第25話

□府中迷宮・5階層・炭鉱領域・交差点クロスポイント


 5階層、交差点クロスポイントはいつも通り静かだった。入った部屋にいた魔物を即座に殲滅する。蟻の処理も慣れたもの、俺が触覚と足を切り捨てて、班目が頭落とすまでに10秒ほどしかかからない。


「他の探索者がいると誘引がうまく行かない可能性があります。急ぎましょう」


 一部屋目は魔物が居たので探索した形跡がない。班目の指示に従って、リュックで持ち込んだマーカーを罠がある所に置いていく。

 二つ目に部屋には戦闘の痕跡が残されていた。分岐があるので、おそらく環状構造になっていると思われる。三つ目の部屋には出口があって魔物が居る。戻って四つ目の部屋に行くとまた魔物の残骸。五つ目の部屋に近づいたところでアラートが鳴った。


「3人組の正規探索者ですね。一人名前に見覚えがあります」


「どうするんだ?」


「もちろん、さっさと先に進んでもらうか、強制退去をお願いすることになりますね」


 班目はそう言うと気にせずに進む。

 部屋に近づくと、奥の通路際に探索者たちの姿を捕らえた。魔物は撃退済みらしい。


「あ~、田中さん始めとする三名の方々、聞こえておられますか?」


 声質が……違う?ボイスチェンジャーを使っているのか?


「……何者だっ!」


「名乗ることはできません。交差点の独自調査の為、この階層からの退去を願います。そのまま通路を進んで6階層に向かってください。出なければ脱出のスクロールで強制退去いただきます」


 そう言うと探索者の男たちが顔を見合わせる。


「……違法探索者の命令を受けるいわれはないが?」


 帰ってきた言葉に班目は頷くと、天井に向けていきなり銃を引いた。乾いた音がして、男たちが一瞬振るえる。


「こちらもハンドガンと防弾プロテクター程度では武装しています。2名で長く滞在している我々の方がレベルも高い。報告するだけでも加点が得られるのに、やり合うメリットは無いと思いますが?」


 男たちは舌打ちをして、そのまま通路の奥へと進んでいった。

 違法探索者の捕縛は褒章の対象だが、拳銃を有している相手に立ち向かい程のメリットは無い。たとえそれより強い武器を持っていてもだ。そもそも捕縛であって、殺害してしまった場合は罪に問われる可能性もある。また違法探索者側も、魔物より強い人間をこの程度の階層で襲うメリットは少ないため、襲われたという証言をしても信ぴょう性が薄くなる。


「……レベルは高いは置いといて、探索期間は長くはいないが?」


「定型ブラフですよ。3人が範囲外から消えましたね。マーカーを設置しますよ」


 脱出のスクロールの提供が受けられない違法探索者は、各層でギリギリまで粘って魔物を倒すのがセオリーであり、レベルが高い事が多い。これは探索者になる前の講習で教わる話だ。だから捕縛は義務づけられては居ない。警告射撃で弾を無駄にはしたが、とりあえず戦闘は回避できた。


「さて、これで探索は完了ですね」


 ぐるっと全ての部屋を回り終えて、出口の部屋に戻る。床にはゴブリンの亡骸が転がっていて、先ほどの探索者が倒して進んだことがうかがえる。


「さて、部屋を拡張して準備を開始しましょう」


 そう言うと班目は胸ポケットから小さな手帳を取り出した。


「それは?」


「コンパクトノート……魔導書ですね。持ち歩けるスクロールは3枚だけですが、小さくていいでしょう?」


 魔導書はスクロールを持ち運ぶための魔法道具だ。これが見つかるまで、スクロールはその場で使うしか選択肢が無かった。普通の魔導書はB6版くらいの大きさだが、班目の持つのは文庫本よりさらに小さい。


「さて【部屋拡張】っと」


 魔法陣の様なエフェクトが足元に発生し、スクロールが発動。音を立てながら壁が広がり、出口のある部屋の広さが学校の教室から体育館くらいに広がる。


「これで最大人数です。増えたトラップにマーキングしてきますから、沢渡さんはこれを」


 そう言ってデバイスを操作し、出てきたのは大きな金属の板。20枚以上あり、折りたたまれているように見える。


「広げると幅2メートル高さ1.5メートルほどのになる簡易防壁……バリケードです。全部で20枚ありますので広げておいてください。見た目に反して軽いですが、10メートルも離れれば拳銃弾は防げます」


「相手がアサルトライフルだった場合は?」


「そのために20枚もあるんですよ」


 つまりハチの巣になると。

 班目に言われた通り組み立てにかかる。なるほど、シンプルな構想な上、軽くて扱いやすい。ステータスが高いからなおさらだな。


 マーカーを設置後、部屋の中でばらける様にバリケードを配置。この部屋は出口以外に通路が二つあるから、どっちから来るか分からないのが難点だな。


「次です。通路の壁にこれを貼り付けます」


「それは?」


「デバイスのリンク範囲拡張機ですね。この部屋の端から端までですら迷宮端末メイズデバイスの20メートルから外れます。入り口の壁に張れば、そこを中心に範囲を50メートルまで拡大できます。警察が探知に使っている一品ですよ」


「なんでそんなもんが」


「迷宮で優品として落ちますよ。バッテリー式なので雑貨ですが」


 雑貨の中にも有用なものがあるのか。

 

「我々はこれを」


「ヘッドホン?」


「骨伝導のマイク付き通信イヤホンです。沢渡さんはそちらに。仮面も付けたほうが良いですね」


「そうだった」


 ヘルメットを外し、鉢巻モドキを巻きなおす。幅は5センチ強、目の所に穴が開いていて、全体は青く長めである。一体どういうアイテムなのか。


「似合ってますよ。亀のヒーローみたいで」


「それかっ!」


 やっぱりコスプレアイテムじゃねぇか。

 イヤホンは鉄帽には干渉しないか。……これで良し。


「聞こえていますか?」


「ああ、声はクリアだ」


「良さそうですね。では、次のびっくりどっきりメカはこれです」


 そう言って班目がリュックから取り出したのは小型のマルチコプター。いわゆるドローンだ。


「魔石を動力源になるよう改良されたもので、小さな赤い魔石でも小1時間ほど飛び続けられます。我々が移動したことで各部屋のルートは登録されているので、後は自動で周回してもらいましょう。これで来た者たちを素早く発見できます」


 3機ドローンたちが設定されたルートに向かって飛び立っていく。その様子を見るのは手元のタブレットだ。ケーブルで接続された先には魔石の埋め込まれた機械が見える。これも魔石で動くように改造されたバッテリーだろう。迷宮内ならエネルギーの補給がしやすくて便利そうだ。


「【邂逅】の効果は発揮しているのか?」


「既に起動済みです」


 魔法道具らしいが、いつの間に動かしたのだろう。それがどんなものだか分かって居ないのだが、やはり秘匿されているのだろうか。ラプラスが言った通りの組織なら、非正規探索者になったばかりの俺に見せたくはないだろうが、興味はある。

 班目に聞いてみると『その内お見せしますよ』とはぐらかされた。


「さて……迷宮に一団が侵入してから2時間と28分。急いで探索しているならそろそろでしょうか」


「うまく行くのか?ほんとに急ぎで探索してるかもわからないのに」


「推測ですが、8割はあっいると予測していますよ。そもそも、迷宮端末メイズデバイスが6台しかないので持ち込めた物品は少ないはずです。彼らには持ち物を非物質化をして大量にデバイスに登録する手立ては無いでしょう。迷宮内でちまちま集めた物品以外は自力で持ち込むしかない。経験の足らない非探索者が大量の補給を抱えながら、ゆっくり各階層を探索するとは思えません。集中力が切れて途中で瓦解するのがオチです。それは頭目も分かって居るでしょう」


「戦わなくていい魔物は避けて、俺達のように急いで階を進むか」


「はい。それに……この救出作戦は想定されている可能性が高いです。我々がそういうことを出来ることくらいは、向こうにもバレていますから」


「秘密結社が人命救助に来ると予測してると?」


「どこもそう言う組織ですからね。関東でも年に一つくらいはやらかした下請け組織やグループを潰してますが、我々は偽善者だそうですよ」


「抗争が激しすぎる」


「別にラプラスが全部相手にしているわけでは無いですよ。迷宮の中の事を受け持つことは多いですが、我々はあくまで探索がメイン。地上の事はそれを受け持つ組織がまた別にあります」


「イージスだっけ?」


「そうです。他にもありますが、イージスが最も武闘派ですね。彼らは迷宮の産物で罪なき人々が傷つくのを嫌います。魔道具は勿論、これまではびこっていた薬や武器などもですね。暴力を嫌い、それを駆逐するために暴力を振るう事を選んだ、きわめてらしい秘密結社と言えます」


「関わり合いたくないな」


「そうです?沢渡さんならスカウトされたと思いますよ」


「なんでだ?」


「地上でレベル10の武力なんて貴重じゃないですか。自分たちの戦力になり、監視も出来る。一石二鳥です」


「上で喧嘩する気は無いんだよ」


「では、やはりラプラスがお勧めですね」


 まぁ、そう思ったからここまで付いてきたわけだが……なんとなくこいつに言われると腑に落ちない。


「……おっと、釣れましたよ!」


 タブレットに目を落とすと、軽装の一団が周囲を警戒しているのが見えた。人数は5人。動きは……あまり良くないな。正規の訓練を受けていない気がする。


「1番指定した一団ですね。しかし装備が貧弱だ。スポーツ用プロテクターと工事用ヘルメット?ないよりはマシ、と言った感じででしょうか」


「ドローン、気づかれないのか?」


「暗い天井付近に居るので、目では見えないと思いますよ。ただ、風きり音はしているでしょう。それに違和感を持たないならアマチュアです。動き出しましたね。我々も位置を変えましょう。私が合図しますから、沢渡さんはそちらに」


 班目の指示に従ってバリケードの影に身を隠す。周囲への警戒は緩めない。あくまで手伝いだし、あいつらを全面的に信用できるわけでもない。だが、迷宮で人が死ぬのを見過ごすつもりもない。出来ることをするだけだ。

 デバイスは即座に【脱出のスクロール】を起動できるように準備。班目が言うほどではないが、自分でも相手でも一人だが数秒で送還できる。


「来ますよ。基本は私が対応します。私を無視して出口に走る輩がいたら制圧をお願いしますね」


「……了解だ」


 そうか……救助対象が大人しく従わないとしたら、攻撃してこずとも突破して先に進もうとするかもしれないのか。10階層までに交差点はもうないし、ここで捕まえらえなければ追いかけるのは困難になる。部屋が広いから、避けて駆け抜けることも可能。

 ……あれ?この部屋を拡大したのって失敗じゃないか? 安全だけど、逃げられる可能性は上がってないか?


 迷宮端末メイズデバイスが振るえたのは、その考えに至ったタイミングだった。


「……違法探索者の皆さん!残念ですがあなた方の装備で階層主は倒せません!武装を解除して投降してください!」


 理由を聞く前に、壁に取り付けられた端末のスピーカーから、班目の投降勧告が響いたのだった。


---------------------------------------------------------------------------------------------

明日は20時に一話更新予定です。応援よろしくお願いします。


下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。


俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~

https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225


アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212



 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る