第23話 ミアさんの子どもは誰の子?
*
「どうも〜、
やってきた女性――秋月楓さんは、そう言いながら名刺を渡してくる。
ものすごく腰の低い人だった。
年の頃は四十代後半くらいだろうか。
小柄で丁寧な挨拶をするヒトだ。
笑うと口角にえくぼのようなシワが寄って、それがとってもチャーミングだった。
でも変なヒトだ。顔の半分を覆うほど巨大なサングラスなんて見たことがない。
あれだ、日除けのサンバイザー。あれのつばの部分で目元を覆ったらこんな感じだろうか。
「って、秋月? あの、もしかして――」
「はい、秋月アーサーはわたしの自慢の息子になります」
ああ、アーサーさん。あのヒトってハーフだったんだ。
ふーん、などと思いながら名刺に目を落とす。
そこには第七特殊地域人材交流アドバイザー・秋月楓、と書かれていた。
「お会いできて光栄です、里見ユウイチさん」
そう言いながら秋月――楓さんは、手先でソファーの背もたれに触れた。
その手を支点に身体を動かし、ゆっくりとした動作で腰掛ける。
あ、そうかこのヒト目が……。
それならあのバイザーは、目に負った傷やなんかを隠しているのかもしれない。
もう変な目で見るのはやめておこう。
「さて、それではなにから話したものでしょうか」
楓さんはそう言ってから、キョロキョロとあたりを見渡す仕草をしたあと「むむむ」っと唸った。
そして「ちょっとー」と大声をあげる。
「ケイトさーん、ここのクリニックはお客にお茶も出さないんですかー!?」
その大声は、どっちの方角に目当てのヒトがいるかわからないから、とりあえず全方位に聞こえるように張り上げたもののようだった。
「そんな大声ださなくても聞こえてます。っていうかうちは喫茶店じゃないんですよ」
あまりの声量に引き寄せられた女医さん――ケイトさんっていうのか――が、奥の診察室から顔をのぞかせた。
「もー、そんなイジワル言わないでー、わたしとあなたの仲じゃないですかー」
「どんな仲よ。あなたが無差別に連れてくる異世界人を全部面倒見てるのはわたしとクインさんでしょう!?」
「えー、いいじゃないですかー、あなたたちっておっ母さんって感じで超頼りになるんですよー」
「わたしはまだ未婚です!」
ケイトさんも大きな声をだす。
だが、楓さんは気にした風もなく、口元をニヤリとさせた。
「とかなんとか言ってー、知ってるんですよー、わたし」
「な、なにがよ」
「週末はまたダフトンのお城に行くんでしょう?」
「ギクっ!」
「龍神様は年取らないんですからねー。子供の頃憧れてた男性に、大人になってから相手にしてもらうのってどんな気分なんですかー?」
「ちょッッ、里見くんがいるまえでなに言ってるのよッ!」
「ユウイチさーん、龍神様というのは魔族種のとってもえらいヒトでして、ケイトさんは自ら志願してお妾さんに――」
「お茶ッ! お茶ね! いま淹れてくるから口を閉じて待ってなさいッッ!」
「あ、ほんのりヒト肌の温かいお茶でお願いしますね。この季節、どこに行っても冷たいものばかりだされて、胃が縮んじゃいますよねえ」
「ちッ! ホント腹立つわねあんた!」
ケイトさんが叫びながら奥へと引っ込んだ。
楓さん、なかなかパワフルなヒトだった。
というかメッチャ大人の会話でオレが恥ずかしかった。
それにケイトさん、正直怖いヒトだと思っていたのだが(自業自得)、いまのやりとりでだいぶ印象が変わった。
「ふふ、やりましたよユウイチさん。お茶ゲットです」
「あ、ははは……」
笑うしかなった。でもさっきまで張り詰めていたものが、フッと和らいだのもたしかだ。
落ち着いてみると、オレは酷い喉の乾きを覚えた。
もしかして楓さん、こちらに気を使ってくれたのだろうか。
「うん、美味しい。これならいつでもお嫁さんにいけますねケイトさん」
「うっさいわよ。向こうにはもう妻もメイドもナイトもいるっちゅーの。愛人舐めんなよ」
ケイトさんは悪態をつきながら、どっかとソファに腰を下ろした。
オレは真顔になって、楓さんは唖然と口を開けて、彼女を見た。
「なによ、わたしの患者の話よ。ここまで来たら話しなさいよ。里見くん、いいでしょ別に」
「え、いや、はあ……」
「耳年増」
「なんですってえっ!?」
「オレじゃないです!」
ちっともシリアスな感じにならないが、とにかくこうして楓さんの話が始まった。
*
「結論から言えば、ミアさんが身ごもっている子どもは誰の子どもでもありません」
「は?」
え? はい? オレは混乱した。
ナニヲイッテルンダコノヒトハ???
「それぜんぜん結論じゃないわよ。完全引きの導入じゃない。里見くんが知りたいのは、父親は誰かって話でしょ」
ケイトさんのツッコミが入る。これだけでこのヒトが同席してくれてよかったと思った。
「もったいぶるつもりはないんです。でも事実なんです」
「じゃあなに、ミアさんは想像で妊娠してたってこと!? あのねえ、わたしは治癒魔法師でもあるけど、ちゃんと日本の医療資格持ってるんだからね。経腹の超音波検査もして、実際に赤ちゃんの心臓も確認してるんだから!」
ケイトさん……ありがたいなこのヒト本当に。
聞きたいこと全部聞いてくれる。
想像妊娠、ということばがでてきて、一瞬取り越し苦労かとも思ったが、でも診察をしたケイトさんの見立てでは、本当にミアさんの胎内には、新たな生命が宿っていると見て間違いないらしい。
では、その赤ん坊はいったいどこからやってきたというのか――
「さらに言うなら、ミアさんが宿している生命は人間のものではありません」
「……それはヒト種族っていう意味かしら?」
「いいえ、ヒトでも、魔族種でも、獣人種でも、エルフでも妖精でも、ましてや
楓さんが言うそれは、異世界にいる多様な種族達のことだ。
地球では人類単体が繁栄しているが、異世界では、その広大な領域に、きちんとヒト型の多種族が共生しているのだ。
それら異世界すべての種族に該当しない、ということは……一体どういうことなんだろう。
「えっ、ちょっと、それってまさか――嘘でしょうッ!?」
どうやらケイトさんには思い当たるフシがあるようだ。
彼女は顔面蒼白になり、ガタガタと震えている。
な、なんだ、一体どうしたんだ?
まさかミアさんのお腹の子って、そんなに恐ろしい存在なのか?
「ユウイチさん、誤解しないでくださいね。ケイトさんは純粋な異世界人ですから。彼女たちにとってはなによりも恐ろしい……いえ、畏れ多い存在なんです」
「あの、いったい、さっきからなんの話を……。オレにもわかるように言ってください」
オレの横では、いよいよケイトさんが頭を抱えていた。
小声で「わ、わたし、なんてことを……!」とブツブツ言っている。
さっきまでのキリリとした感じとは真逆の、ネガティブ一直線になっていた。
「ミアさんの胎内にいる赤ん坊は『精霊の子』です。ミアさんは精霊に見初められ、精霊の子を出産する運命を背負った女性なのです」
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