迷子の幼虫

 夏の暑さに全身から汗が湧き出るが苦とは考えずそのまま歩いていく。太陽が私の皮膚がじりじりと焼いても、強い日差しで眩しくてもやめようという気は起きなかった。夏に行っていいのかは分からないけど、職場の先輩からおすすめされたハーブ園がどんなに邪魔をされても行きたくなるくらい素敵なところだったのだ。

 家族にも教えたら見事にハマったらしく、買い物リストも持たされている。ああ、楽しみで仕方ない。ルンルンと歌いながら歩きそうになる。園なだけあって遠くにあるので、乗り換えが大変だから集中しないといけないというのに。

 それでもやはり、ついたらどこから見るか、飲食スペースでは何を頼むかを考える事はやめられなかった。

 駅に着き電車に乗る。先程とは違って冷房が効きすぎてすぐ冷える。時間も時間なのであまり人が居なくてとても静かだ。5駅目で乗り換えなので休むために目を瞑ることもできない。こうして揺られながら駅員のアナウンスに耳をたてていると初めて来た時の事を思い出す。


 電車を3回乗り換え、無事バスに乗れた。そして10分程歩くのだ。その歩いている時に迷子になって疲れて、汚れるのも気にせずに地べたに座っていた。人が少ないから見られる事もないが、ベンチもなく代わりになるものもない。日陰にいるのだが空からも地面からも蒸されている気がする。スマホで地図は出しているのだが、なぜだかGPSが全く役に立たなくてぐちゃぐちゃになっている。このまま迷子になるかもしれないという焦りからかセミの音がやたらと頭に響いて痛い。

 残り少ないお茶を飲み、スマホを再起動した。人が通らないものか…。

 待っている間、暑さを紛らわせるために眼の前の景色を見た。山が近くにあるからか、心なしか空気が澄んでいるように感じる。近くにある雑草をふよふよと触ってみる。はぁとため息が出た。

 なんとなく体の向きを変え、触っていた雑草をまじまじと見てみた。人の歩く道は整えているのか、道には生えていない。

 そのまま葉を触っていたらチラっとなにか黒っぽいものが見えた。途端に立ち上がって後ろに下がった。もしかして蛇か蜘蛛がいるところを触ってしまったのか…。周りに木の棒がないか見回すが落ちてくれてはいなかった。

 とりあえずしゃがんでみて覗いてみた。が、葉が垂れていてあまり見えにくい。逃げないといけないのだが好奇心で動けない。向こうも動いていないから物なのだろうか。試しに腕を伸ばして葉を上にはらってみた。黒い体に朱色や暗い黄色が見えた。随分と大きい、私の両手をあわせたくらいだろうか。次ははらわずに雑草をのけてみた。中には黒い体に朱色と黄色の毛らしきものだった。形は黒色の効果もあっておはぎみたいだ。毛とは言ったが犬や毛虫の様に多いわけではない。一本一本が太く毛の隙間の間隔も広い。自在に操れるのか、その毛を自身の体に巻くようにしている。

 もう少し葉をどかそうと手を伸ばしたらその子は少し後ろに下がった。

「こないで…私毒があるの…」

「わ、喋った。毒??じゃあ毛虫なの??」

「違う…いや、人間からするとそうかもしれない」

「へえ、ごめんね、初めて見るからついどけちゃって。蝶になるの?蛾になるの?こんなに大きいから、成虫も大きいのかな」

「…なれないよ..ここ家じゃないから」

「え…?」

「私、迷子なの。葉っぱを食べていたら足滑っちゃって鞄の中に…。頑張ってでたらここだった。ここじゃあ食べられて大人になれない…」

 色々な感情がまざり言葉が出なかった。やたらと自然の音が耳に入る。

「そっかあ。私も迷子。ハーブ園に行きたいんだけど、よくわからないとこにでちゃった」

「ハーブ園??もしかしたら私のいたところかも…」

「え!じゃあ一緒に行こうよ。スマホが再起動して直ったら地図使えるし。はい、手に乗って」

「あ、いや…」

 と、もごもごして後ろにまた下がった。

「どうしたの??」

「毒、強くて...手が青く腫れてそよ風でも触れたら痛くなっちゃう…」

「じゃあここにいるの??」

「うん。どうしたって毛先があたるから」

「ご飯もないのに?」

「誰かを痛めつけるくらいなら。傷つけてまで自分を優先したくない」

 そーっと手を伸ばしてみるが後ろに下がっていく。

「そこにいたら焼けちゃうよ。ほら見て。タオル。これを畳んで…これなら大丈夫じゃないかな。一緒に行こうよ。これなら痛くない」

 それでも動かない。

「じゃなかったら素手で掴むよ」

 と言ってタオルを取ろうとしたら、こちらへ来た。

 気を使っているのか毛先が上に行くようにしている。その間にスマホを確かめたらもう使えるようになっており、地図を開いた。目的地を入力したら随分と遠かった。最寄りバスからは10分なのに、ここからは20分もかかる。今はGPSもおかしくなっていないからなんとかなりそうだ。

 手に重みが来た。

「ね。痛くないでしょ。帰ろっか」

「うん」

 まずは道路にでなければいけないな…。気が遠くなりそうだ。

「大人になっても毒があるの??」

「あるよ。でも毛みたいに自分の意思と関係なくするんじゃないんだ。だから早く大人になりたい」

「んーたしかに、その毛がなかったら柔らかくて美味しそうだね」

「うう。そうなんだよね…。早く大きくなりたい。凄くキレイなんだよ」

「へえ。見てみたいな。見られるかな」

「ハーブのお世話をしているからあちこちにいるよ」

「どんなのかな。楽しみ」

「どんな葉っぱを食べるの?」

「落ち葉が甘くて好き。でもあまりないから、次に好きな花粉を食べてる。雑草は美味しくないし硬いから嫌いだけど、あると迷惑でむかつくから食べてる」

「大きくなっても同じの?」

「大人は雑食だね。虫でお酒作ってるの聞いたことがある、美味しくなさそうだけど…」

 虫ってそんなに美味しいのだろうか。お酒なので見た目はなにも感じないにしても、想像するのに抵抗してしまう。気にもなるが…。

「幼虫っていうことは蛹にもなるの?」

「うん。でもほかみたいに硬くなくて…毛が平べったくなってそれが体を覆うだけで柔らかいんだ。だから大人達に守ってもらわないと食べられちゃうんだ」

「だから大人になることができないって言ってたんだね」

 そんな話で気をまぎらわせながら歩いていった。

 

「そこでの食べ物が合わなかったら移動することもあるんだ。そういう時は、同じく移動してる集団に出会ったら一緒に移動するか、1人でするか」

「あなたも移動するの?」

「私はしない。気になるけど、遠くへ行って雑草みたいにまずかったらイヤだ」

「そっか。そんなにハーブって美味しいの?」

「うん。色々な味があるんだよ。香りもね、クセになるんだ。他の葉っぱは味が薄い」

 人間で言うセロリやパクチーみたいな感じなのだろうか。

「そうなんだね。あそこのハーブ園でもし売ってたら買ってみようかな。調味料にもなるし」

「ちょうみ??」

「料理に使うの。有名なのはバジルとかミントとかかな」

「へえ!人間も食べるんだ!皆、水で薄めないと濃くて食べられないのかと思ってた!」

「食べるよ。でもそのままじゃあまり好まない人がいるかもしれない。あ、あれかな」

 それらしきものが見えてきた。

 門は金属系でできているのに、細かい模様がある。同じ素材で植物を形作り纏わりつかせている。なんて技術なのだろうか。

「あ、これ見たことある」

 スロープを抜けるとレンガでできた建物についた。北欧のような色をしていてとても可愛い。扉は開いたままなので中に入ると人がいっぱいだった。入り口だけじゃなく、飲食スペースや買い物スペース、お土産スペースにわかれていた。たしか先輩が、中にも休憩所があると言っていたので、支払いをして手にスタンプを押してもらい中に入った。

 そのまま行くと、ビニールハウスに出た。辺り一面ハーブだらけなのに閉塞感はない。むしろこのくらいの方が安心感がある。

「あー!!!!」

 全く見たことのないハーブを見ながら歩いていたら突然大きな声が聞こえた。見るまでもなくその声の主は近くまで来ており、怪我がないか見ていた。

「もー!!心配したから!いくら毒があるっていっても食べられるんだからね!!」

「ごめんなさい…滑って人間の鞄の上に落ちて…」

 そうしているうちにハーブの間から次々と出てはこちらに来た。

 皆妖精のような見た目をしていて色は様々だ。人間と同じ肌の色をしていたり、紫の混ざったピンクをしていたり、黒色に黄色の模様があったりしていた。

 その子は皆に運ばれて近くのハーブの下に降ろした。お腹がすいていたのだろう、目の前の葉っぱをすごい勢いで食べ始めた。

「ちょっと手を見せてね」

 とタオルをはがされた。なぜだか手首まで真っ赤になっている。

「あーちょっと入っちゃったんだね、毒。毒抜きするから待っててね」

 なんだかあつがゆいと思ったら入っていたのか。数人近くに来て、頭を近づけて髪の毛を動かしていた。幼虫の時の触覚と同じなのだろうか。髪の毛は量が多いというのに器用に動かしている。

 数分程したら赤みやかゆみもなくなり、髪の毛の感触も分かるようになってきた。

「よし、これで終わり。ありがとうね。僕たち毒を持っているのにここまで送ってくれて」

「ううん、私もここに来る予定があったから」

「色々あるからゆっくりしてってよ。途中にお土産屋もあるし、ベンチもあちこちあるし」

「うん、ありがとう」


 あれから無事大人になれたみたいで、今でも仲良くしてもらっている。

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