの期間と数、迷宮探索をしている。
「出回ってない情報の裏取りも含めて、協力してもらえると嬉しいわ。足の治療に必要な薬も融通出来るかもしれないし」
「上級回復薬の経口摂取で回復が見込めますからね」
「それはそれで、貸しが多くなりすぎて怖いな」
「いい事教えてあげましょう。貸してもらえるうちが花よ」
「……違いない」
そう言って天道はフッと笑う。
「……実はな、誘いを受けても良いと思っている」
「あら、渋ってたのにどういう風の吹き回しかしら?」
「この足じゃインストラクターは廃業。まともな就職先を探すのも難しいしな。それに……俺が寝ている間に、撥ねっかえりの
「義兄さんっ!」
振り返ると制服姿の少女が立っていた。目鼻立ちははっきりした、美少女と言って差し支えない容姿。髪は明るく肩まであり、チャームポイントは太めの眉毛。不満げにして居ても表情が柔らかく、迷宮の中とはだいぶ印象が違う。
「俺が寝ていたら、どうせ言っても聞かないだろう? 無茶をするにしても、大人の目の届く所でやれ」
「……無理も無茶もするかもだけど、無謀なのは止めとく」
「……はぁ。と、言うわけでな、そんなにというなら、妹も合わせて面倒をかけさせてもらおうかとな。それが条件だ」
「それくらいはお安い御用よ」
こんな安請け合いする秘密結社は初めて見たよ。
「沢渡くん……すまないが、妹を頼む」
「義兄さんっ!?」
「こんなだが、キミにはずいぶん感謝しているようでな。年も近い様だし、助けられた恩義もあるし、キミがお目付け役なら大人しくしているだろう」
「……俺に言われてもペーペーなんで」
……まぁ、美玖とは気が合いそうなんだけどな。あいつ、無理が通れば道理が引っ込むと思ってるようだし。
「……嫌なの?」
「そー言う話では無くて。……名前も知らない相手を頼まれても」
「あら?そうなの?」
「あの流れで、どこでご丁寧に自己紹介する機会があると?」
モンスターハウスを駆逐した後、彼女を送還して俺も脱出した。出口の先は違ったし、本庄さん達はその後も動いていたようだけど、俺はお役目御免だった。まさかこうして再開するとは思っていなかったというのが正直な感想だ。
「……沢渡久遠……さんよね?」
「……なんで俺の名前知ってんの?」
「てへ♪ 漏らしちゃった」
「てへ♪じゃねぇ!」
この秘密結社、個人情報の管理どうなってんだっ!ほんとに秘密結社の自覚あるのか!
「
「……天道キラリさん?」
「天道は義兄さんの名字。あたしの名前は、
「……はぁ。沢渡久遠だ。お手柔らかに頼む」
迷宮の攻略と断絶領域の解放を目指す秘密結社・ラプラス。
俺が最初に彼らとかかわった事件は、こうして四人の同胞を増やして静かに幕を閉じた。
……天道の妻を含めて、星海家が四姉妹だったことを俺が知るのは、それからしばらくしてのことだった。
………………。
…………。
……。
□S県・陸上自衛隊駐屯地・某所□
自衛隊が管理する迷宮の一つ。断絶領域と迷宮を調査するために建てられた大小さまざまな資材が並べ垂れた天幕の中を、迷彩服を着た隊員たちが慌ただしく行き来していた。
機材は24時間フル稼働であり、魔法道具の研究によって新たに開発された機器たちが、それまでの科学技術では捉える事の出来なかった迷宮の異変を外へと伝えていた。
「……ん~……ようやくかぁ。しかし、良くないねぇ」
自衛隊員には思えない痩身、中途半端に伸びた髪と無精ひげ。観測器から出力される複数のパルス信号を読み解きながら、白衣の男がぼさぼさの頭をかきながら眉を顰める。
「内圧が高すぎる。期間が延びても毎回爆発してちゃ、その内人が住む所が無くなっちゃうよ」
そう言ってため息をつくと傍らにあったノートパソコンを閉じ、近くの下士官に声をかける。
「僕は横浜に戻るよ。データはいつものように研究室に」
天幕を出た男は、夥しい数のセンサーが取り付けられた
非常事態宣言と共に迷宮の拡大警報が発令されたのは、それから三日後のことであった。
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これにて2章完結となります。お付き合いいただきありがとうございました。
続きそうな引きで終わっていますが、カクヨムコンもそろそろ終わるので3章以降は未定です。もともと息抜きのつもりの新作でだったので、ふらっとその内書くかもくらいのつもりでいます。
皆さんの応援があれば早めに日の目を見ることもあるかもしれません。
下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
断絶領域の解放者~沢渡久遠と不思議のダンジョン~ hearo @hearo
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