飴のなる木

 秋の中、小学校に行く道を途中でそれる。私の住んでいる所とはまた違った感じの住宅街だ。中流家庭以上のような家があり、コンクリートでできた庭なのか駐車場なのかが皆についている。幼児用アニメの絵が描かれた三輪車などが置かれていたりもしている。集合住宅モオートロック付きのマンションしかない。しかもそれにも駐車場がついているのだ。そんな道を過ぎてゆくと車道にでる。そこから右に進むと信号機はないが横断歩道がある。そこを渡ると桜の木が植えられた道に着く。その道を行くと公園に出る。公園と言っても遊具があるわけではなく、座る場所や囲碁や将棋、チェスをする場所があるだけだ。ピクニックがしやすいよう机や椅子もあるので来る人の幅は広い。寝転がれる公園を目指しているので、ちらほらと横になっている人も見かける。

 その公園にも木が植えられている。1つはイチョウだと分かるのだが他は違う木らしく全く分からない。真ん中近くに歩きそこにある木の根本に座る。いつからあるのかは分からないが他の木より大きい。こんにちは、と声をかけたらすぐに、こんにちはと返ってきた。

 特に何か話すわけじゃなくただもたれかかっていた。ここには秋特有の虫はいなくて物足りないが、これだけで満たされる。


 子供の頃から来ているこの場所は、いつしか遊ぶ場所じゃなく心が休まる場所になっていた。

 外に出かける時は心配だからと言って、一緒に暮らしていた茶トラ猫が着いてきていた。あの子が向こう側へ行くまで私の面倒をよく見てくれていた。木と猫と私とで、物思いにふけったり、ただ空を見ていたり、風で揺れる葉の音を聞いたり、時にはうたた寝をしたり。

 そして

冬になるとこの木には飴がなるのだ。

 本当は飴ではなく実なのだが、この木曰く飴のように甘くして遠くに運んでもらうという事らしい。そして飴のように少しずつ溶けるだけで硬いから飽きて捨てられて、地面に落ちたら水分で実を溶かして住みやすい環境にしていくのだそう。木は実を何個かあちこちに置いてくれたら食べていいよ、と言ってくれたのでありがたくそうさせていただいている。

 見た目は本当にカラフルで不透明なものから半透明なものまであって、そこそこ大きい。だから子供の頃はなくなると冬まで食べられなくて、でももっと食べたくて探していた。スーパーボールを見ては飴じゃないかと試しに食べて確かめていた時もあったくらいだ。

 風が優しく頬を撫でる。

 持ってきたクッキーと紅茶を入れた水筒を鞄から出した。この場所の香りとクッキーの香りが混ざって記憶が刺激される。

 あの時は心がずっとどんよりとしていた。小学生なのに小さいながらもカーストというのがあった。子供向けで有名なブランド商品を持っていないと仲間はずれにされるというものだ。それすらも持っていない、持てない貧乏人と話すのは恥だ、という価値観が作られた。4年生になるまではそんなものは全くなかったのだが、誰かが始めたそれが大人みたいでかっこいいと言う事で流行ったのだ。それも1年で廃れていったのだが、当時はずっと続くのだと思っていた。

 茶トラの鈴が、見かねて視野を広げさせようと公園に行こうと誘った。私もこのまま休みを家で過ごすのは頭が詰まりそうだからクッキーと紅茶を持ってでかけた。公園に着くとピクニックに来ている親子や、チェスをしているおじいちゃんや、友達と横になって本を読んでいる人がいる。

 飴の木があいていたので向かって座った。

 天気は良いのに私の心はずっと重く、このキレイな景色を見るのがしんどい。おやつが大好きなのだが全く食べる気にはなれず、そのまま鈴を見ていた。

「ゆめみ。風も草も水もどれも皆流されていると思うかい」

 鈴がこちらを見て言う。考える気力も話す気力もなく私は鈴をただじっと見ていた。

「あら。どうしたの。今日は全然元気がないね、君達」

 滅多に話さない飴の木が言った。今度は上を向き下から木の葉を見る。何も話さない私の代わりに、鈴が説明した。学校ではブランド物を持つのが流行っているのに自分は買ってもらえなくて、無視をされていると。

「人間というのは弱いものだねえ。あんなに物を使って木を切ったり鉄を切ったりするというのに。どうしても皆と同じじゃないと嫌なの?」

「…う、嫌だ。ひとりぼっちだもん…」

 我慢していた涙が溢れ出た。あの時はそんな状態でも周りに人が居るのを意識して声を我慢して泣いていたのだ。

「だけどそれは誰かが自分を有利にするための価値観だろう?」

「だけどぼっちはやだぁ。皆私を知らないふりをするもん、持っていなかった友達も買ってもらって、絶交されたぁ…。」

「嬢ちゃん、仲間意識は社会を作るのに必要だけどもね、そんな冷たいものはいらないもんなんだよ」

「ぞれでもお、そうは見えないよう」

「自分が気持ちよくなるために誰かを省く、そういう連帯感はあったら危ないもんなんだ。そうして他人を自分の人生から、世界から排除し続けていると人間は先に進めなくなるよ」

「だけど、私が省かれちゃう」

 鈴が鞄からティッシュを取り出し、鼻をおかみ、と言って渡してくれた。

「人間というのは飽きたらもとに戻る。その大人ごっこもすぐ終わるさ。君らからしたら永遠に感じるだろうけどもね」

 それでも私は怖かった。1人になったら生きていけるのか、存在もしていないような現状で。

「ゆめみ。風も揺れる草も流れる水も皆周りに動かされているんじゃないんだよ。風も水も自分の行きたい場所があるから移動しているだけ、草も遊んでいるだけ。いかに自分を幸せにするか。そして人生を豊かにするためにいかに誰かの事を想うか。流されなくていいんだよ、ゆめみの声に耳を傾けるだけでいいんだよ。それともそんなに誰かを捨てる行為をしたいのかい?」

 鼻をかみながら考える。あぶれた自分はどうなのだろう、この痛みを誰かにさせたいか。自分が有利になったところで、更に別の価値観ができてキリがなさそうだ。

「したくない、でも悲しいよ…」

「ゆめみ、君は存在しているんだろう。誰かがどう言おうと変わりゃしないさ。それに外に出たら皆君を認識しているだろう。傷つけるために作られた価値観より見てごらん。私だって、この木だって君を無視していない。君は存在しているし存在していいし、ブランドぽっち持ってなくても無価値じゃあない、皆そんなくだらない事で価値は決まらないさ。この世界というのはね、とても複雑なんだよ。一見価値がないように思えるものも誰かの、何かのためになっているんだ。だから無価値なものはないと言われているんだよ。それに気づくまでは長いけれどもね」

「でも…うう…」

「嬢ちゃん、昔もここで泣いている人がいたんだ。その人はおじいちゃんなんだけどもね。聞いてみたら、彼は人生でたくさんの選択をしてきたんだよ。不要だと思うものは捨てて必要なものだけ使って。そのおかげで成功してね、好きな人とも結婚できて子宝にも恵まれて幸せだったんだ。そのうち孫にも恵まれてね。よく家に子供と孫が遊びに来てそれが楽しみなんだと。だけどね、自分の子供にもなんだけどね、やる必要性が分からない事はしなかったんだ、誕生日も年末年始も学校行事も全て。だけど必要な事はきちんとしたんだ、それは彼なりの子育てで愛みたいで。子供が良い大学に行くための勉強に払うお金は惜しまなかった。

 年齢からはどうしても逃げることができなくて奥さんが先に行ったんだ。そうしたら途端に子供も孫も来なくなった。もうここ数年会っていないって言うんだ。住んでいる所も、相手がこちらに来ればいいのだからと思って知らない。奥さんは最後、子供や孫に囲まれていたが私は1人で行くのかと、それがとても怖いんだと。

 たしかに取捨選択はいるけどもね、捨てすぎると大事なものも捨ててしまっても気づかない。だから、自分を捨ててまでしなくていいんだよ」

「そのおじいさんは最後1人で行ったの?」

「うん。そうだよ。私は今まで捨ててきたものを言って、おじいさんは気づいたけどもう遅かったようでね」

 最後に勢い良く花をかんで鞄からクッキーを出す。泣き終わったらお腹がすいた。

「私、ブランドなくてもいる子?」

「そうだよ。誰だってそうだよ、ゆめみ」

 捨てなかったものを思い出してみた。噂でうるさいおばあさんという人がいたけど、うるさいのはポイ捨てする人に対してだった。いざ話してみると普通の人で、むしろお腹が空いてないかいとよくお菓子をくれた。昔は自分は食べられなかった、そんな苦しさは今の時代にも人にも続けさせたくないって言っていた。ただ星にも人にも優しい人だった。彼女は今はもう友達で、彼女との思い出はいつまでも残しておきたい。

「私、捨てない。話、難しくてよくわからないけど、意味わかんないものができてそれが流行っても捨てない。話して合わない人は友達になれないけど、全然噂と違う人もいた。知らないまま嫌いになるのは心がすごく苦しい」

「そうだよ、嬢ちゃん。人間は忘れっぽいからすぐ捨てちゃだめなのを捨ててしまうけれどもね、でも真似して流されて嬢ちゃんまで自分を捨てちゃあ良くないよ」

 うん、と言ってクッキーを食べ始めた。

 きっと私は、そんなくだらない流行りで絶好されても、はやりが終われば何事もなかったかのように遊ぶんだろうな、と思っていて実際にそうだった。

 今でもそうだ、もっとも子供以来流されている人と出会う事もないので絶交を考える事もないし、だからこそ自分もそうなったのだが。この先似た事が起きたら、自分も賛成して捨てるか捨てないか、そして捨てられた時許すか許さないか、昔よりもっと詳しく心に聞くだろう。けれど、自分が相手を傷つけた事は忘れずにいないといけない。傷つける時は気づかないか、わざと気づかないように意識をそらすからだ。それを忘れずに心に聞くのだ。

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