断絶領域の解放者~沢渡久遠と不思議のダンジョン~
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彼はこうして迷宮に挑む
第1話
S県K市の繁華街から、裏通りへと入りさらに路地の奥へ。待ち合わせの場所は建物と建物の間、住人もあまり使わぬ細い路地。
悪だくみをする輩というのは、古今東西人気のない場所に巣くうものである。そして、そんな場所に向かう俺自身、世間一般から言えば禄でもない人物となるのだろう。
「早いね、お客さん」
約束の場所までもう少し、と言った所で、背後から男に声をかけられた。赤い野球帽に黒いパーカー。下はジャージ。真冬にしては少々薄着に思えるが、ランニング中でも装っているのだろうか。深くかぶった野球帽の所為で顔が良く見えないが、体系は中肉中背、服装以外は特徴が無いと言ってもいい。
「予定より5分早い。時間厳守は、早く来るのもアウトですぜ」
「……なんのことか知らないけれど、人違いじゃないかな? 俺の待ち合わせ場所はココじゃないぜ?」
「いやいや、ここで良いんすよ。今時大っぴらに場所を指定するなんてリスクが高い。指定通りの恰好でどうもっす。ちゃちゃっと済ませ……る前に、一応確認をしときましょうか」
男がそう言って取り出したのは、親指の先ほど--かつて使われたSDカードと言われる記録媒体くらい--の追加チップと1枚のカード。……指に挟んでひらひらと振って見せる姿が、いかにも芝居がかっていて胡散臭い。
「
「提出済み。おかげで1ヵ月のペナルティ期間中だよ」
「グレイト!出来るだけ嘘は少ない方が良いですからね。まぁ、2台持ちはお勧めしませんが……まぁ、重々承知でしょう。インターネットの自動接続も同時に殺しやすが、パトロールの短距離検知は回避しようがないんで、迷宮の外で起動するのは極力避けた方が良いですぜ」
「中身の確認も出来ないのか?」
「巡回に引っかかるような取引場所を選んだりはしませんて。まぁ、それは後々確認してくだせぇ。んで、本題の方ですが、“非常口”が起動できる範囲は、迷宮の入り口から2キロの範囲内。出るのも同じ。持って入ったら意味無いですからね」
「それも問題無い」
「お代は?」
「言われた通り準備して来た。紙幣なんて、足がつかない様に集めるのに苦労したぞ」
「まいど。デジタルはなんだかんだ記録が残りますからね」
現金の入った封筒を渡すのと引き換えに、拡張カードとマーカータグをもらう。
……これでようやく。
「一応言っておきますと、書き換え後は政府のシステムには繋げませんぜ。というか、繋いだら一発でバレてポリ公どもが飛んできやす。当然、持ち込み物のアイテム化も出来ないし、脱出のスクロールを真っ当に得るのも無理。運が良くなきゃ片道切符でさぁ」
「わかってる」
「そうですかい。まぁ、そもそも自分で迷宮に入ろう、しかも裏口から。なんて考えるお人の気なんて、私にゃさっぱりですからね。ああ、もう一つ。おたくさんは正規品を再発行してもらえば、そっちは使えますが、端末同士の接触ログが残るとアウトですからね。迷宮内で2台持ちにも十分ご注意を」
「迷宮内でなければいいんだろう?」
「ええ。どうせ改造した方は常時無線OFFにするんでしょうからね。逆に迷宮内では電源を落とさない限りは通信しちまいますからね。それから、入り口のセキュリティを突破するのは無理なんで、間違っても持って正規の方には行かない様に」
「……ずいぶんと親切だな」
「そりゃ、おたくが勝手につかまるのは良いですけど、足が着くリスクを考えたら、迷宮でのたれ死んでくれた方がマシですからねぇ。それじゃ、俺はここいらで失礼しますよ」
男はそう言うと、踵を返して路地の奥へと去っていく。
……捕まる気も野垂れ地ぬ気も無いさ。
俺は自分の端末を取り出すと、スロットルに拡張カードを差し込んだ。
かつてはスマートデバイスと呼ばれたらしい個人用通信端末に類するもので、人外魔境へのアクセスを可能とする探索者必須のツール。
事前の情報通り、すぐにソフトのインストールが始まり、
大枚をはたいて買ったカード型マーカータグの“非常出口”を非接触通信を用いて同期。登録されたカードが常時された。欄が複数あるという事は、つまりそう言う事。
「さて……探索の準備を進めよう」
こんなところに長居をすべきじゃない。
俺は急ぎ足で裏路地を後にした。
………………。
…………。
……。
21世紀も半ばに差し掛かったころ、地球上のありとあらゆる場所に楕円体のドームが突如出現した。空気も熱も、光や素粒子すら通さないと言われるそれは当時の地球人類の3割を一瞬で飲み込み、幾多の大都市を機能不全へと陥らせた。
後に断絶領域と呼ばれる漆黒の墓標の出現である。
それからほどなく、断絶領域からほど近いエリアに不可思議なオブジェが出現する。淡く輝く平行六面体。地球の重力に逆らって浮くそれが、断絶領域への入り口だと判明するのは、調査のために接触した人々が幾人も飲み込まれた後の話だった。
断絶領域から運よく生還した者たちの証言によって、その全容は少しずつ解明されていく。
一つ、オブジェは世界各地に出現した断絶領域のどこかに繋がっている。
一つ、断絶領域の内部には魔物としか呼べないモンスターがはびこっており、それが襲い掛かって来る。
一つ、内部は不可視の壁で分けらたエリアで構成されていて、進むと戻ることが出来ず、地上へ続く道はない。
一つ、内部には魔法としか思えない数々のツールが落ちていて、その一つを使った時、
幾多の人命を失いながらも、全世界で続けられていく断絶領域とオブジェの調査。
その全容がわかるにつれ、人々の中ではそれはこう呼ばれるようになる。
すなわち、迷宮と。
………………。
…………。
……。
ようやく暫定の頭文字が取れたばかりだった当時の日本政府が、迷宮に対する対処方針を変更したのは、出現から5年が過ぎた頃だった。
大きな要因は3つ。
一つ目、これは断絶領域に最初に呑まれた人々が、迷宮内で魔法のツールのような形で落ちている、もしくは魔物から得られることが判明したこと。
元々どこかで買われていただろう鶏などの家畜や、その他の野生動物たちが存在する事は確認できていた。
各国は人命救助の名のもとに、国を挙げ、軍を動員して迷宮を探索していく。
二つ目は利益。迷宮内で得られる魔法のツールや薬品、これには莫大な価値がある物が存在した。例えば物質の組成を即座に解析できるモノクル。例えば飲めば10年は若返ると言われる秘薬。例えば化石燃料を使わず、放射線も出さずに高温発熱する炉。
これらは当初、軍がその利益を独占していたが、迷宮の探索が進むにつれてその独占が危ぶまれるようになっていった。
そして三つ目。断絶領域の拡大である。
第一期拡大と呼ばれるその事件は、断絶領域の誕生から五年がたった頃に発生した。世界各地の領域が突然、周囲に向けて膨れ上がったのである。その広さは最大で半径10キロ。当然、そこにいた人たちはその拡大に飲み込まれた。多くは迷宮の第一線で活動していた自衛隊や特殊部隊の人々。
世界に新たな混乱をもたらした領域の拡張であったが、人類はそれに屈しなかった。領域の拡張量は、領域の探索、そして魔物の撃退量に反比例する事を突き止めたのは、わずかひと月後のことである。
これら三つの事実を受けて、迷宮は民間へと解放される流れを受ける事となる。
当然、入れば簡単には出られず、人を襲う魔物が跋扈する断絶領域内部。その対策も十分に検討された。
むろん探索のための援助も手厚く、
すべての法整備が整い、民間探索者が旗揚げしたのが8年前の事である。
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本日あと2話更新予定です。
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