庭の妖精

「疲れてない?ほら皆、荷解きは後で皆でしてお茶にしよう」

 姉の旦那のお母さんはそう言って奥の部屋へ案内してくれた。

 同じ県の山の方に旦那の実家はあってお互い行き来しあっているそうで、話によると姉と向こうの親は仲が良いのだそうだ。そしてまた話によるが、この夫婦は凄くおおらかで優しいみたいで都合があえば私達の家族も遊びに来てと言っていたみたいで、今日が私と兄の都合が良い日だったので許可をえて泊まりに来たのだ。

 全くの赤の他人なのに来て良いのか本当に不安だ。いくら優しいといっても、息子の奥さんの家族だ。あまりいい気はしないんじゃないか。義兄は外から見る限りゆったりしていて誰にも優しいイメージがあるが、親もそうだといいな。

「あ、あの」

 緊張して声が上擦ってしまった。それでも奥さんは、なぁにと聞き返してくれた。深呼吸をして兄と一緒に手土産を入れている袋を持った。

「お、お世話になります」

「お世話になります」

「あら、ありがたいわ」

 と受け取って袋の中身を軽く見た。物凄く嬉しいのか彼女は目をキラキラさせた。

「あら!!嬉しいわぁ!私ウイスキーに目がないの!んんー!さっそく飲ませてもらうわね。あら、これは、あの人の飲みたがっていた茶屋庵の抹茶!助かるわぁ!ありがとう!」

 さすが実の息子だ。情報通り物凄く好きらしく、物凄く喜んでくれてとても安心した。

 そのまま奥に行くと居間に着いた。外からも見て思っていたのだが、とてつもなく広い。ここで小学生の子供達が鬼ごっこが出来るんじゃないか。

  私の実家には畳がないから、義兄の家の畳の感触になんだか心がほっこりとした。

「これ直してくるから食べていて」

 とそのまま部屋を出ていった。

 机の上にはお茶請けが置いてあった。それもたくさんあってどれから食べようか。羊羹、どらやき、そして中央に大皿がありそこには大福などのあらゆるお餅が置いてあった。なんて最高な場所なのだろうか、夢なんじゃないか。

 気持ちがせり、少し早歩きをしてしまった。

 皆も座っていき、いただきます、と言って食べ始めた。

 最初は一番好きな大皿に乗っているよもぎ餅を手にとった。一口、入れる。よもぎの香りがかすかにある。この香りが好きなのだ。そして舌を満足させるあんこ、これが甘すぎないで何個も食べられる。何回も噛むのだがずっと口の中にいてほしい。餅のこの柔らかさ、移動で疲れていても食べやすい。そしてお茶を手に取り飲む。話は聞いていて知っているのだろう、好みのぬくさだった。ここに着くまで飲んでいた冷たいジュースとかで荒れたお腹を優しく通っていく。あまりの幸せに目を閉じてふむふむと食べていた。

 そうして着々と羊羹やどらやきをたいらげ次の餅に手を出していたら奥さんが戻ってきた。

「晩ごはん楽しみにしててね、今旦那が山菜取りや買い物に行ってるから」

 新鮮な山菜は食べた事がないのでとても楽しみだ。

 奥さんはまだ何かやることがあるらしくまた出ていった。


 皆でたくさん食べ終えた後、使っていた物を片付けて荷物を部屋に持っていき荷ほどきをしていった。とは言っても私は楽するために移動して使う物や頻繁に使う物を取り出すだけにした。終わってから部屋をよく見てみるとここも畳でとてもいい香りがする。簡易的な机や座椅子もあり暖かく感じる。

 畳を見ていたら思わずそのまま寝そべってしまった。この香りが体に移らないものか。そうして目を瞑っていると意外と時間が経っていたそうで、姉が戸の向こうで私の名前を呼ぶ声が聞こえた。戸を開けると、そろそろ荷ほどき終わったかなって思って...終わっててよかったと微笑んだ。

「二人共庭造りが好きみたいでね。物凄く綺麗なの。私も外に行く用事があるからそこまで一緒に行かない?」

 どんな感じか気になるので、うん、と言って一緒に玄関に向かった。

 着いた時は疲れて気が付かなかったが、改めてよく見たら物凄く広かった。木があちこち植えられていて、姉曰く梅の木なんだそうだ。それでよく梅干しやジュースを作っている話を聞くのか。そう思ったら、凄いという気持ちで胸がいっぱいになった。

 家の周りぐるりと花壇があるからね、と教えてくれて姉は外へ歩いていった。

 なるほど行ってみたらぐるりと花壇が繋がっていた。表は梅の木がチラホラとあったが、家の横からはずっと花が咲いている。そして家の裏側は植物園かのようになっている。よほど好きなのだろう。

 大きく息を吸い込むと様々な植物の香りがする。鼻腔を通りながら香る香りは幸せなものに変わっていった。

 そうして楽しんでいると、だれ、と声をかけられた。探すまでもなくその子はいつの間にか目の前の花の間から顔を出していた。乳白色をベースにした体をしていて頭は薄ピンクの小さな花で埋められており、体は柔らかそうな葉で覆われている。その葉からは小さく細い茎がたれており、その先には頭と同じ小さな花が咲いている。ここまで植物がたくさんという事は花の妖精なのだろうか。

「はじめまして。私、花川ゆめみ」

 と挨拶をするとその子は花から出てきた。

「はじめまして。ここに新しく住むの?」

「ううん、ここの人のご厚意で泊まりに来てるだけ」

 そうなんだ、と言いながらその子は私の周りを周りながら何者か観察をしていた。花から出て全体像が見えて気づいたが、服だと思っていた葉はどうやら手としての役割もあるようだ。人間で言う足から垂れた葉で、特に乱れてもいないのに頭の花を整えていた。

「私、石定いしじょう なえ。良かったら苗って呼んで。ここにはいつまでいるの?」

「うーん。2日かなぁ。運が良ければイベントがあるみたいで、それに行けたら3泊4日になるみたい」

「ふーん。3日後というとあれかな...確実に来るとは限らないけどその日か次の日に雨が来るからお土産は今のうちがいいよ。ここには代々続いている和菓子屋もあるしその隣にはここでしか作られていないお酒を売ってる店もあるから」

「そうなんだ。じゃあお姉ちゃんもそれを買いに行ったのかな」

「そうだと思うよ。ここに来るたびに職場か友達のために買いに行ってるから」

 それにしても随分と詳しい。ずっと前からここに住んでいるのだろうか。

「苗はここには住んで長いの?」

「うん。ここに人が住んで花壇を育て始めてから住んでる」

 だとするとなんて頼もしいのだろうか。全く知らない土地で緊張していたが、詳しい子が居て安心した。

「たしかにここっていいよね。ただ花を咲かせてるんじゃなくて場所もきちんと考えてもいるし、どれも綺麗」

 そう言うと苗は目をキラキラさせた。

「そう思う?だよね。皆ここの人達の愛をたくさん受けて育っているんだ!苗は人が愛を込めて育てた植物から、愛を分けてもらっているんだけど、ここのはたくさん愛を受けていて栄養がたくさん詰まっているしとても美味しいんだ」

「へえ、そうなんだね」

 相当ここが良いのだろう。隣で小さく笑う声がもれていた。

「だからなんとなくここに居たくなるんだね…」

 これは小さく呟いたつもりだったがどうやら聞こえていたらしく、うんうんと返事が帰ってきた。

 私は特に花にも詳しくなく語れるほど嗅覚が鋭い訳ではないが、なんとなくこの場所が心地よい。

 咲いている花やその下で頑張って生きている生き物をぼーっと眺める。植物にしか出せない香りを嗅いでいる。そこに囲まれて景色を眺めて頭を休ませる。ただそれしかしていないのに何がそんな気持ちにさせるのだろうか、まだ人生の浅い私にはなにも分からなかった。

「最初は...知らない人の家で知らない土地だからとても不安で早く帰りたかったけど...ここもいいかもしれない」

「でしょ。楽しむのならいつでも来たらいいよ。仲間が増えるのは嬉しい。それにここも季節によって入れ替わる花もあるから」

「うん」

 忙しい中、こうしてゆったりとした流れを感じる事ができるオアシスを見つけられたということはなんて運がよかったのだろう。本当は嫌々だったけど、連れ出されなきゃ出会えなかった。

 そう考えがよぎったら話にしか聞いていない義兄の親の優しさに気づいた。ここに来た時は食べ物にしか気がいってなくて、義兄の親の事は抵抗感があった。優しいとは聞いていたけれど、自分の中の無意識に残っていた姑としゅうとの悪いイメージがあったのだ。だけど思い返せば、二人は物凄く気を使ってくれている。義兄の両親が姉の家に来た時に、全く関係ないのにお土産を持ってきてくれていた。それも家族全員分。その中の和菓子や梅干しや漬物が美味しくてそれらが好きになったのだ。それにさっきだって、面倒くさいはずなのにお茶が猫舌用のぬくさになっていた。

 ここまで誰かのためにできるものなのだろうか。だからこそ、愛に育まれたこの場所は暖かいのかもしれない。

「ありがとう」

 苗はキョトンとしているが、この考える余裕を作ってくれたここの花や苗には感謝でいっぱいだ。このままでは、相手の事を知ろうともしないままでいるところだった。

 心と頭の休める、整理するためにも自分の大事な場所があるという事はとても必要な事なんだな…。

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