第27話 怠惰な巫女様と嫌味なメイド
*
「巫女様、巫女様、起きてくださいましっ!」
「ん……え、あれ?」
ゆっくりと目を覚ます。
寝起きだから頭が回ってない。
誰かがなにか叫んでいるような――
「いい加減に離してください、苦しいです!」
「ご、ごめんなさいっ」
どうやら寝ぼけてお付きのメイドさんを抱きしめていたようだ。
慌てて離すと、メイドさんはわたしを睨みながら、乱れた服を直していた。
「まったく、ご自分が魔人族の血を引いていることを自覚してください。潰されるかと思いましたよ」
「ほ、本当にすみません」
「誰と勘違いしていたのでしょうね」
「え、いや」
誰って別に……。
「もう昼ですよ、いい加減に起きてください。寝過ぎは母体に響きます。規則正しい生活を心がけていただかなければ。あなたは精霊様をご出産される大切な身体なのですから」
「はい……」
このヒトたちはいつもそうだ。
わたしのことなど二の次。
最優先は精霊様。口を開けば精霊様。
何をするにも、どこに行くにも、必ずついて回り、わたしが無茶をしないように、常に監視してくる。
正直息が詰まる。
だからちょっと……いやかなり、地球に行ったときはハメを外してしまった。
「本日のご予定です。三の刻より教徒たちの巡礼の義、六の刻より女王陛下との会食、九の刻より法院学の授業になります」
「九の刻って、そんな遅い時間から!?」
わたしは悲鳴をあげた。それって母体に悪すぎなんじゃ……。
「お昼まで寝ていたのはどこの誰ですか? いいんですよ、やらなくても。その代わり明日以降にすべてずれ込んでいきますがよろしいですか?」
「すみません……やります」
「はい、結構。二時間で終わらせますので、睡眠時間はちゃんととれますよ」
「…………」
わたしなど元来こんなものだ。
ずぼらでぐーたらで、メイドがいないと何もできない。
でも地球にいたときは、すべて自分のことは自分でしていた。
それどころか、ユウイチさんの身の回りの世話もすべてしていた。
必要な知識は、すべて精霊様が教えてくれた。
最新の研究では、精霊とは高次元の情報生命……ではないか、と言われている。
それは地球でいう『オーエス』というものに似ているらしく、つまり、ヒトを助けてくれる高度な補助装置なのではないかとされている。
わたし自身、
でも地球では、その説を裏付けするできごとばかりだった。
最たるものは言語。
日本に降り立った瞬間、わたしは自然と、秋月アーサーさんが話している言語が理解でき、また、いままで話したこともなかった日本語を操ることができた。
お料理もそうだ。必要な器具の名前、コンロや電子レンジの使い方、調理の方法。すべてが自然と頭のなかに浮かんできた。
あとは……メイベルさんのマンションに侵入するために、精霊様が勝手にオートロックを解除してくださったりした。
でも、それらにだって対価は存在する。
わたしが精霊様のおチカラを借りた日の夜は決まって、お乳が張って、母乳があふれるようになった。
つまり、精霊様のチカラを使えば使うほど、わたしの身体は精霊様を産みやすい『母親』の身体に近づいていくということだ。
「朝食……昼食をご用意しています。早く召し上がってください」
銀の食台に置かれたパン、スープ、サラダ。質素だった。
「ああ……」
もそもそとパンをかじる。
タンパク質が足りないよう。
ご飯と味噌汁、納豆が食べたい。
ユウイチさんが作ってくれたチャーハンが食べたいぃ。
「なんですか、その不満そうな顔は。地球でいったいどれだけの贅沢をしてきたのか。あなた少し太りましたよ」
「太ってないもん!」
なんてメイドだろうか。精霊の巫女に対する敬意がまったく感じられない。
というか母体的にはこれから太っていくのは仕方のないことなのに。
「本当にだらしのない。地球でもそうやっていて、旦那様に三行半を突きつけられたのでしょう」
「ち、ちがいますぅ……」
グサっときた。そこはいま一番触れてほしくないところなのに。
「せ、精霊様の胎動を確かに感じたから、だからもう十分だと思って帰ってきたんですぅ」
「なにが十分ですか。赤ちゃんが産まれるには十月十日も必要なんですよ。それまでの間、今日みたいに、ずっとダラダラ怠けて過ごすつもりですか」
ううう、帰ってからメイドさんが一段と厳しい。
というか正論過ぎて反論すらできない。
「まったく。あなたのような母親を持つことになる精霊様が不憫でなりません。もっとも、偉大なる精霊様の何たるかも理解できない地球人の父親なども論外。早々に見切りをつけて帰ってきたことは英断だったかもしれませんね」
む。メイドさんの言い分に、わたしは目を吊り上げる。
「なんですか。なにか文句でもあるのですか」
メイドさんはツン、と顎を上向けながら、挑発するようにわたしを見てくる。
「わ、わたしたちの一方的な都合で押しかけて、勝手にいなくなって……。それをしたのはわたし自身だけど。感謝こそすれ、そんなふうに悪し様に言うものではないわ」
「ほう」
ほう、だって。あからさまに小馬鹿にした感じ。
わたしは涙目になって、でも睨むのをやめなかった。
「一方的な都合で押しかけたというのなら、向こうからすれば、居なくなってくれてせいせいしているかもしれませんね」
「そ、そんなことは――」
「ないと言い切れますか? 地球には
「ユウイチさんのことを悪く言わないでっ!」
ズズン、と部屋全体が揺れた。
あ、精霊様のチカラが。
部屋の外からメイドたちの悲鳴が聞こえてくる。
でも、目のまえにいるメイドさんだけはまったく動じた様子もなく、「ふん、『ユウイチ』、ですか」と彼の名をゆっくりと口にした。
「まあいいでしょう。これ以上問い詰めても精霊様に悪影響がありそうです。産まれてくる精霊様は、あなたのように癇癪持ちでないといいのですがね」
ムカっ。このメイドさんは、本当に嫌なヒト!
「でも安心してください。精霊様がお産まれになったら、然るべき乳母に預け、きちんと教育をさせてもらいますので」
「そんな――」
わたしは愕然とした。
わたしが産んだ赤ちゃんは、その瞬間から、わたしから引き離されてしまうというのっ!?
「食事が終わる頃、また来ます」
パタン、と扉が閉じる。
わたしは部屋にひとりきり。
広い部屋。ふかふかの絨毯に、大きな天蓋付きベッド。
豪華なシャンデリアと、テーブルには季節の花々が活けてある。
でも冷たい。寒々しい部屋だった。
ユウイチさんと暮らしたあの狭い部屋のほうが遥かに暖かかった。
「ユウイチさん……」
柔らかいはずのパンは、とても喉を通りそうになかった。
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