第6話 ふたり、初めての(屋外)共同作業♡

 *


 というわけで買い出しである。

 我が家の冷蔵庫には食材が何も入っていなかった。


 オレひとりだったら一晩くらい空腹でも我慢できるが、地球に来たばかりのミアさんがお腹を空かせたままなのは可哀想だ。


 時刻は21時過ぎ。

 駅近くのスーパーは22時閉店。

 急げば間に合うだろうと、買い物をしてくる旨を告げると、「それなら一緒に行きましょう」とミアさんもついてきた。


 彼女はなんでもない住宅街を歩くだけで大喜びだった。

 何がそんなに珍しいのだろうと思うのだが、異世界からやってきたミアさんにとってみれば、立ち並ぶ家々や、電柱や外灯ひとつとっても、初めて見るものばかりなのだろう。


「面白がるのはいいですけど、離れないでついてきてくださいよ」


 そう言って振り返る。

 あれ、彼女がいない――と思った次の瞬間、パパァン、とクラクションが鳴らされた。


 なんと、赤信号になった横断歩道の真ん中にミアさんが取り残されていた。


 なにやってんだあのヒト!


 オレは慌てて駆けり、彼女の手を掴んで、急いで道路を渡った。


「信号赤になってたでしょ、そういうときは渡っちゃダメなんです!」


「そ、そうなんですか? でも、ユウイチさんを見失ってしまいそうだったから……」


「…………」


 マジか、このヒト。

 地球の常識をなにも知らないのか。

 そのくせ日本語はペラペラだし。

 色々なことがアンバランスすぎる。


「あとで色々教えますから。とにかくいまは離れずついてきてください」


 つかんでいた彼女の手を離す。


 すると即座にハッシ、とミアさんのほうから手を握ってきた。


「あ、ごめんなさい。でも……」


 少しだけ、ミアさんの手は震えていた。

 そうか、このヒトさっき、初めて車に轢かれそうになったんだもんな。

 そりゃあビックリするよな。怖かったよな。


(このヒトは子どもと同じなんだ。子ども子ども子ども……!)


 呪文のように心のなかで唱えてから、ギュっと手を握り返す。

 それだけでミアさんは笑顔になり、震えも止まったようだった。


「い、行きますよ」


「はい、絶対離さないでください」


 なんだかそれは別の意味に聞こえてしまうな、と思った。



 *



「す、すごいです!」


 スーパーの店内に入ったとたん、ミアさんは周りがギョッとするくらいの大声をあげた。


「こ、こんなに豊富な食材の数々が! さぞ有名ないちなのでしょうね!」


 閉店間際ということで、店の中はガラガラだったが、それでも何人か客はいて、でもミアさんの姿を見たとたん誰もが「あ、なるほど」みたいな顔で納得する。


 何度も言うが、駅の反対側には異世界との交流特区があって、普通に異世界人が暮らしているのだ。


 オレは見たことがないが、交流大使なる異世界人だけで構成されたアイドルグループも存在するらしい。


 なので、この界隈のヒトたちからすれば、異世界人はさほど珍しい存在ではない。


 ミアさんの日本人離れした容姿を見て、すぐ理解したのだろう。


「ユウイチさん、これはなんですか!?」


「いえ、それは大根」


「こっちは!?」


「にんじんです」


「これはこれはっ!?」


「りんごで――」


 いや、ちょっとまって、これずっと続くの?


 ミアさんはキラキラとした本当に子どもみたいな表情で、目に映るすべてのものを指さして聞いてくる。


 まずい。このままでは店内に並んでいる商品すべての説明をさせられてしまう。


 閉店時間まで残り三十分を切っているのだ。モタモタしている暇はない。


「ミアさん、こっちです」


「あ、はい」


 再び指をさして野菜のなまえを聞こうとしていたミアさんの手を強引に引っ張る。


 いやしかし、なんなんだろうね、このヒトのこの手の柔らかさは。

 あと、ホント汗ばんでくるほど体温高いの。

 握ってるオレはもうドキドキよ。


 などということはおくびにも出さず、オレは買い物かごを持つ。

 しまった。これでは両手が塞がってしまう。

 仕方がない、片手フリーなミアさんに手伝ってもらおう。


「ミアさん、お願いがあります」


「は、はい、なんでもおっしゃってください」


「いまから言う商品をとって、このカゴの中に入れていってください」


「わ、わかりました! 初めての共同作業ですね!」


 うーん、言い方よ。


 役割を与えられたミアさんは、嬉しそうにしながらも真剣だった。

 とはいえ、地球の食材がよくわかならい彼女に、商品名を言ったところで伝わるはずもなく。


 オレはいちいち「その四角くて赤い袋に入ったものを――」とか、「そっちの瓶に入った黒っぽい液体のものを――」という言い方になってしまう。


 なので普通に買い物をするよりも倍以上の時間がかかってしまった。


「合計一二点で二〇三〇円になります」


 店員さんにそう言われて、オレは財布を取り出そうとする。


 はあ、現実問題これから二人分の食費がかかるのか。

 叔母さんからこれ以上援助してもらうのは申し訳ないし、節約していかないと。

 あるいは勉強時間を削ってバイトをする必要が出てくるかも。


 などと思っていると――


「ユウイチさん、ここのお支払いはわたしに任せてください」


「え、ミアさん、お金持ってるんですか?」


「当然です。さすがに無一文で地球には来ませんよ」


 ふっふっふ、と何故かミアさんは不敵に笑っていた。


 そうして彼女はどこから取り出したのか、分厚い茶封筒を取りだした。

 本当に分厚い。家庭の医学(主婦の友社)くらいありそうだ。


「どうぞ」


「え、あ、えっと、お預かりします」


 店員さんはおそるおそる茶封筒を受けとり、口を開いた。


 そのとたん――


「ヒィッ!?」


 などと悲鳴をあげて封筒を落とした。


 カウンターテーブルに叩きつけられた封筒は、ゴトっと、鈍器みたいな音をさせる。


 そして開いていた口から見えたのは、ギッシリと詰まった札束だった。


「ミ、ミアさん、これって!?」


「はい、わたしの結納金だそうです。生活の足しにするようにと、さっきのヒト……秋月さんでしたっけ、から渡されてました!」


「…………」


 とりあえず、結納金とやらは急いで仕舞うようミアさんにお願いして、オレは自分の財布からお会計を支払った。


「ユウイチさん、このお金なんですけど――」


「外でださないでくださいそんな大金!」


「えー、でも、わたしが持ってても仕方ないお金ですし……っていうか紙がお金なんて、地球って変わってますね」


 いや、常識……このヒトには早急に地球の常識を教えないと。


 そうじゃないと、オレの心臓が保たないよ。

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