第11話 救いの主が救ってくれるとは限らない
*
「うわあ、立派な施設ですねえ。何でできてるんだろう。ユウイチさんのお家は木でできていたけど、この建物はもっと固くて重い建材でできてるみたい」
無人の廊下を、オレとミアさんは歩いていた。
街なかでもそうだったが、ここでもミアさんは目に映るすべてが珍しいらしく、くるくると踊るようにしながら廊下を歩いている。
彼女は……本当に魅力的だ。
彼女がそこにあるだけで、なんでもないリノリウムの廊下が華やいで見える……ような気さえする。
とはいえ、オレは気が気ではなかった。
いまこの瞬間にも、誰かと鉢合わせしやしないかと、ドキドキだった。
「あの、ユウイチさん」
終始ニコニコとしていたミアさんが振り返る。
その表情は不安に彩られていた。
「もしかして怒ってますか? わたしが勝手に来たから」
「そりゃあ――」
怒ってる……のだろうかオレは。
怒りの感情はたしかにある。
でもそれ以上に、ミアさんが会いに来てくれたことが嬉しいのではないだろうか。
「……少しだけ、怒ってます」
「ああ、やっぱり。ごめんなさい」
「もうすぐ帰るところだったのに、どうしてわざわざ学校に来ちゃったんですか」
オレがそう聞くと、ミアさんは拗ねた顔をした。
唇を尖らせてこちらを下から見つめてくる。
「そんなの、ユウイチさんに早く会いたかったからに決まってます」
「そ、そうですか」
……なんかキュンときた。
ミアさんと出会ってからまだ一日も経ってないのに、昨日まではなかった様々な感情がオレのなかに渦を巻いている。
不思議だ。本当に不思議なことだ。
「あ、そうだ、たしか地球には、じぎょーさん、かん、というのがあるんですよね」
ミアさんが唐突にパン、と手を叩く。
じぎょー……授業参観のことかな?
「わたし、それしたいです! なんてたって、わたし、ユウイチさんのお母さんなので!」
ミアさんは両手で拳を作り、蒼色の瞳をキラキラと、銀河のように輝かせた。
オレは夢想する。授業中、静かな教室の一番うしろで、ミアさんがオレにエールを送っている姿を。
『ユウイチさーん、がんばってー! せんせー、うちのユウイチさんはできる子ですよー、当ててあげてー!』
いやいやいや……そんなのダメだろう。
オレの脳が破壊されてしまう。
「残念ですけど、今日の授業はすべて終了しました。なので授業参観はできません」
「そ、そうなんですか。じゃ、じゃあ明日とかは」
「うちの学校では去年から授業参観が廃止になったんです」
「そうなんですか……くすん」
う。とっさに嘘をついたのだが、そんな悲しげな顔をされたらこころが痛む。
だが、ミアさんはめげなかった。再び大きな胸のまえで
「じゃあせめて担任の先生にごあいさつだけでも。わたしユウイチさんのお母さんですから!」
「いいッ!?」
まずい。それはまずいぞ。
正直ミアさんの言葉のほうに正当性があるのだが、オレの感情が嫌すぎる。
だって、こんなに若くてキレイで美人でおっぱいが大きな女性とふたり暮らしをしてるなんて知られたら……恥ずかしすぎる!
「先生たちの寄り合い所……しょく、いんしつ、でしたっけ。どちらにあるんですか?」
職員室ね。さっきからへんなところで切るなあ。
ミアさんはキョロキョロとあたりを見渡す仕草をしている。
いや、それにしても、なんにも知らないヒトだと思ったけど、結構知ってることは知ってるんだな。
とはいえ、なんか知識がちぐはぐというか……。
「ユウイチさん、わたしをしょく、いんしつに連れて行ってください! お母さん命令です!」
ミアさんはオレの手を握りしめ、身を乗り出して懇願してくる。
キリリと銀色の眉をよせて真剣な表情だ。
ちくしょう、そんな真面目な表情もキレイだなあ。
「いえ、ちょうどオレの担任は産休中でして……」
「じゃあ副担任の先生を紹介してください!」
「いや、副担任も……」
「じゃあこのさい一番エライ先生でいいので!」
ダメだ、これはもう逃げられない。
誰か助けてくれー……などとこころで叫んだところで誰もくるはずがなく。
トホホ。素直に職員室に連れて行くか――
「里見くん……?」
後ろから声をかけられた。
それは丸一日ぶりに聞くあの子の声。
昨日の放課後、オレに告白をしてくれた――
「皆本、シズカさん?」
「なにしてるの、里見くん。そのヒト、誰?」
誰か助けてくれとは思ったが、まさかその救いの主が皆本さんだなんて。
恨むぜ神様よう……。
*
おまけ。
「クッ、自分は一体、いつまでここにいれば……」
アーサー秋月は無数の女子たちに囲まれていた。
「お兄さんカッコいいですねえ」
「うちの学校になにかご用ですか?」
「ねーねー、一緒に写メ撮りましょ!」
「あの、これわたしのアドレス……」
その数、ざっと100人はいるだろうか。
一年生から三年生までよりどりみどりだった。
「こら、あなた達、散って散って!」
現れたのは年かさの女性教師だった。
校則に厳しく、ここに集まっている女子たちも、一度は呼び止められて、服装がどうたら、香水の匂いがこうたら、髪型があーだこーだと注意を受けていた。
「うー、またね、お兄さん」
「こんど一緒に遊びにいこう」
「ばいばーい」
アーサーはホッと一息ついたが、彼の受難はまだ始まったばかりだった。
「どこのどちらさまでしょう。当校にどなたか関係者でも?」
「いえ、自分は怪しいものではありません、自分は総務しょ――」
「とにかく、詳しいお話は生活指導室で聞かせていただきます。さあ、こちらにいらして」
「ちょ、話を、自分は怪しいものではないと――」
「怪しい怪しくないは関係ありません。こんなイケメン……逃がすはずがないでしょう」
「ヒッ!?」
腕を掴まれ、かなりのチカラで引きずられていく。
アーサーは、こころのなかで心底思ったそうな。
「里見ミア、恨むぞ……!」と。
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