第26話

 斑目の呼びかけに対して返ってきたのは、乾いた銃声と弾丸だった。

 立て続けに三発。しかしそれが届くことはない。


「見えていない相手に拳銃なんて無意味ですよ?」


 嫌味ったらしい斑目のセリフが続く。

 中継機らしい端末の効果半径は50メートルほど。つまり相手はまだ80メートルとか先にいるわけで、一般的なハンドガンでは当たる距離ではない。何より、通路から通る射線上に陣取ってはいない。


 その後も何発か銃声が響くが、無駄弾だと気づいたのだろう。遠くから足音が聞こえて来る。これは……壁の端末が音を拾っているのか。

 部屋の入り口手前に差し掛かったところで、一団が驚きの呻き声を漏らすのが聞こえた。かなり感度のいいマイクらしいが、音量の自動調節機能もついてる?


「皆様お初にお目にかかります」


 斑目はバリケードから姿を見せて、そう言って頭を下げた。


「じゃあさよならだ」


「坂口さん!?」


 男の名前が呼ばれるが、そいつは気にせず銃口を向け、引き金を引いた。

 響いた銃声は三発。けれどそれが斑目を捉えることはない。


 銃口が向くのと同時に、斑目の正面には青白く光る障壁が発生していた。


「いきなり撃ってくるとは物騒ですね」


 余裕の笑みを浮かべる斑目に、男は舌打ちをする。アマチュアだな。サイトを使っていない片手撃ちだ。障壁を使わなくても、その距離でその撃ち方じゃ当たりゃしないぞ。


「おい!ありゃ敵だ!お前らも撃て!」


 発破をかけるが、他のメンバーの動きは思いの外悪い。おそらく人を相手にするなどとは思っていなかったのだろう。


 放り出されたタブレットで、今のうちに相手を確認しておこう。男が4、女が1、二番手の男が坂口で……先頭には盾を持った壮年の男。坂口の後ろは、中年っぽい男二人で、間に女が1。女が来ているのは学生服か? 彼女が天道さんの妹だろうか。


「無駄ですよ。この障壁はしばらく消えません。そもそも、その位置からでも拳銃の射程としては遠い。そんな事より……もしかして、リ・ユーエンですか?確か坂口亮介と名乗っていたと思いますが」


「っ!」


「リーミン幹部の一人が探索者の真似事をするなんて、よっぽど追い詰められていたんですかね?」


「黙れ!」


「違法探索者の皆さんも、そんなの信用しない方が良いですよ。次元侍を倒す方法があるとか言われたんじゃないですか? それとも、あいつの斬撃を防ぐ防具を手に入れた、とかですかね? よく考えてください。そんな物あったら皆さんを誘うメリット何て無いんですよ。止めときましょう。どうせ自爆ですよ。おとりに爆弾持たせて、斬られたところをボンッです」


「っ!」


 坂口を取り巻く者たちが顔を見合わせた。


「藁にも縋る思いだったのか、それとも金回りが悪くて首が締まったのかは知りませんが、デバイスを人数分用意できないような組織の口車に乗るのは止めた方が良いですね。忘れて地上で普段の生活に戻るなり、正規の探索者になるなり、他の道を進むことをお勧めしますよ」


「黙れ偽善者どもが!犯罪結社が正義の味方にでもなったつもりか!おい、撃てっ!引くわけにはいかないんだろ!」


「っ……どいてくれ!俺にはもう、この方法しか無いんだ!」


 坂口の言葉で、他のメンバーもこちらに銃口を向けた。


「戦う気ですか?まぁ、私たちくらい抜けないようじゃ、この先も厳しい戦いだとは思いますが……」


 班目の台詞が響く中、銃声が轟いた。しかし展開された障壁を打ち崩すことが出来ない。戦のスクロールの並品、【障壁のスクロール】だっけか。アレはスプリガンの打撃も防ぐ。拳銃じゃ話にならん。


「回り込んで仕留め……」


「こっちから撃ち返すことも出来ますが?」


 班目の発砲で地面に火花が散る。


「こけおどしだ!どうせ奴ら直接は撃てやしねぇ、行け、根性見せろっ!」


 焚きつけられた戦闘の男が飛び出した。

 障壁の脇に回り込むつもりらしい。それに続いて他の物たちも動く。


「もう一人いんだぞ!警戒しろよ!」


 こっちの事は忘れてもらってもいいのに。

 

「威嚇射撃で足を止めてください。走り抜けられない様に。デバイス持ち以外は隙があれば強制送還で問題ありません」


「難しい注文だな」


 しかし、全く説得に応じる事無く先頭に突入かよ。

 ビビってる猶予は無いな。足元を狙って……引き金を引く。


「ひっ!?」


 こちらに向かっていた男の足が止まる。必要なのは狙われてると思わせること。弾が地面に当たれば火花が散る。目の前でそれが起これば、例え愚策だと分かって居ても慣れない者は足を止める。


「こいつっ!」


 隠れているバリケードに向けて射撃が集中する。ちょっと防御力が不安なんだが……駆け抜けるか。

 盾を構えてバリケードを飛び出す。軍用の強化カーボンシールドやプロテクターなら一般的な拳銃弾は受けきれる。後は度胸!


「足立さん!弾がっ!」


「ちっ!囲め!レベル差は大した事ねぇ!正義の味方はこっちを殺すつもりはねぇよ」


 弾切れを起こしたのだろう、二人の男が突っ込んでくる。こっちには男二人、向こうは3人。これ、レベルの高い俺が二人を制圧して助けなじゃいけない奴か。


「どけっ!俺たちの邪魔をするな!」


「そう言うわけでは行かないよね」


 拳銃を持った相手に突っ込んで来るとはガンギマリだな。射殺するわけにもいかないから、ホルスターに銃をしまって警棒を抜く。


「うぉぉぉーーーーーっ!」


「気合は認めるが、それは筋が悪い」


 突っ込んで来る男に向けて地面に向けて傾けた盾を押しだす。シールドバッシュと呼ばれる技術。それを斜めに行うことで、男がうめき声を上げながら地面に倒れる。


「しばらく寝てろ」


「ぐえっ!?」


 背中を踏みつけて加速。予想していなかったもう一人が慌てて銃を構えるが、その選択をするには近づき過ぎだ。


「ひっ!?」


 すくい上げた警棒が拳銃をはじき、パンッと銃声がして男が明後日の方向を向いた銃口が火を噴く。電撃警棒スタンスティックのトリガーを引いたまま首筋に当てて雷撃。痛みに男の身体がはねる。


「危ないものは捨ててもらおうかっ」


 そのまま腕を取って捻り上げ、拳銃を手放させると同時に蹴り。起き上がろうとしていた男に突っ込ませる。周りは?

 驚いた表情を浮かべた少女と目が合った。坂口と呼ばれた男は反応できてない。


 電撃警棒スタンスティックを捨てて迷宮端末メイズデバイスを手に取り、選択済みの【脱出のスクロール】を起動。


「次があったら、もう少しましな装備で来るんだな」


 スクロールが発動して、一人が強制送還される。


「こんなところでっ!」


 倒れた男が出口に向けて走り出す。ああもう、その装備で進んだって死ぬだけだってのに!


「迷宮に挑むにゃ運動不足だよ」


 前を走る男に飛びついて、うつぶせに押し倒す。こっちはレベル10だ。力比べにゃ負けないぜ。


「分の悪い賭けは止めときな」


 脱出のスクロールを選択、機動、ターゲットを選んで……発動!


「沢渡さん、避けて!」


 班目の声に反応して咄嗟に飛ぶ。男が転送されたその場所に火花が散った。


「ちっ、!役にも立たねぇ!走れ!」


 坂口たちが走り出す。班目は……先頭だった壮年の男を羽交い絞めにして、スクロールを起動するのが見えた。後二人!

 でも班目は躱されて、出口までは一直線だ。転がってる場合じゃないな。


「てめぇらは動くんじゃねぇ!こいつを殺すぞ!」


「はっ?」


「え?」


 その瞬間、坂口と呼ばれた男は一緒にいた少女を人質に取るという暴挙に出た。待て待て、おかしいだろ!


「さか……ぐちさん?」


「おめぇは黙ってろ。偽善者どもはこうされりゃ手も出せないだろっ!」


 馬鹿な真似を……と言いたいがその通りだ。追い詰められたヤクザモドキがどう動くかなんて俺には判らんが……。くそ、あのままだと出口に行かれるぞ。


「……タイミングが最悪ですね。次が来ました」


 迷宮端末メイズデバイスが点滅している。時間差で次のグループがこの階層に到着したらしい。


「ちっ!誰か来やがったか……面倒だが、おっと、動くんじゃねぇ!」


 バリケードに飛び込むと同時に銃声が響く。撃たれても平気かも知れないけど、だからと言って撃たれたくはない。


「アニキ!?どうして同じ階に!?」


「この声、足立かぁ!クソ共の待ち伏せだ。こっちは3人やられた!手ぇ貸せ!」


「まずいですね。挟み撃ちですよ」


「打開策は!?」


「あなた毎吹き飛ばすで避ければ」


「却下!」


 なんのスクロールかは知らんが死人が出るぞ。


「では多い方の一団を処理してください。障壁を張るので後ろは任せて」


「ボーナスを期待すんぞっ!」


 足音の聞こえる入り口に向かって走る。背後から銃声が響くが、バリケードと障壁に阻まれてこちらに弾丸は届かない。

 【脱出のスクロール】起動。ターゲットは……。


「へ?ぐぇ!」


 先頭で飛び出してきた奴をシールドで殴り倒す。こいつがデバイス持ち。なので狙いはその後ろ。


「うわっ!?」


 効果が発動して少年が送還されていく。残り4人。


「気ぃつけろ!送還されるぞ!」


「こいつっ!」


 こいつらも拳銃持ちかよ。

 バックステップで入り口の影からバリケードの影へ。モーションセンスが欲しいな……見ないでデバイスを操作できるほど器用じゃない。

 坂口は……くそ、入り口に向かってる。班目が、あんまり足止めになってねぇぞ。


「てめぇ!よくもやってくれたな!」


 ぶっ倒した奴も起きて来るし、さんざんだ。【脱出のスクロール】起動。

 バリケードを飛び出すと同時に銃声が響く。こえぇ!撃たれるの何て講習以来だぞ!


「こいつ、妙に早っ!?」


「なめんなっ!」


 地面に落としていた警棒をすくい上げる様に拾って投擲。狙った男が身をかがめ、他のやつらもそれを視線で追う。そう言うのはダメな動きらしいぞ? 探索者の講習で叩きこまれた。同じ状況でも相手から目をそらさぬよう、銃で撃たれたり矢で射られたりもした。正規教育は伊達じゃねぇ。

 こっちに銃撃してきたのは二人。残り二人は戸惑っている。


「やくざの口車に乗んじゃねぇ!てめぇら魔物のおとりで自爆させられるだけだぞ!」


 叫ぶ。それだけで相手の動きが悪くなる。

 高速で走ってくる奴が居れば身構えるよな! 動きが早けりゃなおのこと!


「ぐぇ!」


「な、うわっ!?」


 顔を上げたデバイス持ちの顔面に蹴り。銃撃して来たもう一人に腕を絡め、力任せに引き倒す。飛び掛かって来る二人盾を叩きつけ、倒れた男に向けてスクロール発動。銃口がこちらを向く直前で男が消える。ギリギリっ!

 蹴飛ばした男の拳銃を蹴っ飛ばして、これでクリア! 首根っこを踏みつけて、残る二人に銃口を向ければ制圧完了。


「足立ぃ!失敗して戻ってきたらぶっ殺すからな!」


 って、出口に向かわれてるじゃん!

 坂口と呼ばれた男が出口に向かって走る。ここからじゃ間に合わないのに、班目は何してっ!?


「準備完了です。坂口のデバイスとリンクさせました。追ってください」


「はぁ!?」


 リンクさせたって……パーティーを組んだって事か!

 何も知らない坂口が出口へと消えていく。


「ついでに、勝手にスクロールをいくつかトレードさせていただきました。【罠可視化】も入れてあります。使ってください」


 許可してないのに!


「自分で行けばいいモノを!」


「レベルの高いあなたの方が確実でしょう。天道さんの義妹を助けて、彼が快く我々に協力してくれるよう恩を売ってください」


 こいつ……もしかしてそれを狙って俺を連れ込んだ?先に連絡を確認していたし、侵入者一覧を見た時直後、坂口たちのチームを優先設定にしたのはこいつだ。


「がぁっ!」


「うわっちょ!?」


 気をそらした瞬間、踏みつけていた男がナイフを抜いて振り回す。咄嗟に足を離して距離を取ってしまった。叩きのめされても戦意を喪失してないとは、根性あるな。


「げほっ!おまえらぼっと見てんな!」


 あっけに取られていた男たちが、足立と呼ばれた男の怒声で再起動する。


「選手交代ですよ、行ってください。近くに居られると、スクロールは使いづらいです」


「なら一人でくりゃ良かっただろうにっ!」


 盾を構えた班目とすれ違い、出口に走る。

 帰ったら絶対クレームつけてやるから、覚悟しとけよ!


 閃光が瞬くのを背に、白い出口に飛び込んだ。


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分かりにくい斑目のお仕事は


⒈自分たちのデバイスと坂口、足立のデバイスのリンク(パーティーの形成

2.久遠→斑目のデバイスへ脱出のスクロール1つ移動

3.斑目→久遠のデバイスへ罠可視化・衝撃・解呪のスクロールの移動


を、画面を見ず覚えた収納欄の位置とレスポンスを頼りにモーションセンスだけで坂口を牽制しながら実行、です。器用。


明日は22時に一話更新予定です。応援よろしくお願いします。


下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。


俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~

https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225


アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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