第16話 叔母VS継母〜義理の息子争奪戦!

 *

 

『泣くなユウイチ! 姉ちゃんがなんとかしてやる!』


『メイベル姉ちゃん……』


 姉ちゃん……叔母さんはいつも仕事が忙しく、たまにしか会えない。

 オレは母親がいなくなってから十日間ほど、食べるものもなく、当時はかなりやばい状況だったらしい。


 連絡がとれる唯一の親族として、オレはメイベル叔母さんに引き取られることになった。


『いいかユウイチ、おまえはあんな大人になっちゃダメだ。真面目に生きろ。たくさん勉強して、いい会社に就職して、安定した暮らしをするんだ』


『うん、わかった』


 思えばオレの、強迫観念にも似た真面目さ、勤勉さは、幼い頃、徹底して叔母さんに言い聞かせられたものだったような気がする。


 叔母さんはオレのために、わざわざ近くに引っ越してくれた。

 でも、なにか特殊な仕事をしているらしく、月の一定の期間、まったく連絡がとれなくなる。

 なので、一緒に暮らすこともなく、部屋を貸し与えられ、叔母さんは仕事場に寝泊まりしている。


 それでもオレは、叔母さんに感謝している。

 叔母さんだって若かったし、まだまだ遊びたかっただろうに、オレのために仕事をがんばってくれた。


 オレの母親にはなってくれたなかったが、十分だ。

 叔母さんはオレの恩人なのだ。



 *



「はあ。まさかこんな若い異世界人と再婚とは。あのバカアニキめ、どこまで恥を晒せば気がすむんだか……」


 六帖一間の室内に、オレたち三人は座っていた。

 オレとミアさんは並んで座り、その対面には腕を組んで難しい顔をした叔母さんがあぐらをかいている。


「こちらのかた、ユウイチさんの妹さんですか?」


「いえ、叔母です」


 ミアさんがヒソヒソと話しかけてくる。

 彼女がそう言いたくなる気持ちもわかる。


 叔母さんはとても小柄なヒトだ。

 下手をすれば高校生……中学生……もしかしたら小学生に見られることもある。

 顔立ちも幼く、北欧の血を引いているらしく、かなりキレイなヒトだ。


 ただし、目の下にできたクマがそれらを台無しにしている。

 万年寝不足なのか、いつも顔色が悪く、ヘビースモーカーなので全身からヤニの匂いも漂っていた。


「まあ、ユウイチさんの叔母様? そうだったんですね。申し訳ありません、わたし、お茶のひとつも出さずに失礼しました」


 ミアさんは状況がわかっていないのか、お客様をおもてなしするムーブに入る。

 だが、ミアさんが立ち上がったときの叔母さんの表情にオレは戦慄していた。

 あの顔は爆弾が破裂する寸前のものだと、経験上知っているからだ。


「粗茶ですが」


 またしてもミアさんは、見事な手際で紅茶を淹れてきた。

 だが、叔母さんからすれば、その謙遜のことばさえもイラッとするものだろう。

 だってその粗茶は叔母さんのお金で買ったものなんだから。


「ふん、まずい。まずいわ」


「それは、ごめんなさい」


 一口お茶をすすった叔母さんは、苦み走った顔で悪態をつく。

 ミアさんは眉をハの字にして謝罪した。


 オレは過去最大級で胃が痛かった。

 こんなことってあるかよ。親代わりで頭のあがらない叔母さんと、父親が唐突に再婚してできた義理の母親が対峙してる。


 オレは一体どうしたらいいんだ? 叔母さんの一挙手一投足に、キリキリと胃が締めつけられる思いだった。


「座りなさいよ。うろちょろしてないで」


 給仕してからずっと立ちっぱなしのミアさんに叔母さんが促す。

 ミアさんは当然のように、ふたたびオレの隣に腰を下ろした。


 ビキっと、叔母さんの額に青筋が浮かび上がる。

 ああっと、オレはこころのなかで頭を抱えた。


「えーっと、なんだけっけ、あんたのなまえ」


「ミアです、里見ミア」


「そうそう、ミア・・さんね。あなたも最難だったわねえ。父親くらい歳の離れた男と無理やり結婚させられて。本当はそんなことしたくなかったでしょう。日本政府も何考えてるんだか」


「は、はあ……」


 うわ、叔母さん、なかったことにしようとしてる。

 爆発しそうな理性を綱渡りでコントロールしながら、ギリギリの妥協案を提示している。


 それが、御破算なかったことである。

 いや、でもそれは、さすがにどうなんだろう……。


「もう結構よ、帰っていただいて。あなたも自分の国に戻って、年相応の相手を見つけて結婚でもなんでもすればいいじゃない。もしくは、うちとは関係のない、どっか別の地球人と結婚でもなんでもすれば? はいさよーならー」


 ズズズっと叔母さんは、結構熱いだろうに、お茶を一息ですすった。

 あー、げっぷ。と非礼を隠そうともしない。


 それに対するミアさんの反応は――


「なにをおっしゃってるんでしょう。わたしはユウイチさんのお母さんなのですが……」


 ビシっと、叔母さんの顔面に、亀裂のようなものが走った。

 あああ、わざとなのか、それとも天然なのか。

 ミアさんの一言はたやすく叔母さんの逆鱗に触れた。


「なーにをほざいてるのかしら。昨日今日やってきたばかりの分際で、お母さんとか舐めてるのあんた?」


「いいえ、事実です。わたしは正真正銘、里見ユウイチの母です」


 ガシャンッ! とものすごい音がした。

 叔母さんが持っていたティーカップを思いっきり受け皿ソーサーに叩きつけたのだ。


 あまりの勢いに取っ手が取れてしまっている。

 カラン、と、叔母さんは殻になったカップの中に取っ手を落とした。


「母親っていうのはねえ、一日二日でなれるもんじゃないの! 生みの親でもないかぎり、長い時間をかけて絆を醸成していくものでしょう! したがって、あんたは断じて母親じゃないの! おわかり!?」


「時間など問題ではありません。わたしとユウイチさんにはたしかな絆が存在してます。故にわたしはユウイチさんの母親であり、こちらを出ていく理由はありません」


 うわあ! ミアさん一歩も引かねえ!

 滅多なことでは怒らない叔母さんだが、だからこそ怒ったときはめちゃくちゃ怖い。


 オレなんか叔母さんにあの目で睨まれただけで、震え上がってしまうというのに、ミアさんはまったく物怖じせず、自分の意見を言っている。


(すげえ、すげえよミアさん!)


「あっそう。じゃあ仕方ないわねえ。ここの部屋の契約者はわたし。毎月の家賃を払っているのもわたし。したがって、あんたがここに住むことを、わたしは認めない。いますぐ出ていきなさい」


「あらまあ。そういうこと言っちゃいますか。ではユウイチさん、秋月さんからいただいたお金で、新しいお部屋を借りましょうか」


「え、えっと」


「保証人は秋月さんに頼みましょう。未成年者がいる場合、成人するまで生活援助も受けられるみたいですし、異世界人のわたしの援助と合わせれば、十分ふたりで暮らせますよ」


 などとにこやかに言っているミアさんだが、ナチュラルに叔母さんを煽っていることを自覚していない。


 その証拠に、オレの視界に映る叔母さんの髪が、ピシ、ピシッと、怒髪天を衝くみたいに逆立っていってる。あわわわわ。


「こ、この……! 言わせておけば好き放題……! ぽっと出のおっぱいおばけの分際で!」


 先ほども言ったが叔母さんは小柄なヒトだ。

 日本人である祖父の血が濃いらしく、髪は黒髪で、目の色もブラウンだが、よく見ないとわからないほど薄い。


 そして体型は……並んで歩けば確実にオレが兄、叔母さんが妹と見られてしまうほどである。


 そんな叔母さんから見れば、ミアさんはおっぱ……おばけに見えるのも仕方ないだろう。


「認めない! ユウイチの親はわたしよ! ユウイチを連れて行くなんて許さない! あんたひとりで出てきなさいよ!」


 ついに叔母さんが強硬手段にでた。

 この女の傍らには置いておけない、とばかりに、オレの腕をつかんで引き寄せたのだ。


「何するんですか、やめてください!」


 ハッシ、とミアさんもまた、オレの反対の腕をつかんだ。


「ユウイチはうちの子よ! あんたなんかに渡さない!」


「ユウイチさんはわたしの息子です! あなたこそ乱暴はやめてください!」


 ギリ、ギリギリギリっと、左右から腕を引っ張られる。いだだだだッ!

 叔母さんはその小さな身体で、全体重をかけてしがみついてくるし、ミアさんもまた、両手で抱き寄せるように引っ張ってくる。


 ――魔人族って力持ちなのよ。


 クインさんのことばを思い出す。

 ミアさんの怪力はお父さん譲りだった。


 なので、当然のように、オレと叔母さんふたり分の体重を引っこ抜き、オレごと叔母さんを抱きしめようとする。


 オレは――叔母さんのまえで先ほどの二の舞いにはなるまいと自重した。

 なんとかミアさんの抱擁から身を躱すことに成功したのである。その結果――


「むぎゅう」


 叔母さんひとりだけが、ミアさんのおっぱいにホールドされることとなった。


「ああ、ユウイチさん……ちょっと小さくなりましたか?」


 パフ、パフパフ。


「むぐ、ぐぐぐ、ぐううう!」


 うわあ、叔母さんの頭部が、ミアさんの谷間に挟まれて、完全に消えてる。

 まるでおっぱいが三つになったみたいだ。


「ユウイチさんはわたしの息子です。絶対にあなたなんかに渡したりしません。ユウイチさん、ああ、ユウイチさん…………じゃない!」


 恍惚とオレを抱きしめている(つもりだった)ミアさんが、カッと目を見開く。


「この匂い、タバコの匂い! 誰ですかあなた、ユウイチさんじゃありませんね!?」


「むがーッ! いい加減に離せこらーッ!」


 叔母さんがキレた。両手でミアさんのおっぱいを押して離脱しようとするも、その紅葉のようなお手々は、ふたつの水蜜桃に沈み込んでいくばかりだった。


「な、なんじゃこりゃあ! 底なし沼か!」


「あんっ、ダメです、そんなに乱暴にしないで!」


「こ、この、これで、これでユウイチを誑かしたのか! さっきもやっぱりユウイチにこんな風船みたいに肥大化したおっぱいを押し付けていたんだな! わたしからユウイチを奪う毒婦め!」


「いやあああんっ!」


 艷やかな悲鳴がとどろく。ブチ切れた叔母さんは、ミアさんのおっぱいに連続で張り手をかましていく。バインバインバイン。


「なんなんだいこれは! こんな重たいもんぶら下げて! なんてみっともない! 情けないったらありゃしないよ!」


「やんやんっ! いやん! そんなに乱暴にしないでぇ!」


「そんなこと言って、本当はこうされるのがいいんじゃないのかい!? うりゃうりゃうりゃあ!」


「あんあんあんっ! そんなに強くしちゃダメなのぉ!」


「うはははははーっ!」


 あれ? 仲良くなってない?

 だが、見た目はかなり危ないことになっていた。


 ミアさんの規格外のおっぱいが、叔母さんの手によって、自由奔放すぎる挙動を見せている。


 シャツのボタンは限界まで引っ張られ、あと少しでちぎれ飛んでしまいそうだった。


 男としてはこの結末を黙って見守りたい気持ちもあるが、そうなると泥沼確定なので、勇気をだして止めることにした。


「待った! やめてくれふたりとも!」


 ピタ、と、ふたりが停止する。

 大声をだしたオレに、ふたりは驚いた顔をしていた。


「ユウイチ……」


「ユウイチさん……あんっ」


 ぺっと、叔母さんがミアさんの胸から離れる。その際おまけとばかりに乳房を引っ叩いた。


「ミアさん」


「は、はい、なんですかユウイチさん」


「叔母さんはオレの恩人なんです。ミアさんが来るずっとまえから、オレの家族なんです。あまり粗末に扱わないでください」


「は、はい、すみませんでした……」


 シュン、とミアさんは目に見えて落ち込んだ。

 叔母さんは満面の笑みを浮かべて「へへ、ざまー!」と指さしている。


「叔母さんも。よく考えてください。このヒトは親父おやじの被害者でもある。しかも異世界人だ。叔母さんが追いだしたら、ミアさんは本当に行くところがなくなっちゃうんですよ」


「ユウイチ……」


「ユウイチさん」


 叔母さんとミアさんは対照的な顔をしていた。

 叔母さんはショックを受けたようになり、ミアさんは目尻に涙を浮かべてオレを見つめていた。


「ミアさんは悪いヒトじゃないと思う。まだ地球の常識に不慣れなだけで、普通に手を取り合うことはできるよ。親父との結婚うんぬんの話も、ミアさんが地球にきちんと慣れるのを待ってから、そこで改めてしても遅くないと思うんだ」


 一方的な感情論で、そのヒトの生活の何もかもを奪ってしまうのは、してはならないことだ。


 かつてオレが母親に捨てられ、生活の何もかもが立ち行かなくなったとき、面倒をみてくれたその叔母さんが、かつての母親と同じようなことをしようとしているのはガマンがならなかった。


「……そんなこと言って」


「叔母さん?」


「そんなこと言って! どうせこの女の色仕掛けに参ってるんだろう! ユウイチはわたしよりこんなおっぱいおばけを選ぶって言うんだね!」


「ちが、そんなんじゃ――」


「フンだ! やっぱり男は乳のデカい女がいいんだ! あんたも所詮あの男の息子だよ!」


 グサ、っと見えないナイフが突き刺さる。

 そ、それは……あながち否定できないからこそ傷つくぞ。


「あ、あの、メイベルさん」


 ミアさんが口を開く。だが、それよりも早く叔母さんは「うわああああん! 異世界人にユウイチ取られたあああああっ!」と泣き叫びながら部屋を飛び出していった。


 シーン、と叔母さんが去ったあとは、本当に嵐のあとのような静けさに見舞われた。


 オレは深い溜め息をひとつ、開きっぱなしになっていたドアを閉めた。


「すみませんミアさん、少し時間がかかりそうです」

 説得には。でも、果たしてあんなふうに意固地になってしまった叔母を説得なんてできるのだろうか。


「いいえ、ユウイチさん。ここはわたしに任せてください」


「ミアさん?」


「先ほどのおことば、こころに染みました。メイベルさんはユウイチさんにとって大切なかたなんだとわかりました。ならばこそ、母親であるわたしが、彼女との関係を諦めるわけにはいきません……!」


 おお、ミアさんが燃えている。その瞳は並々ならぬ闘志のようなものが宿っていた。


「ちょっと行ってきます。メイベルさんはユウイチさんの家族。なら、わたしにとっても家族ですから」


「待ってください、そういうことならオレも――」


 後を追おうとするオレを、ミアさんは優しく押し止める。

 ググっと顔を近づけながら彼女はニッコリと微笑んだ。


「お母さんに任せて」


 そのことばに、オレは胸が締め付けられる思いがした。

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