第14話 同郷のマダムと優雅なお茶会
*
「へえ、やっぱり。魔人族のお父様と、
オレたちはいま、商店街から少し外れた甘味屋にいた。
落ち着いた和の内装。窓際の、通りの流れがよく見えるボックス席にオレたちはいる。
オレとミアさんは並んで座り、対面にはクインさんとアンズちゃんが座っている。
アンズちゃんのランドセルと、クインさんの買い物袋を真ん中に置き、ふたりはそれぞれ、あんみつと、クリームあんみつを食べていた。
オレたちは買い物袋を脇に置いているため、オレとミアさんは膝がくっつきそうなほど密着して座っていた。
ちなみにミアさんは抹茶あんみつを。オレは磯辺焼きと緑茶をいただいている。
「あ、魔人族っていうのはねユウイチくん、みんなこんな感じの褐色肌で、総じて力持ちなヒトが多いの。エルフは知ってるでしょ。みんな耳が長いのよ」
ポカンとしていたオレに、クインさんが説明をくれる。
なるほど。ミアさんの力強さはお父さん譲りだったのか……。
「でも珍しいわねえ。魔人族のお父様とエルフのお母様で、でも出身がタニア連峰国家だなんて」
「正直わたしが生まれるまえの話なので、でも父と母にもいろいろあったんだと思います」
どうやら
エルフにはエルフの領域があり、魔人族というのは魔族種というカテゴリーに分類され、ヒルベルト大陸という広大な土地に住んでいるんだとか。
そのヒルベルト大陸と同等以上の大きさを持つプリンキピア大陸というのが人類種ヒト種族……つまりは人間が住んでいる領域で、タニア連峰国家というのはヒト種族の領域にあるそうだ。
「じゃあ日本にきてあったかいでしょう。タニアのほうには行ったことないけど、すんごく寒いって聞くもの」
「ええ、それはもう。飲水が凍結せずに、蛇口をひねれば普通に出てくるなんて感動です」
クインさんとミアさんの会話が弾んでいる。
最初こそ、ミアさんはちょっと緊張していたようだが、クインさんの人柄だろうか、いまではリラックスした様子でいる。
オレはふたりの話を聞いているだけで、ミアさんのことをいろいろ知ることができ、とても有意義だった。
「えーッ! 四十代のお父様と再婚っ!? で、そっちのユウイチくんはマジの
クインさんの大声が店内に響いた。
いや、あんた驚きすぎ。
「さいこんってなーに?」
クリームあんみつを食べ終わったアンズちゃんが、不思議そうに聞いている。
クインさんはオレとミアさんの顔を交互に何度も見た。
「わ、わたしてっきり、ふたりは新婚さんなのかと……」
「やだもうクインさんったら! わたしとユウイチさんが夫婦だなんてそんな……!」
ミアさんは嬉しそうに声を弾ませながら、オレの腕を抱きしめてくる。
うおお……っていかん、人前だ。自重しろ。アンズちゃんが見てるぞ。ガマンガマン。
「ほら、その距離感。親子っていうより、完全に恋人とか夫婦じゃん」
「いやですクインさん。ユウイチさんは大切なひとり息子です。親子でこれくらいのスキンシップは当然ですよ」
「昨日会ったばかりでそれは逆にすごいわねえ。うちの息子なんてもう頭も撫でさせてくれないわよ」
「ちなみにクインさんの息子さんはいまおいくつなんですか?」
「えっとねえ、長男が二十一で、次男が十九、三男が十八かな」
え、である。成人している息子さんが三人もいて、それでアンズちゃんみたいな小学生の子もいるってことは――
「うち、男女八人妹弟だから」
「ええ、そうなんですか!?」
す、すごいな。じゃあクインさんはそんな八人を育て上げた生粋のお母さんということなのか。
でもたしかに。先ほどからクインさん、ミアさんと話し込みながら、となりのアンズちゃんの口周りを拭いてあげたり、こぼしたクリームを掃除してあげたり。やることなすことそつがない。まさにお母さんって感じのヒトだった。
「クインさん素敵です。ユウイチさん、わたしたちも負けてられませんね!」
「いや、何を言ってるんですかあなたは」
一体なんの勝負をするつもりなのか。怖くて聞けやしなかった。
「へえ、ユウイチくんのお父さん、いまはお仕事でいらっしゃらないんだ。じゃあしばらくはふたり暮らしってことなのねえ」
クインさんはニヤニヤと、意味ありげな笑みを浮かべながらオレを見ていた。
居心地が悪くて、オレは目をそらすことしかできなかった。
「まあいいんじゃない? ミアさんが幸せならなんでもオッケーよ。あははー」
クインさんはあんみつの最後の一口をペロリと片付ける。
そして、「あらいけない。もうこんな時間。今日はお開きにしましょ」と席を立った。
「今日はありがとうございます。ほら、ユウイチさんもお礼を言ってください」
「ごちそうさまです。ありがとうございました」
「はいはーい、どういたしまして。まあ、同郷のよしみってやつよ。なにか困ったことがあったらいつでも連絡ちょうだい。アドレス交換しましょ」
そう言ってクインさんはスマホを取りだすが、残念ながらミアさんはまだスマホを持っていなかった。
「じゃあこれ、わたしのアドレス。ユウイチくんからでもいいし、ミアさんがスマホを持ってからでもいいから」
レジ脇にあったメモ帳を一枚破り、店員さんからペンを借りてアドレスを書き込んだものを渡してくる。
クインさんはとても面倒見がいいヒトのようだ。
これからもなにかあれば頼らせてもらおう。
「あ、それから、この近所に異世界人御用達のクリニックがあるから。体調が悪くなったら、まずはそこに行きなさい」
「なにからなにまで、ありがとうございました」
「ありがとうございます」
ミアさんに続き、オレも頭を下げる。
クインさんはアンズちゃんの手を引きながら、バイバーイと行ってしまった。
「さ、わたしたちも買い物の続きをして帰りましょうか」
「そうですね」
ギュっと、ミアさんが腕を組んでくる。
もはや当たり前になってしまったが、実際は当たりまえじゃない。
どう考えても、昨日今日会ったばかりの、母親と息子の距離感ではない。
ミアさんは一体どういうつもりなんだろう。
本来彼女がこういうことをするべき相手は再婚相手の父親のはず。
父親が不在だから、オレを代わりにしているだけなのだろうか。
父親が帰ってきたら、ミアさんは父親にベタベタするのだろうか。
(なんか、それは絶対にイヤだな)
そんなこと言えた義理じゃないのに、ミアさんがこういうことをするのは、オレだけであってほしい……そんなことを思った。
*
「こ、ここが里見くんのお家……!」
同じ頃、
「ここの間取りって六帖一間!? え、こんなところであんなヒトとふたり暮らししてるってこと!?」
「あー、まあ、そういうことになるなあ……」
シズカは顔を真っ赤にしながら地団駄を踏み、道中さんざんとりなしてきたコウタはややゲンナリしながら同意した。
「不純よ、不潔だわ! こんなこと許されていいことじゃない!」
「いやいやいや、だって親子だろ。一緒に住むのは問題ないだろうが」
「阿久津くんの目は節穴なの!? どう考えても母と息子の距離感じゃないでしょ! あの女、絶対里見くんのこと狙ってるよ!」
仮にも友人の母親を相手にあの女呼ばわり。
皆本ってかなり過激な性格してるんだなあ、とコウタは思った。
「でも留守みたいだぜ。電気もついてないみたいだし……」
「きっとデートだ。ふたりでイチャイチャ、放課後デートしてるんだ!」
コウタは、「ユウイチに限ってデートとかありえねえ」などと思ったが、実はシズカのほうが正しかった。
「どうするんだよ。ふたりがいつ帰ってくるかわかんねえぜ」
「待つに決まってるでしょ。現場を押さえて糾弾してやる!」
「いや、さすがにそれは……」
糾弾って。それをする権利がおまえのどこにあるんだよ……とコウタは思ったが、同時にそれだけユウイチのことを好いてるんだな、とも思った。
恋は盲目というか、シズカの過激な性格を露呈させることとなったが、それでもいままで色恋のひとつもなかったユウイチが変わるきっかけができるかな、とコウタは考える。
だが――
「…………あんたたち、ヒトんちのまえで何してるの?」
「えッ、あ、あなたは……!」
突如後ろから声をかけられ、振り返ったコウタは驚愕した。
そこに居たのは――
「まだユウイチは帰ってきてないのね……。まったく、仕事がようやく終わったからスマホを見たらとんでもないことになってるじゃないの。ヨシミツのやつ、また勝手なことを……!」
「あ、あの、あなたは……?」
シズカが聞くよりも早く、コウタは彼女の腕を掴み、「す、すみません、オレたちもう帰りますから!」と歩きだした。
「ちょ、阿久津くん離して!」
「いいから、今日はもうお開きだ!」
「なんなのよもうっ!」
シズカは不満たらたらだったが、コウタのただならぬ様子に眉をひそめた。
「さっきのヒト、誰なの?」
「ありゃあユウイチの叔母さんだ」
「え、そうなのっ!? 大変、わたしご挨拶しないと!」
「やめろ、話がややこしくなる!」
そう、母に捨てられてからユウイチを育ててきた、まさにもうひとりの母親と言っても過言ではないヒト。
だが、先ほどの口調から、コウタは察する。
「ユウイチの叔母さん、どうやらあのミアさんってヒトのこと、納得してる風じゃなかった。こりゃあ今夜は里見家に血の雨が降るぜ……!」
コウタの予想通り、それは約束された修羅場が起こることを意味していた。
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