第27話

「離してよ!何考えてんの!?」


「うるせぇ!黙って魔物を撃て!」


 6階層に降り立った坂口は、つぶさに周囲を見回して魔物に向けて引き金を引いた。落としたのは蝙蝠。彼、彼女らにとって防御力の高い蟻が居なかったのは幸運だった。


「あいつらは何!?自爆ってどういう事よ!」


「偽善者の口車に乗せられてんじゃねぇよ。奴ら、迷宮の産物で人が不幸になるのを防ぐ、なんてのたまっちゃいるが、やってることは俺らと変わらねぇ。むしろ迷宮とその産物を独占しようとする糞だ」


 坂口は腰からライトを取り外すと、床を調べて罠を確かめ、すぐに歩き出す。


「幸い二人なら1回ぐらいは決行可能だ。いまさら怖気図いて変えるなんていわねえよな?」


「っ!」


「急ぐぞ。さすがに追っては来れねぇと思うが、なぜか待ち伏せされた。他にどんな隠し玉があるか分からねえ」


 そう言って進む坂口の後ろを、少女は唇をかみしめて、しかしその瞳は前だけを見て、追う。どの道引き返す手段は無いのだと、それすら自分で選んだのだと言い聞かせて。

 部屋から伸びる通路は二つ。近い方を選んで進む。


「……ほんとに大丈夫なんでしょうね?」


「うちのサービスは手厚かったろ? ソロじゃこの迷宮を10階まで行くのは難しいが、力を併せりゃ可能だ。まぁ、その分望むものが手に入る確率は下がるが、くりかえせばいい。誰が欲しいものが出ても恨みっこなし。その後も協力する。そう言う契約だよなぁ」


「そうだけど……」


「なら大人しく……っと、こいつはさすがに分が悪いな。戻るぞ」


 通路の先、隣の部屋には蟻が2匹待ち構えていた。

 甲殻が固い蟻をハンドガンで相手にするのは分が悪い。そう判断して、来た道を引き返す。何も全ての魔物を倒す必要は無い。環状になっている事が殆どな炭鉱なら、どっち周りでも出口は見つかる。

 坂口が先頭を歩いたのは、少女が居なくなると困るからだ。想定した手法で次元侍を倒すには、最低でも二人必要。もし彼女が襲われて行動不能や、最悪死んだ場合、失敗が確定してしまう。だから自分が多少危険でも前を歩く。これはそれくらいのリスクを取っても、達成しなければならない仕事だった。

 不幸にも彼は迷宮の探索になれていた。拡張カードを売りさばく中で、レクチャーと称して迷宮に入る。その機会を活かして探索し、魔物を倒しドロップ品を得る、そう仕事を数年こなしていた。


 だからいつものように通路から顔だけ出して部屋の中覗こうとして。


 ……振り下ろされた刀の、あっさり峰に頭を割られることになった。


 ………………。


 …………。


 ……。

 

□府中迷宮・炭鉱領域・6階層□


 顔を出した男に向けて、セラミックソードを峰を向けて振り下ろす。いい音がして、男が地面に倒れ伏す。

 ……死んじゃいないよな?


「ひゃっ!」


「おっと、申し訳ないんだけど大人しくして居てもらえるかな?主犯は縛り上げとかないと」


 倒れた男を通路から引っ張り出して踏みつけると、ぐぇっとカエルがつぶれたような呻き声をあげた。ついでに手持ちの拳銃を蹴っ飛ばしておこう。ナイフにも注意だな。


「な、なんなのよ!なんでここに!?」


「なんだかんだと……じゃなくて、なんだろうね?闇の救助隊とかかな?秘密結社だし。とりあえず、通路からは出た方が良いよ。後ろから何が来るか分からんし」


 倒れた男からデバイスを取り上げる。こいつが目的。これを持たせたままじゃ、追い返しても意味がない。


「キミ、天道ナニガシの妹なんだって?ほい、中身見てみると良い。真面目に5人で攻略するなら、必要な物があんだろう?」


 取り上げたデバイスを放り投げて渡す。デバイス一つに探索者5人。まともに生きて帰るつもりなら、必要なものが5つある。


「っ!?……なんで義兄さんの名前を……」


「俺が助けたらしいぞ。名前とか知らんし、5階で死にかけてたから送り返しただけだけどさ」


 さて、呻いているこいつは一応拘束しておこう。


「……脱出のスクロールが……一つしか……」


 デバイスの中を確認して、絞り出したように掠れた声でつぶやいた。


「……そんなもんでしょう」

 

 両手をダクトテープで縛り上げ、足も同じように縛る。ついでに口を封じて、出血している頭には救急箱に入っていた治療用シートを張っておく。患部に張るために髪を切っちゃったけど平気だろう。

 さて、脱出のスクロールでこいつを送還して、任務完了かな。班目がどうなったか知らんけど、彼女も送り返して脱出してイイは……ず?


「なんで逃げるっ!」


 顔を上げた瞬間、奥の通路に彼女が消えていくのが見えた。

 さらに仕事を増やすのかよ!


 慌てて追いかけると、進んだ先から銃声が響く。そりゃ魔物もいるだろうし、それより罠が怖い!落石トラップで死ぬくせにそんなにガンガン進むんじゃねぇよ!

 6階層に来てすぐ【罠可視化】の使っておいてよかった。どうやったか知らんが、こいつを俺のデバイスに転送していた班目にも感謝だ。


「危ないから迷宮の中では走らないっ!」


「来ないでっ!」


 ステータスの差は大きい。ちょっと遅れを取った程度ならすぐに巻き返せるけど……。次の部屋に飛び込むと、少女はこちらに銃口を向けていた。足元にはゴブリンが転がっている。


「どんな理由で、何が欲しいのかは知らんけど、そんな装備じゃこの先無理だ。大人しく諦めな」


 彼女の武器はハンドガン一丁。ヘルメットやスポーツ用プロテクターを身につけてはいるが、戦闘用の物でないため、ないよりマシ程度。銃で倒しづらい蟻すら脅威なのに、この先に進んでどうにかなる状況じゃない。

 無理やり制圧することも出来るだろうが、自分より年下の少女を殴り倒す気にはちょっとならない。強制送還はデバイスを渡してしまったし、こうもちゃんと銃口を向けられているとちょっと難しい。うっかり俺のデバイスに弾が当たったらアウトなんだ。


「余計なお世話よ!構わないで!」


「はいそうですかと頷けるなら、そもそもここに居ないからな。あれだろ、どうせ両親を取り戻すとか、アニキの怪我を治すとかそう言う話だろ?」


「っ!」


「俺もそうだし、非正規探索者なんて似たようなもんだからな。だからって無茶をして自分が死んだらどうする?未成年だろ?あと数年もすれば、正規の探索者を目指せる。それからでも遅くは……」


「……知った風な事を言うなっ!」


 俺の言葉は彼女の逆鱗に触れたのだろう。その瞳は怒りと憎しみに満ちている。


「義兄さんはもう戦えない!朱莉姉ぇは諦めた!凪咲はママも、パパも覚えていないっ!待った分だけ失われてく!いない事が当たり前になる!そうして顔も!声も!思い出せなくなっていく!」


 ……やめろ、その言い分は俺に効く。


「過ぎた時間の分だけ無くなる!あたしがやらなきゃ、もう届かない!」


 その慟哭は、迷宮に家族を奪われた全ての人たちの嘆きだ。かすかな希望だけを掲げられて、諦める事も出来ず、失い続けている者たちの叫びだ。


「だからって……分の悪い賭け過ぎるだろ。キミがもし迷宮で死んだら、残された人達は余計悲しむだけだぞ」


 そんな事は分かって居るはずだ。それでも止まれないから、俺も探索者としてここにいる。


「あたしたちはもう!皆とり残されたっ!」


「それは違うっ!」


 それでも俺は、彼女の嘆きを否定する。驚いた顔で、初めて俺と目が合った。


「俺達は全部取り返す!人も!時間も!誰かの命も!この糞みたいな迷宮にくれてやるものは何もない!」


「なっ!?」


 父さん、母さんを取り戻して、美玖の病が治せれば終わり? 違うよな。そうじゃないよな。それじゃあ足らないよな。

 ラプラスは断絶領域を消すと言ったが、それだけじゃ過ぎ去った時間だけマイナスだ。搾り取るだけ搾り取って利子まで奪い返さなきゃ、ゼロに戻すことすりゃ出来やしない。


「帰ろう。すべきはやけっぱちの足掻きじゃない。迷宮の攻略だけだ」


「っ!」


 俺の言葉に気圧されて、彼女が一歩後ろに下がり……あ、まずい。


「まって!その先は罠がっ!」


「え?」


 思わず飛び出したその瞬間、足元に転がるゴブリンに足を取られて尻もちをつく。


 その瞬間……部屋に魔物があふれた。


「きゃっ!?えええええええっ!?」


 一気に加速し、走る速度そのままに彼女を抱き上げると、そのまま目の前の蟻の頭を踏みつけて飛ぶ。


「悲鳴を上げてる暇はないだろっ!」


 モンスターハウス!蜘蛛に蟻に蝙蝠にゴブリン!全部合わせて20匹以上、ちょっと相手にしてらんない!


「ひゃう!?ありえないんだけど!」


「全部片付いたらハリウッドでアクションスターでも目指すかな!」


 アクション映画もびっくりな動きで彼女を抱え上げ、ついでに目の前のゴブリンを蹴り飛ばす。それで魔物は吹き飛んで行くが、同時に外野から杭とツルハシが飛んでくる。

 いかん、とてもじゃないかデバイスを操作している余裕が無い。ついでに両手がふさがってる。飛ぶために足も抱え上げた所為で御姫様抱っこモドキだ。そして抱えなおす余裕がない!


「俺のデバイス!起動して!」


「どうすれば!」


「班目がいいモノくれたから!」


「班目って誰よ!」


 イラつく笑顔のイケメンだ! って説明になってねぇな。

 あいつが俺のデバイスに転送していたのは、【罠可視化】、【衝撃】、【解呪】の3つ。解呪は保険だから、使うべきは衝撃のスクロール!脱出?残された方が死ぬだろ!

 

「衝撃のスクロール!使用者の周囲に衝撃波を起こすやつ!スプリガンをぶっ飛ばすくらいの威力がある!」


「味方事吹き飛ばすやつじゃない!」


「ご存知で!」


 パーティーメンバーが巻き込まれることは検証済みなんだよね!起動者以外が対象なら、彼女を抱えてる俺はどうなる。……考えたくないっ。


「それなら貴方が!」


「両手が塞がってる。置いたら君が餌食だろ!」


 それにその装備とレベルじゃ、スクロールに巻き込まれたら命が危ない。

 飛び掛かって来る蝙蝠と蜘蛛の糸を避け、近くの一匹を蹴っ飛ばす。通路に向かえない!息が上がるっ!止まったらあっという間にボロ雑巾!長く避け続けるのは無理!


「俺のローブは特性だ!運が良ければ大丈夫!でも不安だから出来るだけくっ付いて!」


 50センチ以内とかだったら対象にならんかもしれん!


「吹き飛んで行ったらセクハラで訴えてやるからっ!」


「逆だろう!」


 彼女の手が首の回され、身体が密着する。プロテクターとフェイスガード越し、息も音も交わることは無いけれど、それでもちょっとドキドキするのは、群がる魔物の所為かなっ!?


「行くわよ!3、2、1!」


 まさかピンチで2回連続こいつのお世話になるとはねっ!


「起動!」


 その瞬間、青白い膜が二人の周囲を覆い、空間が揺らめく。

 歪んだ光が空間を伝わり、魔物たちが押しつぶされていく。

 過敏になった感覚は時間を引き延ばすが、その効果は一瞬である。


 うっかりミスで発生した魔物たちは、一分と経たず多量の肉塊に変わったのだった。


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明日で2章完結、22時に一話更新予定です。応援よろしくお願いします。


下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。


俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~

https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225


アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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