第31話 エピローグ

 *


 わたしの名前はシズカ。皆本シズカ。


 そしていま見上げているのは、廊下に貼り出された三学期末テストの上位者一覧。

 一位はわたし。二位がカナコちゃん。三位はタマちゃん。


 上位者のなかに、彼のなまえはない。

 里見くん――ユウイチくんは二学期の途中で、学校を退学した。


 衝撃だった。阿久津くんもなにも聞かされていなかった。

 彼の家にも行ったけど、誰も住んでないようだった。


 でもなんとなくだけど、わたしは察していた。

 彼はきっと、学校の勉強よりも、ずっと大切なものを見つけたのだ。

 そしてそれに殉じることにしたのだ。


「ちぇ、今回こそはわたしが一番だと思ったのに」


「でもホントすごいよ、急激な学力アップだねえ、シズカちゃん」


「まあね。わたしが本気になればこんなものよ」


 得意な顔をして髪などかきあげてみる。

 いまやわたしたちは学年の中心人物だった。


 同級生たちもチヤホヤしてくれる。

 先生方の評判もすこぶるいい。

 本当に順風満帆といえた。


「この分ならどの大学でも入れそうだ」


「推薦もきっともらえるよね」


「なんなら海外留学って選択も」


「ちょっとまえのわたしたちには考えられないことだね」


「…………」


 努力に努力を重ねて、やっと手に入れた理想の自分。

 でも、これが本当に、わたしの欲しかったものなのだろうか。


 学校の成績なんてそこそこで構わない。

 ただ隣に彼がいてくれれば、わたしはそれだけで満足だったのに。


「おーす、皆本いるかー」


「おー、阿久津じゃん」


「いつ帰ってきたの?」


 放課後、図書室で自主勉強をしているわたしたちのまえに現れたのは、阿久津コウタくんだった。


 アンダー17の日本代表に選ばれて、インドネシアに行っていたのだ。


「いまさっき帰ってきたんだよ。で、家についたらオレ宛に手紙が来ててな」


「手紙って……?」


「ユウイチからだ」


「――ッ!?」


 ガタン、とわたしは思わず席を立っていた。


「行ってきな」


「わたしたちはもう大丈夫だから」


 カナコちゃんとタマちゃんが背中を押してくれる。

 わたしは阿久津くんに「行こう」と促した。



 *



「日本はまだ寒いなあ」


 グラウンドが見える土手のうえで、阿久津くんは首をすくめた。

 バリ島は平均気温が28度もあるので、いまの日本では寒暖差で風邪をひくだろう。


「さて、これなんだがな」


 日本代表のジャージのポケットから、彼が取りだしたのは一枚の便箋だった。

 表書きが見たことのない文字になっている。

 おお、本当に異世界のことばだ。


「中身、日本語?」


「日本語だった。で、もし皆本が自分のこと気にしてるようだったら、一緒に読んでくれって書いてあったんで、まだ学校にいるかなーって来てみた」


「わざわざありがとね」


「やっぱ気になってたか、ユウイチのこと」


「そりゃあ、突然退学だもん。気になるよ」


「そっか。まあ、ショックを受けないようにな」


「ショックなことが書いてあるの?」


「オレはショックだった」


「あ、そう」


 わたしは阿久津くんの手から手紙を受けとる。

 中身はユウイチくんの直筆だった。



 *



 コウタへ。そして、もしかしたら皆本さんも。


 ユウイチです。


 突然学校をやめたオレのこと、心配しているかもしれないので筆を執ります。

 本当はもっと早くに手紙を書きたかったんだけど、いろいろ大変で、遅くなってしまいました。


 ごめんなさい。

 オレは元気です。


 そしてオレのそばにはいま、ミアさんがいます。

 彼女のお腹のなかには子どもがいます。


 誤解しないでね。オレの子どもじゃないんだ。

 でも誰か別の父親の子どもでもない。


 何を言ってるかわからないと思うけど、本当のことなんだ。


 異世界には精霊という神様みたいな存在がいて、昔、ミアさんは自分の生命を助けてもらうかわりに、神様と契約をしたみたいなんだ。

 彼女が大きくなったら神様自身をお腹に宿して産むって。


 ミアさんは父親になってくれるヒトを探しに地球にやってきたんだ。

 そしてオレが選ばれた。


 だからオレはミアさんと、産まれてくる子どもの父親になることにした。

 最初はミアさんを地球に連れて帰ろうと思ったんだけど、事情が事情だから、大多数のヒトたちに偏見を持たれ、オレたちは白い目で見られるかもしれない。


 というわけで、母体への影響を考えて、オレたちはいま、ヒルベルト大陸に住んでいます。


 ヒルベルト大陸は、魔族種が住む大陸で、根源27貴族の龍神様っていうヒトの庇護下に、オレたちはいます。


 街からも遠く離れた、とある場所で、オレとミアさんは暮らしています。


 もともとはとある護符職人さんが使っていた工房なのだそうだけど、自給自足の生活をしながら、どんどんお腹の大きくなるミアさんと、お互いを助け合いながら生きています。


 日本での暮らしが懐かしいです。

 でも帰りたいとはすこしも思いません。


 電気もない場所で、日の出とともに起きて、食事や洗濯、掃除をこなし、長い道のりをかけて街へ買い出しにでかけ、蝋燭に火をともしながら夕餉を摂り、宵の時間には床につく。


 毎日が退屈極まりない生活だけど、愛するヒトと一緒にいられることが、なによりの幸せだと気づきました。


 もうすぐ、オレたちの子どもが産まれます。

 春になる頃には一度日本に帰る予定です。


 そのときまで、どうかお元気で。

 里見ユウイチ。



 *



「すっげえよなあ。正直精霊とか神様とかよくわかんねえけど、それでも結局は他人の子どもだろう。それの父親になるって……あいつすごすぎだぜ」


「…………そうだね。ユウイチくん、恋愛にドライなヒトだと思ってたのに、こんなに情熱的なヒトだったんだね」


「それな。マジでそれな。いやすげえわ。あーあ、なんだろうなこれ、日本代表になったのが霞むぜ。あいつにとんでもなく置いてかれた感じするわ」


 それでも阿久津くんは嬉しそうだった。

 以前のユウイチくんはその場で足踏みをしているような雰囲気があった。


 そんな彼が、自らなにかを選び取り、前進していく姿が、友人として誇らしいのだろう。


「春……あと二ヶ月くらいか。あいつメチャクチャく大人っぽくなってるんだろうなあ」


「そうだね。そんな彼に負けないように、わたしたちも頑張りましょう」


「だな」


 手紙を畳んで封筒に収める。


 それを阿久津くんに返してから、わたしたちは別れた。


 わたしもようやく、自分の道を進んでいけそうな、そんな気がしていた。



 ママミア! ・完

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