第19話 穏やかな日常とあらなたトラブル

 *


「もうすぐお夕飯できますからね」


「うん、ありがとう」


 料理をするミアさんを後ろから眺める。

 もはやお決まりのルーティン。


 エプロンドレスを着用したミアさんは、トントントンと、リズミカルに包丁を使っている。


 長い銀髪は後ろでポニーテールにしている。

 包丁を使うたびに、それがゆらゆらと揺れている。


 上はノースリーブのシャツ。しなやかでほっそりとした腕。長い指。

 下はタイトなジーンズ。大きなお尻、ムチっとした太もも。


 オレは完全にミアさんに参っていた。

 だってそうだろう、こんなキレイなヒトとひとつ屋根の下にいて、好きにならないほうがおかしい。


 叔母さんとの関係が改善されたのも、ミアさんのおかげだ。

 以前の叔母さんは、オレにとって少し怖いヒト、という印象だった。

 恩義は感じていたが、とっつきにくいヒトでもあった。


 でもミアさんのおかげか、叔母さんは頻繁に我が家に足を運んでくれるようになった。


 いまでは、月の半分は我が家で夕食をとるほどだ。

 ただ、やっぱり仕事が忙しいらしく、まったく来れなくなる時期がある。


 ちょうどいまくらいから、月末にかけて、オレとミアさんは完全にふたりきりになる……。


「こら、ユウイチさん、また勉強の手がとまってますよ」


「あ、ごめんなさい」


「ううん、それでもがんばるときはがんばってるの知ってますから」


 ミアさんはエプロンを取ると、オレのとなりにストンと腰をおろした。


「あとは煮込むだけですから」


「そっか」


 ミアさんがスッと距離を詰める。

 腕と腕とが触れ合う。


 こてん、とミアさんがオレの肩に頭を乗せてきた。

 オレも首を傾け、ミアさんに寄り添う。


 いい匂い。甘い香りがする。

 くっついた部分から熱が伝わってくる。

 ドクドクと心臓が高鳴っていく。


「ユウイチさん……また、アレ、お願いできますか?」


「うん、オレでよければ」


「ユウイチさんでなければダメなんです」


 プチ、プチプチっと、ミアさんがシャツのボタンを外していく。

 真っ白なブラに包まれたミアさんの乳房があらわになる。


「ごめんなさい、わたし、また……」


「ううん、いいんだよ」


 ミアさんはなぜか母乳がでる。

 そしてそのお乳を吸うのはオレの役目だ。


 いままでは夜中などにでることが多かったが、ここ最近では昼間でもでるようになった。


 ミアさんは恥ずかしそうにしながらも、オレに吸われるととてもうれしそうだ。


「きて、ユウイチさん」


「うん」


 ミアさんのおっぱい。大きくてふわふわだ。


「あ」


 触れると温かい。熱いくらいだ。


「ユウイチさん……っ」


 これがオレとミアさんの日常。

 最初はオレも恥ずかしかったし、戸惑った。

 でもミアさんのお乳はどうしようもなくでてきてしまう。


 あふれでる母乳をそのままゴミのように処理してしまうのはよくない。

 幸いにもオレはミアさんの息子だ。

 母親のお乳を子どもが吸うのになんの問題があるだろうか。


「ん……ユウイチさん、ありがとうございます」


 ミアさんがお礼を言うまで、オレはたっぷりとミアさんの母乳をいただいた。

 それは赤ん坊が腹を満たすには十分な量だが、オレにとってはささやかすぎる量でもある。


「うふ、すぐごはんにしますね」


「うん、お願い」


 ミアさんがふたたびエプロンを着用し、調理の仕上げに戻る。

 オレは口元を拭きながら、その後姿を見守り続けた。


 ミアさんが我が家にきてから一ヶ月と少し。

 元々日本語は堪能だったが、彼女はもう完全に地球での生活に馴染んでいた。


 掃除、洗濯、料理と、オレが学校に行っている間にそれらをすべてこなし、さらにスーパーや商店街での買い物も行っている。


 ミアさんは駅前のスーパーよりも、駅の反対側にある商店街にまで足を伸ばして買い物に行くことが多い。


 八百屋さんやお肉屋さんで買い物をすると、よくおまけしてもらうらしい。

 以前は肉を買いに行って、何故か食卓に山のようなコロッケが並んだことがあった。


 異世界人にはサービスと、太鼓のようなお腹をした店主にもらったんだという。


「さあ、ユウイチさん、召し上がってください」


「うわあ、今日も美味そうだね!」


 本日のメニューは豚こまと小松菜の卵炒め、春雨のスープにほうれん草のおひたしだった。


 ミアさんは基本的にオレが居ない間、料理の勉強をしている。

 ガスコンロや電子レンジの使い方を覚え、各種野菜や調味料もすぐに覚えてしまった。


 それからわずか数日で、オレはもう料理の腕では太刀打ちできなくなった。

 仮にも子どものころから自炊をしていたオレが、到底敵わないほど本格的な料理を作ってくれるようになったのだ。


 果たして自分が異世界に行ったとして、ミアさんと同じように環境に適応できるだろうか。


 向こうの言語を事前に覚えて、異世界の生活習慣や文化を学び、地域の人々とコミュニケーションをはかる。


 無理だろう。とても一ヶ月そこそこではできない。

 すくなくとも一年から二年はかかるだろう。

 ミアさんはすごいヒトだ。


「いただきます」


「いただきます」


 オレに合わせてミアさんもいただきますをする。

 慎ましいふたりだけの夕食。

 それでもオレはここ数年間では味わうことのなかった幸せを感じていた。


「う」


 そのときだった。ミアさんが異変を訴える。

 箸を止め、口元を抑えて動かなくなった。


「ミアさん? え、どうしたの?」


「ご、ごめんなさい、ちょっと気分が……なんでもないので、ユウイチさんは食べてて」


 言い終えないうちにミアさんは席を立つ。トトトっと早足でトイレへと駆け込んだ。


 どうしたんだろう。心配だ。

 もしかして夏バテか? 日本の夏はすごいですね、と彼女も参っていたみたいだからな。


 とりあえず、食後の片付けはオレがやってあげよう……。



 *



 その後も、とくに何もない、オレとミアさんの穏やかな生活は続いた。


 たまにコウタが遊びに来たり、仕事の繁忙期が終わった叔母さんがやってきたりした。


 オレの日々は充実していた。


 ようやく真夏の暑さが凪いで、季節が変わりそうだなと思い始めた頃。


「よっ、久しぶりだなユウイチ。大きくなったなあ」


 学校から家に帰ると、部屋のなかには、少し困った顔のミアさんと、父親がいた。

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