河川敷のうさぎ

 CMで見た河川敷に影響を受けて、昼間に河川敷に来てしまった。CMの中だけなのだろうが、寝転がっている光景がとても気持ちよさそうだったのだ。

 おまけに暖かくなってきている時期で虫も増えてきている。かといって冬は寒くてそれどころではないだろう。

 ドラマでしか見ないと思っていたらチラホラと、座って談笑している人だったり下まで降りて遊んでいたり犬の散歩してる人達がいた。

 ゆっくり1歩、また1歩と降りて行く。

 真ん中辺りまで行ったら、何も落ちていない事を確認して座ってみた。

 なんて言っているのか遠くて聞こえないが、人の声が音となって聞こえてくる。夏になる前の気温が、じっとしている体にはちょうどよかった。時折風がふいて、それがまた良いタイミングで来るのでただ座っているだけで良いのだ。地上からではゆっくりとして見える雲の流れ、それぞれの思いで動く人々、下を見ると花が咲いている所もある。それらを見ていると、今だけは自分の時間が流れている様に思えてきた。

 だんだん落ち着いてきたら体もいつの間にか横になっていた。目の前には雲が一生懸命流れている。CMで見て持ってきた本を開いて顔に被せた。そうすると先程まで眩しくて眠れなかったのが、影になりすっかりうたた寝してしまった。


 どのくらい経ったのだろう。河川敷に同じく座っていた人は居なくなっていて、代わりに別の人が寝転がっていた。

 川を見ていると小石を川に投げる遊びを思い出した。アニメの様にうまく行くかは分からないが、せっかく来たのでやってみるのも良いかもしれない。

 斜めになっていて転げてしまいそうなのでまたゆっくり降りていく。そうしてたら子供が走って降りていった。若いというのはなんであんなに体が軽やかなのだろうか。子供の頃は何もかも早く過ぎていた。それでも楽しくて目の前の事に一生懸命で1秒1秒がぎっしりと詰まっていた。子供に戻りたいと思う反面、今はそれらの経験を利用してゆっくりしたいとも思う。

 下に着き、とりあえず石を拾って投げてみた。そのままポチャンと水に入っていっただけで終わった。初めての挑戦は何回やっても惨敗だったがとても楽しい。

 そうしてまた石を見ていると、なげないで!と声が聞こえた。しかしどれも同じ石にしか見えず、ただ手をうろうろさせるしか出来なかった。

「ぼ、ぼくはなげないで...」

 そう言って目の前にある石が小さく跳んだ。ただの丸い石かと思ったそれはお尻の部分だった。なんとなく頭の部分がうさぎの耳のようにも見える。顔には分かりやすく目があり、そこはうさぎと同じ目をしていた。

「石...?うさぎ...?」

 石なので足がないが器用にお尻で体を支えて立ちこちらを見た。

「うさぎであってる。ぼく、上流に戻る所ですべって川に入ってまた戻されて...やっとここまで来たんだ。なげないで...」

「そうだったの。分かった、投げないよ。ねえ、上流ってどこまで行くの?」

「結構遠いんだ...だから皆で大移動してたんだけど...」

「今日暇だから良かったら一緒に行こうよ。人間の歩幅、大きいからいい所まで行くんじゃないかな」

 相当寂しかったのだろう。うさぎは泣きながら、ありがとうと言って私が出した手のひらに跳んで乗っかった。

 たしか川にそって歩けば迷わなかったはず。ただ、石の上では歩くのが疲れるので上に行き道へ出た。

「君達はなぜ上流に?」

「うんとね、下はあまり水に栄養がないしゴミが流れてくるからっていってた。大人はこどものために上に行くって言ってた。ぼくはまだこどもだから、おとうさんとおかあさんが、ごはんのために上につれてくって。それでまた川に流されたら上にいくって」

「そうなんだ。足場は悪いし遠いし大変だね」

「うん...前、ともだちがすべって流されて、家族とちりぢりで、次の移動する所の知らない家族に助けてもらったって」

 そっかぁ、と言いながら指で頭を撫でた。それでもとても寂しかっただろうな、その友達も。

「その友達は家族に会えたの?」

「うん、家族は上でごはんのときだけ川に入って、他は川からでてまってたみたい」

「よかった...」

 そのまま期間が合わずに会えないままはあまりにも悲しすぎる。なるべく近くまで送り届けよう。

「さっき別の家族とって言ってたけど皆仲がいいんだね」

「うん。知らないうさぎだけど、一緒にすごしてて家族みたいだから」

「そうなんだね」

 そこからは喉も乾いてきたからあまり話す事が出来なかった。自動販売機ができてからあちこちで飲み物は買いやすくはなっているが、ない所にはとことんない。

 そのまま分かれ道もなく、川の隣の道を歩いていく。河川敷を出たらしばらく車道と歩道になる。放置されているのか雑草が生え放題で歩道が狭くなっている。歩きにくいがこれを過ぎたら公園に出る。たしか公園の向かい側に自販機があったはずだ。

 だけどそこまで体力が持つだろうか。あんな事は言ったが不安だ。まだまだこの道は長い。

 隣には川、車道の向こう側は空き地や誰かの畑かなにかが続いている。たまに住宅街でも空き地だと思っていた狭い場所を利用して畑をしているのは見かけるが、その類なのだろうか。

「川の上ってこうなってたんだね」

「うん。そうだよ。ここはあまりないから一概には言えないけど」

「へぇそう...わ、ふふ、はっぱってくすぐったいね」

「ふふ、葉っぱって凄く楽しいよ。どれか持っていく?」

 うん、と言うので近くにそばにあった葉を数枚取って渡した。うさぎは器用に口で葉を掴み遊んでいる。気を取り直して歩き始めた。

 先程まで自分の足音やたまに通る車の音だけだった所にかさかさと遊ぶ音が混ざった。それがまたやる気を出させる。

 こんなに小さい体で一人で歩くのはどんなに寂しくて痛い事なのだろうか。視界にも誰も居ない事をつきつけられるのに、自分の移動する音しか聞こえない。うさぎをよく見たら、小さい傷があちこちにあった。それなのに何もない様に振る舞っているのだ。

 あれから数分歩くと急なカーブが続いている道に出た。ここは車を運転する人も怖いだろうなと思う。3回程曲がったらまた真っすぐになり、その先は信号機が出てくる。その信号を渡ったら段々家が多くなる。これで道をそれたら飲食店や大手スーパーがあるのだ。そのまま信号を渡り、使われているのか不法投棄なのか分からないゴミ捨て場を過ぎ、ちょっとした広場を歩く。また車道はあるのだがここの住人しか使っていないので車を見たことはあまりない。そして隣は歩道ではなく公園続きなので市が管理している立派な花壇がある。ベンチしか置かれていない広場を抜けたらまずは泥んこ遊びが出来る所にでる。そこは低年齢層を見込んでいるのだろう、子供も使いやすい高さに水道があり、トイレも子供用のもある。歩くにつれ段々高年齢層になっていく。2回くらい友達に案内され来たことがあるが、全く飽きない所だった。滑り台やブランコが出てくる頃には様々なモチーフがあって、形も様々だったのだ。最終的には完全にフェンスで囲まれ、バスケやサッカーが出来る様になっている。そこに行く前にまた信号があり、バスケの向かい側に自販機がある。余程売れるのだろう、何台も置かれている。

 水を買い、フェンスの前のベンチに座った。うさぎをベンチに降ろし葉も置き、蓋に水を入れて置いてみた。川の水ではないが一応天然水と書かれてある。飲めるだろうか...。自分もゆっくり飲んで一息ついた。

 隣で水を飲む音が聞こえた。無事飲めるようで安心した。

 今はまだ学校の時間なので静かだ。もちろん人通りも少ないので、誰もいないかの様な錯覚をする。

 2人で飲んだら後少しになったのでもう一本買い、また歩き始めた。

 公園を出るとまた歩道と車道だけになった。けどさっきの様に寂しい場所ではなく、向かいには家が連なっている。たまに井戸端会議をする声が聞こえたり、布団を叩く音も聞こえてくる。ふと、川に目を向けると、ゴミがたくさん浮いていた。外を歩く時は仕事の時が多く目を向ける事がなくて気づかなかったが、一度目にしたら今歩いている道にもゴミがたくさん落ちている事に気づきやすくなった。踏まれすぎて地面に練り込まれているように見えるのもある。もはや汚れていない道はないんじゃないのだろうか、そう思ってしまう程に落ちていた。悪質な事に、植物の間に隠して捨てている物もある。後少し歩けばゴミ箱があるというのに。

「ここも、過ごしにくいんだね...」

 うさぎも葉をくわえながら悲しそうな声で言った。

「うん、地上もこんな感じ。そういえば、もっと酷い所があったな...ゴミが道の端にぎっしり捨てられていたり異臭がしたり腐ってそうな食べ物が飛び出ていたり」

「げえ、そんなとこ走りたくないし、ごはんなんて食べれないよ」

「そうなんだよねえ...」

 私は人間ではあるので、そればかりじゃないのもあると思い言おうとしたが出てこず何も言えなかった。これを上回る良い所を考えるがやはり出ない。

「たまにぶつかって流されて迷子になって会えなくなる子もいるから怖くていやなんだよ」

「そうだよね...うさぎからすると大きいもんね」

 うん、と言って寂しいのか下流の酷さに苦しいのか、葉で遊ぶのをやめうずくまった。これはなんの言い訳もなく反省するしかできなかった。ごめんね、のつもりで指で頭を撫でた。指の腹だけで撫でる事のできるこの小さな体から感じるたくさんの悲しさで胸が痛い。

 段々坂道になってきて更に体力を取られ始めた。川の向こう側を見ると個人店が増えてきているが、こちら側はきっぱりと家だけが続いている。更に歩き続けると橋がかかっており踏切が見えてきた。私は公園までしか知らないのでこうなってるのは衝撃的だ。

「ね、うさぎさん。これから凄い音するけど大丈夫?」

「おと?」

 こっちを見てきょとんとしていたので、指をさした。踏切が見えてから何もなっていないから着いたら電車が来そうだ。

 考えた通り、踏切に着いたら目の前で遮断器が降りた。うさぎはあまりの音に驚いて体が飛び跳ねていた。右から電車が来た時には体が固まっている。慣れない音だったのだろう、終わってから数分して、うさぎは周囲を確認し始めた。

「びっくりするよね。私も慣れるまで怖かった」

「う、ん。さっきのはなに??」

「電車っていうの。人間を歩くより早く遠くまで運んでくれるんだ」

「そうなんだ。いつも上ですごい音すると思ったらこうなっていたんだ。そんなに運べるの?」

「うん。歩くのは大変でも、電車ならすぐ着くよ」

「いいなあ、これがあったらぼくたちも安全に着くのに。あ、でも音がこわいからやだな...」


 そのままずっと歩いていくとまた家もまばらになってきた。たまに休んで一緒に水を飲んで、自販機を見つけたら残り半分あっても購入して。歩いていくうちに家も少なくなっていき、川から離れて歩かないといけない道もでてきた。

 とうとう山に道を阻まれたので、数メートル先にある急勾配の階段を上がっていく。

 すぐ済むと思ったら案外そうではなかった。登っても登っても先には階段が続いている。後ろを振り向いてみると地上が見えなくなっていた。ここでやめても意味がないので、疲れで上がりにくくなってきた足を無理やり上げる。

 そんな中で、人だ人だ、という声が聞こえた。山は夜まで時間をかけたくないので、申し訳ないがそのまま上がっていく。そうしていると、ふわり花の香りがした。頑張れ、頑張れ、って言って花が自身を揺らしている。それが嬉しくて、焦って詰まっていた頭が整理された。

「わ!!」

 あまりにも詰まっていて気づかなかったが、いつの間にか階段は終わっていた。あとは道なのだが、川はどこにあるのだろうか。左右を見てみるがこのまま道をそれるのは危険そうだ。

「ねえ、誰か川しらない?」

 と聞いてみると、もう少し真っすぐ進んで、と返ってきた。

 言う通り進むと、2つの分かれ道が出て、看板に文字が書いてあった。かすれてて読みにくいが、右に行くと川に着くらしい。後は坂道も緩やかで階段よりは凄く楽だった。

 たまに揺れる木々の音が暑い体を冷ましてくれる。山の澄んだ空気が疲れた体でも吸いやすい。景色を見ていると、山歩きにハマるのが分かる気がしてきた。こうして実際見るのは写真とは全く違うものだ...。この土を踏む感触、柔らかな光、周りに広がる植物、山にしかない香り、優しく染み渡る音。どれも大事な気がする。


 そのまま歩いているとなぜだか分からないが川と合流した。さっきまで遠くにあったと思っていたので少し驚いた。

「あ、ここだ!」

 と言うので降ろすと真っすぐ川に向かい中に入った。数秒したあと川からたくさんのうさぎが出てきた。水しぶきをあげたくさんのうさぎがでてくる姿は、見ているこちらも元気な気持ちになる。

 その中の2羽のうさぎがこちらに来て、ありがとうと言った。きっと家族なのだろう。最後にまたうさぎが川から出た。頭に石を乗せこちらに来ている。

「これ、ここに来たらこれで遊んでいるの。あげる。ありがとう、すぐ帰れたのうれしい!」

「うん。また家族と会えたみたいで良かったよ。ありがとう」

「電車の時、あったらいいなって言ったけど、なくていいや。だって色々なもの見れなくなるんだもん!花が話すなんて知らなかった!」

「私も初めて知った時は驚いたものだよ」

「ふふ、だね」

 受け取った石はうさぎの体と似ていたが、目も耳もないのでうさぎではなく石なのだろう。明日は筋肉痛確定だが、たくさんの得たものを思えば楽しかったという気持ちの方が大きい。またここまで来れるか分からないので帰る前に満足するまで深呼吸をしてから山を降りた。

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