第35話
□府中迷宮・1階層□
そんな理由で府中迷宮。すでに何度か潜って勝手知ったる第一階層、古代遺跡領域である。
「ここの敵はゴブリン……餓鬼に藁人形にスケルトン。それにモノスと呼ばれている身長70センチほどの猿人ですね。スケルトンは至近距離で頭か腰の仙骨を狙う必要がありますから、星海さんだけで対処するなら、落ち着いて戦う必要がありますね。藁人形には銃はほぼ効きませんが、力は弱いし動きも遅いので、講習通りに殴れば対処できるでしょう」
「はい!」
星海さんはまともな迷宮攻略が初めてなので、班目が説明役を行ってくれている。
「罠は致命的なものはありません。深さ10センチほど、片足サイズの落とし穴と、石畳の隙間から泥水が噴き出してくることがあるくらいです。よく見ると色が違ったり、周りから浮いて不自然なことが分かります。この部屋だとあそこですね」
班目が指さし先の床に目を凝らすと、確かにそこだけ違和感がある。他と違って草が生えていないし、床石の半分が黒く汚れていてひっくり返したようだ。しかし、離れてぐるりと見まわして瞬時に分かるほどの違和感では無いぞ?
「……良く見つけられるな」
「はい。今回は時間があったので罠師のゴーグルを借りてきましたからね」
詳しく聞くと、迷宮内の罠が光って見えるようになる装備らしい。以前に班目が使った【罠可視化】のスクロールのアイテム版だ。
「便利ですね」
「全ての支部にあるわけじゃないですし、お高いんですよ」
「急ぐわけでもないのにずいぶんと入念な準備だな」
「上の方から勧められましてね。期待の表れですよ。新人には早く迷宮に慣れて、深く、深く潜ってもらえるようになってほしいとね」
……政府は民間探索者が深層に挑むことは推奨していないので、こういうところは非合法組織だな。
「さて、探索を始めましょう。石壁がある所や木々が生い茂っている所が部屋の壁、開けているところが通路ですね。ここは常時昼のエリアなので見通しが良いですが、実は通路の先までは見えていません。注意してください」
「見えていない?」
「大体10メートルくらいだっけ。それより先に魔物が居てもだんだんぼやけて、さらに離れると見えなくなるんだよ」
「ええ。あっちの通路からは実は隣の部屋も見えていませんね。違和感ないでしょう?おそらくは空間がねじ曲がっている所為と言われていますね」
「それじゃあ通路はいきなり襲われるじゃない」
「民間探索者が出入りしてる10層前後じゃ、通路では目と鼻の先に来るまで相手も気づかないらしい。むしろ不意打ち出来る」
「はい、その通りです。まあ、動きが早い魔物がまったく居ないわけでも無いですから、注意するに越したことはありません。そんな分けで、通路に注意しながら部屋ドロップを探しましょう」
今居る部屋は学校の教室ほどの標準的な広場だ。すぐに一つ目のドロップ品を見つける。
「不思議な感じね。離れていると見えないのに、少し近づくと木箱が落ちてる」
「ああ、謎だよなぁ。しかも階層によって見た目が違うし、明らかに入らないサイズの物も出て来る」
「それも空間がおかしくなっていると言われていますよ。府中迷宮の3階までは木箱、4回以降の坑道では淡い光を放つ鉱石、7階からの学校領域だとスクールタイプのボストンバックですね」
「どうせ手には取れないから、気にする必要ないさ」
触れると解凍される。非物質のまま回収するには、
「ほしう……
「うん。……あ、吸い込まれた!」
「デバイスを確認してください。アイテムリストに一つ追加されているはずですが、なんと出ていますか」
「えっと……近接武器です!」
「あ~……」
それを聞いて、思わず声が出る。星海さんには聞こえなかったようだが、班目は目ざとく気づいて首を傾げた。
「初手では運が良いと思いますが……どうしたんです」
「このところ、優品で市販鋼材の十手ばかり引いていてな。近接武器にあまりいい思い出が無い」
こちらの話を小声で返す。こればかりは運だからな。
「なるほど。……アイテムには品質によって5段階に分けられることが分かって居ます。優品だと、魔法的な特性を持つ場合もあるのですが、沢渡君が言っているのは、高級鋼材……工業製品として現代技術で作られた武器ですね。十手は鈍器扱いですが、攻撃力が低いので人気がなく、安いです」
「これを鑑定すれば、開けなくてもどんなものか分かるんですよね」
「はい。そうですね。一応、鑑定に回しましょう。2時間ほどで品質が分かります。並品なら新品同等なので、物によっては実用価値がありますよ」
「劣品は中古なんだっけか?」
「そう言う物もあります。武器や防具の劣品は、見た目が良くても耐久力が低い場合があるので、使わないほうが良いです」
「武器だと、釘バットとか出るんだよな」
「……いつの時代のヤンキーよ。でもそれ、武器としてはちょっと強そうじゃない?」
「釘が刺さってる分、脆いんじゃないかな。レベルが上がると、普通の人より強い力で振り回すし」
「あ、そっか。……私もレベルが上がれば、日本刀とか軽々振り回せるのよね」
「それはもう少し先かな。ちゃんと正規探索者の試験は合格しないと」
違法探索者になるにも正規探索者の試験突破が必要ってのはおかしな話だが、安全を考えると意外と理にかなってるんだよな。
「さて、次に行きましょう。もう一つくらい、ドロップがあるかも知れません」
班目に促されて、部屋の探索を再開する。
とは言え、広さはさほどない。ほどなく2つめのドロップ品が見つかり、【雑貨】であることが分かる。
「普段なら解凍ですが、今回はとりあえず確保ですね」
今回の探索では、回収できるだけ回収し、デバイスに入らなくなってから選別する予定だ。
「鑑定に回しますか?」
「……そうですね。星海さんの滞在時間は、6時間ちょっとだと思います。後から鑑定しても迷宮に居る間に終わるか分かりませんから、積極的に鑑定しましょうか」
「わかりました。設定しておきますね」
持ち出すだけなら解凍してしまってもいいのだろうけど、かさばる物だったら面倒だしなぁ。
ニコニコとデバイスを操作する星海さんを見つつ、ふと気になった事が口から洩れた。
「……なんで班目には敬語なん?」
しかも妙に訛ってしまった。
それを聞いた二人は、顔を合わせてニヤニヤと笑い……。
「ふふん、年上の人には敬語なのは普通でしょ~」
「まぁ、そう言う事が気になる年頃ですよね」
……いらん事聞いたな。久々にパーティーで気が抜けてる。
「……次の部屋に急ごう。遊びに来てるわけじゃないんだ」
ニヤケる二人を背に、次の部屋に進む。いちおうちゃんとついて来ているようだ。
二部屋目も同じような構造なのはいつもの事。ただ、部屋の外からでも魔物の姿が確認できた。
「ゴブリンとモノスですね。日本での正式名称は餓鬼と猿人ですが、まぁこっちは学名みたいなモノで、見た目通りに呼んでおけば他の探索者には伝わります」
「説明どうも。どうする?」
「スキルを試しましょう。まだ使っていなかったですよね」
「ああ、そうだな」
デバイスを取り出してスクロールを選択する。おっと、状態不変化の腕輪は外しておかないと。
班目が先にスクロールを起動すると、足元に円陣が発生して淡い光のエフェクトが舞う。スキルのスクロールを使うのは初めてだが、こんな感じに見えるのか。
こちらも起動すると、一瞬、心臓が脈打った。それと同時に、身体の芯の方に力が宿るのを感じる。不思議な感じだ。レベルアップの時はちょっと体が動くようになるだけなのだが、こっちは違和感が凄い。
「スキルはスクロールを使えば使い方がわかります。さて、魔物は二匹いるようなので、使ってみましょう。私が先制してモノスの方を狙いますから、沢渡君はゴブリンを狙ってください」
「ああ」
班目の言う通り、使い方は分かる。身体の中を巡る血の流れ。そこからエネルギーを少しだけくみ取って、身体の外に放出する感じか。うん、大丈夫、いけそうだ。
「外した場合に接近戦の用意はしてくださいね。それじゃあ、行きますよ」
班目が通路と部屋の境界に立ち、モノスに向けて腕を伸ばす。
パチンッ!と指をはじいた瞬間、空気の流れが巻き起こり発生した力場がモノスを捕らえると、縦に深い傷を刻む。
その一撃でモノスは息絶えた。結構な威力だ。
「ゴブリンが来ますよ」
「わかってる!」
こちらに気づいて向かってくるゴブリンに向かって掌を伸ばす。スキルの発動に言葉は不要。必要な順で”力”を解放してやればいい。
身体の中の”力”を掌に、それを表面で貯めるとバレーボール大の塊が出来る。……思っていたよりも大きい?
向かってくるゴブリンに向かってソレを放出すると、淡く青い衝撃波が巻き起こりゴブリンをグチャリと潰して吹き飛ばした。
……思ってた以上に威力が高いな。
「衝撃波・面って凄い威力ね」
「……ああ、そうだな」
こんなに威力が出るものなんだっけ?班目に視線を送ると、こいつも首を傾けた。
「……思った以上に威力が高いですね」
スキルってレベルの影響を受けるのだっけか。調べていないな。迷宮を出たら、美玖に訊かないと。
「スキルはデバイスで確認できるステータスのSPを消費します。消費量はスキルによって違いますが、この衝撃波のスキルは面・線・点のどれであっても2消費です。実際には2では無く、端数があるけど表示されていないらしいです。SPは1時間で1点くらい回復で、1時間を少し過ぎたくらいから一時間半ぐらいで回復するそうです。あまり乱射は出来ません」
「最初はSP10ですよね。時間で回復するなら、あの威力ならスキルはかなり有効ですね!」
「いえ……あそこまで吹き飛ぶのは珍しいというか……クリティカルでもしたんですかね」
こっちを見るな。ちなみに、自分の
レベルアップで最大値は増えているが、消費が大きくなると使える回数は変わらない。消費を抑えることは出来るのだろうか……。
「さあ、探索を進めましょう」
星海さんにレベルの件は隠しているから、この場で話を進めるわけにもいかない。班目の言葉に頷いて、部屋の中へと足を進める。罠は大丈夫そうだった。
魔物は両方とも魔石で、部屋ドロップは二つとも雑貨だった。まぁ、これが普通さ。
「ん~……魔石はきれいだけど、雑貨が増えるのは残念ね」
「そんなもんだよ。さっさと進もう」
「ええ。スキルの使い方は分かったと思うので、次からは普通に戦闘を行いましょう。まずは私から行きますね」
俺はレベル10だから、班目のレベルを上げるのが優先事項。
今度は班目を先頭に、奥へ奥へと進んでいくのだった。
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明日も22時ごろ更新予定です。応援よろしくお願いします。
下記連載中の作品も含めて、応援のほどよろしくお願いいたします。
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927861365800225
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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