第15話 あふれ出る母性(母乳)と最悪の邂逅

 *



「今日のお夕飯はわたしにまかせてください!」


 家に帰ってきて開口一番、ミアさんはそう言った。


「え、いや、オレが作りますよ?」


 ミアさんは男用のエプロンを装着して、すでにガスコンロのまえに立っていた。


「いいですから、ユウイチさんは座っていてください。お勉強でもして待っていてください」


「ちょ、ちょっと」


 ミアさんはオレをキッチン周りから追い出した。


 まかせてくださいもなにも、あなたは昨日地球に来たばかりで、辛うじて風呂周りの使い方は覚えたみたいだけど、ガスコンロの使い方はまったくわからないはず。


 そんな状態で料理なんてできるはずが……などと思っていたら、不思議なことが起こった。


 なんとミアさんは鍋を取り出し、適量分の水を入れ、コンロに置いて火をつけたのだ。


 とても慣れた手付きだった。

 長年、里見家のキッチンで料理を作っていたかのような、そんな感じだった。


「ふふ〜ん♡」


 トントントン、と、リズミカルな音が響く。

 包丁で野菜を刻んでいる音だ。


 じゃがいもの皮をピーラーで剥いて、芽をとり、拍子切りにして、さらにはさいの目切りにしていく。


 にんじんは乱切り、たまねぎはくし切りにしている。

 トマトは軽く茹でたあと皮を剥いて、マッシャーで潰してピューレ状に。


(おお……オレよりも手際がいいぞ)


 鍋の中でたまねぎ、じゃがいも、にんじんを炒め、一旦お皿に避けてから塩コショウで肉を炒めていく。


 火が通ったところで野菜と水を投入。

 グツグツと煮えてきたタイミングで、ミアさんは我が家にたまたま余っていたローリエの葉っぱを入れ、さらに煮詰めていく。


 完璧だ。完璧すぎた。

 料理をする彼女の姿はまさにお母さんそのもので、オレの目を釘付けにした。


 勉強でもしていて、と言われたので、テーブルの上に教科書だけは開いているが、一ページだって進んじゃいなかった。


(ミアさん、本当にお母さんみたいだ……)


 はるか昔、もうおぼろげになってしまった記憶が脳裏をよぎる。


 ――ユウイチ、もうすぐご飯できるからね。


「ユウイチさん、もうすぐご飯できますからね」


「……母さん」


 ポツリと、そんな言葉が口を出た。

 ハッとしたときには遅かった。


 鍋にカレールウを入れ、弱火に落としたあと、エプロンを外したミアさんがオレの隣に座っていた。


 オレはなにを口にしているんだ。

 昨日会ったばかりの、こんなに若い女性に対してお母さんだなんて。


 恥ずかしい。嫌われたかもしれない。

 でもミアさんは、一瞬キョトンとしたあと、いままで一番の笑みを浮かべた。


「……うれしい。ユウイチさん、ようやくお母さんって呼んでくれましたね」


「あ、いや、すみません。なんというか、ミアさんが料理をしている姿が、お母さんっぽいなっていう意味で……」


「うふふ、おかしい、ユウイチさんったら。そうですよ、わたしはユウイチさんのお母さんなんですよ」


 不思議だ。本当に不思議なヒトだ。

 普段は年相応でも、ときどき幼く見えたり、もっとずっと年上に見えたりもする。


 妹のようで、姉のような、そして母親のような。

 いろいろな顔を見せてくれる、そんなとても魅力的な女性……。


「ユウイチさん」


 ズイっと、ミアさんが近づく。

 ピッタリとオレの横に腰を落ち着け、コテン、と肩に頭をあずけてくる。


 ああ、女性は苦手だったはずなのに。

 でもいまのオレは、ミアさんのぬくもりを感じることに、深い安らぎを覚えている。


 女性と付き合うなんてもってのほか。

 親父のようにはなるまいと、勉強一筋で生きてきたオレが、まさかこんな気持を抱くことになるなんて。


「ねえ、ユウイチさん」


「なんですか、ミアさん」


「お願いが、あるんです」


「なんでしょう」


「また、おちちを、吸ってくださいませんか?」


「え?」


 ギョッとした。隣を見る。

 ミアさんのキレイな銀髪のつむじが目に入る。


 それがゆっくりと離れていき、こちらに顔を向けたミアさんは、また昨夜のように、熱く火照った表情をしていた。


「ごめんなさいユウイチさん。はしたない女と笑ってください。でも、また疼いてきてしまって……!」


「ちょ、ミアさん、おち、落ち着いて!」


 詰め寄ろうとするミアさんから、オレは慌てて距離をとる。

 だが、狭い部屋のなか、ドン、と即座にふすまに阻まれる。


「すみません、わたし、またこんな……知識を引き出したから、ガマンが……!」


「いや、ちょっとまって、こんなことやっぱりおかしいです! お願いだから待って!」


 ミアさんは全身がスチームサウナのようだった。

 すさまじい熱気を発しながら、ジリジリと迫ってくる。


 さらに、熱気とともに立ち上るのは、例の甘やかな香り。

 特濃ミルクを煮詰めて蒸発させたような、鼻の粘膜が痛くなるような芳香を発している。


「はあ、はあ、はああ……このたかまりを鎮めることができるのはユウイチさんだけ……わたしが選んだあなただけなんです。お願い、助けると思って、お乳を、どうか……!」


 言いながらミアさんはシャツのボタンを外していく。

 あわらになった胸元は純白のブラに包まれている。


 そのブラは、とてつもなく巨大な果実を梱包していた。

 大渓谷のように深い谷間は、すでにしっとりと汗ばみ始めている。


 母乳のせいなのか、パンパンに張り詰めた乳房は、褐色肌の表面に、うっすらと葉脈のような血管を浮かび上がらせていた。


(すごい、これが女のヒトの……!)


 いけないと思いつつも、オレの視線は吸い寄せられるように、ミアさんの乳房に固定された。


 四つん這いになったミアさんがにじり寄る。

 重力に引かれた乳房が右に左にゆらゆら、ゆっさゆっさと揺れている。


「あ、ああ、あああ……!」


「ユウイチさん……ユウちゃん。おっぱいの時間ですよ」


「――ッ、うああッ!」


 もうダメだ。理性が、弾ける……!

 両手を広げたミアさんが、オレに覆いかぶさらんとしたその時だった。


 ――バダンッ! と乱暴にドアが開けられる。

 そして――


「なにしてんのあんたたち!」


 施錠された玄関のドアを開けられるヒト。

 ノックもインターホンもなしにこの部屋に無断で上がり込めるヒト。

 そんな人物はオレの知る限りひとりしかいない。


「メイベル、叔母さん……」


 里見メイベル。里見レンタロウ――オレの祖父が異国の妾に産ませた子。


 母親に捨てられたオレを育ててくれた恩人である。


 そのヒトが、最悪のタイミングで、ミアさんと邂逅した。

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