露天風呂の月

 本屋へ寄り道をしていたら思ったより時間が過ぎていたようで外は真っ暗だった。10月なったばかりで過ごしやすくて歩くのにちょうどいい。

 ふいに上を向くと、あまり見えないなりにも随分と星があった。

 これが銭湯帰りだったらとても気持ちよさそうだ。

 お風呂上がり、暖まった体のままソフトクリームを楽しむ。子供がソフトクリームを食べたくて大声で泣くがまだお風呂に入っていないと親の叱る声。奥さんが来るまで寝ている旦那。時間になっても来ないから怒っている人。弟がジュースが飲み足りなくて母に頼んでいて、それを見ていた兄がはんぶんこをしている所。

 食べ終えたらそんな賑やかで楽しい中を歩いて帰る。わざとドライヤーはせずに歩くのがまた最高なのだ。タオルに水を染み込ませそこから自然乾燥させている濡れた感触のある髪と体が、外の空気と風と気温に触れ第二のお風呂気分になる。

 今日は準備も大変なので明日行こう。そう考えたらとても足が軽くなった。




 マップには歩いて10分くらいと書いている所にある。その銭湯はとても広く中には食堂もあり、そこで晩御飯も兼ねている人も多い。そして休憩スペースも広く、お金を入れるタイプのマッサージチェアが数台あっていつも満席だ。そして銭湯の隣には物珍しいのをよく仕入れているスーパーがある。銭湯には入らなくても買い物としてもよく人が出入りしている。もちろん駐車場もたくさんあるのだ。

 なので中の風呂場も広い。色々な種類のお風呂があるので、近所では子供が来たがって親にお願いする姿をよく見かける。

 中でのお風呂は、電気風呂はもちろんの事、大人が立ってでしか入れない深さのお風呂や、空気がブクブクしているもの、期間限定で柚子や蜜柑の皮を入れられる事がある一般的な見た目のお風呂。そして変わり種は滝を再現したもの。外には、よく見かけるヒノキ風呂、寝転がれるお風呂やヒノキでできた桶のような形の一人用のもの、肩あたりの位置に向かって他より熱めの湯が当たるようになっている風呂などがある。

 着いたら何から入ろうか。やはりしたことのない滝からか。考えれば考える程迷ってくる。


 中に入ると靴を下駄箱に入れ鍵を腕にかけた。銭湯のタオルの香りが好きなので持ち込みはせずいつも頼む事にしている。

 そして支払い終えると真っすぐ脱衣所へ向かう。脱衣所の床はなんで他にはない感触なんだろう。ここからして楽しめるので銭湯というのは飽きないものだ。

 体を洗い終えると、まず空気が出てくるお風呂に入った。見た感じでは大きな気泡なのに物凄くくすぐったい。けどどうやら周りの人達は、これが疲れているふくらはぎや腕を刺激しているそうで心地よいのだそう。

 入って1分も経っていないだろう、元々露天風呂が好きなので上がって向かった。

 出てみると運よく一人用の桶みたいなお風呂が空いていたのですぐに入った。滝が相変わらず人気で並んでいたのでがっかりしたが良かった。

 体を入れると贅沢にもお湯がザーっと出ていく。これが楽しくて子供の頃は、ためては入りを繰り返していた。

 体は温まるが頭は外にあるのでさっぱりして長く入れる。そして1人みたいな空間がまた良いのだ。少し上を向き目をつむる。先程まで歩いたり洗ったりして慌ただしかった心が落ち着いてゆき思わずため息がもれた。

 そうして目をつむってだんだんウトウトし始めた頃、寝ちゃダメだ!と大声で言われ、反射で体がビクッとなった。なんだなんだと周りを見渡したら、まったく...という声が目の前で聞こえた。目線を下に向けると青色の月が写っていた。青色、とは言ってもそんなに色は濃くなく、白い光も入っているので青白いに近いのかもしれない。上を向き月を見てみたら同じ色をしていた。

「そこは狭くても寝てはいけないよ」

 でも声はお風呂に写っている月から聞こえるので下を向いた。

「ごめん、つい」

「寝る気はなくてもいつの間にか寝ているからね」

「うん。次から気をつけるよ...」

 そうしてまた静かになった。お風呂に写っている喋る月を見ていると、月を掴む事が出来るんじゃないかと思って両手ですくってみたがそのままお湯と一緒に落ちていった。

「月は掴めないよ」

 改めて言葉にされると恥ずかしい。きっと顔が赤くなっているだろう。

「つ、月って青色だっけ」

「ああ、今日は特別でね。どんな星になりたいか体験で来ているんだ」

「体験?」

「そうだよ。私達は生まれる前に色々な星達に協力を得て、こうして体験させてもらっているんだ。同じ星に魂が2つあるから、元の星は旅行に行ったり、もしくは教えてくれたりするんだ。だから月は今久々に旅行に行っているんだよ」

「じゃあ、あなた、生まれてないの?」

「うん、そうだよ」

 そう言うので月をまじまじ見てみた。だから青いのだろうか。それ以外には何も変わった所は見つからない。同じ体に2つの魂か...。星の体験と言うのは、人間のする職業体験みたいなものなのだろう。

「見た目は変わらないよ。被らないように色が変わるだけで」

「そうだったの。あなたはどんな星になるか決まったの?」

「ううん、いまいち決まらなくてね」

「へえ。これが初めての体験?」

「いや、3個目くらいかな」

「へえ、そんなに体験しているんだ。どんな感じだったの?」

「そうだねえ。1つの場所にとどまらない星があったね。流れてはとまって星を眺めて。あぁそういえば、ずっと灰色で、この星で言う人間の立場の生き物が全てを管理しているのを見た事あったなぁ。周りの星の話によると、昔はこうじゃなかったみたいで、最初こそは自然のままに共存していたのだが技術が発展して害があるものと言われるものは殺していって、そしたら害のないものも死んでいったり他の害のあるものが出てきたから、人間にとって害のあるものは全て殺して害のないものにはご飯を与える仕組みになったんだ。人間の健康も他の自然にも同じ事をしていてね」

 そこまで聞いて少し顔が引きつってしまった。でも向こうではそれが良しとされてきっとうまく行っているから続いているのだろう。

「大丈夫だよ。生き物が居る星が皆そうなる訳じゃあない。それにさっき言った星は安定してお腹が満たされるしどこの土も栄養豊富で地下にはたくさんの植物が病気にもならずに暮らしているんだ。

 次に見た星だって、まだ生まれたばかりでも輝いていたよ。その星はようやく落ち着いてきて生き物が住める環境になって。体験した星にあった、音楽が好きな国を最低1つは出来るようにする!と息巻いていたよ。体験した星ではどうやら一度人類滅亡の危機があってそれ以来、様々な人が居ないと飢える事になるから心を繋げるために定期的に音楽祭をしていたそうだよ」

「色々な方向に進んでいるんだね。皆同じになっちゃうのかと思ってた」

「色々あるよ。有限である体から解放されて永遠の命になる方法を見つけた所もあったし、戦争が進んで星に住めなくなって自分の種族だけじゃなく周りの全ての生き物を巻き込んで絶滅したり、あぁ、元々寿命が長くて星の私にも分からないくらいゆったりして生活しているのもあった」

「え、そんなにたくさんあるの?それじゃあここと同じ所ってあったりするの?」

「それは2回目の体験の時にあったねえ。ここと瓜ふたつだったよ。月はなかったけれど、ここで言う太陽と言われる所に住んでいる人と頑張っていたよ。宇宙の解明を」

「へええ。ここより進んでる?」

「ううん、似たようなものだよ。他の星や宇宙を解明できた生き物はまだいないんだ」

「そっかぁ、ないのね」

 こんなに広くてたくさん命があっても分からない事の方が多いのは少し残念だった。

「でも、ここで話してみて決まったかもしれない」

 と月がぽつりと言った。

「何になるの?」

「どこか生き物のいる星の衛星になってこうやって話すんだ。やっぱり見ているだけじゃつまらないよ」

「良いと思う。話しかけてくれないと私も危うく溺れそうだったし、短い間だけど楽しかった」

「それはよかったよ」

「住むのはここ以外にするの?」

「そうだね、ここにはもう星がたくさん居るからね」

 そっか、残念だ。そう小さく言った。もう会えないのは寂しいしもっと詳しく聞きたかった。

「次は産まれる時に迎えに行くから来たらいいよ」

「そうする。住む事になったら詳しく教えてね。色々な事」

「うん。約束だ」

 あと何十年かかるか分からないけれどここでの体験談を持っていけるようにしておこう。そう思ったら寂しさも幾分かマシになった気がした。

「そろそろ滝、行ってくるよ。それじゃあ」

 それじゃあ、と返ってきたのでお風呂から出て向かった。2人ほど並んでいるが、すぐだろう。ちょうど体も温まっている事なので風にあたるのも心地よさそうだ。

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