枯れても変わらない美しさ
昼、起きるとテレビの前にあるテーブルに花が一輪置かれていた。
寝すぎたせいかお腹がすいていないのでご飯を後にして近くに行った。花を飾った事がないのでどの長さが正しいか分からないが、花屋やドラマで見るより茎が半分くらい短く見える。
波打った細めの花が外側に向かっている。おしべなのかめしべなのかが長いのでどことなく彼岸花を彷彿とさせる。
花の色というのはどうしてこうも柔らかいのか。他で見る白色は眩しいのに、花の白色はずっと見ていられる。
どんな香りなのだろうと鼻をすんすんしてみるが全然香らない。花にもっと近づいてみるがかすかに香ったような気がする程度だった。花は皆香るものだと偏見をもっていたが、そうじゃない花もあるらしい。
花というものには見たり嗅ぐだけじゃなく何故だか触りたくなってくる。この魅力はいったいなんなのだろうか。花は悪い魔女の生まれ変わりなのだろうか。
指先でつーっとなぞる。どんな布にも再現できない花にしかない繊細な柔らかさ、美しい滑り心地。これを身に纏えたらなんて生活がしやすいのだろうか。
過去に起きた時にこんな実りのある時間から始まった事があっただろうか。あまりにも心が幸せに満たされたのでため息がもれた。
「あら、笑顔になってくれて嬉しいわ」
話さないと思っていたので驚いて数十秒固まってしまった。
「え、あ、い」
「ふふ、なあにそれ」
「は、話さないと思っていたから…。キレイだね。どういう原理か分からないけど、満たされてくるよ」
「でしょう。でも明日にはいなくなるからね。その前にたくさん私のことを見てね」
「え、今日までなの?」
「そうよ。もう2周間前からかな。こうしてたくさんの人を癒やしているけれど、そろそろ眠くなってきたのよ。でもそうなるまで幸せの中に囲まれていたいの」
「幸せの中に??」
「ええ。周りの生き物が笑ったり心が満たされたりしている中で最後を迎えたいの」
そうなんだね、と返事を返しすぐスマホを取り出した。泊まりに来れるか分からないけど姉にメールを打つ。
「来るか分からないけど姉に泊まりに来ないか聞いた」
「あら、他にも人が来るの?嬉しいわ。いつ頃来るのかしら?」
「今日は仕事なはずだから早くても8時くらいかな」
と言ったところでお腹が鳴った。
「あ…そろそろご飯食べてくるよ」
「いってらっしゃい」
台所でハムを入れた卵焼きを二個と野菜炒めを作っていく。今日は皆の時間がバラバラなのでそれぞれが自分で作らないといけない。最近は卵焼きにハマっているから本当はそれだけにしたいが、それは出来ないのが人間の面倒なとことだ。
さっさと野菜炒めを食べて、卵焼きを堪能する。少し塩を入れている分味がしっかり出てきて美味しい。ハムのぷりっとした感触と柔らかいトロトロとした卵の感触がまた良い。食べ終わるとまだやる気があるうちに洗い物をすませて、花の場所に戻った。
「元々はどこに住んでいたの?」
「どこかは分からないけれど庭で育ったわ。他にもたくさん仲間がいてね。見てほしいからいっぱいアピールをしたら、水をくれた人間に色々な所に連れていってもらったの」
「あそこに居たら仲間と暮らせたり、長生きできるのに?」
「仲間と話すのは楽しいけど、やっぱり見てもらいたいわ。だって皆、私を見て笑顔になったり癒やされたりするんだもの。それを見るのが好きなの、だから私はそれに囲まれたいのよ」
「うーん…仕事をしててお客さんに楽しかったとか言われたり笑顔になってるのを見ると私も嬉しくなる、そういう感じなのかな」
「うん。そうよ、多分ね」
そういうものだとしたら、自分だけじゃなく周りも幸せな中を囲まれて生きたいのが分かる気がする。
「けど、それってたまに傷つくことない?お酒を捨てられたり、ちぎられたり、茎を折られたり」
んーと言って花は少し悩んだ。
「それでも見てほしいわ。隣で茎を指で潰された子がいて怖かったけど、それでも諦めたくないわ。移動してもしなくても、いつしか終わるのだからそれまで幸せに囲まれて生きたい。それに意外と傷つけられても、夢はへこたれてくれないのよ。だから私は私の気がすむまで叶えていくわ」
そう言う花はなんだかキラキラとして見えた。きっと目があると、目が輝いているのだろう。
「明日、いなくなるんだよね」
「そうよ」
「あなたがここに来て少ししか経ってないけど、生活に彩りがでた。いつもなんの事も考えず同じ事を繰り返しているんだけど、今日は違った。あなたがいるってだけで満たされたの。ありがとう、幸せにしてくれて」
いいのよ、と花は笑って言った。
最後だとしてもそうじゃなくても伝えておきたい。あなたの夢のおかげで周りも幸せになったのだ。きっと花が枯れてしまってもこの時間は枯れないだろう。この花の美しさはずっとなくならない。
姉から返事が返ってきた。今日、ご飯とお風呂をすませたら旦那と泊まりに来るみたいだ。皆それぞれの人生があってあまり会えないなか、家族全員が再び集まる。今日はなんてラッキーデイなのだろうか。
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