第5話 こんな若い女性と同棲……ふしだらです!

 *



「わあ、うわあ、すごーい!」


 無邪気な歓声が聞こえる。


 喜びの声をあげているのはミアさん……俺の義理の母親である。


 年齢はオレよりふたつ年上で、父親の再婚相手だ。


 現在オレたちは夕飯の買い出しにでかけている。


 彼女が歓声をあげている原因は、町の風景だ。


 オレにとってはなんでもないごくごく普通の住宅街の光景が、彼女にとっては手を叩いて喜ぶほど珍しいものらしい。



 *



 わずか三十分ほどまえ。


 突然できた義理の母親の存在を受け入れられないオレに対し、総務省の秋月さんは、一通の手紙を渡してきた。


 父親からの手紙だった。


『ユウイチ、パパだよ』


「まて、破るな」


 グシャっと、反射的に手紙を握りつぶしたオレを、秋月さんが制止する。


 はーはー、と呼吸を落ち着け、改めて手紙に目を通す。


『ユウイチ、パパだよ。突然だけどパパやったよ。ついに大金持ちになったよ!』


「何いってんだか、このオヤジは」


 テンションたけーな相変わらず。どうせいつものぬか喜びのたぐいなんだろうけど。


「いや、本当だ。ヨシミツ氏は某国のレアメタル発掘調査隊に参加していてな。希少金属鉱床を発見した。現在地球上で使用されるレアメタル年間消費量にして1000年分というとてもつない埋蔵量だ。第一発見者である氏には、年間0.001%のマージンが入る」


「……それってどれくらいなんですか?」


「うむ。これくらいだ」


「……マジ?」


 長くてゴツい指を二本立てたあと、秋月さんは指で丸を描き、空中にぽんぽんぽんぽんとリズミカルに並べていった。


 それを数えていくと、いちじゅうひゃくせんまん…………――と、とんでもねえ!


「続きを」


「は、はい」


 金額にビビりつつも、オレは手紙を読み進める。


『それで、なんか知らないけどお嫁さんをもらうことになった』


「全然つながらねーよ!」


 グシャっと、オレはまたしても手紙を握りつぶした。


 どうして金が入ったら即嫁さんをもらうことになるんだよッ!?


「自分から説明しよう」


 秋月さん、もう全部あんたから説明してくれないかな。

 オレ、胃が痛いよ。


「氏の調査隊には日本政府からの補助金が出ていてな。氏はお金の使い方が破滅的な御仁だとわかっていたので、いくつかこちらの方で手を回させてもらった」


「なにをしたんですか?」


「税金対策というやつだ」


 どうやら秋月さんは、父親がギャンブルなどで全額を溶かしてしまうまえに、必要な税金や費用をあらかじめ控除していたらしい。


「そのなかのひとつに、第七特殊地域への寄付も含まれる」


「第七特殊地域?」


魔法世界マクマティカのことだ」


「――ッ!?」


 魔法世界――通称マクマティカ。

 剣と魔法とモンスターが実在する異世界だ。


 数年前、突如として政府が異世界の存在を公表して話題になった。

 オレの住んでいる地域の隣町には、魔法世界との交流特区があり、普通に異世界人が生活している。


「ということはまさか――」


「そうだ。旧姓ミア・エクソダスは、魔法世界の住人だ」


 オレは改めてミアさんを見る。


 た、たしかに、外国人だとは思ったけど、言われてみれば地球にいる黒人系とは顔立ちが違う気がする。


 褐色の肌も少し赤みがかかっており、こんな肌の人間は見たことがない。


「先程は某国と言ったが、つまりヨシミツ氏が調査に行ったのは魔法世界の某国だ」


「あ、あのオヤジ、いま異世界にいるんですか」


 ふらふらあちこちに行ってるとは思ってたが、ついに地球を飛びだしてたのかよ。


「そうだ。魔法世界にはいまだに膨大な量の地下資源が埋蔵されている。その所有権や権力抗争も、雁字搦がんじがらめになっている地球のものとくらべて非常にシンプルだ」


 地球は異世界の資源を、異世界は地球の技術を欲している、とは聞いたことがある。


 互いにないものを補うために、交流事業が盛んであるとも。


「氏の報奨から支払われた異世界への寄付――異世界ふるさと納税制度は、困窮している異世界地域に直接寄付を行うことができる」


「ふるさと納税? ということはまさか!?」


「そうだ。ふるさと納税には返礼品がつきもの。そして異世界交流促進の観点から、日本政府と異世界権力者との間では、積極的な異世界結婚が推奨されている」


「そ、その、ふるさと納税の返礼としてこのヒトがオヤジのお嫁さんになったってことなんですか!?」


 なんてこった。そんなのってありなのかよ。


「あ、あなたはいいんですか、あのオヤジのお嫁さんだなんて!」


「? はい、問題ありませんよ」


 あ、たぶんこのヒトよくわかってない。


 おそらくオレとそう歳の変わらない女性が、三十歳以上年上の男のお嫁さんになる意味を、正しく理解していないぞ。


「ユウイチくん。我々だって本人の意思確認は行っている。再三にわたって確認した結果がこれなのだ」


 秋月さんは真剣を通り越して怖いくらいの表情でそう言った。

 冗談でもなんでもない、おちゃらける要素はなにもないのだと、その顔が物語っていた。


「そ、それにしたって……本当にあなたはそれで……?」


「はい、大丈夫です。噂の地球には一度来てみたかったです。それに……」


「それに?」


「いえ、それはいいんです。こちらの話ですので」


 はあ、まあそこまで言うのなら後で、騙されました、わたしは被害者です! なんてことにはならないだろう。


 異世界は一部の大都市を除いて、地球でいうところの産業革命以前の牧歌的な暮らしがほとんどだという。


 そういう地域から来たヒトにとってみれば、地球はとんでもなく先進的な都市に見え、憧れを抱くものなのかもしれない。


「で、でも結婚ですよ。あなたにとっては初婚でも、オヤジにとっては四度目の……もしかしたらオレの知らないところではもっとしてるかもしれないのに」


「それでも、ヨシミツさん、わたしの村を救ってくれました。みんなで冬を越せます。とても喜ばしいことです。それに、ユウイチさんもとても優しそうな方で、一目見ただけで安心してしまいました」


「それは警戒心がなさすぎるかと」


 オレはちらりと秋月さんを見た。

 救いを求めるように情けない顔で。


 このままではこのヒトはうちに――オレが住んでいる六帖一間で一緒に生活することになってしまう。


 そう歳の変わらない男女がひとつ屋根の下で暮らすのだ。

 問題なんてありまくりだろう。


「残念ながら法的な問題はクリアしている。なにせキミたちは親子だからな。あとは当人同士で解決してほしい。自分の役目は彼女を家族の元へ送り届けること。それだけだ」


 そ、そんな、ちょっと待ってくださ――


「ではな、何か困りごとがあれば、その名刺の電話番号にかけてくるといい。問題があればの話だ。いいな?」


「う、はい……」


 念をを押すような言葉とともに、無常にもドアが閉じられる。

 秋月さんの気配が消え、車道の方からブロロロっと、車が発信する音がした。

 本当に行っちまった。


「うふふ」


 振り返ればそこには笑顔のミアさんがいて、オレは絶望的な気分になった。


 どうすればいいんだ。こんなヒトが母親だなんてとても受け入れられない。


 いや、でも待てよ。もしかしたらもうすぐ父親が帰ってきて、三人で暮らす……なんてことになるんじゃあ。


 というかあれだけとんでもない報奨金を得たんだから、新しくて広い家に引っ越すなんてことになるかも。


 その場合は、夫婦ふたりだけで、オレはこのままこのアパートに残るってことにすれば――うん、そうだ、それがいい、そうしよう。


 ……などと思って手紙の最後の方に目を通すと――


『パパね、いまとっても運気が巡ってきてる状態らしいから、報奨金を元手にラスベガスのカジノでもう少しお金増やしてくるね。お嫁さんのことはおまえにまかせるから。じゃあね!』


「ふざけんなあッッ!」


 ビリィ! と、今度こそオレは手紙を破った。


 限界だった。


 こんなちゃらんぽらんな父親に振り回される人生なんてもうやだ。


 真面目に真っ当に生きたいだけなのに、どうしてこんなことに……!


 オレはガックリとその場に膝をつき、ハラハラと涙を流しながら天井を仰いだ。


 でも、そんなオレの様子を見ても、ミアさんはずっとニコニコしていた。


 なのでオレは彼女のことを、自分の状況もよくわかっていない、のんきな田舎出身のヒトなんだろうと思った。


「ユウイチさん、とりあえず座って落ち着きませんか」


「は、はあ、そうですね」


 建設的な意見だ。

 というか最初部屋のなかに居たよなこのヒト。


 なので鍵のかかった部屋にどうやって入ったのかと聞いてみると――


「秋月さんです。こちらの大家さんにはお話を通してくれて、予備の鍵を使って入らせてもらいました」


「は、はあ、そうですか」


 そりゃあそうか。父親の再婚相手だもんな。

 とにかく、大家さんに話を通しに行く手間が省けてよかった。


 部屋の真ん中に置いたテーブルを挟んで向かい合う。

 チッチッチと、アナログ時計が針をきざむ音だけが流れる。


「…………(ニコ、ニコニコ)」


「…………」


 き、気まずい。一体なにを話せばいいんだ。


 というかよく考えたら、いくら母親とはいえ、部屋のなかで若い女性とふたりっきりでいるなんて初めての経験だ。


 このまま無情に時間だけが過ぎていくのかと思ったその矢先だった。


 くうぅぅっという音が、ミアさんのお腹のあたりから聞こえた。


 パッと彼女の顔を見ると、そこには変わらない笑顔があるものの、少しだけ頬が赤くなっているような……褐色肌だからよくわからないんだけどね。


「あの、もしかしてお腹すきましたか?」


 そう聞くと、彼女は初めて笑顔をくずした。

 長く細い銀色の眉がハの字になって、とても情けない顔になった。


「はい……」


 コクリ、と俯くようにうなずいたミアさんにオレは思わず可愛いと思ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る