第28話 どうしてここにいるんですか?
*
「はあああ……みんなしてヒドイよう」
夜。時刻は八の刻。わたしは自室でベッドに仰向けになっていた。
「地球は巫女の仕事がなかったから、よかったなあ……」
本日、わたしの仕事は教徒たちの巡礼の儀だった。
何をするのかというと、ようするに、わたしのまえにひとりひとり教徒たちがやってきて、祈りを捧げて一礼して去っていく、という儀式だ。
なにそれ! と思うかもしれないけど、わたしと一定範囲内で同じ空気を吸うだけで、教徒たちは大変ありがたがるのである。
そして精霊の巫女であるわたしに祈りを捧げられる権利を抽選で獲得したラッキーな教徒たちの数――なんと一千人。
三の刻から始まって六の刻までミッチリ。
よく知らないヒトたちに精一杯愛想笑いするのもうイヤ……。
そのあとは楽しいお食事タイム。
六の刻から女王陛下との会食。
女王陛下好き。愛想がよくて、下々のものにも気さくに話しかけてくれて、キレイでスタイルが良くて……。
でも、「赤ちゃんの分まで食べなさい!」とバカスカご飯を勧めてくるのは勘弁してほしい。
お陰でお腹がパンパンすぎる。でも不思議なもので、ものの二時間くらいでまたお腹が空いてくるんだけどね。
やっぱりお腹の赤ちゃんがわたしが食べたご飯の栄養を吸収しちゃうのかな。
「はあ……」
九の刻からは座学がまっている。
正直勉強なんてイヤ……。ユウイチさんは勉強が得意だったみたいだけど、わたしには無理。
「というかお腹がいっぱいだから、眠気が……」
ベッドにごろ寝して、ウトウトしていたそのときだった。
「……なに?」
なんだか王宮内の気配が。まわりが騒がしいような気がする。
と、コンコン、とノックが。
「はい」
「失礼いたします巫女様」
お付きのメイドさんとは違う、もっと若いメイドさんだった。
「なにかありましたか?」
「大したことではありませんが、敷地内に侵入者が出たとのことです」
「侵入者?」
珍しい。ここは天下の王都。その首都であるラザフォード王宮といえば、絶対王政の女王様が幅を利かせている。
悪さをするなど、とても正気とは思えない。
「捕まえたのですか?」
「いえ、ですが時間の問題です。近衛隊が総出で対応しております」
「はあ、なるほど」
近衛といえばあのヒトだ。女王の懐刀と称されるあの近衛隊長。
女性なのにとんでもなく強くて、わたしよりも強い男でなければ結婚しないと宣言して以降、ずっと独身でいるという鉄のヒト。王都の全女性の憧れでもある。
「侵入者がかわいそう……」
「で、ございましょう」
わたしは同情した。酷い目に合うんだろうなあ。
きっと田舎からやってきた物を知らない侵入者さんなのだ。
でもキミが悪いんだよ、生命までは取られないと思うから反省してね。
「巫女様も、決して外を出歩かれませんよう。本日の座学は中止です。解決の報が届くまで、お部屋で待機していてください」
「わかりました」
パタン、と扉が閉じられる。
わたしは再びベッドに仰向けになり、天井を見上げた。
天蓋が付いてるから、天板の裏側しか見えないけど。
室内には三叉のキャンドルスタンドがあって、蝋燭の炎が頼りなく揺れている。
やった、座学なしだって。でも明日以降がキツイなあ。はあ……。
「ふあ……やっぱりねむい……」
スーッと意識が沈んでいく。
あ、眠っちゃうな、と感じた。
でも、このまま、寝るのは、ダメだ。
お腹に……なにか掛けて……寝ない……と。
赤ちゃん……ユウイチ……。
――コンコン。
「っ、え?」
ガバっと起き上がる。
時計を見る。九の刻を少し過ぎている。
まさか、座学の先生?
いや、中止だってさっきメイドさんが。
それじゃあまさか、侵入者!?
ギュっと、わたしは無意識にお腹を抑えた。
絶対にこの子だけは守らなくては。
いや、わたしが死んだらこの子も死ぬから、わたしも絶対生き延びないと。
息を潜めて扉の方を伺う。
――コンコン。
再びのノック。
返事はしない。
明らかにおかしい。
メイドさんならノックのあとに入室してくる。
誰だ、誰が来た……?
――ミアさーん。
「え」
うそ。
この声は――
「ッ!」
ベッドから跳ね起きる。
扉に向かう。
ノブを回して開く。
そこには、歩き去ろうと踵を返しかけたユウイチさんがいた。
「ミアさ――」
ああ、魔人族の血を引いていてよかった。
わたしはユウイチさんの口を塞ぎ、肩に担ぎあげると、有無を言わさず部屋に引き込んだ。
「ミ、ミアさ――」
思い切りベッドに押し倒す。
身体に触れる。怪我は、ない。どこにも、ない。
「はああ……」
「あ、あの、ミアさん……?」
「ッ、〜〜〜〜ッ!」
わたしは声にならない悲鳴をあげた。
なにしてるんですか、どうしているんですか、なに考えてるんですか。
言いたいことは山ほどあった。
でも、まずは――
「…………ユウイチさんッッ」
抱きしめる。力いっぱい。
彼がここにいることを実感するため、とにかく抱きしめた。
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