第29話 いろいろなヒトが助けてくれたんだ

 *



「ユウイチさん!」


「ミアさん!」


 オレたちは初めからそうであったかのように。

 抱き合い、ふたりでひとつになった。


「ユウイチさんユウイチさんユウイチさん!」


「ミアさんミアさんミアさん!」


 ああ、あああ……!

 ことばなんていらない。いま確信した。


 オレはミアさんが好きだ。ひとりの女性として愛してるんだ。

 顔を見た瞬間、それがわかった。

 抱き合った瞬間、もっとそれがわかった。


「ユウイチさん、どうしてここにいるんですか! ここは王都ラザフォードですよ、地球じゃないんですよ!?」


「それは……いろんなヒトが助けてくれたんだよ」


 オレは、寝物語のように、ここにやってきた経緯を、ミアさんに話して聞かせた。



 *



「そんな、オレはもう二度とミアさんに会えないんですか!?」


 ケイトさんのクリニックにて、ミアさんがすでに異世界に帰ってしまったと聞いて、一瞬目のまえが真っ暗になった。


 異世界。ことばにすれば単純だが、それはいまだほとんどのヒトが『途方もないもの』として認識している。


 現在では商業、観光の分野において、定期的に異世界へと行ける時代だ。

 でも、その渡航手段は未知の技術に彩られた『転移装置』によってなされている。


 転移装置は東京では一部の自衛隊基地、米軍基地、そして西日本にひとつ、あとはアメリカに数か所があるだけだ。


 いずれも軍事施設内にあり、武装した軍人によって強固に守られている。


 そのように、一般人には気軽立ち寄れる場所にないことからも、人々は異世界を必要以上に遠い存在として感じている。


 そんな遠い場所に大切なヒトが行ってしまった。

 異世界へと至るためには、この場にいる楓さんやケイトさんを頼るしかない。


「ふむ。よい目ですね。覚悟を決めた男の目です」


「そうかしら、まだ迷いがあるみたいだけど」


「誰しもが伊織さんやタケオさんのようにはなれませんよ」


「さすがにそのふたりと比べるのはこの子がかわいそうだわ」


 楓さんとケイトさんはオレの顔を覗き込むように見つめながら、そんな会話をする。


 値踏みされている。いや、ずっとオレはされていたんだ。

 ミアさんがうちに来たときから。


「お願いです、ミアさんに会わせてください」


 オレはお願いする。

 異世界に行く道標は、このふたりしかいない。


「会ってどうするつもり? もう自分の気持ちの整理はついているのかしら?」


 ケイトさんが怖いくらい真剣な目でオレを見てくる。

 オレはグッと、お腹に力を入れながら答えた。


「まだハッキリとはわかりません。でも、会いさえすれば、とにかく直接会って話をしないとダメなんです」


「会ってみなければわからない、ね。自分の気持ちがわからないことなんて、本当にあるのかしら」


 ケイトさんは厳しい。でも本当なんだ。

 会いさえすれば、覚悟も決まる。そんな予感がする。


「よいではありませんか。会いたいという男女を阻むことは神にもできません。それに、わたしはヒトを見る目はあるのですよ」


 楓さんが大きなサングラスを取る。

 光のない眼差しが、オレを真っ直ぐに見ていた。

 オレもまた、真っ直ぐにそれを見つめ返した。


「では参りましょう、魔法世界マクマティカへ」



 *



 ケイトさんと別れたあと、オレは楓さんが手配した車に乗せられた。

 そしてたどり着いた場所は、なんでもない近くの河川敷だった。


 てっきりどこかの軍事施設に行くものだと思っていたのに。

 異世界に渡るためには自衛隊や米軍が管理している転移装置を使うのではないのか。


「現在使われている転移装置は、厳密には聖剣の欠片を用いて、人工精霊様が管理しているのですが、元々はとある人物のプライベート魔法なんですよ」


「はあ?」


 言っている意味がわからない。

 プライベート魔法って。

 世界同士をつなげる技術が個人の魔法ってどういうことだろうか。


「それではご紹介しましょう。あなたを異世界に連れて行ってくれるのはこちらのお方です」


「へ、変態だ……!」


 楓さんの声とともに、暗闇のなかから現れたのは、忍者のような装束を身に着けた少年だった。


 年格好はオレと同じくらい。

 全身真っ黒で、口元に布を巻き付けて隠してある。


「それではあとはよろしくお願いします」


「うん、任せておいてくれ」


「え、いや、なんか勝手に話進んでますけど」


 楓さんと少年はずいぶんと親しそうだった。

 まるで十年来の友人同士のような雰囲気だった。


「楓さん、このヒト誰なんですか?」


「このヒトは全然、怪しいヒトではありませんよ?」


「いや格好!」


「名前もさほど重要ではありません」


「名無しさん!」


「あえて呼ぶのなら『T』さんと呼んでください」


「イニシャル呼び!」


 怪しい。闇夜の中でもサングラスを取らない楓さんとも相まって、ますますもって怪しい。


「少年、キミは何故に異なる世界を目指すのか」


 え、なに、禅問答?


「どう見たってあんたも少年だろう」


「はっはっは。それもそうだな。じゃあ――」


 装束の少年はなにやら気さくに肩を組んできた。


「なーなー、おまえさー、好きな子いるー?」


「うざ」


 オレは助けを求めて楓さんを見た。

 彼女は両手をひらひらとさせていた。


「まあ、いるけど」


「ほー。どんなヒト?」


「どんなって……お母さんみたいなヒトだけど」


「だけど? 本当のお母さんじゃないんだろう?」


「そうだけど、でも、最初に好きになったのは、お母さんみたいなところだから」


「なるほど。ファーストインプレッションは大事だな。男はみんなマザコンっていうし」


「だろ? あんたも覚えがあるだろ?」


「そうだな。僕の周りはみんな母親だらけだしな。いまも昔も変わらずみんな好きだ」


 ほう、なかなか素直なやつだ。

 こいつとは気が合いそうだな。


「さて、ちょっと目をつぶってくれるか。乗り物酔いとかは平気なほうか?」


「電車やバスで酔ったことは一度もないよ」


「そりゃあいい。じゃあ目をつぶって三つ数えろ」


「いいけど……」


 オレは目をギュッとつむり、「いーち、にーい、さーん」と呪文のように唱えた。


「よし」


「え?」


 あれ? え、うそ!?

 足元から地面が消えていた。

 というかオレと少年は空の上にいた。


「なんで落ちないんだ?」


 空にいるのに。


「足元に魔力殻パワーシェル……力場があるからだ」


「はあ」


 よくわかんない。でもなんかすごい。


「それで、ここはどこなの?」


「あまり驚かないんだな」


 十分驚いてるよ。ただ修羅場の経験が多いだけさ。


「嫌な人生だな。その歳で」


「あんたもそう変わらない年齢だろう」


「む。まあそうだな。そのとおりだとも」


 なんだか自分に言い聞かせてる感じだな。


「ここは魔法世界マクマティカだよ」


「は?」


 え、うそ。

 確かに地球とは全然空気が違う感じだけども。


「そして眼下にあるのが、王都ラザフォードのデュカリオン城だ」


「王都!? それって異世界の女王陛下がいる!?」


「おお、知ってるのか」


「まあ……」


 知ってるもなにも、一般教養だ。

 歴史の教科書にも載ってるよ。

 地球人類のまえに、正式に姿を表した最初の異世界人として。


「さて、おまえのお目当てのヒトは、あの城の北側、あの精霊宮にいるはずだ」


「あ、あそこにミアさんが……!」


「しかし、精霊の巫女の警護は厳しく、周りは近衛兵が固めているだろう」


「そんな……!」


 ここまで来てオレはミアさんに会えないのか!?


「というわけで、オレが適当に暴れる」


「えッ!?」


「近衛隊の気を引いておくから、頃合いを見計らって侵入しろ」


「わ、わかった」


「文句や泣き言はいわないんだな」


 ここまで来たら覚悟を決めるしかない。

 ビビってないと言ったらウソになるが、それでミアさんに会えるならなんでもしてやる。


「いい目だ。それじゃあ、精霊宮の、あそこのバルコニーに下ろすぞ。人気がなくなったら侵入しろ」


「あ、待って、あんたは一体何者なんだ?」


 オレがそう問うと、少年はキザったらしい仕草で髪をかきあげた。


「ふっ……ただの高校生さ。僕に不可能はない」


「? それで?」


「あれ、このネタしらない?」


「はい?」


「あ、いや、ジェネレーションギャップ……」


 なんかショックを受けているようだった。


「とにかく行くぞ! 余計なことを考えるな!」


「ご、ごめん」


 キレてた。なんなんだよもう。


「じゃあな、僕が暴れはじめるまで、そこでおとなしくしてろ」


「わかった」


 そうしてフッと、少年の姿が消える。

 マジで何者なんだ。本当に忍者なのだろうか。


 それにしても暴れるって。

 そんなことして外交問題とかにならないのだろうか。


「あ、暴れるって言っても、オレはそれをどうやって知ればいいんだ?」


 しまったな。一体どうすれば――



 ――ドォォォォンッ!

 


 突然の爆音だった。

 なんと、はるか向こうで巨大な火球が空に浮かんで大爆発を起こしたのだ。


 辺りが騒然とし、大勢のヒトが騒ぎながら駆け出していく音が聞こえた。


「本当にあいつ何者なんだよ……」


 そうは思いつつも、オレは建物の内部へと侵入した。

 ミアさん、待っててね、いますぐ行くからね。



 *

 


 謎の少年の導きにより、ミアさんがいるであろう宮殿内部に侵入したオレだったが――


「動かないでください! 動けば首を飛ばします!」


「ううう……」


 あっさり捕まっていた。

 そりゃあな、オレは普通の学生だぞ。

 施設内への侵入なんてしたことない。


 そしていまオレを拘束している……背後から剣を首に突きつけているのは、どうやらメイドさんのようだ。


「ヒッ、いまわたくしを舐め回すように見ましたね! 卑猥です、おぞましいです! 男は抹殺します!」


「や、やめて!」


 正直首に剣を突きつけられるよりもヤバい状況がある。

 それは、彼女がなにを言っているのかわからないということだ。


 それはそうだよな。ここは異世界なんだ。

 日本語を話すヒトなんているはずがない。

 だから、言い訳もなにもできないのだった。


「よくも巫女様のおわす精霊宮に……! ここが男子禁制だと知っての狼藉ですか!」


「わー、ちょっとまって、ジャストモーメント!」


「首を飛ばすまえに指先からちょっとずつ切り刻んで――」


「なんて言ってるかわかんないけどヒィィィ!」


「お待ちなさいッ!」


 突然の大声だいせいに、オレも、そして剣を突き立てていたメイドさんも静止する。


「何事ですか」


「メ、メイド長! いえ、これは――」


 助かった……とは言えなかった。

 なぜなら新たにやってきた、年かさのメイドさんは、とても厳しそうな目でオレを睨んでいたからだ。


「侵入者、侵入者ですこいつ! 男子禁制の精霊宮に汚らわしい男が! きっとこんな男がいたら巫女様が汚されてしまいます!」


「ふう……落ち着きなさい。男が汚らわしいって、あなたのお父様は男性ではないのですか?」


「そ、それは、そうですけど……」


「とにかく剣をおろしなさい」


「はい……」


 おお、なんだかよくわからないけど助かった……!


「あなたはもう行きなさい。この男はわたしが処理しておきます」


「やった! あなた終わりよ、わたしに殺されたほうがまだマシだったと思えるほど残酷な目に遭うはずよ!」


「下品ですよ」


「す、すみませんッ。失礼します」


 剣を持ったメイドさんが見えなくなった途端、年かさのメイドさんは深々とためいきをついた。


「申し訳――申し訳ありませんでした。あの子は少々、巫女様に狂信的になっているものですから」


「え、日本語っ!?」


 知らない言語から、突如として聞き慣れたことばになった。

 しかもこのヒト、かなり日本語が上手いぞ。


「やっぱり、この言語がわかるということは、あなたは日本人……もしかして『ユウイチ』さんですか?」


「どうしてオレの名前を……!」


「巫女様から何度も聞いていましたので……寝言で」


「寝言?」


「いえ、なんでもありません」


 厳しい表情だったメイドさんが、ホッとした顔になった。

 あれ、意外とこのヒト、チャーミングだぞ?


「申し遅れました。わたくしは巫女様に仕えているメイド長です。日本語は、女王陛下とともに地球を訪れる機会がたびたびありましたので、そのときに」


「は、はあ……」


 ポカーンだった。

 でもこのヒトがオレを害する気がないのはわかる。

 どうやらすごく話のわかるヒトみたいだ。


「あ、あのオレ、ミアさんに――」


「みなまで言わずとも承知しております。巫女様を――ミア・エクソダスを迎えに来たのでしょう」


「は、はい、そうです……あ、あの、でも」


 結果的にオレが彼女を連れ出すことになっても大丈夫なのだろうか。


「わたくしも正直、いまのこの環境が巫女様の母体にいいとはとても思えません。ですが、わたしたちはこういう振る舞いで彼女に接するしかないのです。お腹の子に万が一のことがあると思えば、あなたにお預けするほうが最良かと存じます」


「マジですか……」


「マジ、にございます」


 うわあ、メッチャいいヒト!

 ミアさんの周りにもこういうヒトいるんだね。


 でも、精霊の巫女っていう圧倒的上位が相手だと、なかなか態度に出せないのか。

 さっきの物騒なメイドさんみたいなヒトもいたら、そうなっちゃうよなあ。


 年かさのメイドさんは「外の騒ぎの元凶も、おそらくあの方が……」と、少年のことも知っているようだった。


「とにかく、巫女様はこの廊下の突き当りのお部屋におります。今夜は誰も近づくことはありません。巫女様をよろしくお願いいたします」


「任せてください」


 深々と頭を下げるメイドさんに、オレはたくましく胸を叩いてみせた。


 いろいろなヒトが助けてくれた。

 背中を押してくれるヒトもいる。


 あとはもうミアさんに会って、オレの気持ちを確かめるだけだ。

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