第24話 愛の意志力。それを育む相手は?

 *



 精霊。


 地球においてそれは、草木や動物、人間や無生物、果てには人工物にすら宿る、超自然的な原始宗教の対象、とされている。


 だが、異世界における精霊とは、地球風の言い方をするなら、高次元に位置する情報生命――、肉体を持たない、極めて高度な知的生命体を指すことばだという。


「異世界で精霊は『神』と同義とされています。魔法世界マクマティカには四大精霊信仰という、全種族を超越した原始宗教があります。『バルカン』『ナイアス』『シルフ』『ノーム』と。それら精霊は本来、現実の世界と接点を持ちません。相性のよいヒトに宿ることによって初めて、そのチカラの一部を顕現けんげんさせます」


 精霊の加護を得、精霊のチカラの一端を行使するものたち。

 異世界においてそれは『精霊魔法師』と呼ばれ、数百年ごとにひとり、現れるかどうかという、とても稀有な超越者だという。


「現在、魔法世界マクマティカは異常な状態にあります。各時代にひとりでも現れれば、必ずその後の歴史を変えるとさえ言われる精霊魔法師が、同じ時代に三人もいるのです。これを吉報とする意見もあれば、なにかよくない災いが起きる前兆なのではないか、とも言われています」


 楓さんはお茶の入った湯呑を取り、スススっと小さくすする。

 口のなかを水分で潤してから、さらなる熱量で語りだす。


「ですがさらに! もっと異常なことは、精霊魔法師を通じて、現実世界に精霊様がご降臨されているという現実なのです!」


 それは本当にとんでもない状況なのだろう。

 楓さんはグググっと拳を握りしめて力説する。


 オレは「はあ」と頷くことしかできなかった。

 精霊様が現実にいる。どういうことだろうか。


 そもそも精霊様ってどんな姿かたちをしているんだろう。

 水の精霊なら魚、とか? 風なら……鳥かなあ。うーん。


「さらに精霊様は、たまーに地球にやってきては、ショッピングを楽しまれたり、遊園地でメリーゴーランドに乗ったり、さらにはアイスを食べたりしているんです!」


 なんだそりゃ? というのがオレの素直な感想だった。

 とはいえ、我ながら想像力が貧困なのはどうなのだろうと思う。


 子どものころから勉強ばっかりだったから、漫画とかアニメの知識があれば、もっと想像できるんだろうか……。


「むむっ! そのキョトンとした顔! ユウイチさん、信じてませんね、精霊様のご存在を!」


「あ、いや、疑ってるわけでは。ただちょっと、そういうサブカル方面には疎いもので……」


「そういうんじゃありませんって! ケイトさん、ちょっとケイトさん、あなたのスマホにあるであろう、龍神様の家族写真を見せてあげてください!」


「ああああ、わたしは、わたしは、なんてことを……」


 ケイトさんはダメージが続いていた。

 どうもミアさんを、自らの母体に気を使わない不届き者として、結構厳しいことを言ったらしい。


 それは医者としてとても正しいのだが、異世界人にとってみれば、相手は精霊様を宿す珠玉の母体なわけで。


 もっと気を使った言い方をするべきだった、と後悔しているのだ。


「で、では、その話の流れからすると、ミアさんが宿しているのは、本当に誰の子でもない、精霊様の子どもということなんですね……?」


「そのとおりです」


 楓さんはタン、と湯呑をテーブルに置いた。中身は空っぽになっていた。


「正確な時期は不明ですが、おそらくは二十一年前、『シルフ』と『ナイアス』がほぼ同時期に目覚め、一年を待たずに『バルカン』が目覚めました。ですが、長らく『ノーム』の精霊様だけはずっとお姿を現しませんでした」


 それはとても不自然なことだと。

 三人もの精霊魔法師を通じて、四大精霊のうち、三体もの精霊が目覚めているというのに、その一角が途絶えたまま。


 精霊は精霊に惹かれ合う。

 いま現在、三種の精霊は一処に集まりて、なおも在り続けている。


「ところがです、わたしたちは思い違いをしていました。すでにして、『ノーム』の精霊は現れていたのです」


「それは、どこに……?」


「地中深く。凍土のなかに、彼女とともに眠り続けていたのです」



 *



 二十一年まえ。

 それは地球規模での大きな災害があった年。

 異世界においても、大地を揺るがす大災害が起きた。

 それがヒト種族の王都ラザフォード北部に広がる、ミュー山脈の大噴火である。


 天を貫く噴煙、飛び散る火山弾、押し寄せる溶岩流。

 だが、幸いなことに、異世界の英雄たちの活躍によって、大災害は収束する。


「その八年後、被害地域の凍土のなかから氷漬けになった少女が発見され、幸いにも生命を吹き返します。推定五歳程度だった少女は、近隣の村にある孤児院に預けられました。ですが、少女の周りでは様々な異変が頻発するようになります」


 それは局所的な地鳴りに始まり、地割れ、地震と続いていく。

 少女は悪魔つきと言われ、周囲から恐れられた。

 ついには、王都から宮廷魔法師がお祓いに来る事態にまで発展した。


「そこでようやく判明したのです。少女のなかに四大精霊の一角、『ノーム』が宿っていると。それはもう、大変な騒ぎになりました」


 少女は言う、自分は神様に生命を救われた。

 だから将来、神様を産むのだと。


 さらには、他大陸に住む他の精霊様たちも、少女のことばの真偽を巡って、鑑定に訪れる。


 はからずも、魔法世界マクマティカの歴史上はじめて、四大精霊が集結することとなり、小さな村の孤児院がその栄誉ある舞台となった。


 とにかく、他の精霊たちが面会した結果、少女の胎内には、生命の芽が確かに宿っていることが確認された。


 少女は『精霊の巫女』として、王都へ国賓待遇で連れて行かれた。


「そ、その少女っていうのが――」


「ミア・エクソダス。いまは里見ミアさんですね」


 なんてこった。オレは頭を抱えた。

 ミアさんがそんな事情を抱えたヒトだったなんて。


 あまりにスケールの大きな話に、オレは混乱しながらも、渦中にいるミアさんのことを思った。


 ……いや、でも待てよ?


「え、えっと……じゃあ、どうしてそんな精霊様を宿したミアさんが、あんなうちの親父みたいな男の嫁さんに……?」


 オレがもっともな疑問を呈すると、楓さんはふたたび湯呑を取り、傾ける。

 でもお茶は空になっていた。楓さんはコクリと喉を鳴らし、唾液で喉を潤したあと、口を開いた。


「高次元の情報生命である精霊が受肉するためには、実はとあるものが不可欠なんです」


「はあ」


 受肉。地球の価値観に染まったオレではピンとこないが、魔法が存在する世界のことだ。受け入れるしかない。


「それは『愛』と『憎』の意志力です」


「愛……って、ヒトを愛するとか、自然を愛するとかの愛? 憎は、憎悪とかの……?」


 コクリと、楓さんは大きく頷いた。


「例えばケイトさんのような治癒魔法師は『愛の意志力』を使い、対象を治癒します。逆にヒトを害する攻撃魔法を使う場合は『憎の意志』を用います。これらふたつの意志が介在しない魔法は存在し得ません」


 なるほど。地球でも、人間の感情とはその二極に大別されるだろう。


「そして、究極の魔法を行使する精霊魔法師、それに宿る精霊もまた、そのふたつの意志力と無関係ではいられないのです」


 なんでも風と水の精霊様は、愛の意志力の元に顕現し、炎の精霊様は、きっかけこそ憎の意志力で顕現したものの、主人格が愛の意志力を保つことにより、バランスを取っているんだとか。


「主人格?」


「炎の精霊様は、ひとりの肉体に、ふたつの人格が交互に切り替わる形で発現されています。風と水の精霊様は、愛の意志力の元、高密度の魔力が物質化し、この世界に受肉されました」


「はあ、なるほど」


 オレはそうとしか言えなかった。

 ダメだ、いよいよ理解が追いつかなくなってきた。


 でも考えることは放棄しない。

 それがミアさんに関係することなら、オレは必ず理解してみせる。


「さて、ここまで言ってわかりませんか?」


「え? それはどういう……?」


 楓さんはあからさまに失望のため息をついた。

 ケイトさんも「うわあ」みたいな顔でオレを見ている。

 なんだなんだ、いままでの情報のなかにもう答えがあったってことなのか?


「はあ、まあ仕方ないですねえ。みなまで言いますか」


「ええ、そうしてやって。それを聞いても奮い立たないなら、この子はダメよ」


 なんか散々に言われようだった。

 逆にオレはいままで以上に身構えて、楓さんの言葉を待った。


「精霊の受肉には憎ではなく、愛の意志力が必要不可欠です。風と水の精霊様は娘として愛され、ヒトを害することもなく、周辺地域で大変な信仰を集めています。炎の精霊様は、主人格の女性がとある男性を愛することにより、精霊様を抑え込んでいるそうです」


 愛……え、それってもしかして?


「里見ユウイチさん、あなたはミアさんに、愛を育む相手として選ばれたのですよ」


 ガツンと、ハンマーで頭を殴られたような衝撃をオレは受けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る