第10話 会いたくて、会いたくて……行動する。
*
「うん? なんか、おめー……」
「なんだ?」
サッカー部の朝練帰りなのだろう、血色のいいテカテカした顔のコウタが、くんくん、とオレのまわりで匂いを嗅いでいる。
はッ、まさか――
「おまえから、妙に甘っこい、いい匂いがするような――」
「シャ、シャンプーを変えたんだ! スーパーのポイントが溜まったんで、ちょっといいのを買ってみた。それだけの話だ!」
「おお、そうなのか。いいぞ、そうやってどんどん色気づいていけ」
「おまえはオレのなんなんだよ」
ははは、と笑い合いながら、オレの心臓はドキドキだった。
そりゃあなあ、出がけにアレだけハグをされたら……。
「うっ」
「おい、どうした?」
「い、いや、ちょっと気分が」
「マジか。大丈夫か?」
「悪い、ちょっと保健室行ってくる」
「ああ、担任には言っておく」
ヤバい、思い出してしまった。
なるべく意識しないようにしていたのに、コウタと話していて油断した。
今朝だけじゃない。昨晩オレは、ミアさんのおっぱいを……。
「うあああっ!」
オレは走った。全力で廊下を。
当然学年主任に見つかってこってり怒られた。
*
放課後になってしまった。
今日一日、ほとんど授業に集中できなかった。
ことあるごとに、ミアさんのぬくもりを思い出し、頭を抱えていたからだ。
コウタはもちろん、クラスメイトや担任も、オレのことを心配してくれていた。
はあ、まさか自分がこんなにバカになってしまうなんて。
そしてオレはこれから、自分がバカになってしまった原因と再び向き合わなければならない。
どうあがいたって、家に帰ればミアさんがいる。
どうしよう……と思う感情とともに、早く帰ってミアさんに会いたい……という気持ちもある。
矛盾したふたつの感情に苛まれながらも、今朝彼女とした約束を思い出す。
――早く帰ってきてくださいね、と。
あの切実な瞳を裏切ることはできない。
自分の複雑な感情は脇において、とりあえずは家には帰らなければ――
「おい、なんだアイツ?」
クラスの誰かが声をあげた。
みんな窓に近づき、グラウンドの方を見ている。
ざわざわという声がフロア全体から聞こえてくる。
どうやら他のクラスでも話題になっているようだ。
「キャー、なにあのヒト、超イケメンなんですけど!」
なに? イケメン?
女子の黄色い声がする通り、正門近くにひとりの男性が立っていた。
白いスーツの上下に金髪、さらにはサングラスと、見覚えがありすぎる長身男性。
まさか……。
「あ、サングラス取るぞ」
「ぎゃあああああっ!」
「か、かっこいい!」
悲鳴があがった。うちのクラスだけない、他のクラス――いや、もしかして全校生徒が彼に注目しているようだ。
(秋月さん、だよな……なにやってるんだあのヒト)
正門近くにある銀杏の木の根本、なにをするでもなく立ち尽くす彼はめちゃくちゃ絵になった。
女子生徒たちは全員彼に骨抜きにされたようで、スマホを取り出して撮影したり、声をかけに行こうよ、と相談しているようだ。
でも、どう考えても、あのヒトが用があるのはオレだよな……。
一体なんだろう、こちらから会いに行ったほうがいいのかな。
でもこんな衆人環視のなか、声をかけるのは嫌だなあ。
オレは窓際から距離を取り、どうしようか考えあぐねていた。
すると――
「ユウイチさん」
へ? トントン、と肩を叩かれた。
振り返るとそこにいたのは――
「てへ、来ちゃいました」
「ミ、ミアさん……!」
こっそりとオレの背後に近づいたミアさんが、小声でささやく。
クラスの誰も気づいていない。みんな秋月さんに夢中になって――まさかあんた。
「秋月さんにお願いして、連れてきてもらいました」
やっぱり。そして彼をスケープゴートにしてこっそり校内に忍び込んだのか。
「ここがユウイチさんが勉強しているところなんですねえ」
ミアさんは声をひそめながらも、ゆうゆうとした仕草で、教室内を見ている。
ま、まずい。このままだとみんなにバレる……!
「あ、ユウイチさんの御学友にあいさつしないと、みなさ――むぐ」
声をあげかけたミアさんの口を慌ててふさぐ。
彼女の蒼色の瞳が驚きに見開かれるも、すぐにスウっと細められる。
このヒト、なんで口を塞がれてニヤニヤと嬉しそうにしてるんだよ。
「こっち、とにかくこっちへ……!」
「ふあい」
オレはミアさんの口を塞いだまま、抱えるようにして教室をあとにする。
「おい、ユウイチ、ありゃあとんでもない男前だぞ。女子がみんな夢中になって――って、なんかメッチャいい匂いする!?」
あぶなかった。教室をでた瞬間、後ろからコウタの声がした。
あと十秒、離脱が遅かったら、ミアさんを発見されていただろう。
そうしたら内と外でとんでもない騒ぎに……。
「ふうふぃふぃふぁん(ユウイチさん)」
「あ、ご、ごめんなさい」
パッと離れる。離れたあとも、腕にはミアさんの柔らかい感触が残っていた。
ミアさんはニンマリとした笑みを浮かべながら、オレの顔を下から覗き込むように見つめてきた。
「えへへ、待ちきれなくて会いに来ちゃいました」
来ちゃいましたじゃねえよ。
などと思いつつも、何故か怒る気はまったくしないのだった。
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