香り子
夏になると、我が家では蚊が1匹も入らないよう網戸を確認をする。そしてお風呂の時に、窓を開けて外の空気を入れて露天風呂感覚を味わうのだ。
そして、時々、あぁあの子の香りが恋しいなと強く思っているとちょうどいいタイミングであの子が来る。電波でもキャッチしているのか、本当にタイミングが良い。
今日も、あの子の香りが恋しいと思いながらお風呂の扉を開いた。
開けた途端に蜜柑の香りが広がった。
もしかしてあの子が来たのかと湯船を見たら、プカプカと浮いていた。
夏にしか会えない、懐かしい姿。毛は全くなく蜜柑と同じ色で体の形は大まかに人と同じ。髪の毛と思われるものは頭の皮膚みたいな所から垂れた角のようにはえている。皮膚はゼリーのようにプルプルして見える。
次いつ会えるか分からないので、久しぶりの蜜柑の香りを胸にためる。
「...こんばんは」
「こんばんはぁまたお邪魔してるよぉ」
と眠そうな声で返事がかえってくる。
「ほら、あんたもあいさつー」
よく見たら、浴槽のヘリに正座している小さな子がいた。
「は、はじめまして!新人の香り子です。よろしくお願いします、蜜柑の香りになりたくて先生とともに行動しています、よ、よろしくお願いします!」
そしてそのまま勢い良く頭を下げた。先生と呼ばれているこの子も昔はこんな風だったのだろうか。いつも眠そうな感じで言葉も省略するこの姿からは想像ができない。
そうなんだ、よろしくね、と言って椅子に座った。
「じゃあちょっと失礼するよ」
と言いながら足をいれていく。
新人は慌てて浴槽の隅っこに、先生は私が入るときに起こる波に乗ってゆったりと避けていった。私が髪の毛を洗ってる時に飛ぶ雫もこんな感じに避けているのだろうか。
「そういえば、香り子って最初っから香ってるんじゃないんだね」
「んー」
そう言いながら先生はのびをした。
「そうだねぇ、最初は皆無臭だよー。大人になる前ー大人と一緒にお風呂してぇ香りを吸収するんだー」
ということは、皮膚からかは分からないけど今もこの新人は吸収しているのだろうか。それがまたなんとも不思議で面白い。
「夏にしか見ないけど他の季節はどうしてるの?」
「暖かい地域に行ってぇ...........」
という所で急に静かになった。よく聞いてみるとかすかに寝息が聞こえる。気持ちよくて寝たのだろう。
今度聞けばいっかと諦めていると新人が教えてくれた。
「私達は夏のお風呂が好きなんです。勿論年中好きですけど、外も暑いのにあったかい湯船につかるのが最高に好きなんです。だからなるべく暖かい季節や地域を狙って移動してるんです。それで夏によく会うのかもしれません。日本が夏になると来て楽しんでいるので。特にあなたと先生は相性がいいらしく、日本に来た時にふと思い立ってこちらに行くと言うときがあります」
新人はよほど先生が好きなのだろう。時折思い出し笑いをしていた。
思い返せば、たしかに夏の風呂も良い。暑いからといって体も暖まってると思えばそうじゃないらしく、意外とお湯の温かさが体に染みる。両親なんか、夏のお風呂でお酒を嗜む時もある。
「夏のお風呂、好きなの分かるなぁ...」
と呟くと、新人は嬉しそうに笑っていた。
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