第3話 想定外の誤解をされていた件
*
告白イベントが終わったあと、オレはいつもの通り、誰もいない放課後の図書室で勉強をしていた。
「はあ、皆本さん……可愛かった」
まったく集中できていなかった。
先ほどから頭のなかにリフレインするのは、オレなんかに告白をしてくれた皆本さんの恥ずかしそうな表情、仕草、その他もろもろである。
「いかん、ダメだこんなことでは! オレは恋愛なんかしちゃダメなんだ! 勉強だ! それしかないんだ!」
えらいヒトが言っていた。感情を無くせと。
眠い、疲れた、めんどうくさい……。
それらは余計な感情だ。
感情に振り回されず、ただ自分の決めたタスクを淡々とこなす。
それができるヒトのみが、さらなる高みへと行ける。
「すー、はー……」
背筋を伸ばして深呼吸する。
落ち着いてきた。
皆本さんの姿も消えていく。
オレはようやく集中して勉強を開始する。
「…………」
もう間もなく一学期の期末考査がある。
入学直後、そして中間テストでいい成績を残せた。
油断せずに期末考査もトップを取りにいく。
そして夏休みは、勉強ざんまいだ。
朝から晩まで、ずーっと勉強をするんだ。
机に向かってしばらくすると、強烈なオレンジ色の光が室内に差し込みはじめる。
遮光カーテンを閉めるため、席を立って窓へと近づく。
と、グラウンドのほうから運動部のかけ声が聞こえてきた。
(オレには関係ない……)
部活とか、恋愛とか、放課後デートとか、そういった青春のたぐいは関係ない。
立派なおとなになるためには、こんなところで立ち止まっている暇はない。
もっともっと努力を続けなければ。
見たくないものを遮るようカーテンを閉める。
席に戻って勉強の続きをしようとすると――
「いたっ! ユウイチ! てめえ、このやろっ!」
突然、図書室に乱入してきたのは、ユニフォーム姿の友人だった。
「おまえついにやりやがったなコラ! 女に興味がないみたいなことを言っておきながら、でもおめでとうちくしょう!」
「祝いたいのか、貶したいのか、はっきりしたらどうだコウタ」
脱色した明るい茶髪の男……オレが唯一友人と認める
サッカー部に所属していて、いまは練習を抜け出してきたのだろう、土埃がついたユニフォーム姿である。
実はこいつ、素人のオレから見ても、結構すごいやつだ。
将来プロになれるだけの実力を持っていると思うし、それに見合った努力をしているのをオレは知っている。
「それよりも、いったいなんの話だ?」
「とぼけるんじゃねえよ、皆本だよ皆本! おまえ、告白されてオッケーしたって!?」
「いや、してないが?」
「は? だって、大学合格したら、付き合うことになったって皆本が……」
「なんだそれは! そんなこと、オレは一言もっ……!」
どうも話が噛み合わない。
というかどうしてオレが皆本さんから告白されたことを、この男は知っているんだ。
まさか――
「皆本さんのことは、またおまえのプロデュースか!?」
「あ、いや、オレはおまえにも人並みの青春を味わってほしくてだな……」
「いい加減にしてくれ! オレはそういうのに興味はない! 余計な気を回さないでくれ!」
オレはコウタの胸ぐらを掴みあげ、鼻先がくっつくほどの距離から怒鳴りつける。
やつは一瞬驚いた顔をしていたが、でもその後、何故かニヤニヤと笑った。
「で、正直、皆本に好きですって言われてどうだった?」
「まあ、すごく可愛かったが……」
はっ、、、しまった。
「なんだよー、ちゃんと女子のこと可愛いって思えるんだな。もうホント、そのまま付き合っちまえばよかったのにー」
くそ、腹の立つ顔だ。
オレがどれだけ自制していると思ってる。
「とにかく、三度目の正直だ。もうこれっきりにしてくれ」
オレはコウタを解放する。
やつは胸元のシワを直しながら、苦言を呈してきた。
「別に、オレのほうから女子たちに告白を促してるわけじゃねーし。むしろいつもこっちが恋愛相談を受けてる立場なんだぜ」
でもだからと言って皆本さんで三人目なのだ。告白されたのは。
一学期の間に三人の女子から想いを告げられるというのは多くないだろうか。
「まったく、告白されるのが迷惑だなんて、贅沢な悩みだな。クラスの男子が聞いたら嫉妬されるぞ」
「やめてくれ、オレは本当に困ってるんだ」
「ま、しょうがねえよな。女子はみんなおまえみたいなイケメン好きだし」
コウタの言葉が胸に刺さる。顔のことを褒められてもオレは全然うれしくない。むしろ辛い。
何故なら毎朝鏡を見るたび、父親の顔を思い出してしまうからだ。
*
オレの父親はかなりのハンサムだったらしい。
さらにいわゆるプレイボーイというやつで、女をとっかえひっかえしていた。
母は、そんな父親に疲れてしまい、オレが子どものころ、出て行ってしまった。
まだ幼かったオレに告げられた母からの言葉は、いまでも憶えている。
『ごめんねユウイチ。あなたはなにも悪くないの。でも、お父さんそっくりなあなたの顔を見てると、お母さんとっても辛いのよ』
以来、オレは父の妹である叔母に世話になって生きてきた。
母親とはそれきり会っていない。
父親がいまどこでなにをしているのかも知らない。
でも多分、あの男のことだから、どこか女のところに入り浸っているのだろう。
*
そんなわけで、オレは自分の顔がコンプレックスであり、イケメンなどと言われても、トラウマが発動するだけで、うれしくもなんともないのだった。
「じゃあ、とにかく皆本と付き合うってのはちがうんだな?」
「ああ、オレにそのつもりはない」
「そっか……あーあ、もったいねえ。皆本ってかなりレベル高いのに。オレにおまえの顔がついてたらなあ」
「オレはコウタの顔のほうが男らしくてカッコイイと思う」
「はあ!? なんだいきなり! お、おま、小っ恥ずかしいこと言うんじゃねーよ!」
事実だ。オレからすればコウタのほうが頼りがいのあるイケメンだと思う。
オレにおまえの顔がついていたら、きっと普通の恋愛もできただろうに。
「まったく、しょうがねえな。皆本にはオレのほうから言っておくぜ。焚きつけた責任ってやつだな」
なに? 焚きつけた?
「おい、おまえやっぱり……!」
「やべ――じゃあな、オレは練習に戻るぜ!」
コウタはすさまじい速度で教室を出ていった。
オレはそれを見送ったあと、半開きのまま放置された扉をきちんと閉めてから勉強を再開した。
いましている勉強はテストのための勉強ではない。
もっと先の、さらに先の先を見据えた将来のための勉強である。
ふと思う。将来のための勉強とはなんだろうと。
どこまで勉強すれば、ヒトから後ろ指を刺されない、立派な人間になれるのだろう。
父親とはちがう、たった一人の女性を幸せにできる男になれるのだろう。
未熟なオレは、いまはただ勉強を続けることしかできなかった。
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