おじいちゃん電車

 近くにチェーン店の寿司屋ができたので家族全員で行ってみる事になった。地図によると7分かかるのだが、電車とバスを乗り換えてやっと着く寿司屋より楽だ。ただあまり使わない道なので念の為予定より1時間早く出た。

 スマホの地図は今回は調子がいいらしくすんなりとたどり着いた。

 寿司屋のある通りは車も多くマンションやアパートも多い。なので個人店やチェーン店も多い。道路に面しているのでほとんどの店は駐車場がある。そして寿司屋の裏には公園があるので立地がとても良いだろう。いつも小学高学年くらいの子どもたちが走って遊んでいるのだ。

 スマホの時間を見るとまだまだ時間が余っていた。11分でついたのだからそりゃそうだろう。先に中に入ってお酒を飲んで待っているかとも思ったけど、どこに繋がっているか分からない謎のトンネルがあったのを見ていたら足が勝手に動いていた。

 こんなものはあったかな...。あまり使わない道の上に、仮に通ってトンネルを見ていたとしても車越しだから、全く想像もつかない。

 期待に胸を膨らませ階段を降り中に入った。上では車道と歩道なのでアスファルトなのだが、その下は皆赤レンガで作られていた。上とは違って人が全くいなくて寂しさを感じる。これはどこにつくのだろう。長さは長くも短くもない一直線だ。出たらすぐ階段で、登ってみたら広場と遊歩道が続いていた。

 先程までいたであろう所を見たら、ただ横断歩道の下を通っただけだった。 あまりのあっけなさに小さく笑った。

 帰りは横断歩道を渡って帰ろう。その前に少しだけこの場所を楽しむとするか。

 階段から離れ道を少しだけ歩く。意外とこの遊歩道は幅が広い。木もたくさん植えられている。ここで歩いたら気持ちよさそうだが、人はあまりいない。たまに犬の散歩の人や夫婦がゆったりと歩いているだけだ。そういえば、このあたりで出店でみせイベントをしているという話を聞いた事がある。もしこの道を全て使っていたら圧巻なのだろう。

 ひとしきり堪能した後、広場に向かった。広場の端っこに電車が見える。気になるので見に行ったら運転席の部分と車両があった。運転席の部分は入らないように柵があるが、どうやら後ろの方は入れるようだ。こういうのは物凄くわくわくするので中に入って座ってみた。電車の事は全く詳しくないが、こういう楽しみ方も良いかもしれない。

「おや。ここに人が来るのは久々だ。若いの、楽しいか?」

「え、うん、楽しい。けど、あなた誰?どこに居るの?」

「電車だよ。君が乗っている。」

「あなただったのね。私、全然詳しくないけど、いいね。走っているあの振動や音も好きだけど、こうして過ぎてゆく時間を見ているのも良いね」

「はは、そう言ってくれて嬉しいよ。わしは引退してここに送られてきての。最初こそは人もたくさん来ていたのだがもう何十年もおらんのだ。ここの通りも昔は人で溢れていたんだが、今は祭りの時くらいだよ」

「そう…なんだか寂しいような…」

 けど人の流れというのはそういうものなのだろうか。

「そうじゃのう。仕方ないとしても寂しいもんだ。こうもただ何もせず雨風にさらされ朽ちていくんだ。たまに修理や手入れはされるが前より減っての」

「そういえばここ、屋根がないね。昔ってそんなに人が来たの?」

「来たもんさ。頻繁に運転席の解放も行っていての、親子も大人も来て行列だったよ。今は解放が一年に一度になって、それも1人くれば良いほうだ」

「え、解放されているの?実は私、あまりここに来ないから知らなくて。その時タイミングあえば来てみたいなあ」

「それは楽しみだ。多少は動かせるからその時はたくさん遊んでいきなさい。この近くに水道もゴミ箱もあるからピクニックにもおいで」

「へえ、ピクニックもできるんだ。ここで食べられるなんて、鉄道旅みたい。冷凍みかんも持ってこようかな」

「おや、懐かしいね。昔は知らない人と交換したりしていたよ。ああ、家から持ってきたおむすびもあったねえ」

「すごく楽しそうだね。どんな感じだったの??」

「そうだねえ。ちらほらと花が咲いている野原を走ってね。あの頃はずっと走れるものだと思っていた。まるで自分が鳥になったようでね。たくさんの人々を運び続けて。たくさんの人がまだかまだかとホームで待っているんだ。それを見ていたら休まなくても走れる気がしてね。中では喧嘩がおきて大変な時もあったが、大体は楽しかったよ。

 野原を走っているとね、景色を見ていると子供の頃野原を駆け巡ってポケットに虫や葉が入っていてよく叱られていた事を思い出すとか。これがあれば海へ行ける、一面深い水だなんて嘘だと証明するとか。都会に出稼ぎに行ってもう戻れない寂しさから、過去の思い出に涙していたりとか。知らない店がこれから向かう場所にできて心躍らせていたり。様々な想いも運んでいたものだよ。

 今はもうこんな姿になって走る事はできなくなったけど、それでも昔は中で人が座って話に花を咲かせていてね。走っている時と変わらなかったもんだ」

「そんなに賑やかだったんだね。考えられないなあ、今じゃ皆静かだしそもそも疲れて寝ているんだよ」

「おや、そうなのかい。昔とは違うんだねぇ。随分と時間が進むのは早いものだ。せめてここにいる時くらいはゆっくり休んでほしいよ」

「そうだね」

 電車の優しさからなのか人々の想いが残っているのか。それとも感傷にひたっているからなのか。野原の香りがしてきたような気がする。

 次々と移る景色の最後はどんな感じなのだろう。野原を過ぎ崖を過ぎ海の上の橋を過ぎ花畑を過ぎ都会を過ぎ畑を過ぎ。今はただ雨風にさらされ朽ちていく恐怖がありながらも人々の想いを乗せているこの電車から見える風景は、最後はどうなのだろうか。

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