第13話 夕飯の買い出しは放課後デート
*
「わあ、すてきな
学校帰り、オレたちは夕飯の買い物にでていた。
自宅がある方角とは駅を挟んで反対側にある商店街に来ている。
昨夜買った食料でなにか作ってもいいのだが、ミアさんが「カレーが食べたい」と言ったので、材料を買い足しに来たのだ。
「そういえば、ミアさんはどうしてカレーを知ってるんですか?」
「
異世界の存在が公表されたのが数年前。だがごく一部のヒトたちはそれ以前から交流をしていたらしい。
そうして持ち込まれたカレーが向こうの世界でブームになったそうだ。
確か以前にもそんな話をニュースで聞いたことがある。
そのときは「ふーん」くらいしか感想を抱かなかったが、異世界人のミアさんから話を聞くと、抱く実感がまるでちがった。
やっぱりミアさんは異世界人なんだなあと、改めてそんなこと思ってしまう。
「じゃあ、本場地球のカレーを食べてもらわないといけませんね」
「やったぁ! ユウイチさん大好き!」
おおう。大げさでもなんでもなく、ミアさんが抱きついてくる。
というかさっきからずっとベタベタ引っ付いているのだ。
さっきから、というのは、皆本さんとバトルをした直後から、という意味だ。
オレが何度離れるようにお願いしても、ミアさんは拗ねた顔をして首を振った。
そしてその度に、その豊満すぎる胸をオレの腕や背中に押し当ててくるので、オレはもう諦めてしまった。
ミアさんのおっぱいは偉大だ。柔らかくて暖かくて、そして心地のいい重さで。
これを押し当てられると、脳がすこずつ溶けていく。
そうしてオレの正常な判断力を奪っていくのだ。
「へいらっしゃいっ!」
オレたちがまず立ち寄ったのは八百屋さんだ。
じゃがいも、にんじん、たまねぎ……あとはコクを出すためにトマトも入れてみようか。
「すみません、じゃがいもとにんじん、あとはたまねぎをください。カレー用、ふたり分で」
「あいよ、まいど!」
オレが注文するより早くミアさんが注文していた。
昨日は野菜のなまえすら知らなかったのに、今日はどうしたんだろう。
オレが学校に行っている間に覚えたのだろうか。
「全部で七百、いや、ピッタリ五百円でいいや!」
「わあ、おじさんありがとうございます。じゃああっちのトマトとリンゴもください。千円以内で」
「あいよ、トマトとリンゴ、一個ずつおまけしちゃうよ。ぜんぶで千円だ!」
「ありがとうございますー!」
なんだかオレよりも買い物上手じゃないか。ど、どうしちゃったんだミアさん。
いつの間にこんな、常識というか貨幣というか物価の価値を覚えたのか……。
「あ、オレが持ちます」
「ありがとうユウイチさん」
ミアさんから野菜が入った手提げ袋を受けとる。
お金も、いまはミアさんが出してくれた。
昨晩は札束で出していたのに、ちゃんと一万円を事前にくずしていたようだ。
「ユウイチさん、あれはなんですか?」
「え、あれはたいやきですね」
「あっちのは?」
「あれは大判焼き」
「さらに向こうのは?」
「ソフトクリームです」
「むむむむ」
全部甘いものだった。
ミアさんは並んでいる甘味店の看板を見たまま腕を組んで唸りだした。
どうやら、どれを食べるかで悩んでいるらしい。
ちなみにオレの腕を抱きかかえたままなので、またしてもオレの腕がおっぱいに巻き込まれている。
(……全部が全部ってわけじゃないのか)
まだ一日だ。すべてを勉強して覚えたわけではない。
オレが教えられることがまだあるという事実が嬉しかった。
「ユウイチさん、ユウイチさんはどれが食べたいですか?」
「オレはどれでも……ミアさんが好きなもので」
「どれも食べたことがないからわからないんです! ユウイチさんが決めてください!」
言われてみればもっともだな。
味の想像がつかないものを決めろというほうが酷だ。
「じゃあ、ソフトクリームで」
「あの白いとぐろを巻いているやつですね」
「冷たくて美味しいですよ」
「冷たいんですか? 冷たいのに美味しいとは……」
どうやらミアさんの国では氷を砕いてかき氷もどきにしたものに、シロップのかわりに果実酒をかけただけの食べ物があるらしい。
口の中でバリボリと氷を噛み砕きながら、薄くなったお酒の味を楽しむという……正直ミアさんは食べたいとも思わなかったそうな。
「これがソフトクリーム」
「どうぞ、ってオレが言うのも変ですけど」
八百屋のお代も、このソフトクリーム代も、オレが財布を出すより早く、ミアさんが会計してしまった。
なんだか今日はそれでもいいか、と思っていた。
「そ、それでは……!」
緊張した面持ちのミアさんが、唇から少しだけ舌先をだして、ソフトクリームを舐め取る。
「ヒンっ、つ、冷たいです!」
「そりゃあソフトクリームですから」
情けない顔をしたミアさんだったが、モゴモゴと舐め取ったソフトクリームを口の中で味わう。すると……。
「あ、でも甘いです! え、うそ、美味しいです!」
どうやら気に入ったようだ。
ミアさんは鼻先を突っ込むような勢いでソフトクリームを食べ始める。
オレは自分の分のソフトクリームには手を付けず、ミアさんを見守り続けた。
三つの甘味からソフトクリームをなぜ選んだのか。
そういえば子供の頃、母親が買ってくれたことがあったなあと、思い出したからだ。
だからどうした、というわけではないのだが、なんとなく感傷に浸って選んでしまったのだ。
「ユウイチさん、食べないんですか?」
声にハッと顔をあげる。
鼻の頭に白いものをつけたミアさんが、オレの顔を覗き込んでいた。
「オレはいいので、ミアさん、食べてもらえますか」
「いいんですか!?」
どうやらミアさんはソフトクリームがいたく気に入ったらしい。
子どものように目を輝かせて、ふたつめのソフトクリーム攻略にとりかかった。
今度はハムハムとパクつくのではなく、じっくりねっとりと舐めて味わう作戦のようだ。
「あむ……えろぉ、レロレロ……」
エロい! なんだか無性にエロいぞ!
え、なにこのASMR。めちゃくちゃ脳に来るんですけど。
「はッ!?」
往来で食べていたのがアダになった。
(み、みんなに見られてる!)
ミアさんがソフトクリームをペロペロしている姿が、道行く人々(主に男性)に見られている。
「ミアさん、こっち」
「ひゃっ!? ユウイチさん?」
オレはミアさんの手を引いて、往来を外れた脇道へと誘導する。
ここもヒトは歩いているけど、さっきのところよりかはマシだ。
「はい、ユウイチさん」
「はい?」
しばらくすると、ミアさんが形のくずれたソフトクリームを差し出してきた。
「半分どうぞ」
「い、いや、でも……」
半分。たしかに半分。
でもその半分は、ミアさんの舌が這いずり回った半分である。
「あ、わたしが口をつけたのなんて、嫌ですよね」
「いえ、そんなことは、全然!」
「本当ですか、よかったー。じゃあ、どうぞ」
渡されるソフトクリーム。
わずか二百円のソフトクリームが、いまやとんでもない付加価値をつけられている。
おそらく万金を積んでも食べられないほど希少なものになっているはず。
「い、いただきます」
あまぁい……! なんだこれは、甘すぎないか。鼻血が出そうなくらい甘いぞ。
ミアさんが口をつけたところが、甘くなりすぎているぅぅ!
「うふふ」
気がつけばミアさんが楽しそうにオレを見ていた。
見られていると食べづらい。
なぜなら、いまオレが舐めている部分は、まさしく先程まで、ミアさんが口をつけていた部分だから。
「夢中になって食べて。ユウイチさんってば子どもみたい」
そう言って彼女は微笑んだ。なんというか、とても母性的な、母親のような笑みだった。
「…………鼻の頭にソフトクリームつけてるほうがよっぽど子どもだと思いますけど」
「え、うそっ! ついてますか!?」
「自分で気づかないんですか」
「やだー、とってくださいユウイチさん」
「はいはい、動かないで」
オレはポケットからハンカチをとりだし、ミアさんの鼻に近づけていく。
ミアさんがそっと顎を上向けて、目をつぶった。オレの手が止まる。
「ユウイチさん?」
まんまキス顔だった!
「クッ」
とても直視できない。
長い銀色のまつ毛、形のいい鼻筋。
そしてぷっくりとした柔らかそうな唇。
こんな無防備な表情を見せられたら、オレは、オレは……!
「もうユウイチさん、焦らさないでください。早くぅ」
「ぐはッ」
まんまキスのおねだりみたいになってる!
「と、とれました……」
「ありがとうございます!」
勝った。勝ったぞ。オレは自分の欲望を乗り越えた。
仮にも母親に変な感情を抱かずにすんだぞ。
「ユウイチさん、また一緒にソフトクリーム食べましょうね」
「え、ええ……」
オレのなかにあった少しほろ苦い思い出が、ミアさんとの思い出に上書きされたのだった。
*
さて、あとは肉屋さんで肉を買って帰ろうか、と、オレはソフトクリームの最後の一口を食べようとした。その時だった。
「あー、ソフトクリーム! アンズも食べるー!」
横合いから、元気のいい声が聞こえてきた。
見てみれば、真新しいランドセルを背負った小さな女の子が、こちらを指さしながらピョンピョンとジャンプしている。
「もー、このまえも食べたばかりでしょう」
「また食べたい!」
「そんなこと言って、またスノウお姉ちゃんに自慢するつもりでしょ」
「しない! 秘密にする!」
「本当? じゃあ食べる?」
「食べるー!」
お母さんと小学生の子どもだった。
だが、ただの母娘ではない。
お母さんは頭の両脇から立派な
そしてそんなお母さんに手を引かれる女の子も、頭の両脇に小さな羊角が生えていた。
このヒトたち、もしかして獣人種ってやつじゃあ……。
「ごめんなさいねえ、大きな声出しちゃって……って、あら? あなたもしかして、
こちらに近づいてきた羊角のお母さんが、ミアさんの顔を見て目を丸くした。
「は、はい、わたし、昨日来たばかりで……」
ギュっとミアさんはオレの腕を抱きしめながらおずおずと言った。
地球で初めて目にする同胞に、緊張しているのだろうか。
「あ、わたしのなまえはクイン。甘粕クインよ。こっちが娘のアンズ。アンズ、ごあいさつは?」
「こん、にちは」
アンズちゃんは、お母さんの脚の後ろに隠れながらあいさつしてきた。
クインさんと名乗った女性は、オレとミアさんをつま先から頭のてっぺんまでじっくり観察したあと、ニンマリとした笑みを浮かべる。
「ねえねえ、ちょっとお話しない? 同郷のよしみってことで。お茶、ごちそうするから」
オレとミアさんは顔を見合わせる。
まあ、せっかく同郷のヒトに会えたんだし、これもミアさんのためになるのなら……。
「あ、ぜひ、お願いします」
オレがそう返答すると、クインさんは「よし、じゃあ行きましょう!」と、さっきのアンズちゃんに負けず劣らず、元気な声を出すのだった。
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