第32話 番外編・それからのふたり、これからのふたり

 * * *


 王都ラザフォードの精霊宮に、ミアさんを迎えに行ってから一ヶ月が過ぎた。


 オレこと里見ユウイチは、ミアさんと思いを通じ合わせ、晴れて夫婦となった。

 結婚式は三週間前、身内だけで済ませた。


 地球からのサプライズゲストとして、楓さんと、なんとメイベル叔母さんがやってきた。


 叔母さんは「どういうこと? ねえ、どういうことなの!?」と終始混乱していたが、オレが一から説明すると、「あんた本気なの?」と何度も確認をしてきた。


 そのときにはもう、オレは学校を辞めていて、ミアさんのそばにいることを決めていた。


 さらに、これから産まれてくる赤ん坊を、自分の子どもとして愛すること、そして、ミアさんと生涯添い遂げる覚悟であることを説明した。


「あんたがもし、あの父親のようになったら、わたし、あんたを絶対許さないからね」


 と、ものすごく恐ろしい形相でそう言われた。

 幼い頃から叔母さんの怒った顔は何度も見てきたけど、これほどまでに怖い顔は初めてだった。


 オレはお腹の奥にグッと力を入れて、「誓うよ、オレは生涯でミアさんただひとりだけを愛する」と言った。


 叔母さんはフッ、と表情がやわらぎ、「そう、じゃあもういいわ。おめでとう」と言ってくれた。


 結婚式は、ミアさんの故郷……エクソダス村で行われた。

 小さな孤児院の中庭で、神父役はアストロディア・ポコス様という、とってもえらいヒトが務めてくれた。


 参列者はそうそうたるメンバーだった。

 まずは王都ラザフォードの絶対女王陛下、オットー・レイリィ・バウムガルテン初世。


 次に風の精霊魔法使いにして、魔法世界一と謳われる料理人エアスト=リアス様。


 その娘にして風の精霊の化身アウラ様。


 水の精霊魔法使いであり、魔法世界一の治癒魔法師アリスト=セレス様。


 同じく娘にして水の精霊の化身セレスティア様。


 炎の精霊の同一体、アイティア=ノード様。


 魔法世界随一の剣士パルメニ・ヒアスさん。


 もっとも旧いとされる根源貴族、白蛇族のオクタヴィア・テトラコルド様。


 さらに異世界最高のメイドと名高いソーラス・ソリストさんや、獣人族の長・雷狼族のラエル・ティオス様などなど。


 とにもかくにも、異世界人だったら卒倒しそうなメンツが集まった。

 実際、ミアさんは卒倒していた。


 そんななか、精霊宮のメイド長が参加してくれたのは癒やしだった。


「メ、メイド長さん、あの、わたし……」


 ウェディングドレス姿のミアさんがメイド長に駆け寄る。


「しっかりしてください。あなたはユウイチさんを支え、産まれてくる子どもをしっかりと守るのですよ」


「は、はい……!」


 うーん、良い会話だ。


「で、結局あんたは何者なの?」


「はっはー、まあいいじゃないか。僕のことなんか気にするな」


 すごすぎるメンバーのなかでただひとり、オレとおんなじ一般人パンピーオーラを発している少年がいた。


 オレを異世界へと導き、さらには精霊宮へと侵入しやすいように、囮役を買ってくれた例のあいつである。


『え、タケル様、まだご自分の正体を言ってないんですか?』


 彼の肩には可愛らしい四枚羽の小さな女の子が座っている。

 手のひらサイズだ。まるで妖精みたいだ。


「しー、いいんだよ。僕と礼節抜きで話してくれる貴重なヤツだぞこいつは。みんなにもオフレコって言っといてくれ」


『はあ、かしこまりました。でも、どうせすぐバレそうな気もしますが――』


「タケル様ッ、このまえの埋め合わせはいつしてくださるのですか!」


 妖精さんを押しのけてやってきたのは、なんとレイリィ女王陛下だった。

 なんというか妙齢の美女って感じだ。

 秋の空のようなう薄い青色の髪に、湖面のような静かな瞳。

 豪奢なドレスをまとい、なんといってもそのふくよかすぎる胸元に視線が吸い寄せられてしまう。


 正直オレのマザコンセンサーがビンビンに反応していた。


「いや、あんなの派手な花火を打ち上げたようなもんじゃん。近衛兵のヒトたちも、おもいっきり手加減したから人的被害はゼロだったでしょ?」


「またそんなこと言って、あんなことをされたら王都民が不安がるでしょう。誤魔化すのも大変だったんですよ。まあ、認知症が始まったアストロディア様が、寝ぼけて炎の魔法をぶっ放したということにして収めましたが」


 なんか神父様ご本人様がものすごく死んだ目をしていた。

 それがどれだけ不名誉なんことなのか、容易に想像がついた。


「それよりも、このまえ行きたいって言っていた由布院の温泉、あそこに行きたいです。もちろんふたりっきりで。百理さんとか呼ばないでくださいましね」


「いやあ、どうかなあ。この間のデートも、どこからともなく現れたからなあ。多分僕、衛生カメラで監視されてるぞ。もういっそ地球でバカンスするのやめない?」


「それでしたら、お忍びでエストランテのロイヤルスイートで怠惰な毎日を過ごしましょう」


「それも悪くないなあ。はっはっは」


 な、なんだ、あの厳しくも凛々しいレイリィ女王様が、地球のテレビで見るお姿とは全然ちがう、濡れた女の瞳で、あの少年にしなだれかかっている。


 い、いったいふたりはどんな関係なんだ? 若いツバメ的な……?


「あら、なんの内緒話なのかしら? またぞろふたりでイケない遊びの相談?」


 ふたりの会話に割って入ったのは、パルメニ・ヒアスさんだった。

 象牙色の肌に、明るい茶髪を後ろで一本に縛っている。腰元には一振りの剣がぶら下げられており、妖艶な笑みを湛えながら、後ろから少年にしなだれかかっている。


「悪巧みなんかしてないさ。ただ今回ちょっと迷惑かけちゃったから、埋め合わせをどうするかって話をしてただけだよ」


「そうです、このことに関してあなたは関係ありません。どっか行ってくださいまし」


 レイリィ女王陛下は、淑女らしからぬしかめっ面で、しっし、と手を払う動作をした。


『あーん、なんだぁてめえら、どうせあれだ、しっぽりエロいことしようとしてるんだろう?』


 パルメニさんの方から、突如として野太い男性の声が聞こえてくる。

 え、腹話術? かと思ったらちがった。


「そんなことないよなあ、レイリィ?」


「そ、そうですわ。アズズ様ったらまったくお下品な」


 どうやらパルメニさんの頭に括り付けられている、半分だけの仮面から声が発されているようだ。あれは一体どういう仕組みなんだろう。


「なになに、なんの話? 旅行の相談?」


「そうだん……」


「まったく貴様らは。ほどほどにしておけよ」


「しとけよー!」


 やってきたのはアリスト=セレス様、そしてアウラ様。

 おなじくエアスト=リアス様、セレスティア様だ。


 アリスト=セレス様は、見た目だけならすごく幼い。

 小学校高学年、あるいは中学生くらいにしか見えない。

 でも一番母性が強いというか、ママみを感じる。


 対するエアスト=リアス様は完璧に大人の女性だ。

 成熟した大人の女性という感じであり、ミアさんと同じ魔人族ということで、その褐色の肌や銀髪も美しい。


 いや、それにしても、ホントこの少年は何者なんだ。

 魔法世界で知らぬものはないほどの女傑たちに囲まれて、ものすごくチヤホヤされてる。


 もしかして相当な実力者なのだろうか。


「ふん、ただのスケベ野郎だ。あんな男を手本にしてはならんぞ貴様」


「えッ!?」


 いつの間にか、オレの隣にいたのはモリガン様だった。

 この方はアイティア様と同じ身体を共有する炎の精霊様で、普段、アイティア様なら黒髪をされているが、人格が入れ替わると紫紺の髪色に変化する。性格もかなり攻撃的になるらしく、スケベな男性を嫌悪しているとか。


「あのような男の風上にもおけんヤツと比べて貴様はいいな。たったひとりの女を愛することは素晴らしい。その生き方を損なわぬことだ」


「は、はあ、どうも……」


 そうしていよいよ式が始まった。

 アストロディア・ポコス様が祝詞を読み上げ、厳粛な雰囲気に包まれるなか、突如として新たな乱入者がやってくる。


「ごめーん、遅れちゃった〜!」


 現れた人物に、オレは目を丸くした。

 彼女こそ、地球でもっとも有名なハリウッド女優。

 レッツゴー吹雪こと、綾瀬川心深さんだった!


「ダーリン、わたし疲れちゃったよう、ねえ、お願い、チューして」


「こら、いまは式の真っ最中でしょ。あとにしなさい!」


「ダメ、がまんできないの。いますぐしてぇ!」


「もう、本当にしょうがないやつだなあ」


「やだ、なんかそっけなかった。もう一回」


「こら、口紅つくでしょ。そんなベタベタしないの」


「どうして嫌がるの? もうわたしのことキライになっちゃったの?」


「バカ、そんなんじゃ……って、おまえ、ちょっと酒臭いぞ? もしかして酔ってる?」


「酔ってないも〜ん、ういー、ヒック」


「あー、おぬしら、出てってくれんかのう」


 あとになってようやく知った。

 オレを異世界へと導いてくれた少年こそが、龍神様と呼ばれる、異世界の英雄だということを。


 そんな人物と、オレは友達になってしまったようだった。



 *



「ユウイチさんのえっち! キライ!」


 結婚式から三ヶ月が経った。

 ミアさんのお腹もかなり目立ち始めてきた頃、オレたちは離婚の危機を迎えていた。


「ちがうよ、誤解だよ。というかこのやりとり何度目だろうね?」


「何度目とか知りません! エアリス様が来るたびに、ユウイチさんがデレデレしてるからでしょう!」


 オレたちは龍神様のお膝元である、ダフトン市から外れたゴルゴダ平原のとある場所に住んでいる。地形的な影響で魔物も少なく、水場となるオアシスも近い秘境とされる場所である。


 そこにはオレたちふたりが暮らすのに困らないくらいの、大きな家が建っている。

 元々はとある護符職人のヒトが使っていた工房らしく、技術盗用を警戒して、こんな場所で生活していたそうだ。


 街からは荷馬車を使っても片道二時間かかり、まず誰もやってこないようなところである。そんな場所で始まった、オレとミアさんの新婚生活は波乱の連続だった。


 ミアさんは妊婦である。やっぱりオレが主体となって動いていかなければならない。


 炊事、洗濯、掃除をこなしながら、定期的に街への買い出しにもでかけなければならない。


 オレたちには荷馬車と、一匹のレイザードと呼ばれる二足歩行するトカゲが与えられた。もちろん、そいつの世話もしていかなければならない。


 正直大変だった。朝は夜明けとともに働き始めないと、一日のスケジュールが終わらない。


 最初は水汲みだ。毎日歩いて数分の水場まで、荷馬車を引きながら水を汲みに行き、朝食の支度、洗濯をして、掃除、午後からは買い出し。


 その間に昼食をとり、買い物から帰ってきたら即座に夕食、そして宵の口には寝てしまう。


 それでも、ちっとも苦にはならなかった。

 となりにミアさんがいる。どんなことでも、彼女と一緒にこなせば、楽しい。

 いくらでも乗り越えられていける。そう思っていた。


「ちがうって言ってるじゃないですか! もう、ミアさんなんか知りません!」


「うー、うううーっ! ユウイチさんのバカぁ!」


 でも、たまに……いや、わりと頻繁に、こういうケンカをしてしまうことが多々あった。


 それは、週に何回か、気を使った龍神様ファミリーの方々が、オレたちの様子を見に来てくださるのだが、やってくるヒトたち全員が、オレのマザコンセンサーを刺激する素敵なママたちばかりなのである。


 本日、我が家にやってきてくれたのはエアリス様だった。

 銀髪褐色肌に、引き締まったボディと、豊かなお胸の持ち主である。

 彼女は異世界随一の料理人ということで、不慣れなオレのために料理を教えに来てくれたのだ。


「そう、いいぞ。包丁の使い方がだいぶ上達したな」


「は、はい、ありがとうございます」


「だが、まだまだ肩にチカラが入っているな」


「ひょわわっ!?」


 オレの背中にエアリス様がピッタリとくっつく。

 手を伸ばして、包丁を握るオレの手に触れてくる。


「どうした、緊張しなくていいぞ。もっとチカラを抜け」


「は、はい……こ、こうですか」


「まだ少し固いな。刃先ではなく、包丁全体を使って切るんだ」


「は、はいぃぃ……!」


「…………」


 エアリス様のお胸の感触と、背後から感じるミアさんの嫉妬オーラで、オレは生きた心地がしなかった。


 そうして、エアリス様が帰ったあと、ミアさんが爆発した。


「なによ、デレデレしちゃって! ユウイチさんのスケベ!」


「デ、デレデレなんかしてないよ! 話を聞いてミアさん!」


「うわーん……!」


 一緒に暮らして初めてわかることがある。

 地球にいたときはわからなかったが、ミアさんは嫉妬深い。


 十王寺町にはミアさんを脅かすほどの美女が少なかった……というのが本当か。

 でもここ魔法世界では、ミアさんが思わず嫉妬してしまうほどの美女がたくさんいる。


 まずは先ほどのエアリス様。


 そして妊婦であるミアさんを定期検診してくださるセーレス様。


 身の回りのお世話に来てくださるメイドのソーラスさん、アイティアさん。


 週に一回、近隣に魔物がいないか見回りをしてくれるパルメニ様と。


 マザコンであるオレにとっては目の毒になるような美しい女性ばかりだった。


 もちろん、オレはミアさん一筋だ。

 でも、男として、どうしてもそれらの女性を視界に入れてしまうことは仕方のないことだと思う。


 むしろそんな妖艶な女性たちを見てオレは「ああ、将来ミアさんもこんな感じになるのかなあ」と期待に胸を膨らませたりするのだが……。


 ミアさんはプリプリと怒りながら、外に出て行ってしまった。

 まあ、ここは行ける場所も限られるし、そうそう危険なこともない。

 どうせいつものところだろう。


 オレは竈に火を入れ、本日エアリス様から習った料理を作り始めた。



 *



「ミアさん」


「グス……遅いです! もっと早く追いかけてきて!」


 これでも最速で来たんだけどなあ。

 ミアさんが膝を抱えて座っていたのは、近所の小高い丘の上だった。


 ゴルゴダ平原は基本荒野である。

 緑は少なく、大きな山はない。

 でもその代わり、なだらかな荒野が延々と続く。


 時刻は夕方。西の地平線に、真っ赤な太陽サンバルが沈みかけていた。


「相変わらずすごいな……」


 地平線に沈む太陽なんて日本ではめったに拝めない。

 血のように赤い刹那の光が、オレたちを照らしてた。


「ミアさん、帰ろう」


「ふん」


 おや、どうやらまだごきげん斜めらしい。


「ここにいたら冷えるよ。お腹の子に障るでしょ」


「つーん」


 やれやれ、仕方ないな。


「ミアさん」


「あ」


 後ろからミアさんを抱きしめる。

 首に手を回してギュッとした。


「ミアさん、大好きだよ。オレが愛してるのはミアさんだけだから」


「そんなことわかってます……。でもわたしはいま、ユウイチさんに色々してもらってるばかりだから……だから」


「わかってる。焦らなくていいから」


 ミアさんの特殊性故、オレたちは通常の恋人同士がするようなことを、ほとんどしていない。


 恋人同士がするようなこと……つまりはその、エッチなこと、というか、肉体関係のことである。


 妊娠初期は特に流産の可能性があるため、性交はNGとされる。

 ということで、オレは絶賛禁欲中。


 そういう行為もすべて、ミアさんの出産が終わってから、ということになっている。


 だからなのだ。オレがつい、キレイな女性を目で追ってしまうと、ミアさんは妊婦さん特有のホルモンバランスの変化もあって、イライラカリカリしてしまうのである。


「ユウイチさん、ごめんなさい。わたし……」


「いいんだよ、悪いのはオレだから」


「ううん、そんなことない。ユウイチさんはお料理を習っていただけなのに」


 とまあ、ケンカをすることもしょっちゅうだが、だいたいはその日のうちに仲直りしてしまう。


 これも夫婦として経験の浅いオレたちなりのコミュニケーションと言えるのかもしれない。


「ほら、帰ろう。もうだいぶ寒くなってきたよ」


「うん」


「おんぶする?」


「ううん、手、つないで」


「はいはい」


 指と指を絡めて手をつなぐ。

 ピタっとミアさんがオレに寄り添う。

 そんな彼女を支えながら、オレたちは帰宅する。


「いい匂い。今日のごはんはなんですか?」


「なんだろうね、当ててみて」


「うーん、でもこの匂いはもしかして……」


 リビングの食卓には、すでに食事が用意されている。

 多少冷めてしまったけど、大丈夫だろう。


「あ、これってもしかして、クルプのステーキ!?」


「そ、今日はこれを習っていたんだよ。ミアさん食べたいって言ってたでしょ」


「わーい、ユウイチさん大好き!」


 やれやれ。オレの嫁さんは可愛いなあ。まったく。


「じゃあ食べよう」


「いただきまーす」


 こうして、オレたちの毎日は過ぎていく。

 それから一週間くらいしたあと、ミアさんの定期検診にセーレス様がやってきた。


「うん、順調だね。すくすく育ってる。いまのところ問題ないよ」


「ほ、本当ですか。よかったぁ」


 ミアさんがお腹を抑えながら安堵の表情をする。

 オレも一安心だ。早く元気に生まれてきてほしい。


「あ、あのセーレス様、少しご相談があるのですが」


「うんうん、いいよ、なんでも聞いて」


「それがですね……ゴニョゴニョ」


 なんだろう、目のまえで内緒話って。


「ほー、そっか。うん、いいよ」


 セーレス様はなぜかオレの方をみてニヤニヤしていた。


「ユーイチ、外に出てて。一時間は帰ってきちゃダメだよ」


「え、なんですかそれ? オレだけ仲間はずれですか?」


「いいから、外でアウラとセレスティアの相手してて。絶対入ってきちゃダメだよ」


「わ、わかりました……」


 ちぇ、なんだよ。

 オレは少し不貞腐れながら、今夜は風呂でも焚こうと思い、オアシスに水を汲みに行った。


「わーッ!」


「キャッキャ!」


 オアシスはとんでもないことになっていた。

 身の毛もよだつような巨大水蛇すいじゃが、暴風を撒き散らす鳳凰と戯れていたからだ。


 鳳凰の背中にはアウラ様が。水蛇の背中にはセレスティア様が乗っている。

 水を求めてやってくる野生動物たちが、草葉の陰で怯えている。

 このとんでもないお子様ふたりをなだめながら一時間……ヘビィだぜ。



 *



「あの、ユウイチさん、今夜は一緒にお風呂に入りませんか?」


「…………」


 夕食後、食器の片付けをしていたとき、ミアさんがとんでもないことを言ってきた。


「え、あの」


「ご、ごめんなさい、イヤですよね。こんなお腹の出た身体、見たくないですよね」


「とんでもない!」


 なにを言ってるんだミアさんは!

 たとえあなたが体重一〇〇キロになったとしても、オレはあなたの身体を見たいです!


「一〇〇キロって。そんなふうにはならないですよ。まあ、たしかに、ユウイチさんのご飯が美味しいからちょっと太っちゃいましたけど」


 クスクスっと、ミアさんは笑う。

 オレもつられて笑ってはいるが、心臓はバクバクだった。


 添い寝をすることはもう当たり前になったけど、一緒にお風呂に入るのは初めてだ。


 というのも、ミアさんは裸を見られるのをとても恥ずかしがるのだ。

 とくに大きくなっていくお腹を見られるのに抵抗があるらしい。


 全然、オレはそんなこと気にしないし、赤ちゃんがいるんだから当たり前としか思わないのに。


「それじゃあ、先に入っていてくださいますか。わたしは、洗い物が終わったら行きますので」


「はいぃぃ!」


 直立不動で敬礼した。

 すげえ、これはマジだ。

 冗談とかじゃないんだ。


 あの服の上からでもわかる、ミアさんの曲線を生で見られるんだ。

 すごいことになったぞこれは……!


「はあはあ……ううう、ダメだ、心臓が爆発しそうだ」


 胸を抑えながらオレは風呂場へ向かった。

 我が家の風呂は古式ゆかしい薪風呂なのだが、精霊様セレスティア様の加護のおかげで、火入れをするだけで、ちょうどいい湯加減になるという、チート風呂でもある。夕食前に火入れをしたから、絶好の湯加減になっていた。


 まずオレは湯船に入るまえに身体をゴシゴシと洗った。

 なぜかは知らないが、汚れた身体でミアさんの裸を見てはイケない気がした。

 というわけでお清めである。ゴシゴシ。


「あの、ユウイチさん、失礼しますね」


「は、はい!」


 ドキドキドキドキ……!

 幽幻なる女神が降臨した。


 もうもうと立ち込める湯気のなか、頼りないランプの光に照らされたミアさんは、どこまでも美しかった。


 薄い手ぬぐい一枚でかすかに胸元を隠し、もう片方の手で、労るようにお腹を抱えている。


 妊娠六ヶ月。もうハッキリと、大きなお腹がわかる。

 さらにお腹の下部のほうに、あれは……妊娠線か。

 やや赤くなっていて、すこし痛々しい。


「あの、ユウイチさん……その」


「うん、キレイだよミアさん。なんかお母さんって感じする」


「ふふ、そりゃあ、わたしはこの子のお母さんですから」


 ミアさんは愛おしげにお腹を擦った。


「ほら、こっち。早く温まってよ」


 湯船に浸かっていたオレは、慌てて出ようとする。

 でもそんなオレをミアさんは押し留めた。


「そのまま……」


 湯船のなか、足を伸ばすオレの上に、ミアさんが腰を下ろす。

 こ、これは……!


「あの、肩が寒いので、後ろから抱きしめてもらえますか?」


「ご、ごめん、すぐに……」


 うおおお! な、なんか、いろいろな部分が当た、当たって……!

 ミアさんの大きくてボリューミーなお尻の感触ががががが!


「はあ、落ち着きます……」


「…………」


 オレはまったく落ち着かなかった。

 心臓がかつてないほど早鐘を打っている。

 というか絶対ミアさんに伝わってる。

 だって、オレの胸にミアさんの背中が直接触れているんだから。


「うふふ」


「な、なに?」


「だってユウイチさん、すごくドキドキしてる」


「し、仕方ないでしょ」


 こんな、女のヒトと一緒にお風呂に入るなんて初めてなんだから。


「そうですか、初めてですか。こんなことユウイチさんにしてあげられるのはわたしだけなのに、それでも他所の女性を目で追ってしまうんですね」


 グサっと来た。やっぱり話題はそれになるのか。


「すみません」


「いえ、謝ることではありません」


「え?」

 なんか物分りよくない?

 先週もそれでケンカになったばかりだというのに。


「わたしは反省しました。わたしが身重なばかりに、精力旺盛な旦那様に我慢をさせてしまっている責任は、わたしにもあるのです」


「はあ」


 でもそれは仕方がない。

 妊娠中は様々なリスクとの戦いだ。

 特に気をつけなければいけないのは感染症。


 オレはもちろん健康体ではあるが、それでもミアさんには気を使う。

 最悪、ミアさんの生命は助かっても、赤ん坊の生命は失われてしまう危険がある。

 なので、子どもが産まれるまでは……とふたりで話し合って決めたのだ。


「それで、昼間はセーレス様にご相談をしたんです」


「……えっと、なにを?」


「その、手やお口を使って、する方法を……」


「はっ?」


「ユウイチさん」


 ざあっと、お湯をかき分けて、ミアさんが立ち上がった。

 オレの目のまえには、圧倒的質感のミアさんのお尻が。


「こ、こちら、湯船の淵に腰掛けて、あ、脚を開いてください」


「……マジ?」


「マジ、です」


「いや、でもそれは」


「いいから、これも妻の務めですから」


 妻。なんていい響きなのだろうか。

 そうだ、ミアさんはオレの妻。お嫁さん。

 そしてオレはミアさんの旦那さんなんだ。


「わかった」


 オレは湯船から出て、淵に腰を下ろす。

 ミアさんもまた、オレの足元に膝をついた。


「ユウイチさん、脚を、開いてもらわないと」


「ちょ、ちょっと待って」


 とはいえ、誰かに自分の大切な部分を見せるのは初めてだ。

 いくら相手がミアさんでも……ミアさんだからこそ恥ずかしい。


(え、あれ、おい……ちょっとまて!)


 両脚をピッタリと閉じていたオレの股間の付け根で、オレの息子がみるみる膨張する気配をみせた。


 バカ、まだ早い。

 いや、でも脚を開いた瞬間、ミアさんに情けない姿を見せるのも。

 でもでも、最初から臨戦態勢の姿を見られたら引かれるんじゃ……。

 あああ、オレはどうすれば……!


「もう、焦れったいですね。いいから見せてください」


「いやん!」


 ガバチョっと、ミアさん自慢の怪力が炸裂した。

 次の瞬間パオーンだった。


 古代投石機のように、弧を描いたオレの息子は、勢いよく飛び出し、ブルンブルンと震えながら屹立した。


「わああ……!」


 そんなトランペットに憧れる少年のような瞳で見られても。


「すごい……ご立派ですね、ユウイチさん」


「ど、どうも(←かなりうれしい)」


「えっと、それではまず、胸で……」


「え、胸!?」


 オレは慌てた。

 てっきり手とかでしてもらえると思っていたのに、いきなりそんな高度な技を!?


「はい、セーレス様が『ミアはそんなに立派な武器があるんだから使わないともったいない』とおっしゃって」


(セーレス様、ありがとおおおおおお!)


「よいしょっと、あら、全部隠れちゃった」


(うおおおおお!)


 感動である。ミアさんのおっぱいに挟まれたオレの息子は完全に雲隠れを決め込んだ。


 そして感触。暖かくて柔らかくて、まるでオレの息子が溶けてなくなったみたいだった。


「うふふ、ユウイチさんったら、そんな嬉しそうな顔をして」


「だ、だって、最高すぎます……!」


「まだまだ、これからですよ」


 こうしてオレは、半年間、溜まりに溜まった厄を、すべて吐き出したのだった。



 *



「はああ……すごかった」


 風呂からあがり、あとはもう就寝するだけである。

 オレはベッドのうえで大の字になりながら、風呂場での余韻を味わっていた。


「もう、まだ言ってる」


「だって。感動しました」


「そうですか。頑張ってよかった」


 ミアさんも嬉しそうだ。

 やっぱり基本的に、ミアさんは尽くしてくれるタイプだ。

 それがいま、身重なためにそれができずにいる。


 これからはもう少し、ミアさんにも家事を手伝ってもらったほうが、彼女の精神衛生にいいかもしれないな。


「これでスッキリしたでしょう。もうわたし以外の女性をエッチな目で見ちゃダメですよ」


「はい……」


 別にエッチな目でエアリスさんたちを見ていたわけではないのだが。

 でも下手に言い訳するとまたケンカしそうだったので素直にうなずいておく。


「そ、そのかわり、その、またムラムラしたら、わたしがシてあげますから」


 やったぜ。オレはその場でガッツポーズをした。

 ミアさんはクスクスと笑っていた。


「それじゃあ、寝ましょうか」


「そうだね」


 フッと、ランプの火を消す。

 そうすると、室内は本当の真っ暗闇に包まれる。


 オレとミアさんはお互いを確かめるように手を伸ばす。

 ミアさんの手、肩、そして頬に触れる。

 抱き寄せる。温かい。


「おやすみなさいユウイチさん」


「おやすみ、ミアさん。またあした」


「はい……」


 こうして、オレたちの生活は続いてく。

 子どもが産まれても、何年、何十年経ってもきっと変わらない。


 オレはこの世界で、ミアさんと一緒に生きていく。

 地球にいた頃には決して得られなかった幸せがここにはあった。



 おわり

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ママミア!〜新しいママは異世界人でおっぱいが大きくてオレはもう我慢できない! Ginran(銀蘭) @Ginran

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